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夢世  作者: 花 圭介
73/119

夢世73

 細部まで装飾が施されたボックスが、テーブルの上で異彩を放っている……。

 重厚さを感じさせる濃いブラウン色のウォールナットを使用し、周りを金で彩った代物だ。

 その趣だけで、語らずともこれ自体が、レアアイテムであることを主張している。

 大きさは、俺が広げた両掌にすっぽりと収まるほどだが、中を覗くと、果てない黒色が展開しており、底が見えない……。

 そんな得体の知れない箱の中へ宝玉を入れるのは不安だったが、塔矢に勧められ、洋輝達にも懇願の眼差しを向けられては抗うことはできない。

 俺の手からこぼれ落ちる宝玉が、黒い海へと沈んでいく様は、なぜだかわからないが、恍惚とした心持ちにさせられた。

 宝玉を投入し終わった後も、俺は箱底の黒い湖面をぼんやりと見続けていた……。

 そんな俺を押し退け、塔矢がトラップキャンセラーの蓋を閉じる。

 箱が閉じられたことにより、呪縛から解放された俺は、まだ朦朧としている頭を振って、意識を鮮明にしようと心がけた。

 こうして俺達は現在、目の前にあるボックス、トラップキャンセラーを黙って見つめることとなった。

 トラップキャンセラーの天辺には、ピンポン球程度の突起物があり、少し灰色がかった黒色で満ちている。

 どうやらこの突起物が、投入されたアイテムに反応して、青色もしくは赤色に変化するらしい……。

 今は、中のアイテムを調べている最中なのか、パソコンのハードドライブが駆動する音によく似た機械音を響かせている。

 この音が止まると解析が終わり、結果が反映されるということだ。


 ウィーーン……。


 いよいよその駆動音が、トラップキャンセラーから発せられなくなった。


 皆の視線が、より熱くトラップキャンセラーに注がれる……。

 黒色だった突起物の中心が、絵の具の付いた筆先を水に浸すときのように、じんわりと色を変えていく。

 そして辿り着いた色は、快晴の空を描くために必要な青だった。

「ふぅー、驚かせやがって。やっぱり青だったか……。そう簡単にババを引くほど、俺の運は悪くねぇーんだよ!」

 竜馬が、つい先刻まで強張っていた顔を一変させ、声高らかにそう発すると豪快に笑った。

「ですよねー、1層目からトラップ付きのアイテムなんか、出てこないですって!」

 一輝も竜馬を真似て笑い声をあげる。

「そうそう! まだ始めたばかりだもの。考えてみれば、すぐにトラップアイテム拾っちゃうなんてこと、あり得ないよねー。もうっ! ちょっとだけ心配しちゃったじゃない!」

 遥も2人に合わせて同様の反応を示す。

 横一列に並んで、体裁を取り繕っている3人に、俺は冷ややかな視線を浴びせた。

「僕、どうなることかとドキドキしちゃった」

 洋輝が俺の横までフラフラと歩み寄り、脱力したようにストンと腰を落とす。

「ああ、そうだな。俺もホッとしたよ」

 俺も洋輝にならって、正直な感想を口にすると、洋輝の背中を軽く2度叩いた。

「何事もなくて良かったな。ほら、この宝玉は返すよ」

 塔矢はそう言うと、いつの間にかトラップキャンセラーの黒い湖面にプカプカと浮いていた宝玉を掬い上げ、俺の前に差し出した。

「……ありがとな、助かったよ」

 俺は宝玉を受け取ると、念じてクロコの中へと転送する。

「これで、心を気なく『バベルの塔』攻略へ向かえるな」

 塔矢が軽く口元を綻ばせる。

「ああ、そうだな。これからすぐに向かうつもりだ。……ところで塔矢のパーティはどうしてるんだ? 結局、新メンバーにも会えていないが……」

「俺達の事は気にしないでいい。雄彦達は、雄彦達の考える最善を尽くして、『バベルの塔』の攻略を推し進めてくれ。独自ルートから得られた情報の擦り合わせは、事あるごとに俺の方からコンタクトするから……。とは言っても、やはりこちらの現状も気にはなるか……。まあ、こちらも先程出発の準備は整ったとの連絡を受けている。だから、今すぐにとはいかないが予定通り、今日中には攻略を行なっていくつもりだ。同じ『バベルの塔』攻略を進めて行くんだ、新メンバーともそのうち顔を合わせるときがくるだろう……。お前らに先行されたことは想定外だったが、すぐに追い抜いてみせるさ」

 塔矢が俺の問いを遮って、得意げな笑みを浮かべる。

「そうかよ、期待してるぜ。このまま先行して、お前らの情報を必要としないまま、目的達成しちまったら、共同戦線の意味が無いからな」

 俺は塔矢のパーティへ加わった新メンバーが気にはなったが、攻略達成後にその顔を拝んでやるのもまた一興かと鼻を鳴らした。

「せいぜい頑張れよ。……こちらの用は済んだ。わざわざ呼び付けて悪かったな。もう行って構わないぞ」

 塔矢は俺の嫌味をさらりと躱して、出発を促した。




「もう、毎回部屋中探索しなくていいんだよな?」

 竜馬が丹念に腰を左右へ捻りつつ、俺の方へ視線を向けて念を押す。

「……そうだな。現存の情報は、十分知り得た。新たな情報は、塔矢に任せておけばいいだろう。なら俺達は、最短ルートで上層を目指すことに集中した方が、効率が良いだろう」

「それを聞いて安心しました。じゃ、ガンガン進んじゃいましょう!」

 一輝が、トントンと軽くジャンプを繰り返しながら、嬉しそうに微笑む。

 ここは1層3階のセーブポイント。

 前回攻略を中断した場所だ。

 部屋の中央に、絡ませるように指を組み、祈りを捧げる女神像が据え置かれ、その前には、空色に明滅する球体が置かれた台座がある。

 睡眠のための緑球体を置いた台座と、ほぼ同様の形をしているが、こちらの球体は一回り小さく、触れる必要もない。

 女神像と台座は、この部屋がセーブポイントであることを示す、オブジェでしかないためだ。

 この場所では、パーティ全員の意思がそろえば、現状のセーブと共に転送が行われる。

「やることが明確になっていると、やっぱり気分も違うわね」

 遥が背伸びをしながらにこやかに答える。

「……確かにな。俺は、何もわからないところからの探索も好きだが、道が見えるのも悪くない」

 俺も皆にならって、手首や足首を解していく……。

 正直、夢の中でのこの動作は、肉体を持たない現状、意味がないのかもしれない。各々、その事は承知している。

 だがこの行動は、心のやる気パラメーターに働きかけ、その数値を押し上げる。

 ……俺の勝手な想像だ。

 鼓動の高鳴り、仲間の表情、それらが俺にそう主張しているように思わせたのだ。

「それじゃ、みんな準備はいい? 行くよ!」

 洋輝が高らかに宣言すると、仰け反るほど背を反らし、元気よく長い遠吠えを響かせた。

「行くぞ!」

「よっしゃー!」

「イヤッホー!」

「それーっ!」

 抑えきれなくなった衝動そのままに、皆駆け出し、我先にと部屋を後にする。

 手を振りこそしないが、部屋に残された女神像は、その様子を慈愛の微笑みを湛えたまま、見送り続けていた。

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