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夢世  作者: 花 圭介
78/120

夢世78

「さっき別れたばかりなのに、また顔を合わせてるって不思議な感じね。『お休みー』って挨拶をしたのが、バカみたい」

 遥が俺の顔を見ながら、クスクスと笑っている。

「俺だって同じだよ。『じゃあな』何て言って、手を振ったのが恥ずかしくなる」

 俺は収まりのつく表情が分からず、苦笑するしかなかった。

「どうかしたんですか?」

 一輝が笑い合う俺達の様子を見て、声を掛ける。

 一輝としては、前回の別れ際のやり取りを引きずっているのではないかと、内心ヒヤヒヤしていたのかも知れない……。思いのほか、遥の機嫌が良い事を不思議に感じたのだろう。

「いや、大した事じゃない。現実世界で別れてすぐ、ここで再開って体験が可笑しくてな」

「あー、タケさんと遥さんは、家が隣同士でしたっけ、さっきまで一緒だったんですか?」

「ああ、玄関先で別れて、お互いすぐに寝たらしい……。だから、瞬きをしたら遥がもうそこに立っていたって感じだ」

「ハハハ、それは確かに面白そうですね! 今度俺ともやってくださいよー」

 一輝はにこやかに笑うと、そうせがんだ。

「まぁ、機会があったらな」

 俺は適当な返事をしてその場を流す。

「一輝君……。私は、まだ完全に許したわけじゃないからね」

 チラチラと自分を覗き見する一輝に気付いた遥は、冷ややかな視線と共に、抑揚の無い声で言葉を発すると、そのまま反転し、その場を離れた。

「あっ……」

 一輝は遥を呼び止めようと、その後ろ姿に手を伸ばしかけたが、そこから先のアクションを起こすことができなかった。

 遥は、俺にだけ見えるように舌を出してみせ、してやったりの表情で通り過ぎる……。

 哀愁を漂わせる一輝の姿に、俺は心のどこかで満足していた。




「よー! お前ら、待たせたな!」

 そこへしばらくして、竜馬が洋輝と共にやってきた。

「これで全員揃ったな。それじゃあ『バベルの塔』攻略の続きを進めよう!」

 全員の意識が重なると、体は瞬時にセーブポイントへと転送された。

 1層のボスがいた部屋の奥に、2層へと続く階段が見える。

 俺達は、その階段を1歩1歩踏みしめ、登っていく……。

 両側の壁にはランタンが灯っており、周辺と足元を照らしているが、光源が少し足りていない。

 自然と歩も遅くなる。

「タケさん、タケさん、そう言えば、宝箱の件について、ちょっとネットで調べてみたんですよ」

 一輝が視線は足元に向けたまま、俺に話しかけてきた。

「ん? 宝箱? ああ、空っぽだったことか?」

「そうです。だって、納得いかないじゃないですか……。それでですね、いろいろなサイトを見てみたんですが……宝箱自体の記述が、全くないんですよ。普通なら、絶対文句の1つでも書いてあるはずじゃないですか?」

「……確かにな。ボス戦の戦利品だからな」

 俺も以前調べた内容を思い返し、宝箱についての記述があったかどうか考えてみたが、思い当たるものはなかった。

「そこで『バベルの塔』をやってる知り合いに、話を聞いてみたんです。そしたらその頃は、宝箱自体なかったって言うんですよ。もらったのは宝箱じゃなくて、ドリームコインだったらしいんです」

