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夢世  作者: 花 圭介
87/120

夢世87

「くそっ! 見つかんねぇなぁ。そっちはどうだ?」

 竜馬の苛立つ声が響く……。

 戦いの場で最初に行うミッションが、『迷子の少女を探す』という、何とも緊張感に欠けるものであることに、竜馬は不快感を剥き出しにしたまま、辺りに散らばる瓦礫を撤去している。

 蹴り飛ばしたり、投げ飛ばしたりしている様は、撤去というより、破壊に近いが……。

「……こっちもダメね。いったいどこに隠れちゃったのかしら?」

 遥が不思議そうに首を傾げる。

「おかしいですよね? 隠れる場所はランダムだってことはわかっていますが、こんなにも見つからないものですかね……。ネットの情報では、俺達を見つけ次第、女の子の方から、こちらに近づいてきてくれるはずじゃなかったでしたっけ? もうどれだけの部屋を探しました?」

 一輝は、散乱するガラクタを押し除ける手を一時止めると、困惑した表情を皆に向ける。

「きっとたまたま、運悪く女の子のいない部屋に当たってしまっているだけだろう……。探してない部屋はまだある。見落としのないように、しっかり探そう」

 俺は周囲を見渡し、手分けして探索を行っている仲間達と視線を合わせていく。そして、誰からも芳しくない反応が返ってきたことで、少女もしくは少女に繋がる手がかりが、見つからなかったことを理解すると、次の部屋へと足を向けた。

 先程発した自身の言葉は、決して気休めで放ったものではない。掻き集めた情報の中には、少女をなかなか見つけることができずに、出鼻を挫かれたという記述も確かにあったからだ。

 だが、マッピングによると、この3層1階の8割、9割は、既に探し終えていることになる。その現状を考えると、残りの部屋を探したところで、少女に会えないような気になってくるのも致し方ないことだろう。

 それに、いままで用意されたストーリーをはみ出しながら、無理矢理進展させてきたことや、既に重要アイテムを2つも取り逃がしていることなど、他のどのパーティーも辿らなかった道を歩んでいるという事実も、不安を抱かせる大きな要因であるだろう……。

「ひょっとすると、洋輝のことが怖くて、出て来れないんじゃねーか?」

 竜馬がじっとりとした目で洋輝を見遣るが、その口元は僅かに緩んでいた。どうやら進展しない状況に飽きて、洋輝を暇つぶしのターゲットとしたらしい。

「ぼく? 僕のせいで女の子が出てこないの? ど、どうしよう?」

 洋輝は、それが竜馬の悪ノリから生まれた発言だとは露ほどにも考えず、まともに受け取り、あたふたしながら自身の容姿を確認する。

「そーだなー。……そのまんま『野生の狼』っていう見た目が、まずいんじゃないか?」

 竜馬が腕組みをして、親身に考えるふりをする。

「俺もそう思う! きっと、竜馬さんの言う通りだ! その……刃のように錫色に輝く毛並み、心まで吸い込まれてしまいそうな力強い眼勢、歩く度石畳を掻き鳴らす鋭い爪……。幼い少女にとっては、刺激が強すぎるんだと思う。……そうだ! 服を着てみたらどうだろう? だいぶ親しみやすくなるんじゃないかな? あとは、靴を履いてみるだとか、帽子を被ってみるだとか……。更に優しく目尻の方が垂れ下がった眉毛を描いてみたりすれば、完璧だ!」

 竜馬が少しからかってやろうと投げかけた言葉を引き継いで、一輝が意気揚々と言葉を連ねる。

「ちょっと……」

 度が過ぎる2人の悪戯に、遥が割って入ろうとする。

「まあ待てって、洋輝には2人を信用しすぎるところがある。この機会に2人との距離感を身に付けておくのも、大切なことだと思わないか?」

 俺は遥の腕を引き、目が合うとそう言葉を投げかけた。

「……」

 遥は疑いの目を俺に向けたが、それに怯まず、俺が見つめ返したことで渋々ながら頷き、同意した。

 俺は未だに遥から懐疑的な目が注がれる中、内心ほくそ笑みつつ、成り行きを見守っていた。

 一輝の傍らに退いた竜馬も同様で、笑い出したい衝動を、必死で堪えているであろうことが窺えた。

 それは真一文字に結ばれた唇とは裏原に、肩が小刻みに震えていることで看取できた。

「安心しろ、洋輝! 俺が、親しみ易い狼へと、生まれ変わらせてやるからな! 俺は前々から、洋輝を面白く……じゃなかった、親しみ易く変えられないかと企んで……思案していたんだ!」

