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夢世  作者: 花 圭介
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夢世82 マルドック

 上空の雲の切れ間から、一筋の光が差し込んだ。

 その柔らかく温かな柑子色の光は、目の前の大地に到達すると、地中深く染み込んでいく……。

 そして、すべての光が地中へ流れ込むと、大地をボコボコと盛り上げた。


 ドーム状に盛り上がった大地は、上面からひび割れ、徐々に中に埋もれている何かを生み出そうとしている。

 ひび割れた土塊が、1枚また1枚と剥がれ落ちていく……。


 顕になったのは、4、5メートルはある半透明な卵形の物体。

 中は流体で満たされているようで、両足を抱え、体を丸く折り曲げている人間らしき生物が浮遊していた……。


 首筋まで届くほどの癖のある金髪に、鼻筋が通った均整のとれた顔、そして雪のように白く艶やかな肌。

 美少年と評するのに十分な容貌だ。


 ただ、こめかみの辺りから伸びている角と、流体を時折かき混ぜるように揺れる尻尾が、人間であることを否定している。


 口内から何度目かの気泡が漏れ出たとき、閉ざされていた瞼がゆるりと開かれた。

 その双眸は、俺達を捉えると、そのまま瞬きもせずに見つめ続ける。


 やがて卵形の物体は、頭頂部から5つに裂けた。

 その有り様は、丁度桔梗が風船を膨らませるようにして開花するのに似ていた。


 咲いた花の中心で、相変わらずこちらを凝視しているその者は、傍らの花びらを1枚毟り取ると、マントさながら首に括り付ける。

 毟られた花びらは、自身の役目を理解したかのように、その様相を変化させた。

 その者の四肢へと伸び広がると、包み込み、衣となったのだ。


 若草色の衣に身を包んだその者は、一定の歩調で俺達との距離を詰めていく……。

 そして、互いの表情が確認できる場所まで進み出ると、ピタリと足を止めた。


 「我が名はマルドック。この2層の守護者だ」


 その容姿に見合う涼やかな声色が発せられる。

 一輝が、『ブラキオサウルスの頭上に立つ』というクエストを事もなげにクリアしたことで、この2層のミッションがコンプリートされ、ボスが出現したのだ。

 少し演出が過ぎる気もするが、こういったイベントも、たまにならばあっても良いだろう。


 「我は汝らに問わねばならない。我の友となり、共に歩むか、我に刃向かい骸と化すか……。いずれを選ぶも汝らの自由だ」


 マルドックは、俺達一人ひとりの目を見て、選択を迫った。


 「共に歩むとは?」


 どちらを選択するかは既に決まっていたが、もう一方の選択肢には、いかなる結果が待っているのか興味をそそられ、確認する。


 「我と共に歩むならば、命の享受を全うした後、ヴァルハラへの道が開かれるだろう……」


 マルドックは誇らしげに胸を張る。


 「……ヴァルハラって、確か戦死した者だけが行ける天国のような所だったよな……」


 俺は呟きながら、どこで得た知識であったか追憶に浸る。


 「あ? 何だそれ? そんなとこ行きたかねーわ!」


 竜馬が不機嫌そうに鼻を鳴らす。


 「俺も願い下げですねー。そんなむさ苦しそうなところに興味ないです」


 一輝が苦虫を噛み潰したような顔で応じる。


 「な、何だと! 貴様らっ! 戦士にとって、これほどの誉れはないのだぞ!」


 マルドックは、自分の理解の範疇にない回答に動揺し、今までの威風堂々とした振る舞いを保持できない。


 「戦死が誉れ? は? 冗談じゃねーや! そりゃ、負け犬の遠吠えってやつだぜっ! 俺は絶対、そんなとこにゃ行かねーよ!」


 例によって竜馬が挑発する。


 「待ちなさいよ、竜馬! あんたも懲りないわね! 神様に向かってとる態度じゃないわ!」


 遥が声を荒らげる。


 「じゃ、お前はヴァルハラってとこに行きたいのかよ?」


 遥の鋭い目つきにも動じず、薄ら笑いを浮かべながら竜馬が問う。


 「そりゃ……戦いのことにしか頭がいかない男ばかりがいそうなところになんか、行きたくないけど……。断るにも断り方があるでしょって話よ! 相手は、曲がりなりにも神様なのよ!」