「ん? 内容が変わったってことか?」

「そうです。それもごくごく最近に……。なぜならそいつ自体、1層のボスを倒したのが、2週間前くらいだって言ってましたから。……どういうことなんですかね?」

「……特にプログラムを変更したって連絡も来てないよな?」

「はい、俺にも来てないです」

「私にも無いわ」

「俺にも来てないぞー!」

「僕にも無いよー!」

 洞窟の中のように声が響くため、一輝との会話を聞いていた後続の仲間からも返事が届く。

 後半の2人に関しては、わざと声を響かせるために返事をしただけだろうが……。

 俺は足を動かし続けながらも、ボス戦の報酬がドリームコインから宝箱に、それも空っぽの宝箱に変えられた理由について考えていた。

 俺が運営者ならば、ボスを倒した報酬は、特別な物として考えたくなる。

 レアなアイテムだったり、必要になってくるアイテムだったり、何かしら意義のある物としたいと考える。

 その点ドリームコインは、アナザーワールドの通貨であるため、様々なことに利用はできるが、特別感に欠ける……。

 やはり、宝箱の方に1票投じたいところだが、今回の場合、宝箱の中身は空である。

 これではただ単に、プレイヤーの不満を煽るだけで、何の意味もない。

 俺は何度も考えを巡らせてみたが、運営がこんなことをする理由が思い当たらなかった。

 そうこうしているうちに、俺達は階段を上り終えていた。小さな踊り場の先に、両開きの扉が見える。

 先頭を歩いていた俺と一輝が、目くばせをして、2層への扉を同時に押し開く……。

 そこは、小高い丘の上であり、周囲を一望できる場所だった。

 全員がその場に立ち並び、言葉を失う。

 眼前に現れたのが、大自然のパノラマだったからだ。

「流石はアナザーワールド!!」

 一拍の時を挟んで、一輝が思わず声を上げた。

「ワオーン!!」

「こりゃ、すげーな!!」

 洋輝は咆哮し、竜馬も感嘆の声を上げる。

「……」

 遥に至っては、声を発する事もできずに、感動でうっすら涙さえ浮かべている状態だ。

 勿論、ネットの攻略サイトでもこのことは、大々的に書かれてはいた。

 様々な言葉を用いて、2層へ出たときの感動が表現されていたため、俺達もいろいろと頭の中で想像を膨らませていた。

 だが、こればっかりは、実際にこの景色を目にしなければ、どれ程のものかは分からない。分かり得ない。

 俺達は、見渡せば見渡すほど、その場の景色に魅了され、圧倒され、しばしの間、考えることすらできなかった。

 地平線の彼方まで、大自然が埋め尽くしている……。

 無限大に広がる大地には、数多の生命が宿り、営み、命の炎を灯している。

 陽の光は、大地に根付く緑を青々と煌めかせ、波紋が広がる湖の湖面に、自らの分身をいくつも創り出している。

 湖に波紋を作り出しているのは、水鳥や魚ばかりではない。

 豪華客船のように優雅に水をかき分け進みながら、辺りの木々よりもさらに上方から地上を見下ろす姿があるのだ。

 ブラキオサウルス……。確かそいつは、そんな名前の持主だったはずだ。

 1億数千万年前、確かに地上を闊歩していた生物。夢よりも夢のような現実だ。

「あんなのが本当に地球上にいたなんて……考えられない」

 一輝が口をあんぐりと開け、その巨体の動く様を眺めたまま呟いた。

 俺達の視線を釘付けにしているその生物は、ただ喉の渇きを潤しに湖までやって来ていたようだ。

 上体が湖の半分まで浸かると、徐に首を擡げ、水中へと顔を埋める。

 そして、遠目からでも確認できるほど長い首を、大きく震わせ水を体の中心へと送り込んでいく……。

「湖の水……無くなっちゃうかな?」

 豪快な飲みっぷりを目の当たりにして、洋輝が思わず疑問を投げかける。

「ハハハ、確かに凄い勢いだけど、流石にそんな事は無いさ」

 俺は笑ってみせたが、未だに水を飲み続けているその姿を見ると、少々不安になった。

「おい、もう絶景は堪能しただろ? そろそろ『狩り』の準備をしようぜ!」

 竜馬が皆を振り返り、にんまりと笑う。

「そうですね! ガンガン狩って、先へ進みましょう!」

 一輝が何度も頷いて、得物に手をかける。

「最初は、どんな敵かな?」

 洋輝が狼らしく舌なめずりをする。

「え? もう? まだ観ていたいのに……」

 遥が絶景を少しでも自身の心に留めようと、遠くを見つめたまま不満を述べる。

「遥の気持ちも分かるが、時間は有限だ。皆の言う通り、やるべきことをやり先へ進もう」

 俺の言葉に、遥がしぶしぶ首を縦に振る。

「ほんじゃ、行くぜ!」

 提案が通ったことを確認した竜馬が、先陣を切って丘を下り出す。

 それにならって、皆も順に丘を下り出した。

 俺達は、自然の空気を胸いっぱいに吸い込み、活力に変えながら、大自然のパノラマを後にした。

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