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夢世  作者: 花 圭介
84/120

夢世84

「だから……こんなに要らないって言ったでしょ!」

 遥は呆れ顔で天を仰ぐと、額に手を充てがった。

「あれ? 遥さんのお尻って、こんなもんですよね?」

 一輝が両手いっぱいに野草を抱えたまま、じっと遥の腰元を睨む。

「馬鹿なこと言わないでよね! 私は体のケアだって欠かさずやっているのよ! だらしなく垂れ下がってもいなければ、余計なお肉なんて付いてないんだからっ! ほら!」

 そう言うと、遥はモデルさながらポージングして、自身のスタイルの良さをアピールする。

「んー……そうですかねー。まだまだ絞り込みが足りない気がしますけど……ほら、ここらへんとか」

 一輝がポーズをとる遥の周りを移動し、様々な角度から容姿をチェックする。

 その眼差しは、モデルを選考する何処ぞのファッションデザイナーのようだ。

「討論中悪いが……できれば早く薬の調合を頼めないか? ムシュフシュが、かなり辛そうなんだ」

 そこへ、その光景を見つめていたマルドックが、恐る恐る2人に声を掛ける。

「……さあ、冗談はこのくらいにして……。薬の調合を急ぐわよ! 一輝は、持ってきた野草を種類毎に別けて! ほら! 雄彦達はそれを全部すり潰しなさい! 手早くね!」

「了解です! 迅速にかつ正確に、任務を遂行します! ムシュフシュを苦しみから解放してやりましょう!」

 もっともなマルドックの反応に、返す言葉も無い遥と一輝は、瞬刻顔を見合わせると、同時に態度を転換し、真っ当な文句を並べ、行動に移った。

 開いた口が塞がらないとよく言うが、実際に経験することになるとは思わなかった。

 竜馬は、呆れ果てた目で、遥と一輝を一瞥し、洋輝は、俺以上に大きく口を開けている……。

「……今は、ムシュフシュを治療することだけを考えよう!」

 俺は、自身も含め、皆の気持ちの切り替えを図るため、何度か大きく手を叩いた。

 その後は皆、黙々と作業を進め、小1時間後には、ムシュフシュの治療薬は出来上がっていた。

 必要以上に大量の薬が出来てしまったが、遥は満足そうだった。

 ムシュフシュの分を除いた余りは、新たな大瓶に注ぎ、先ほどの鞣革袋に詰めた。

 ムシュフシュと同じ分量を摂取すれば、毒と変わりなくなってしまうが、用量を守り使用すれば、人間にも効果のある治療薬となるのだという……。

 だが、見た目や匂い、味は想像通りのようで、人間の口には到底合う物ではないらしい。

「……でき得る限り、怪我をしないように心掛けよう」

 俺は、男連中にだけ聞こえる声で話した。

 嬉しそうに革袋を抱く遥を横目に、全員がゆっくりと、そして深く頷く。




 木を削って作ったスープ皿いっぱいに注がれた薬を、マルドックがムシュフシュへ与えている。

 ムシュフシュは、それを嫌がらずに自身の喉へと流していく……。

 どうやら、ムシュフシュにとっては、匂いも味も最良の薬となったようだ。

「あとは、無理に動かず安静にしていれば、傷も塞がってくるはずよ」

「遥殿、助かった。感謝する」

 マルドックは、潤んだ瞳で遥を見ると、深々と頭を下げた。

「いいのよ、元はと言えば、一輝がやり過ぎたのが原因なんだから……」

 遥は、一輝を悪戯っぽい目で見ながら答える。

「そりゃないですよー! あのときは、あれしか方法はなかったじゃないですかー! そうでしょ?」

 一輝は、理不尽な遥の物言いに、情け無く掠れた声音で抗議する。

「……一輝とやら、汝の言い分は正しい。命を懸けた真剣勝負、負けた我等に文句を言う資格は無い。この成り行きは、覚悟が足りなかった我の落ち度だ。すまない」

 マルドックは一輝に向き直ると、再び深く頭を下げた。

「……マルドック。君は……なんていうか……神でいなきゃって、背伸びをしているように、俺には見えるな。理想的な神……。神とはどうあるべきかなんて、自問自答して悩んでたって、きっと答えは見つからないよ。だって……君は君だろ? だから、君が思うままに行動すればいいんじゃないかな? ……神らしいとかそうでないとか、そんなのどうだっていいんだよ。誰に言われるまでもなく君は、神なんだから」

 一輝は自分の意見を言い終わると、照れ臭そうに鼻の頭を掻きつつ、ムシュフシュへと足を向ける。

「シャーッツ!」

 さすがに自身の背中に剣を突き立てた一輝に対して、心を許す気にはならなかったのだろう。ムシュフシュは、今示せる精一杯の敵意を剥き出しにした。

「おっとっと!」

 一輝は慌ててムシュフシュから距離を取ると、困ったように肩を竦める。

 きっと一輝は、マルドックとの会話ができたのをきっかけに、ムシュフシュとも和解できると考えたのだろう。だが流石に、そう簡単にはいかなかったらしい……。




 流れ出る体液の量が次第に少なくなり、薬の効果を確認すると、皆それぞれ安堵の表情を浮かべた。

 ムシュフシュも、痛みからか時々あげていた呻き声を発しなくなっていた。

「皆さん、もう大丈夫です。いただいた薬もあるので、あとは僕だけで対処できます。色々とお世話になりました」

 マルドックがその言葉と合わせ、穏やかな笑顔を俺達に送る。

「そうか。確かに、もう良さそうだな」

 俺は、マルドックの柔らかく自然な笑顔に笑顔で返す。

 ムシュフシュの回復を待っている間、俺達はマルドック達と交流を深め、互いの距離を縮めることに成功した。

 一輝の声掛けをきっかけに、次第に『神』であらねばとの強い呪縛から解放され、『自分らしさ』を意識するようになったマルドックは、その容姿相応の口調で、積極的に自身の心をさらけ出し、俺達に意見を求めるようになっていた。

 俺達は、投げかけられた質問に、各々の意見を出し合い、ぶつけ合った。

 結局、互いに自分なりの主義主張を披露するにとどまり、結論を導き出すまでには至らなかったが、マルドックはその様子を熱い眼差しで見つめ続け、何かを得たかのように満足げだった。

 『神』だとか『アイデンティティ』だとかの話題となったことで、洋輝は途中から話に加わることを諦め、傷の癒えつつあるムシュフシュと戯れるようになっていた。言葉は通じないが、自然と互いに惹かれあったらしく、今では寄り添いながら寛いでいる。




「じゃ……そろそろ、行こうか」

 俺は頃合いを見て、そう言葉を切り出した。名残惜しい気持ちを振り払って、先へ進むためだ。

 皆もそれを理解してか、言葉はないが立ち上がる。

「ここへ来られたときの階段脇に、扉が現れている筈です。それをくぐれば3層へ行けます」

 マルドックが寂しい気持ちを押し込めて、ニッコリと笑う。

「ありがとう、マルドック」

 俺達も負けじと笑顔を作る。

「あっ、それと、扉のすぐ近くに宝箱がある筈です。それを忘れずに持って行って下さい。中身は知りませんが、上階で必要となるアイテムだとのことなので……」

「わかった。……じゃあ、行ってくる」

 俺達は、マルドックとムシュフシュにくるりと背を向け、歩き出した。

 2人の視線が、まだ俺達に注がれていることを意識しながら……。

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