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夢世  作者: 花 圭介
85/117

夢世85

俺達は最初に2層を訪れた時と同様に小高い丘の上に立っている。

ここから眺める景色はやはり絶景だ。

もしも俺達に与えられた時間に限りさえ無ければ、まだまだこの世界を堪能していただろう。

親しくなれたマルドック達やまだ見ぬこの世界特有の生物や植物とももっと触れ合っていたに違いない。


「……また来れますかね」

眼下に広がる景色を見ながら一輝が寂しげに感想を漏らす。


「きっと来られるさ、この夢を解放すれば正真正銘俺達の夢となるんだ。そうすれば自分達の意思でこの世界を維持出来る」

俺は願望もあるがそれ以上にそうしなければならないとのある種の使命感にも似た感情からそう答えた。


皆、目に焼き付けるようにしばしの間無言で、眼下に広がる景色を一望する。


「さてと感傷に浸るのはこのぐらいにしてそいつを片付けちゃいましょうよ!」

一輝は3層へ続く扉の横に整然と置かれた1つの宝箱に注意を向ける。


先程までの鬱々たる面持ちが嘘のように、その顔には現金な欲望が透けて見えている。


「……全く、早くそれを開けて中身を確認しなさいよ!どうせ一輝にはセンチメンタルな感情なんて似合わないんだから!」

遥は一瞬でも寂寥(せきりょう)感が漂う一輝の態度に同調し、物悲しい心情となった自分の愚かさを恥じるように吐き捨てる。


「なんですか、その言い方は!俺はただ一時の感情に任せて本来の目的を見失ってはいけないと考えて……」

思いのほかあっさりと自身の感情を見透かされて一輝は顔を引き攣らせながら弁明する。


「はいはいもう分かったって、あなたは優先順位を見失わない賢い人ね……さっさと開けて」

遥の目にはもはや感情はなく、淡々と言葉を並べる。


光すら透過する程に何も受け止めなくなったその瞳にこれ以上弁明を連ねても無意味だと悟った一輝は、モゴモゴと口の中で文句を垂れながら宝箱へと手を伸ばした。


「……えっ?嘘でしょ!勘弁してよ!」

一輝は宝箱に差し入れた指先がそのまま底の感触を得た為、慌てて手を何度もバタつかせる。


「……ない」

そして中身が空だと知ると蚊の鳴くような声と一緒にその場に崩れ落ちた。


「は?また空っぽなのか?」

崩れ落ちながら吐き出した言葉は竜馬の耳に届かなかったが、一輝の有り様からそう推察し確認する。


一輝はその問いかけに力なく頭をコクリと垂れ下げる。


「……どうして何も無いのかな?」

残念な気持ち以上に一輝への不憫な思いから洋輝が俺に答えを求める。


「……俺にも理由は分からない。ただこれで偶然起こった事象とは考えづらくなった。ボスの攻略報酬である宝を2度も運営がミスをして入れなかったなんて確率は低いだろうからな」


「それじゃあこれは攻略の一環ってことなの?」

遥は納得出来ない気持ちを眉根を寄せることで表現する。


「俺もその点に関しては釈然としないが……ともかく2つの宝箱とも何らかの意図で故意に中身を抜かれてたっていうことだ」


「一体誰がそんなことを……」


「宝箱を預かるマルドックですら空であった事実を知らない口振りだった……ましてや外部の者が干渉できる事柄じゃない。十中八九この『バベルの塔』を創った運営側の人間だよ」


「……ますます分からないわ。攻略に必要となる宝物を運営が無くしてしまうなんて……それに何の意味があるの?攻略させたくないなら『バベルの塔』自体創らなければ良かったじゃない」