 「フハハハハッ! だそうだ、神様!」


 竜馬が腹を抱えて笑いながら、マルドックに視線を向ける。


 「貴様らっ!」


 マルドックは、白い面を真っ赤に染め上げると、空へ向かって怒りを吐き出した。

 それに呼応するかのように大地が唸り、大気が震える……。


 目に見えるほどの凄まじい衝撃波が、マルドックから放たれ、皆の体を後方へと押しやる。

 俺は重心を低く保ちながら、両腕で顔を覆い、衝撃波が過ぎるまでやり過ごした。


 衝撃波により舞い上げられた砂埃が立ち込める中、いつ手にしたのか、マルドックの右手に杖が握られているのが、辛うじて見えた。

 滑らかな曲線で形作られたその杖は、マルドックにより軽く地面に当てられる……。

 そしてその先端が、地面をサラサラと幾度か走ると、大きな円状の穴が広がった。


 穴から先行して流れ出た奇怪な鳴き声が、嫌な予感を掻き立てる……。

 その想像に違わず現れたのは、得体の知れない怪物だった。


 二股に分かれた舌先を出し入れしている頭部は蛇であるが、それを支える首から下は、獅子のものに似ている。

 金色の毛並みを纏い、鋭い爪を生やした前足が、大地を掴んでいるのだ。


 だが奇妙なことに、腰のあたりから下肢に向かうにつれて、金色とはまた異なる色が、その怪物を染めている。

 それはまるで、戦国の世の兵士の如く、鉄紺の股引を履いているかのようだ。


 その下半身から突き出た後ろ足は、枝などにとまりやすく進化した三前趾足の形。つまり鳥の後肢となっていた。


 これだけでも異形の者であり、畏怖を抱かせるには十分な容姿であるが、最後に現れたのは、見るからに頑丈そうな赤黒い甲殻に覆われた尻尾だ。

 始め垂れ下がっていたために視界に入らなかったが、今では頭よりも高い位置で、獲物を物色するように先端の針を左右に揺らしている……。


 「ムシュフシュ! 無礼な人間を懲らしめてやろう!」


 マルドックは現れた怪物に寄り添うと、頬の辺りを撫でた。

 するとムシュフシュと呼ばれた怪物は腹這いとなり、主人が背に乗るのを待った。


 マルドックは軽やかに怪物の上に跨ると、腹を軽く蹴り、合図を送る。

 怪物は立ち上がると、勢いよく此方へ向かって走り出した。


 「来るぞ!」


 俺達はそれぞれに獲物を取り出し、身構える。

 だがマルドックを乗せた怪物は、俺達の眼前で跳ね上がり上空を駆けると、旋回し、こちらへ凄まじい炎を吐きかけた。


 かろうじて皆、その攻撃を躱しはしたが、また上空へと駆け登るマルドック達には手を出せない。


 「クソッ! これじゃ、こんがり焼かれるのを待つだけだぜ!」


 竜馬が苛立ちの言葉を吐き捨てる。


 「僕でもあんなに高い所まではジャンプできないよ」


 洋輝もギリギリと歯を鳴らし、悔しさをにじませる。


 「『光の矢』も無い今じゃ、私の弓も届かないわ!」


 弓を強く握りしめて、遥も言葉を絞り出す。


 だがその後も、こちらの悲痛な叫びなどお構いなく、波のようにムシュフシュの炎は、容赦なく打ち寄せる。


 「何か良い案はねぇのか? リーダー!」


 「……」


 俺は返答できる言葉が見つからず、口を噤んだ。

 ムシュフシュは、上空から地上へと向かう途中から炎を吐きつつ、降りてくる。

 吐き出された炎は、前方へも伸びるが、自身やマルドックの体を包むようにも燃え広がる。

 きっと両者とも、炎に耐性があるのだろう。

 つまり彼らにとって炎は、敵から身を守る鎧となるのだ。

 同じ耐性を持っているならともかく、そんな状態の者に飛びかかるのは、無謀としか言えない。


