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夢世  作者: 花 圭介
72/119

夢世72

「……で、また俺たちを集めた理由は何なんだ?」

 俺は不機嫌さを隠さず、目の前にいる男の双眸を睨み付けた。

 男は、俺の苛立ちに気付きながらも、平然と俺の目を直視した。

 背は高いが、肉付きの良い方ではない体を、壁に預けながら、男は、細長い腕を胸の正面で絡ませる。

 白妙の面に黒い瞳が凛と煌めく……。

「……その前に、どうして俺の言うことを聞かなかったか、答えてもらいたい」

 男は表情を変えずに、抑揚の無いトーンで、俺の質問に質問を重ねる。

「言うことを聞かなかった? なんのことだ?」

 俺は、質問を上書きされた不満をプラスして、眉間に浮かべた皺を更に深める。

 ここは、ミルキィウェイの店の奥、いつもの会合場所だ。

 『バベルの塔』攻略に、今まさに向かおうとした矢先、テレフォンで呼び出されたのだ。

 一刻も早く5層へ到達し、攻略したいと望む思いに水を差され、気分は最悪だ。

「俺は『バベルの塔』の受付前で、初日は情報収集に充てるように指示したはずだ」

 身動きひとつせず、言葉を放つ塔矢はまるで、冷気を孕んだ氷の彫刻を思わせる。何事にも心を動かさず、己のあり方だけを主張する、そんな頑なな強さを感じる。

「ああ、そのことか……。もちろん覚えている。俺らは最初、お前に言われた通り、情報収集に努めたからな……。だが、得られた情報は『4階層までの情報ならば、ネット上で確認できる』という情報だけだった。他はほとんどが、口を噤むだけだったよ。だから俺らは、情報収集を早々に諦め、『バベルの塔』の攻略に切り替えたんだ。……塔矢、お前はその現状すら知らずに、あの場の情報収集を俺らに促したのか?」

