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夢世  作者: 花 圭介
79/119

夢世79

 四方から様々な音が耳へ流れ込んでくる……。

 それは水の流れる音であったり、草木が風によって擦れ合う音であったり、虫や鳥などの鳴き声であったり、と大半が耳にしたことのある音なのだが、時折何の音であるのか判断できない異様な音が混じることがある。

 それら不可解な音を耳にする度、遥の体がビクンと震える。

「何! 何! 今の音! また、変な音がしたわ!」

 竜馬を先頭に進行していく列の真ん中で、縮こまりながら遥が悲鳴に近い声を上げる。

「大丈夫ですよ。聞いたことのない音ですが……。きっと、象やキリンを超える大きな動物が、木々をなぎ倒して進む音とか、肉食動物とかが獲物の骨を噛み砕いている音とか、そういった類の音ですよ」

 一輝が自分なりに聞いた音の分析をして、すぐ後ろを歩く遥に伝える。

「木々をなぎ倒したり、骨を噛み砕いたりしてる音ね……。って、全然大丈夫じゃないじゃない!」

 遥が発狂しながら、目の前の一輝の背中をガンガン叩く。

「痛い! 痛い! 何の音か分からないから、怖かったんじゃないんですか? イテテテテッ!」

 一輝は、自分の思った反応が返ってこなかったことに驚き、遥の攻撃を避けるように逃げ惑う。

「おいおい! あまり騒ぐなって! ターゲット以外の奴まで集まっちまうだろがっ!」

 竜馬が駆け回る一輝と遥を怒鳴りつける。

 竜馬の言うターゲットとは、3層への扉を開けるために、倒さなければならない敵を意味している。

 この2層は、1層とは異なり、階というものがない。

 1つの世界として、形を成しているだけだ。

 そのため、3層への道はターゲットを倒すことで開かれる。

 ターゲットとなる敵については、2層の丘を駆け下りたと同時に、頭の中へ一覧となって伝達された。

 倒す敵は5体、攻略する順番に決まりはない。

 難易度の低い順に倒そうが、相性の良さそうな順番で倒そうが構わない。

 最終的にターゲットにあたる敵を全て倒しさえすれば、ボスが現れる流れとなっている。


 ガサガサガサッ!