 こんなことならば、ネットの攻略法通りに、マルドックがムシュフシュを呼び出す前に、方を付けてしまえば良かった。


 自分達の強さへの過信もあったが、それ以上に、ボス戦くらいは仲間と協力した攻略を楽しみたい、と考えてしまったのだ。

 俺は自身の考えの甘さに、思わず天を仰いだ。


「ん? ……いや、このままでいい。このまま回避を続けよう。俺達は、彼奴らの攻撃を躱し続けるだけでいい」


 俺は、マルドック達が駆ける空に視線を向けながら、皆に聞こえるように叫んだ。


「なんでだ? 逃げてるだけで状況が変わるとは思えねえぞ。彼奴の炎が尽きたりでもすんのかよ」


 竜馬が苛立ちの感情そのままに、俺に悪態を吐く。


「炎の勢いも強いし、いつまでも避けられるとは限らないわ」


 遥も竜馬と同意見のようだ。


「……」


 洋輝は俺の側まで来ると、不安げな目を向けた。


「大丈夫、問題ない」


 俺はそんな洋輝に力強く答える。


 マルドックが操るムシュフシュによる炎は、周囲を火の海と化してもまだ飽き足らず、触手をさらに先へ伸ばそうと猛り狂う。


「ハハハハハッ。ほらほら、どうした。逃げてばかりじゃ勝てやしないぞ」


 現れたときの荘厳な雰囲気はどこへやら、そこにあるのは、洋輝以上に幼く見える少年の歪んだ笑みだった。

 神であるとの自尊が先行し、自身の本性すら装っていたのだろう。


 マルドックは、ムシュフシュが吐き出す炎を、自らが起こした気流に乗せ、自在にその進路を変える。

 俺達は、鞭のように激しく乱舞する炎を辛くも交わしている状態だ。今や反撃をしようにも、その余裕すら無い。


「どうすんだよ。状況は悪くなるばかりだぞ。本当にどうにかなるのか」


 竜馬が熱風に煽られ、顔を歪める。


「私、もう限界」


 遥が涙目で発狂する。


 もう洋輝などは、声を発する気力すら無い。

 周辺はほぼ焼き尽くされ、逃れられる場所も、両端が崖のように切り立った道を残すだけとなっていた。

 自然、俺達は追いやられるように、その道へと向かう。


「おい、雄。こんな道、入っちまったら……」


 竜馬が、流石に俺に追従するのを躊躇う。

 順に後を追っていた遥や洋輝も、スローダウンしていく。


「アハハハハッ。お前ら。そんなところに逃げ込んで、どうするつもりだ。もう諦めたのか」


 マルドックは、ムシュフシュを俺達の後方へつけると、退路を断つように陣取り嘲笑する。


 俺は皆へと向き直り、寸刻それぞれと視線を交わした後、すぐさま反転し、何も言わずに道の奥へと駆け出した。

 現状において、皆の信頼が俺にあるか不安を抱きながらも、先へと進んでいく。


 だが、自身の足音に混じり、確かに仲間の駆ける音が耳へと届くと、安堵から俺は溜め込まれた息を一気に吐き出した。


 思いのほか長く続いた道ではあった。

 しかし、行き着いた先は行き止まりだった。


 俺の想定通りだ。

 両端に広がっていた崖が、目の前で仲睦まじく手を繋いでいたのだ。


 俺の後を追ってきた竜馬は最初、頭を抱え、遥は渋い顔を見せ、洋輝は項垂れた。

 だが、俺が笑顔と共に上空へ目を向けると、その先へと視線を走らせ、ほっと息を吐く。


 そこへしばらくして、悠然とマルドックとムシュフシュが姿を現す。


「ご覧の通りだ。そいつで焼くなり、食らうなり、好きにしてくれ」


 竜馬は、行き止まりとなった壁を親指で指し示し、その場に腕を組みつつ座り込むと、目を瞑った。

 竜馬に倣い、俺を始め、遥や洋輝もその側に腰を下ろす。