 一輝が抑え切れない悪辣な心根を、所々で暴露しながらも、洋輝を説き伏せにかかる。

 洋輝は、いつになく熱く語り掛けてくる一輝の態度に圧倒され、発せられた言葉の意味を飲み込む前に、頷きを返してしまっていた。

「よし! こんなときのために、俺がコツコツと集めてきたアイテムを、特別に洋輝に授けよう!」

 一輝はそう言うと、クロコから次々と衣類を取り出し、それを洋輝へあてがい試していく……。

 石畳の上に広げられたアイテムは、いつの間にか数十種にも及んでいた。どれも洋輝のためにあつらえたのではないかと思えるほど、寸分の狂いもなくぴったりとフィットした。

 夢の世界のバージョンアップ後、多種多様な容姿へ移行するプレーヤーが増えたのは事実だが、それでも、四足歩行の獣類へと変身する者は、稀である。

 にも関わらず、人型のプレイヤーである一輝が、洋輝にピッタリの衣類をこれだけ揃えていることに、皆驚嘆し、震え上がった。

 それは、ペットを異常に溺愛する飼い主がとる不条理な行動に似ていた。

 洋輝は、何かに取り憑かれたように怪し気な光を湛える一輝の瞳を見ることもできず、着せ替え人形さながらに、ただ従順に与えられた衣類に袖を通し、指示されたポージングを取り続けた。

「これだ! これが俺が追い求めていた究極の洋輝の姿だ!」

 一輝は湧き上がる喜びを、どこぞの芸術家さながら、獲物に掴みかかる鷹の趾の如く、指先を奇怪に折り曲げ表現した。

 それまで、一輝の背に隠れて、洋輝の全姿を確認できずにいた俺達だったが、一輝が恭しく御辞儀したことで、その全貌が明らかとなった……。

「……やってくれたな」

 俺だけが、辛うじて言葉を発することができた。

 竜馬は目にした瞬間に吹き出し、腹を抱え、遥は、必死で笑い声が漏れないように口を覆ったが、その反動が肩を大きく震わせ、瞳から涙の滴となりこぼれ落ちた。

 洋輝は金髪の長い巻毛のカツラを被り、その上にフランス兵特有の半月型の黒い帽子を載せている……。

 胴体は、帽子と同様にフランス兵の上級士官が身につける、青が主体の軍服で包まれ、その制服の周りは、金の糸で縁取りが施されていた。

 そして、同じく金色に輝く大きめのボタンが、首元中央から真っ直ぐ下に等間隔で並んでおり、左胸のあたりには、幾つもの色鮮やかな勲章が飾られていた……。

 それに加えて、普段できたとしても決して行わなかった体勢、黒革のブーツを履き、人間のように2本の足だけで重心を支え、右前足には、銃剣が握られている。

 一輝に強要されたポージングで間違いない。

 特に俺達の心を動揺させたのは、こちらに向けられた洋輝の相貌だ。

 そこにあったのは、もう洋輝のそれでも、狼のそれでもなかった。

 長くカールされたまつ毛が、瞬きをする度に風を起こし、普段目立つことがないほど申し訳程度に生えている眉毛が、太く凛々しい弧を描いている……。

 口元には、軽く紅すら引かれているようだった。

「さあ! 洋輝! 教えた通り、やってごらん!」

 一輝は、御辞儀した形を保ったまま、自身の体を横へとスライドさせると、洋輝を俺達の前まで歩ませ、指示を出す。

 洋輝は逡巡したが、迷いを振り払うように、大きな動きと共に叫んだ。

「アンドレ! アンドレ! アンドレはどこだ?!」

 軽やかにステップを踏み、左右へ体を運ぶと、その両端でポージングを決め、凛々しく眉を寄せた。

 その動きと、その叫びは、正に一流の舞台俳優そのものであったが、それと反比例するほど、その姿は滑稽だった。

 特に最後に寄せた眉根の動きが、忘れられない。

 俺達は意識が飛んでしまいそうなほど、その場で笑い転げ、悶え苦しんだ。

「アハハッ! アハハハハッ!」

 少し離れた所から届く、小鳥の囀りのような可愛らしい笑い声に気づくのは、もうちょっと、時が経った後だった……。

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