 俺は、塔矢の全てを跳ね返す強固な姿勢に、構わず刃を突き立てた。

「!」

 寸刻だが塔矢の表情に、人間味のある動揺の色が走る。

「……そうか。……それは完全に、俺の怠慢だったな。……すまない」

 面目なさげな表情はそこまでで、その後はいつもの自若とした態度で話を続ける。

「情報収集することなく行った『バベルの塔』攻略で、何か成果は得られたのか?」

 とげのある言い回しに感じたが、塔矢自身には他意はなく、純粋に情報も持たずに行った攻略に、実りがあったのか気になったのだろう、と俺は判断した。

「はい! はいっ! 僕がレアアイテムを見つけたんだよ!」

 俺が塔矢の問いに答える前に、洋輝がここぞとばかりに両前足を高く掲げ、跳ねるように塔矢の前に躍り出る。

「レアアイテム?」

 思わぬところから応答があったため、塔矢は一瞬目を見張ったが、その主が洋輝であることに気付くと、大きく手を広げ、洋輝を迎え入れた。

「そうなんだ。僕じゃなきゃ見つからなかったって、みんな言ってくれたんだよ!」

 洋輝は興奮し、夢中で体を塔矢に擦り付ける。

「そうか、洋輝はやっぱり凄いな。俺が見込んだだけのことはある」

 塔矢は足を踏まれようが、尻尾で顔面を叩かれようが、洋輝が落ち着くまで、好きなようにさせてやっていた。

 そして洋輝が満足し、傍でおとなしくなったのを見計らうと、塔矢が俺へと目を移し、尋ねた。

「……そのレアアイテムってやつを俺にも見せてくれないか?」

「ああ、今見せる。……ネット上に情報がないから、何に使うかは分からないがな」

 俺は手に入れた宝玉をイメージすると、クロコから宝玉を取り出した。

 そこには、3色の光を放つ宝玉が、互いに牽制しあうように、輝きをぶつけ合っていた。

「なるほどな。確かにこれは、普通じゃないな……」

 塔矢は瞬きも忘れて、宝玉を見つめる。

「そのへんにしとけよ、そいつに吸い込まれちまうぞ」

 竜馬が自身の経験を思い出したように、顔を顰めながら忠告する。

 塔矢が竜馬のその言葉に反応し、咄嗟に1歩退いた。

「大丈夫よ、塔矢君。目が離せなくなるのは確かだけど、吸い込まれたりすることはないから」

 身構える塔矢の姿を見て、わずかに口元を綻ばせながら、遥が言葉をかける。

「そうか……。だがトラップ付きのアイテムもあるらしい。気をつけるに越したことはない」

「トラップ付きのアイテムか……。初耳だな。ネットにはそれらしい内容は書かれていなかった……。見落としたか」

「まあ、ネットじゃそこまで書かれていないかもしれないな。俺の情報は、通常じゃ知り得ない特別なルートから得たものだからな」

 塔矢が人によってはやっかみそうな内容を表情を変えずに淡々と話す。

「ああ、そうですか」

 俺は、塔矢のその当然だと言わんばかりの返答と表情が、勘違いをした上流階級特有の不遜な態度のように感じ、視線を逸らした。

「……そうだった。俺はその特別なルートから、いくつか道具も預かっている。その中に、トラップキャンセラーというボックスがあるんだが、試してみるか?」

 視線を逸らした先に回り込み、塔矢が変わらぬ態度で提案する。

「いや、俺は特別なルートで手に入れた道具に興味はない。もしも何か罠が仕掛けられていたとしても、自分達で対策を探し出してみせるさ。小市民の雑草魂でな」

 合わされた視線を再度外しながら俺は答えた。

「……そうか、それじゃ仕方ないな。だがトラップの中には、解除されるまで永遠と悪夢を見させるというものがあるらしい。それは各々の脳内情報から最も苦手としているものを選び出し、アナザーワールドにいる間、じわじわと反映させていくそうだ。知っての通り、このアナザーワールドは、五感をほぼ完全に再現できる。今まで見てきた悪夢とは、別格のものとなるだろう。何人ものプレーヤーがそのトラップで精神を……。まあ、お前達が手にしたアイテムがそれであるとは限らない。リーダーである雄彦の選択に任せるよ」

 話している塔矢の顔が、憐れむように歪んだのを俺は目の端で確かに捉えた。

「そ、そのトラップってのは、アイテムを持ってる奴にだけ、発動するんだろ?」

 竜馬が引きつった笑顔で塔矢に尋ねる。

「……触れただけでも、その効果を発揮するアイテムもあるらしい」

 塔矢は目を閉じ、記憶を探りながら答える。

「それなら俺は、大丈夫ですね! 見ただけで触っていませんから!」

 一輝が安堵して、息を大きく吐き出した。

「そうよね! 私達は触れてさえいないもの! 何も起こらない……わよね?」

 遥が普段よりも1トーンうわずった声で続く。

「わあ! 僕はどうなっちゃうの? 最初に触っちゃったよ!」

 洋輝が両前脚で顔を覆う。

 気のせいか皆、宝玉を持っている俺から、先程より数歩遠退いた場所に移動したように感じる……。

「……確か、トラップの半分ほどは、アイテムを手に入れたパーティ全員に、降りかかる設定となっていたはずだ」

 塔矢が、申し訳なさげに皆から顔を背ける。

「よお、リーダー! 俺はトラップなんてどうってことないけどよ。さすがに女、子供が怖がっちまうことは、良くないと思うぜ!」

 塔矢の言葉を聞いた途端、動揺の色を濃くした竜馬が、慌てて妥協するように提言してきた。

 その慌てぶりに、竜馬の弱点見たりとほくそ笑んだが、内心、俺自身も心穏やかでなくなってきた。

「俺も塔矢さんの提案を受け入れるべきだと思います! 自力でトラップ解除するには、どれだけ時間がかかるか分かりません!『バベルの塔』攻略もままならないですよ!」

 一輝が大きなジェスチャーと共に主張する。

「えっとね、私は問題無いのよ! 本当よ! でも聞いて! 竜馬や一輝君の言うこと、一理あるわ!」

 遥に関しては、もう既に顔面蒼白だ。幼い頃からこの手のことは、苦手だった。

 本人は気付かれまいと必死に取り繕っていたが、行動、言動は、誰の目にも明らかで、知らないふりをするのに苦労したものだった。

 幼い頃、『お泊まり会』なるもので、家に遊びに来た遥が、偶々テレビでやっていた怖い話を目撃し、朝になるまで俺から離れないことがあった。俺がトイレに向かうときも、何かと理由をつけて、付いてくる始末だった。

 その際、トイレの中にまで付いて来ようとしたのを何とか宥め、外で待つように説得するのに骨が折れたのを覚えている。

「た、雄彦お兄ちゃん……」

 洋輝もチワワも白旗を上げるほどの愛おしい潤んだ瞳で訴えかける。

 洋輝の目を見るまでは、塔矢の誘いを断固として断るつもりだったのだが、禁じ手レベルのこの一手を打たれては、もう受け入れるしか、俺に選択肢は残っていなかった。




「その宝玉をこのボックスに入れてくれ。蓋をして、天辺のランプが青く光れば、トラップは仕掛けられていないということになる。赤く光ったなら、トラップキャンセラーが解除するための作業を開始する。……ただし、トラップキャンセラーの力が及ばない場合もあることを了承しておいてくれ。これも万能では無いんだ」

「えっ? マジかよ! 聞いてねーよ!」

 竜馬が思わず頭を抱える。

 残りの2人と1匹は、もう言葉も出ない。悲痛に歪む顔で、一心にボックスを拝んでいる。

 そんな緊張感が張り詰める空気に押されるように、俺は宝玉をトラップキャンセラーに転がし入れる。

 塔矢によって蓋が閉められ、皆がトラップキャンセラーの変化に注視する。

 待つときの時間ほど、長く感じられるときはない。一日千秋、倚門の望さながらの想いで、吉報を待ち続ける……。

 トラップキャンセラーが、独特な駆動音を響かせながら、振動している。

 果たしてランプの色は……。

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