遥は首を傾げるしかなかった。


確かに遥の言う通りだ。攻略させるつもりがないのなら始めから『バベルの塔』を創る意味なんてない。

きっとこの矛盾を引き起こしている何かが根底に横たわり、『バベルの塔』攻略の妨げとなっているのだと俺は漠然と感じていた。


「定員オーバーって事ですかね?新参者の俺達には資格がない……とか」

一輝が未だに暗然たる思いが拭いきれない表情で溜息と共に私感を述べる。


「そんな事納得出来る?もしそうなら区切り方がおかしいわよ!そういう理由ならせめて現在参加しているプレーヤーまでは資格を与えるべきでしょ!攻略途中でその資格を奪うなんて考えられないわ!」


「俺に怒らないで下さいよ!それにあくまで可能性を言ってるだけなんですから!」

遥に怒りをぶつけられ一輝がたじろぎつつもやり返す。


「なら運営の中でクーデターじみた事でも起こってよ、攻略させたくない奴らが内容を書き換えちまったってのはどうだ?それなら運営の滅茶苦茶な対応にも合点がいくだろ……俺はそれはそれで面白いがな」

竜馬は攻略出来る出来ないそっちのけで、只々混沌とした現状を楽しんでいるように見える。


「何言ってるのよ!そんな状態だったら『バベルの塔』のクリアどころじゃないじゃない!」

竜馬の半ば冗談めいた論法に対しても遥はまともに取り合い異議を唱える。


「遥お姉ちゃん、落ち着いて、ね!ね!」

洋輝が悲しげな声で鳴く。


「……」

遥は洋輝の説得に応じ言葉を切ると、何とか気持ちを落ち付けようと深呼吸をする。


俺は皆のやり取りを見ながら考えに(ふけ)っていたが、竜馬の冗談めいた言葉の中に真相に近づく何かが隠されているように感じた。


「……皆聞いてくれるか?俺は思うんだが……」

俺は皆の前に一歩歩み出ると、注目が集まった事を確認してから自身の考えを話し始めた。


「今、この『バベルの塔』を攻略しあぐねているのは、俺達よりもむしろ先にプレイしているプレーヤー達なんじゃないかと思えるんだ……確かに俺達もこの先必要となるというアイテムを手に入れる事が出来なかったが、俺達の場合、先行しているプレーヤー達とは展開が異なっている。その分この先の展開は読めないが……それは逆に新たな道を切り開くチャンスを孕んでいると言える」


「ハハハッ雄彦、そりゃ詭弁だぜ。俺達は攻略に必要なアイテムをもう2つも取り逃がしてきた。先行しているプレーヤー達よりも早く行き詰まったって考える方が妥当なんじゃねーか?」

竜馬が俺の言葉で納得出来るほど楽観主義者ではないと呆れ顔で鼻を鳴らす。


「確かに竜馬の言う通り取り逃がしたアイテムがある事実は大きい。だが5層で四方攻略法を探し尽くした上で行き詰まってしまったプレーヤー達の状況を考えれば、俺達の方がまだ希望が持てる状況にあるんじゃないか?」


「……どうかしらね。悲観的にはなりたくないけど、3層でもまたあるのは空っぽの宝箱って気がして……」

遥は不安からか渋い顔を浮かべている。


「やめてくださいよ!またこんな思いなんかしたくないです」

一輝がもううんざりだと激しく頭を左右に振る。


「……そうだな。正直俺は遥の言う通り次の宝箱も空なんじゃないかと想像している」

俺はわざと落ち込んでいる一輝に視線を送りながらそう答えた。


「ちょっと!雄彦がそれを言ったら駄目でしょ!」

一輝が悲嘆に暮れる表情を俺に向けるより先に遥の方から嗜める言葉が飛んできた。


「冗談だ、冗談。悪かった、その結果は先へ進めば分かることだ。とにかく3層へ向かおう」

俺は頭の中で思っている内容とは異なる言葉でその場を取り繕った。


実際はその前に発した言葉に本心が込められている。


それは決して攻略を諦めたわけではなく、竜馬が放った言葉からヒントを得た推論がそう未来予想図を描いたからだ。


俺達は開け放たれた3層への扉を複雑な表情を湛えたまま潜っていく。


どうやら最上階へ辿り着くまでまだまだ先は長いらしい……。

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