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夢世  作者: 花 圭介
80/119

夢世80

「くそっ! また消えちまった! こんなのどうやって仕留めるんだ!」

 竜馬が、怒りに任せて地面を思いっきり蹴りつけた。

「ネットでは、あいつを仕留めるのに、何日もかかったって書き込みもありましたからね……」

 一輝が溜息と共に腕を組む。

「僕の鼻であの子の居場所が分かっても、あの速さじゃ、とても捕まえられないよ」

 洋輝もどうすれば良いのか分からず、悲しげな声で唸った。

「攻略法としては、1つを残して他の全ての穴を塞ぐのが、最善策だって書いてあったな……」

 俺は顎に手を当て、調べた内容を思い出しながら言葉にする。

「おいおい、そんな事してる暇なんて、俺らにはねぇだろ! いったい幾つ穴があると思ってるんだ?」

 竜馬がうんざりした顔で答える。

 俺達は今、1匹目のターゲットである飴色のサーベルタイガーを仕留めた後、次のターゲットである『疾風モグラ』の捕獲を行っている。

 次のと言っても、偶々サーベルタイガーの縄張り近くに、そいつが生息していただけだが……。

 俺達の実力を持ってすれば、難易度に関係無く、近いターゲットから順に潰していくのが、最短だとの安易な考えもあった。

 だが実際は、その疾風モグラというのが想像以上にすばしっこく、尚且つ、すぐに巣穴へ逃げ込んでしまうため、触れることすらできないでいた……。

「どうします? このままじゃ、此処で何日も足止め食らっちゃいそうですけど……。ネットの情報通り、片っ端から穴を塞いでいきますか?」

 一輝は肩を竦め、お手上げ状態だ。

「……後回しにしたところで、このミッションを避けることはできない。竜馬の言う通り、俺達にはあまり時間がないが……。他に方法がないのであれば、それをやるしかないな」

