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夢世  作者: 花 圭介
85/120

夢世85

 俺達は最初に2層を訪れたときと同様に、小高い丘の上に立っている……。

 ここから眺める景色は、やはり絶景だ。

 もしも与えられた時間に限りさえ無ければ、まだまだこの世界を堪能していただろう。

 親しくなれたマルドック達や、まだ見ぬこの世界特有の生物、植物とも、もっと触れ合っていたに違いない。

「……また来れますかね」

 眼下に広がる景色を見ながら、一輝が寂しげに呟く。

「きっと来られるさ。この夢を解放すれば、正真正銘、俺達の夢となるんだ。そうすれば、自分達の意思で、この世界を維持できる」

 俺は願望もあるがそれ以上に、そうしなければならない、とのある種の使命感にも似た感情から、そう答えた。

 皆、目に焼き付けるように、しばしの間無言で、眼下に広がる景色を一望する。

「さてと……感傷に浸るのはこのぐらいにして、そいつを片付けちゃいましょうよ!」

 一輝は、3層へ続く扉の横に、整然と置かれた1つの宝箱に注意を向ける。

 先程までの鬱々たる面持ちが嘘のように、その顔には現金な欲望が透けて見えている……。

「……全く。早くそれを開けて、中身を確認しなさいよ! どうせ一輝には、センチメンタルな感情なんて似合わないんだから!」

 遥は一瞬でも寂寥感が漂う一輝の態度に共感し、物悲しい心情となった自分の愚かさを恥じるように吐き捨てる。

「な、なんですか! その言い方は! 俺はただ、一時の感情に任せて、本来の目的を見失ってはいけないって……」

 思いのほかあっさりと自身の感情を見透かされて、一輝は顔を引き攣らせながら弁明する。

「はいはい。もう分かったって。あなたは優先順位を見失わない賢い人ね……さっさと開けて」

 遥の目にはもはや感情はなく、淡々と言葉を並べる。

 光すらも透過するほど、何も受け止めなくなったその瞳に、これ以上弁明を連ねても無意味だと悟った一輝は、モゴモゴと口の中で文句を垂れながら、宝箱へと手を伸ばした。

「……えっ? 嘘でしょ! 勘弁してよ!」

 一輝は、宝箱に差し入れた指先が、そのまま底の感触を得たため、慌てて手をバタつかせる。

「……ない」

 そして、中身が空だと知ると、蚊の鳴くような声と一緒に、その場に崩れ落ちた。

「は? また……空っぽなのか?」

 崩れ落ちながら吐き出した言葉は、竜馬の耳に届いてはいなかったが、一輝の有り様から、そう推察できたようだ。

 一輝はその問いかけに、力なく頭をコクリと垂れ下げる。

「……どうして、何も無いのかな?」

 残念な気持ち以上に、一輝への不憫な思いから、洋輝が俺に答えを求める。

「……俺にも理由は分からない。ただ、これで偶然起こった事象とは考えづらくなった。ボスの攻略報酬である宝を、2度も運営がミスをして入れなかったなんて確率は低いだろうからな」

「それじゃ、これも攻略の一環ってことなの?」

 遥は納得できない気持ちを、眉根を寄せることで表現する。

「俺もその点に関しては釈然としないが……。ともかく、2つの宝箱とも何らかの意図で、故意に中身を抜かれてたっていうことだ」

「いったい誰がそんなことを……」

「宝箱を預かるマルドックですら、空であった事実を知らない口振りだった……。ましてや、外部の者が干渉できる事柄じゃない。十中八九、この『バベルの塔』を創った運営側の人間だよ」

「……ますます分からないわ。攻略に必要となる宝物を運営が無くしてしまうなんて……。それに何の意味があるの? 攻略させたくないなら『バベルの塔』自体、創らなければ良かったじゃない」

 遥は首を傾げるしかなかった。

 確かに遥の言う通りだ。攻略させるつもりがないのなら、始めから『バベルの塔』を創る意味なんてない。きっと、この矛盾を引き起こしている何かが根底に横たわり、『バベルの塔』攻略の妨げとなっているのだ。

