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夢世  作者: 花 圭介
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夢世71

 カタカタカタ……。

 朝からパソコンを立ち上げ、食事や入浴など、生活のサイクルとして当たり前にやっている行為を除けば、大半の時間を情報収集に充て勤しんでいる。

 こんなにも熱心に、パソコン画面を見つめたのは、久方ぶりだ。

 親が見たら、感涙に咽ぶかもしれない。もしくは眩暈を起こし、その場で卒倒するかもしれない。

 だが実際に行っている行為は、夢の世界で展開されている『バベルの塔』の情報収集だ。

 学生の本分である勉学に、励んでいるわけではない。

 大学3年の紫陽花も香る季節となって、この状態は、流石に危機感を覚えなくもない。

 同じ立場にある学生の中には、今の時期から、就職活動もしくは、それに向けての何らかのアクションを取り始めている者もいるだろう。

(……客観的かつ自身の立場を確認する行為は、眼前の目的への集中力を失わせる)

 俺は悪魔の囁きから逃れるために、適当な言い訳を繕い、それを神から与えられた啓示の如く、受け入れ盲信する。

 実際には、どちらの方向に舵を切ることが『悪魔の囁き』に靡くことで、『神からの啓示』に従うことなのか、考えるまでもなく、理解している。だが、抗えない権力者の意思は、ときに黒い物でも白としてしまう……。

 これは、思春期を終える頃には、誰もが甘受するこの世の真理だ。

 自分で弱者であることを認めてしまっているようで情けなくもあるが、それを証明する多くの経験則が、俺の中にあるのだから仕方がない。

 けれど事実を受容して、それでも前を向いているのなら、それは『強さ』と呼べる尊いものを心の底に形成できたことになりはしないだろうか。

 『負け犬の遠吠え』と笑う者は笑うだろうが、それも結構。頭を抑えられてなお、自己主張できるその犬に、俺は感銘を覚えるのだ。

 止めどなく流れ出る自問自答を繰り返し、結局勝利したのは当然『権力者』の方だったが、今回の場合、『権力者』も『負け犬』も、どちらも自分である。

 ただ純粋に、自分の欲求を満たす方を『権力者』とし、そうでない方を『負け犬』に仕立て上げただけに過ぎない。

 要するに俺は、将来から目を背ける言い訳ばかりしている、甘っちょろい学生を超えられていないのだ。

 まあ弱い自分にどれだけ悪態をついたところで、結果は変わらない。勝敗は決したのだ。

 これで勝者となった者は、俺を使役できる権利を得られた。

 結果、滅多に無い、パソコンに向かう俺という図式が誕生し、今に至っている。

「無いな……」

 俺はこの言葉をもう3度、呟いている。

 無いというのは、洋輝が見つけてくれた宝玉の情報だ。

 1層から4層までの攻略法については、もうすでに情報を得ている。

 遥が『バベルの塔』の受付周辺で得た情報通り、ネット上にはかなりの数の情報が載せられていたためだ。

 だが、宝玉の情報、5層の情報となると、全くと言って良いほど見つからない……。

 4層まで事細かに攻略法を記述していたサイトであっても、プッツリと情報が途切れている。

 中には、苦心して4層から先を書こうと試みたものの、結局何の根拠もない自身の想像を塗りたくったサイトへと変貌を遂げたものすらあった。

「……どうしてこんなことになるんだ。今まで通り、経験した内容をまとめて、記述すれば良いだけじゃないのか?」

 俺は大きなため息とともに、手を頭の上で組み、背もたれに勢いよく倒れ込んだ。

 その重さを支えるため、長年付き合っている椅子が、悲しげな悲鳴をあげる。

(そういえば、ユッキーに教えてもらったサイト、しばらく見てないなぁ)

 倒れ込んだとほぼ同時に、ふと『夢見心地』サイトのことを思い出し、すぐさままた体を起こす。

 検索サイトで『夢見心地』とタイプすると、列挙されたサイトの中から対象のサイトを見つけだし、徐に内容を確認する。

 更新日時を確認すると、定期的に更新されていたサイトが、ここ最近になって、更新されていないことが分かった。

「……就職活動で忙しくなったのか?」

 勝手な連想で、また自分を鬱な気持ちに引きずり込みそうになるのをなんとか押さえ込み、俺は強く息を吐く。

「……おっ! 『バベルの塔』の情報が載ってるな」

 予想外に、前回見た時は載っていなかった『バベルの塔』についての記述があった。

 他のサイトほど詳細には書かれていなかったが、各階層毎に感想を織り交ぜながら、冒険譚のような語り口で、面白く描かれていた。

「不思議な書き方をするなぁ」

 きっとこのサイト運営者は、『バベルの塔』の攻略法よりも、面白さを伝えたかったのかもしれないと感じながら、俺は読み進めていった。

 ……だがやはり、5層から上の攻略法や情報については、記述が無かった。

「……まあ、しょうがないか。……ん?」

 諦めながらもページをスクロールさせていくと、少しスペースをあけた場所に、独り言のように言葉が散乱していた。


『おかしい! おかしい! 何も思い出せない!』

『今日だって俺は冒険に出た!』

『何をした? 俺は何をした? あそこで一体何をしてきたんだ?』

『書きたいことが沢山あったはずなんだ!』

『伝えなきゃいけないって思ってたんだ!』

『記憶の一片も残ってない!』

『あっちへ行けば思い出すのに……。俺の頭はどうなっちまったんだ!』


 今までの伝える言葉ではなく、悔しさが滲んだ言葉が、ただ吐き捨てられていた。

「……記憶がない? ……現実世界に戻ったときだけ? ……現実世界の脳に『バベルの塔』の記憶だけ、上書きされていないっていうことか! ……それで皆、5層から先を書きたくても書けなかったのか!」

 俺が思わず立ち上がると、キャスターのついた椅子は、弾かれるように後方へとスライドし、ベットの側で背もたれを旋回させた。

 画面をスクロールさせていた指先だけが硬直し、まだマウスを握っている。


 ・夢の中で『バベルの塔』についての会話はできない。

 ・現実世界では、5階層より上の『バベルの塔』の記憶は失われる。

 ・5層はトラップも多く、強い敵の出現率も高い。


 その状況下で、情報を積み上げ、攻略していくことは至難の技だ。一向に前に進まない状況は、心身を急速に疲弊させるだろう。

「……目を皿にして、モニターを見つめていた奴等は、それでもあの『バベルの塔』の攻略を目指して、戦い続けているんだな……」

 俺は目を閉じ、その時の光景を瞼の裏に思い浮かべた。

 悲痛な色に顔を染めながらも、必死に攻略法を探る者達の姿が思い出される……。

 俺は、僅かな時間だとしても、できる限り早く、呪いめいた5層の謎を解き、皆を苦しみから解放してやりたいと心から思った。

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