 俺は不本意ながらも決断を下す。

「ちょっと待って……。できるかどうかわからないけど……」

 握られた左手を口元に軽く当てながら熟考していた遥が、自信なさげに提案してきた。



「ギッギャァッー!」

 怪鳥が、頭上を通り過ぎながら、その容姿に合致する奇怪な咆哮をあげる。

「ん? 始祖鳥? ……始祖鳥は飛べないんだったっけ? じゃあ何だ今の? ……まあいいや。とにかく丈夫そうな蔦……丈夫そうな蔦……」

 一輝は上空へと目を走らせ、怪鳥の後ろ姿を見送った後、ふいに自分に割り当てられた任務を思い出し、1人、辺りの木々を見ては森の中を物色する。

 左肩には輪っか状にまとめられた蔦の束が、すでに幾つも掛けられているが、それだけでは足りないらしい……。

 鮮やかな緑に囲まれた獣道をゆっくりとだが着実に進み、左肩の輪を次第に大きくしながら、一輝はさらに奥へと踏み入っていった。



「この森の中心は、ここら辺か?」

 竜馬が足元を確認しながら、俺に同意を求める。

 俺と竜馬は、テニスコートの一面がスッポリ入る程度の少し開けた場所までやって来ていた。

「そうだな……。ここで良いんじゃないか。遥も、だいたいで大丈夫だって言ってたしな」

 俺は腕を組み、しばし考えたが、正確である必要はないだろうと竜馬の考えに賛同する。

「ほんじゃ、性に合わないが始めるか……」

 竜馬はわざと俺に聞こえるような声で呟いた。

「……」

 俺は竜馬の言葉に返答することなく、すぐさま作業に取り掛かった。

 足元の石や背の低い草木を、その場から除く作業だ。

 テニスコート一面ともなれば、それなりに時間が掛かることは、容易に想像できる。

 俺達に任せられた作業が、最も時間が掛かるものとなるだろう。

「チッ、しゃーねーな」

 竜馬は舌打ちをして、俺の反応に不快感を表したが、これが今考えられる最善策であると理解していた事もあり、渋々だが俺と同様に整地を始めた。



「洋輝君、どうかな? 嗅ぎ分けられる?」

 遥が不安げに洋輝に尋ねる。

「大丈夫! あの子の匂いだって、あの子にくっついていた匂いだって、嗅げばすぐにわかるよ! 任せてよ!」

 洋輝は上空を見上げるように顔を上げ、スンスンと匂いを嗅いだり、地面スレスレに鼻先を近づけたりしながら、徐々に前に進んでいく……。

「そう、期待してるわ」

 遥が優しく微笑みかける。



ーー2時間後ーー



「これでようやく準備が整ったわけだ。後は、あいつがうまく罠にかかってくれるかどうかだな……。遥の見立てだと、成功する可能性はどのくらいだ?」

 俺は遥に視線を走らせ、答えを待った。

「そんなことやってみないとわからないわよ……。でも、できる限りのことができたと思うわ」

 遥はゆっくりと深く頷き、自分の計画した作戦に自信を見せた。

「そうか、それならいい。早速、作戦を実行に移そう!」

 俺の合図で、皆が持ち場へと散る。

 男連中が整地した場所から四方に分かれ、木陰に隠れつつ、蔓の先をそれぞれ握る。

 遥は、整地された場所の中心に、バケツ1杯分はあると思われる餌を撒いたあと、そこから後方へ退き茂みに隠れた。

 息を殺して、ターゲットが餌につられてやってくるのをひたすらに待つ……。

 罠の中心に仕掛けた餌は、遥特製のオリジナル草団子だ。

 遥は洋輝と共に行動し、ターゲットである疾風モグラの行動経路を追跡。その経路上に食べられた痕跡のある草花を採取して、遥のスキル『調合』により、その匂いを増幅させた餌を作り出したのだ。

 疾風モグラは警戒心が強いため、直接その草花を食している場面を見ることはできなかったが、行動経路上にあるその草花は、全て噛みちぎられていたことから、この草花が、疾風モグラの主食であることはほぼ間違いないと結論付けた。


ガサガサ……ガサガサ。


 その音は、俺と竜馬が身を潜めている茂みの丁度真ん中から聞こえてきた。

 気配を悟られないよう集中し、呼吸を控える。

 モグラの視覚は、あまり発達していない。基本、暗い土の中でひっそりと暮らし、嗅覚から得られる情報を元に行動しているためだ。

 俺達の匂いさえ嗅がれなければ、この距離でも気付かれる事はまず無い。

 その匂いについても、遥の調合した香水により、打ち消されているはずだ。


ガサガサ……ガサガサ……バサッ!