「あー、やっぱりな」

 遥に一輝、それに竜馬が加わったドタバタ劇が、何をもたらすか予想していた俺は、当然の成り行きに頭を抱えた。

 騒がしい音に誘われ、現れたのはサーベルタイガーの群れだ。

 1、2、3、4……5、俺達と同数の個体が確認できる。

 鋭い目付きと唸り声を上げて俺達を威嚇し、すでに狩る気満々といった様子だ。

「おっ! ラッキーだったな! 最後尾は、奴だぜ!」

 竜馬が、木陰から日のもとに現れた最後尾のサーベルタイガーに目を向ける。

 金糸雀色の体毛に覆われた群れの中から、ノソノソと歩み出たその個体は、一頭だけ飴色の毛並を風に靡かせていた……。

 他の者よりも一回り大きく、眼光鋭いその体貌は、群れを率いるに相応しい趣がある。

「カッコイイ!! 僕も、あの人みたいにかっこ良くなりたい!」

 洋輝が鼻息荒く、皆に向かって吠える。

「何言ってやがる! 倒す相手に憧れてどうすんだ!」

 竜馬が洋輝を一喝する。

「ご、ごめんなさい」

 洋輝は竜馬の声に驚き、一瞬体を縮こまらせる。

「……戦う相手をじっくりと観察しろ。細かな動きまで注意深く、よく見るんだ。そうすれば、相手の強さが見えてくる。お前よりも強そうか? 怖く見えるか?」

「……ううん。そうは思わない。きっと……僕の方が強いと思う。怖さも感じない」

 洋輝の目から次第に興奮の色が消え、自信の光が宿っていく……。

 そして、その光が洋輝の瞳を満たしたとき、獲物を狩るために、己全てを研ぎ澄ました狼の姿がそこにあった。

 とても静かで、とても冷たい眼差しが、飴色のサーベルタイガーの目を見つめ返す……。

「グルルルルッ! グガルルルルッ! グワッーツ!」

 洋輝に見つめられた飴色のサーベルタイガーは、徐々に苛立ちを隠せなくなり、遂には感情に任せ飛びかかってきた。

「その"赤毛"は、洋輝! お前に任せたぞっ!」

 竜馬が、洋輝を横目で見ながらニヤリと笑う。

「……」

 洋輝は言葉を使わず、軽い頷きだけで応じた。不必要な行動を最大限削ぎ落とす、という強い意志が感じられる。

 纏っている雰囲気が、今までの洋輝とは明らかに違う。仲間である俺であっても、近づくことすら躊躇ってしまうほど、危険な存在に思えた。

「ヒュッー!」

 竜馬がその洋輝の態度に、満足気に感嘆の口笛を吹く。

 俺達は、"赤毛"に倣って向かってくる他の奴等を、それぞれ迎え撃つために体勢を整える。

 サーベルタイガーはその容姿に違わず獰猛で、好戦的な獣であるらしい……。

 群れのボスである"赤毛"が、アクションを起こしたことで行動制限がなくなった。途端、他の者も欲望を爆発させ、涎を滴らせながら迫ってきたのだ。

 そして、我先にと自身の獲物を定め、迷いなく本能のままに牙を剥く。

 ちょうど火花が散るような、洋輝と"赤毛"が交わった刹那、その場所を中心に、諸所へ散らばったかたちだ。

 ボスの獲物に手を出すことはできない、という群れの中の暗黙の了解があるのだろう。

 俺達は、そいつらの攻撃を巧みに往なしながら、しばらく洋輝と"赤毛"の攻防を観察していた。

 正直なところ、パーティ内でバトルにおいて、最も不安視されるのは洋輝だ。

 それは当然であり、仕方のないことだ。

 資質や能力については、何の問題もない。むしろ、かなり優れた方に分類できるだろう。

 しかし、精神面については、流石にまだ発展途上にあるはずだ。

 パーティで行うバトルにおいて、最も重要なのは『連携』となる。周囲の状況を把握し、それに応じた最善策をできうる限り迅速に、選び出さなければならない。

 優勢か劣勢かの判断も付かずに、私欲を優先してしまえば、自身の獲物を仕留めたは良いが、辺りを見回した時、四面楚歌だったなんてこともあり得るのだ。

 洋輝と"赤毛"との攻防は続いている。主に攻撃を繰り出しているのは"赤毛"の方だ。洋輝は防戦一方といった形で、何とかダメージを最小限にとどめている状況である。

 ボスである"赤毛"は、やはり他のサーベルタイガーとは比較にならないほど強かった。

 パワーは勿論のこと、俊敏性においても、そのガタイからは想像できないほど抜きん出ていた。

 竜馬は、洋輝を鼓舞するために、ああいう物言いをしたのだろうが、洋輝に"赤毛"を任せることは、率直に言って、酷に思えた。

 洋輝の体には、時間と共に裂傷が刻まれていく……。

 その状況を見かねた遥が、耐えきれなくなり、交戦していたサーベルタイガーを仕留めるために動き出す。

 木々の間を器用に渡り歩きながら、相手との距離をとり、相手の動きを制限するためだけに放っていた矢を矢筒へと収め直す。

 それを目にしたサーベルタイガーは、遥のいる木の枝へ向かって、ここぞとばかりに飛び移る。

 サーベルタイガーの爪が、遥に届くかと思われた瞬間、遥は後方へ倒れ込む動作と共に、右足を大きく蹴り上げた。

 遥の蹴り上げた右足は、見事にサーベルタイガーの顎をヒットし、そいつの体を上方へと浮遊させた。

 遥はそのまま下方へと落ちながら、弓を構え直す。

 そして、空中で方向転換もできずにバタつくサーベルタイガーの胸を、一投のもとに貫いた。

 遥はそれを見届けてから反転し、地上へしなやかに降り立った。

「今、行くわ! 洋輝君!」

 遥は、皆に聞こえる大きな声で叫んだ。

「……なんだ。問題無いんだね。じゃ、僕もこの人だけに集中するよ。ちょっと待っててね」

 遥の叫び声は、洋輝にも届いていた。

 だが遥の声が届くよりも早く、洋輝は皆の状況を自らの目で確認している……。

 "赤毛"と対峙しながらも、俺達全ての戦闘に気を配っていたのだ。

 遥の動作が一変し、相手を凌駕したことを知ると、洋輝もまた行動を変化させた。

 サーベルタイガーのボスは強い。攻撃力、耐久力、俊敏性どれを取っても洋輝を上回るだろう。

 けれど、戦いはそれだけでは決しない。

 自分の置かれた状況を把握し、相手の情報を読み取る。そして、効果的な作戦を立案する。

 ここまでできた者が、最終的な勝者となるのだ。

「グガァッツ!」

 "赤毛"が洋輝のダメージを蓄積させるため、間断なく襲いかかる。

 それはダメージの蓄積が、獲物の動きを鈍らせることを熟知しているためだ。

 確かに序盤は"赤毛"の思惑通り、洋輝はダメージを受け、それを積み重ねていった。

 だが攻防が続くうち、次第にダメージが積み上がる事は無くなっていく……。

 洋輝が戦闘を重ねる度に、"赤毛"の攻撃パターンを覚え、回避方法を学んでいったためだ。

 いくらサーベルタイガーの俊敏性が、洋輝のそれを上回っていようが、攻撃パターンを読まれてしまっては、ダメージを蓄積させる事はできない。

 鋭い爪や牙は、洋輝の体にあと1歩というところで届かなくなる。"赤毛"はなぜ届かないのか疑問を抱きながらも、あと少しとの思いから、攻撃を繰り返す。

 洋輝の耐久力を奪い続けているとの錯覚が、無意味な攻撃を繰り返させ、結果、自身の体力だけが削られていることに気付けない……。

 "赤毛"から俊敏性は失われ、それに伴い攻撃力までもが低下していく。

 洋輝は忍耐強く、能力値が逆転する機会を待ち続け、そして成功した。

 "赤毛"が再度繰り出した攻撃は、洋輝を捉えられず空を切り、ついにその時が来たと知った洋輝は、"赤毛"の首根っ子に噛み付いたのだ。

 "赤毛"は虚を衝かれ、慌てふためき、残りの体力を振り解く事に費やした。

 "赤毛"が身をよじるたび、振り子のように、何度も洋輝の体は大きな半円を描いたが、深く食い込む牙が、離れることは無かった。

 ネジを巻かれることのない振り子時計は、振り子をか弱く数度振った後、小さな吐息と共に、その場に崩れ動かなくなった……。

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