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夢世  作者: 花 圭介
75/120

夢世75

「ぬんっ!」

「おらっー!」

 ハルバードと大剣とが激しくぶつかり合い、火花を散らす。

 竜馬の渾身の一撃を、エヌルタがそれを凌ぐパワーで打ち払う。

 このやり取りを一体何度、繰り返しているのだろう……。

 周囲には、竜馬とエヌルタが放つ攻撃によって、舞いあげられた細かな砂埃が立ち込めている。

 俺を含む他の仲間達は、そのやり取りを四方に別れて、少し離れた場所から観戦している状態だ。

 手を出せない訳ではない。

 確かにあれだけの攻撃が飛び交う中へ加勢に加わるには、タイミングを見極める必要がある。

 だが、それをできない俺達ではない。

 各々が竜馬やエヌルタに匹敵する、或いは上回る手練れである事を自負している。

 それを敢えて行わないのは、竜馬が叫んだ一言による。

「お前らは手を出すな!」

 竜馬がそう叫んだのは、切り込んだ一撃とエヌルタが貫こうと試みた突きとが、一点で重なり弾けた直後だった。

 武人は武人を知る。

 交えた互いの一撃により、相手の技量が自身の技量に劣らない事を鋭敏に感じ取ったのだ。

 単純に考えれば多勢に無勢、5人でかかれば打ち倒す事は容易いだろう……。

 だが、武人というものは、刹那の戦いを好むものらしい。

 理よりも情を取る傾向がある。

 竜馬の心は、今まさにその『情』で胸中を満たしていた。

 そしてそれを理解してしまった俺達は、竜馬とエヌルタから距離をとって、機会を窺うことしかできなくなってしまったのだ。

「せいっ!」

「おりゃっー!」

 互いの攻撃がかち合うたびに、体の中心を衝撃波が突き抜ける。

 最初は五分五分に思えた戦いも、時間の経過とともに『自力の差』が表面化し始めた。

『自力の差』と表現してしまうのは、おされている者にとって、不本意であるかも知れない。

 それはただ単に、体格差が生み出すパラドックスに似た現象に過ぎないのだから……。

 技量に差はない。

 エヌルタには竜馬を超えるパワーがあり、竜馬にはエヌルタを上回る敏捷性がある。それら互いに上回る能力値は相殺され、力は拮抗していると言って良い。

 自ずと譲らぬ攻防が繰り返される。

 まず初動の早い竜馬が、エヌルタに先んじて斬撃を放つ。

 だがそれは、エヌルタの高い対応能力によって届く前に防がれ、逆にパワーによって弾かれた竜馬の体は、大きく後方へと飛ばされる。

 竜馬がその衝撃を耐え抜いた後、次の一手を繰り出すのだが、その間には、エヌルタも同様に次の攻撃準備を終えている。

 結果、攻防はふりだしに戻り、互いに相手の体勢を崩すまでには至らず、拮抗した斬撃のやり取りが繰り返されてきたのだ。

 だがここで、百戦錬磨の竜馬が手法を変える。

 エヌルタに斬りかかったものの、初太刀は交えず、相手の攻撃を躱したのだ。

 エヌルタの攻撃を受けることによって生まれる時間的ロスを解消するためだと思われる。

 竜馬は、エヌルタの鋭い攻撃を何とか躱すと、半ば当てずっぽうに斬撃を繰り出しながら駆け抜ける。

 竜馬本人も『当たりさえすれば良い』という感覚で剣を振るう。何処に当たろうが構わない。

「うぐっ!」

 エヌルタから悲痛な声が漏れる。

 エヌルタの踏み込んだ右ふくらはぎ辺りに裂傷が生じていた。

 更に次の攻防では、エヌルタの左足大腿部を竜馬の大剣が斬り裂いた。

「おのれっ!」

 先程も述べたが、竜馬とエヌルタの力は拮抗している。