「な、なんだお前ら。……本当に負けを認めるのか」


 マルドックは、またも予想外の展開に戸惑い、対応に苦慮しているようだった。

 そして、上空で風に揺らめく凧のように一定の場所を浮遊しながら思案した結果、出会ったときと同様の言葉を口にする。


「汝らが考えを改めるならば、友として迎え入れることは、やぶさかでは……」


 ヒューーーン、タンッタタン。


 マルドックの話が完結する前に、突如上空から何かが落ちてきた。


「おっとっとー。やばいやばい、下まで落ちちゃうとこだったよ」


 マルドックの後ろ、ムシュフシュの背の上に、一輝が波乗りをするかの如く、体を斜に構えた格好で降り立っていた。


「き、貴様。どこから湧いて出て来たんだ」


 マルドックは、背後に現れた一輝に顔を向け、目をまん丸に見開き叫んだ。


 ギギャーー。


 その直後、ムシュフシュの口が大きく開かれ、苦しげな絶叫が木霊する。

 一輝の剣が、ムシュフシュの背に深く突き刺さっていたからだ。


「悪い悪い、こうでもしないと、下まで真っ逆さまに落ちちゃうとこだったからさ」


 一輝は飄々とした態度でこともなげに言うと、勢いよく剣を引き抜いた。


 ゲピィーー。


 ムシュフシュが、先程よりもさらに悲痛な叫び声を発する。


「やめろ。貴様」


 マルドックが、今にも泣き出しそうな顔で、一輝に飛びかかろうと反転する。


「……ダメだよ、動いちゃ」


 一輝は能面さながらの無表情で、マルドックの首筋に、まだムシュフシュの体液が流れる剣をあてがう。


「あ……ああ……」


 動きを制限され、マルドックは、怒りでも悲しみでも無い瞳で、一輝を見つめた。

 そこにあるのは、誰の目にも明らかな絶望の感情だった。


「……マルドック。君は強いが優しすぎる。戦いには向いていない。大人しく負けを認めるんだ」


 一輝は静かに語りかけると、マルドックの首筋から剣を引き、鞘へと納めた。


 マルドックは、ただ呆然と虚空を見つめている。

 ムシュフシュは、ふらふらと力無く下降していき、ついには地面に崩れ落ちた。


 俺を含め皆が、一輝の元へと駆け寄る。


 一輝はマルドックが攻撃を加え始めた当初から、俺達とは行動を異にしていた。

 例の能力を使って、高く高く身を運び、戦況を上空から観察し、好機を見出そうとしたのだ。


 俺は一輝が上空で待機していることに気付き、マルドックの注意を引くことに専念した。

 その後、一輝が上空を一直線に移動したのを確認した俺は、追うようにして岩山へと突き進んだ。


 辿り着いた地形を確認した俺は、一輝が何を目的としここへ向かったのかを理解し、敢えて追い込まれる道へと足を踏み入れる。


 開けた草原と違い、両端を岩山に挟まれた道では、行動が制限される。行き止まりへと辿り着けば、もう歩んできた道を戻る以外に進むことはできない。

 だがそれは、俺達だけでなく、追って来たマルドック達にとっても同じことだ。


 狩る側として追い詰めたつもりが、実は狩られる側として、袋小路に足を踏み入れてしまっていたのだ。


 一輝は岩山のさらに上空から、動かぬ的となり果てたムシュフシュに向かって、ただ真っ直ぐ下降したに過ぎない。


 労うために一輝に駆け寄った俺達だったが、一輝の浮かない顔と、その傍で苦しむムシュフシュにしがみつくマルドックを見ると、喜びは沈み、代わりに罪悪感が浮き上がっていくようだった。

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