「定員オーバーってことですかね? 新参者の俺達には、資格がない……とか」

 一輝が、未だに暗然たる思いが拭いきれない表情で、溜息と共に私感を述べる。

「そんなこと、納得できる? もしそうなら、区切り方がおかしいわよ! そういう理由ならせめて、現在参加しているプレーヤーまでは、資格を与えるべきでしょ! 攻略途中でその資格を奪うなんて、考えられないわ!」

「俺に怒らないで下さいよ! それに、あくまで可能性を言ってるだけなんですから!」

 遥に怒りをぶつけられ、たじろぎつつも一輝がやり返す。

「なら、運営の中でクーデターじみたことでも起こってよ、攻略させたくない奴らが、内容を書き換えちまったってのはどうだ? それなら、運営の滅茶苦茶な対応にも合点がいくだろ。……俺はそれはそれで面白いがな」

 竜馬は、攻略できるできないそっちのけで、只々混沌とした現状を楽しんでいるように見える。

「何言ってるのよ! そんな状態だったら『バベルの塔』のクリアどころじゃないじゃない!」

 竜馬の半ば冗談めいた論法に対しても、遥はまともに取り合い、異議を唱える。

「遥お姉ちゃん、落ち着いて。ね! ね!」

 洋輝が悲しげな声で呼びかける。

「……」

 遥は、洋輝の説得に応じ言葉を切ると、何とか気持ちを落ち付けようと深呼吸をする。

 俺は、皆のやり取りを見ながら考えに耽っていたのだが、竜馬の冗談めいた言葉の中に、真相に近い何かが隠れているように感じた。

「……皆、聞いてくれるか? 俺は思うんだが……」

 俺は皆の前に歩み出ると、注目が集まったことを確認してから、自身の考えを話し始めた。

「今、この『バベルの塔』を攻略しあぐねているのは、俺達よりもむしろ、先にプレイしているプレーヤー達なんじゃないかと思えるんだ……。確かに、俺達もこの先必要となるというアイテムを手に入れることができなかったが……俺達の場合、先行しているプレーヤー達とは、展開が異なっている。その分、この先の展開は読めないが……それは逆に、新たな道を切り開くチャンスを孕んでいると言える」

「ハハハッ、雄彦。そりゃ、詭弁だぜ。俺達は、攻略に必要なアイテムを、もう2つも取り逃がしてきた。先行しているプレーヤー達よりも、早く行き詰まったって考える方が、妥当なんじゃねーか?」

 竜馬は、俺の言葉で納得できるほど、楽観主義者ではないと呆れ顔だ。

「確かに竜馬の言う通り、取り逃がしたアイテムがある事実は大きい。だが、5層で四方攻略法を探し尽くした上で、行き詰まってしまったプレーヤー達の状況を考えれば、俺達の方が、まだ希望が持てる状況にあるんじゃないか?」

「……どうかしらね。悲観的にはなりたくないけど、3層でもまたあるのは空っぽの宝箱って気がして……」

 遥は不安からか渋い顔を浮かべている。

「やめてくださいよ! またこんな思いなんか、したくないです!」

 一輝がもううんざりだと、激しく頭を左右に振る。

「……そうだな。正直、俺は遥の言う通り、次の宝箱も空なんじゃないかと想像している」

 俺はわざと、落ち込んでいる一輝に視線を送りながらそう答えた。

「ちょっと! 雄彦がそれを言ったら駄目でしょ!」

 一輝が悲嘆に暮れる表情を俺に向けるより先に、遥の方から嗜める言葉が飛んできた。

「冗談だ、冗談。悪かった。その結果は、先へ進めば分かることだ。とにかく3層へ向かおう」

 俺は、頭の中で思っている内容とは異なる言葉で、その場を取り繕った。

 実際は、その前に発した予想に本心が込められている。

 それは決して攻略を諦めたわけではなく、竜馬が放った言葉からヒントを得た推論が、そう未来予想図を描いたからだ。

 俺達は、開け放たれた3層への扉を、複雑な表情を湛えたまま抜けていく……。

 どうやら、最上階へ辿り着くまで、まだまだ先は長いらしい……。

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