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夢世  作者: 花 圭介
86/119

夢世86

 3層は1層と同様に、10の階に分かれた形式へと戻っている。

 ネットでの情報によると、この3層で展開され完結する物語を、ハッピーエンドに導くことで、次の階層へと進むことができるらしい……。

 だが、その物語の結末に対して、ネットでの反応は芳しくない。その評価は、この物語を結末まで読み終えた俺も、妥当だと感じた。

 余りにも偏った考え方が反映されている……結末を知った俺の第一印象だ。

 本来ならば、これから紡ぐ物語を先読みしてしまう行為自体、冒険をじっくりと楽しみたい俺の本意ではなかった。

 だが、できうる限り早く頂上へ辿り着かなければならない現状を鑑みると、妥協せざるを得なかった。

「まずは、このダンジョンに迷い込んでいる少女を探そう」

 俺は未だに割り切れない気持ちを押し殺して、皆に聞こえるように声を放った。

 この3層におけるミッションは、簡単に言うと、ダンジョン内に迷いこんでしまった少女を、最上階まで連れて行く、というものだ。

 どうやったらこのダンジョンに迷い込むなんて真似ができるのだろうと、野暮な考えが頭をよぎったが、取り敢えずそれは置いておいて、先を目指すことにした。

「……結末がわかる物語を追うのって、やりたくも無い課題でも出された気分になるわね。心の色まで無彩色に染められていくみたい……」

 遥が、文句をたれながら億劫そうに俺の後に続く。

 今まさに俺が抱いていた感情を代弁する言葉ではあったが、共感したところで改善されるわけではないため、何も言わず、あえて言葉を発さなかった。

「一輝もそう思うでしょ?」

 俺からの同意を得られなかった遥は、ターゲットを一輝へと変え、同意を求める。否定も肯定もされないまま、宙ぶらりんとなった自身の言葉が、なんだか少し可哀想に思えたのかもしれない。

「えっ? ……ああ。そうかもしれないですね」

 遥の言葉に、一輝が歯切れの悪い返事をする。

 その反応を訝しく思った遥が、一輝の目を覗き込もうと試みる。

 すると、それに気付いた一輝は、サッと目を逸らした。

「ちょっと! 待ちなさいよ!」

 視線を逸らすのと同時に、スルスルと遥の脇をすり抜けた一輝は、掛けられた言葉を無視して、俺の隣へと並び、歩き出す。

「タケさん! タケさん! 俺、気になったんですけど……もしも条件を満たさず最上階へ着いてしまったら、どうなるんですかね?」

 不満気な視線がまだ注がれているのを感じながらも、一輝はそれを意に介さず、俺に疑問を投げかけた。

「そりゃ……振り出しに戻されることになるだろうな」

 俺は、ネットで集めた情報を思い返しながら答える。

「じゃあ、途中の行程が少し変わった程度なら、どうですか?」

「……行程が少し変わる? その少しの程度にもよるだろうが……。結末が変わらなければ、大丈夫なんじゃないか」

 確かネットの書き込みでも、結末に辿り着くまでには、いくつかのパターンがあったと記憶している。

 きっと主要なイベント以外は、こちらがどう行動しようと、黙認されるのだろう。

「ちょっと、いいですか?」

 一輝が、ずいと俺に顔を近づける。

「なんだよ!」

 俺は思わず仰け反るようにしながら、一輝から距離を取ってしまった。

「……ちょっと、耳を貸して欲しいだけなんですが」

 予想外の反応を示され、一輝は小首を傾げている。

「ああ、そうか」

 俺は鼻の頭をポリポリと掻いてから、そしらぬ顔で一輝の方へ歩み寄り、耳を突き出す。

 黄金比が目白押しの端正な顔を近づけられれば、俺に限らず、誰であっても狼狽えるのは、仕方のないことだろう。

 俺は自身の反応を当然のことだと消化して、心の波を抑えた。

「……こんなことをしたら、どうなりますかね?」

 一輝はそう前置きすると、嬉しそうに自身の考えを話し出した。

 そしてひと通り話し終えると、俺の目をじっと見つめ、笑顔を付け足す。

「またお前は……。とんでもないことを考えつくな」

 一輝の考えを聞いた俺は、呆れた表情で応じたが、内心では、それを行った後の展開はどうなるのだろうという好奇心が抑えられず、うずうずとしていた。

「お前ら! 何、企んでやがるんだ! ……面白そうなことなら、俺もまぜろよ」

 遠巻きに様子を見ていた竜馬が、俺達の表情の変化に勘付いて、すかさず声を掛けてきた。

「そうよ! 仲間なんだから、隠し事は無しよ!」

 遥は、先ほどから皆にまともな対応をしてもらえず、疎外感に苛まれたのか、少し潤んだ瞳で訴えかける。

「そうだ! そうだ!」

 洋輝も、皆の会話に乗り遅れまいと、慌てて声を上げた。

「分かった! 分かった! 説明する! だから皆、落ち着いてくれ!」

 俺は、腹を空かせた雛鳥さながら、喚き立てる仲間の声をかき消すために、さらに声を張り上げなければならなかった。




 粗方説明を終え、その内容を理解すると、皆一様に、不敵な笑みをこぼした。

「……で、でもそれじゃ、求められている結末とは、違うんじゃないの?」

 遥が、慌てて緩んだ頬を引き締め直し答える。

「なぜですか? 与えられたミッション通り、迷子となった少女を、3層のてっぺんまで連れて行くことに、変わりは無いじゃないですか」

 一輝が、あからさまに不服そうな仏頂面を遥に向ける。

 だが、すぐさま遥から、虫けらでも見るような冷えきった眼差しを返されると、視線を落とし固まった。

「確かに、望まれた形では無いとは思う……。だが、一輝のやり方でも、迷子の少女を、3層の最上階まで連れて行くという要求は、満たしている。……それさえ満たしていれば、異なる工程を踏んだとしても、多くのパーティーがクリア条件を満たしたと、判断されているようだ。リスクはなるべく避けるべきだとは思うが、俺としては、一輝の提案に乗りたいと思っている」

 俺は縮こまる一輝の姿に苦笑しながら、集めた情報を頭の中で整理し、そう結論付けた。

「そりゃ……私だって、そうできるならそうしたいけど……」

 遥が頬をほんのりピンク色に染めながら、恥ずかしそうに答える。

「じゃあ、決まりですね。やりましょう!」

 一輝が高々と拳を突き上げながら宣言する。

「決められたシナリオを追うだけってのもつまらねぇからな。俺も一輝の提案に賛成だぜ」

 竜馬が例によって、品の無い粗野な笑みを浮かべる。

「僕もその方が、ハッピーエンドだと思う!」

 洋輝が楽し気に歌うように吠えた。

「それじゃ、前例にない俺達だけのオリジナル物語を作ってやろう!」

 俺がそう号令をかけると、皆の心が暗いモノトーン配色を押し退けて、赤味がかった鮮やかな有彩色へと変化していくのが分かった。

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