 先ほどの茂みが激しく揺れたかと思うと、次の瞬間、疾風モグラがそこから飛び出してきた。

 手足は短く、体は丸々としていて、まるで大きく実ったサツマイモのようだ。

 とても素早く行動できるとは思えない容姿だが、一度走り出すと、文字通り『疾風』のごとき速さで全てを置き去りにしてしまう。

 今は、周りに敵がいないと思っているのか、ゆったりとした歩みで、餌の方へと進んで行く……。

 毛のない顔は、肌色で、ゴワゴワとした毛に覆われた体は、赤紫色をしている。

 体をくねらせながら、短い手足を交互に出して、ゆっくりと進んで行く姿を見ていると、おちょくられているようで、少し腹が立った。

 あと数十センチで餌に辿り着く所まで来たとき、不意に疾風モグラが上半身を持ち上げ、鼻先をヒクヒクと動かした。

 『バレたか?』俺は、体も心も硬直させて、目だけで疾風モグラの行動を追った。

 疾風モグラは、鼻先をさらに激しく震わせると、餌から一歩退く。

 ターゲットはもう俺と竜馬、そして途中から合流した一輝と共に編み込んだ、網の上に立っている……。

整地した地面に、蔓の網を広げて、その網を隠すように、薄く土や草を敷き詰めたのだ。

 ターゲットの今の位置ならば、四方に伸びた蔓を引くことで、巾着袋のように閉じる罠を発動させ、捕らえることが、きっとできる。

 俺の中で、すべき時は今しかないと心が傾いた。だがその時、どこからか突き刺さる視線を感じた。

 遥だった。

 遥は俺の心の葛藤を見抜き、殺気まで孕んでいるような視線を俺に向けていた。

 遥の目は、まだ動くなと言っているようだった。

 俺は気圧された訳ではないが、今のタイミングで蔓を引くことはしなかった。

 疾風モグラは、まだ鼻先を上空に向けて、匂いを一心に嗅ぎ続けている。

 そしてもう一歩後ろへ退いたとき、「カカカッカカカカカッ」とカスタネットのような鳴声を響かせて、木々の中から鳥が1羽、飛び立って行った。

 疾風モグラの鼻先も、鳥が飛び立つ方向へ向けられたが、その鳥が遠くへ行ってしまうと、退かせた足を元の位置まで引き寄せ、今度は逆に前方へと送り出した。

 どうやら警戒の対象は、飛び立っていった鳥であったらしい……。

 警戒心から解き放たれた疾風モグラは、意気揚々と、軽い足取りで餌へと向かう。

 その歩みには、もう迷いはない。

 疾風モグラは餌を正面に見据えると、一心不乱にがっついた。

 その勢いは凄まじく、みるみる餌が減っていった。

「今よ!」

 遥の号令に合わせて、俺達は勢いよく蔓を引っ張った。

 食べることに夢中になっていた疾風モグラは、自分を取り巻く状況の変化に、ワンテンポ遅れてから気がついた。

 足に自信のある疾風モグラだが、このときばかりは余裕もなく、オロオロとその場をうろつくばかりだった。

 その間に蔓でできた網は、3、4メートル上空まで持ち上がり、絞られた巾着袋さながらの形に変化し、ぶら下がった。

 出口の閉ざされた網の中で、我に返った疾風モグラは、どうにか這い出ようと飛んだり跳ねたりを繰り返したが、外へは出られない。

「やった! 捕まえた!」

 洋輝が軽やかなステップで走り回り、喜びを表現すると、皆にもようやく笑みが溢れた。

「これであいつを直接掴み出せば、ミッションクリアってなるわけだな」

 竜馬が安堵の表情を浮かべる。

 互いに作戦の成功を労いながら、蔦巾着に近づいていくと、突然、一輝の表情が強張り、次の瞬間には叫び声を上げていた。

「あっ! ちょっとまじかよ! 見てください! あいつおかしなことを始めましたよ!」

 一輝が慌てて疾風モグラを指し示す。

 見ると疾風モグラが、鋭い爪を立てたまま網の中を高速で、縦横無尽に駆け回っている。


ギシシシッギシシシシシッ!


 蔦で編んだ巾着から、砂埃が立ち上がる。


ピシッ……ピシッピシッ!


 其処彼処から、蔦がほつれていく音が響く……。

「やばい! 早くあいつを捕まえろ!」

 俺は叫ぶと同時に、蔦巾着に向かって駆け出していた。


ピシッピシッピシシシシシッ!


 蔦のほつれる音が連なると、巾着はあれよあれよという間にその形を乱し、大きな穴をいくつも作っていった。

 そして、その中でも1番大きな穴を見つけると、疾風モグラはそこへ向かって突進する。


「やめてくれー!」


 俺達の願いは届かず、コルクの栓を抜く音色に似た音と共に、疾風モグラは蔦巾着から飛び出し、綺麗な放物線を描きながら、地上へと落ちていく……。


 過信が招いた失敗だ。

 皆が頭を抱える中、遥だけは悠然と足を運んだ。

 疾風モグラは降下しながら、勝ち誇った笑みを浮かべている。

 ……だがその前足は、地面を踏みしめることはなかった。

 疾風モグラは、下降途中でその体を硬直させ、無駄に半回転し、地上に背中から墜落したのだ。

「ゲピッ!」

 声にならないノイズを残し、その場に石ころの如く転がる。

 訳も分からず佇む男連中を置き去りにして、遥が疾風モグラの元に到着し、徐に抱き上げる。

「捕まえーった! ……まったく、往生際が悪いんだから!」

 遥が疾風モグラの目を真正面から見つめると、疾風モグラは照れたように鼻先を赤らめ、『ポンッ』と軽やかな効果音を残し、煙のように消え去った。

「どういうことだ?」

 俺は遥のもとまで小走りに駆け寄る。竜馬達も首を傾げながら集まって来る。

「フフフッ、私のファインプレーね! 尾引寄せるだけの餌にするんじゃもったいないから、神経系を麻痺させる薬も一緒に混ぜ込んだの。偉いでしょ!」

 遥は説明を終えると、腰に手を当て、得意げに胸を張った。

「……女って、恐えーな」

 遥の説明を聞いた竜馬が、血の気の引いた顔で、俺に同意を求める。

「……確かに」

 俺は上目遣いに遥を見ながら、恐々と相槌を打った。

「何よ! その反応は! ここは、拍手喝采の場面でしょう!」

 遥が眉間に皺を寄せ、抗議する。

「だってなー、気に食わない事でもしたら、気付かないうちに食いもんか何かに、調合した毒を盛られているかもしれねーなって……。おー怖っ!」

 竜馬は喋りながら想像してしまったのか、1つ身震いをした。つられて俺と一輝も身震いをする。

「遥お姉ちゃん! 僕は怒るようなこと、何もしてないよね! ねっ!」

 洋輝が必死に遥にすがりつく。

「大丈夫! 大丈夫! そんなこと絶対にしないから! ……あんたたち、いいかげんにしなさいよ!」

 遥は洋輝を宥めると、般若の如き表情で、俺達に向き直った。

「わ! わっ! 冗談ですよ、冗談! 抜け目のない行動、感服致しました! 流石です! 姉御っ!」

 一輝は調子良く言葉を並べ……そして自滅した。

 絶え間なく風を切る弓矢の調べをBGMに、俺と竜馬は、一輝がいなくなった後の人選を、本気で話し合っていた……。

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