 にも関わらず、結果に差が出るのは『的』の違いからだ。

 ダーツで単にダーツボードに当てるのと、ブルを狙うのとでは、難易度は大きく異なる。

 ある程度経験を積んだ者ならば、ダーツボードに当てるだけならば、目を瞑っていても当てることができるだろう。

 だがブルを狙うとなると、そう容易くはいかない。

 例えは悪いがこの対決の場合、エヌルタがダーツボードで、竜馬はブルと考えれば、差が生まれた理由がよく分かる。

 ブルを狙い続けなければならないエヌルタの攻撃難易度は高く、精神疲労は激しい……。

 それに代わって、竜馬のそれは、比較にならないほど容易で気安い。

 何度かの攻防を経て、その点に気付いた竜馬は、それを実行に移したのだ。

 時間の経過と共に、エヌルタの体に傷が刻まれていく……。

「小癪な人間め! 思い知るが良い!」

 エヌルタの雄叫びに合わせて、ハルバードの先が蒼白く輝くと、1点に集約された光が、竜馬目掛けて疾駆する。

「ぐぁっ!」

 光が竜馬に到達すると、その体を飲み込み、全身を蒼白く点滅させた。

 感電したように、竜馬の体からバチバチと激しい轟音が鳴り響く……。

「竜馬!」

 俺を含め、皆が竜馬に駆け寄ろうと身構える。

「大丈夫だ! 俺はまだやれる!」

 竜馬が、まだ所々体から光を発しながらも、そう叫ぶ。

 俺達は、その竜馬の気迫に押されて、その場に留まる。

「やってくれたな……エヌルタ。てめえが純粋な剣技対決を汚すなら、俺も勝つための手段は選ばねえぜ、覚悟しな!」

 竜馬は『ダブル』で対戦した時と同じように、右腰に収められたレイピアに手を伸ばすと、ゆるりと引き抜いた。

 その光景を目の当たりにして、俺と一輝は思わず顔を見合わせ、唾を飲み込んだ。

 当時の嫌な感覚が蘇る。

 竜馬の左腕から浮き出た血管が順々に空色へと変化していく……。

 俺達の行動を警戒し、距離をとっていたエヌルタだったが、竜馬の異様な変化を目にし、警戒心すら疎かにして成り行きを見守る。

 エヌルタはきっと、あの時の一輝と同じ心情に支配されたに違いない。

 俺は、エヌルタの様子から自然とそう分析した後、周囲を軽く見渡した。

 遥や洋輝も、エヌルタを取り囲む陣形を保ったまま、目線を竜馬に向けていた。

 2人とも蝋人形の如く、呼吸することすら忘れて、竜馬に見入っている。

 俺はそれだけ確認すると、皆と同様に竜馬に視線を走らせた。

 その頃には、竜馬の体をめぐる血管は、全て空色に染まっていた。

「そんじゃ、始めるぜ……」

 竜馬は、囁くように戦闘の再開を宣言すると同時に、茶色がかっていた瞳を豹さながらに黄色く輝やかせた。

 ……それから先は、切り刻まれていくエヌルタを、ただ哀れみの目で見つめるしかなかった……。

 竜馬の踏み込みは、いつもよりも速かった。

 竜馬の斬撃は、いつもよりも鋭く、力強かった。

 変化したのは、たったそれだけだ。

 特殊能力を発動させた訳ではなく、全ての能力が、少しだけ向上したに過ぎない。

 だがそこには、受け入れ難く感じるほど、デタラメな強さがあった。

 全ての能力値の向上は、相乗効果を生み出し、人の限界を逸脱してしまっていた。

 エヌルタが繰り出す奥の手は、竜馬を掠めることもできずに地面に透過していく……。

「お前は、神をも超えるのか……」

 寸刻後、エヌルタは絶望の言葉を残し、その場に崩れ落ちる。

 勝敗は決した。

 竜馬は、まるで逆再生するように、抜き放ったレイピアを静かに鞘へと納めた。

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