表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢世  作者: 花 圭介
70/119

夢世70

 水雫が薄日に照らされて輝くように、柔らかく水色の光を放つ宝玉が1つ。

 大地から目覚めた若葉のように、生命に満ち溢れた翠色に輝く宝玉が1つ。

 触れた途端に溶かされてしまいそうなほど、激しく脈動する深紅の宝玉が1つ。

 各々が、唯一無二の存在感で、他を圧倒しようと火花を散らせながらその場にある光景は、しばしの間、皆の目を釘付けにした。

 延々と見ていたいという願望に駆られて、皆、宝玉を見つめることに没頭する……。

「ねえ、みんな。……大丈夫?」

 洋輝が、魅せられてしまった皆の視界を遮るように、宝玉との間に割って入る。

「……こりゃ、やべぇな。見続けたら、魂まで持っていかれちまうかもな」

 我に返った竜馬が、顔を背けながら渋い表情浮かべる。

「洋輝君が声を掛けてくれなかったら、本当にそうなったかもね……。ありがとう、洋輝君」

 遥が、洋輝の頭と喉元を優しく撫でる。

「えへへ、どう致しまして」

 洋輝は答えると、目を瞑り、撫でられる心地良さに意識を集中する。

「これは今まで見つけたアイテムの中で、1番異彩を放ってますね。……間違いなく、レアアイテムですよ」

 一輝が納得の表情で頷いている。

「そうだな、これは流石にレアアイテムの部類だろうな……。だが……洋輝、この宝玉を見つけたのは、ここで間違いないか?」

 一輝の見解に同意しながらも、俺は、宝玉が見つかった場所をじっと見つめ続けた。

 宝玉は、フロアの床として、敷き詰められたタイルの下に埋められていたようだ。

 そのタイルには何の特徴もなく、周囲のタイルと同様に、1辺が30センチ程度のやや灰色がかった単色のタイルだった。

「うん! ここで間違いないよ。僕が嗅ぎつけて、そのタイルを剥がしたんだから!」

 遥に一頻り撫でられた余韻に浸っていた洋輝が、俺の問いかけに得意げに口角を上げる。

「そうか……。洋輝は見た目ではなく、臭いで嗅ぎつけたってことだよな」

「そうだよ。この玉、なんだか……自然の香りがするんだ。それが、タイルの隙間から漏れているのに気づいたんだ。こんなことできるの、きっと僕だけだと思うよ!」

 そう言うと、洋輝は俺の前にお座りをして尻尾を振る。手柄を立てた褒美を、今度は俺にねだりに来たのだろう。

 褒美と言っても洋輝が欲しがるのは、物ではなく、やはりスキンシップだ。

 俺は、洋輝の頭から背中にかけて、何度も繰り返し撫でてやった。

 撫でられる度に、洋輝の尻尾は、滑らかに左右へと振られる。

 柔らかな毛を撫でる感触は心地良く、洋輝以上に、自分が癒されているかもしれないなとほくそ笑んだ。

「……それにしても、これは元々、ここに埋めるアイテムだったのだろうか?」

 もっと撫でていたい欲望を退け、俺の中で膨らんだ疑問を言葉にする。

「……確かにな。こんな、見れば一発でレアアイテムだって分かる様な代物は、仰々しく、金ピカの宝箱にでも入っているもんだ」

 竜馬が恐々と宝玉を覗き込む。

「俺も経験上、そう思います。見つけにくいレアアイテムは、情報が少なかったり、いくつもの条件をクリアしなければ手に入らないのが当たり前です。ゆえに、見つけた時には、それなりの達成感が得られる演出が必要です。こんなタイルの下にダイレクトで入れてあるなんてことは、制作者の怠慢ですよ。正直ブーイングものです」

 一輝は、納得できないとため息混じりに首を左右に振る。

「ゲームに疎い私でも……ちょっと変だなって、感じるわね」

 流れ的に、次は遥の意見を聞く番だと思い、自然と目を走らせると、それを察した遥が、一考した後、自身の考えを述べた。

「だよな……。この状況はやっぱり違和感を覚えるよな。この宝玉を探し出すのは、きっと、洋輝が言った通り、特別な嗅覚でもなければ、探し出すことは不可能だろう」

 俺は腕を組み、考えをまとめようと試みる。

「なら俺達は、とんでもなく運が良かったってことか。洋輝様様だな!」

 竜馬が洋輝に向かって、親指を立てる。

「でしょ!」

 洋輝も竜馬に合わせ、左前足を高々と挙げる。

「いや、……だから俺が言いたいのは、この宝玉は、奇跡的に見つかったってだけで……。つまり……そうだ! 純粋に、見つからないように『隠してあった』ってことなんじゃないか?」

 俺は、俺自身の発した言葉によって、頭の中の靄が、一気に晴れていくのを感じた。

「レアアイテムを見つからないように隠す? 馬鹿馬鹿しい……それに何の意味があんだよ! 見つけてほしくないなら、そんなもん作らなきゃいいじゃねーか!」

 竜馬は、訳がわからない事を言うなと鼻で笑った。

「んー、幾ら何でも『隠す』ってことは、ないんじゃないですか? 竜馬さんの言う通り、意味が分からないですよ」

 一輝も苦笑いしながら否定する。

「えっ? 私? 私は……って、そんなこと分からないわよ!」

 なぜか皆の視線が、また自分に集まっていることに気づいた遥が、あたふたしながら答える。

「……僕、見つけちゃいけない物……見つけちゃったの?」

 そこへ、耳を垂らし、尻尾も力なく地面に貼り付けた洋輝が、潤んだ瞳で俺に疑問を投げかける。小躍りするほど楽しげに、はしゃいでいた姿はそこにはなく、今にも消えてしまいそうなその容姿は、透けてさえ見える。

「どうしてくれるんだっ! うちのマスコットが、お前のくだらない妄想のせいで、元気なくしちまったじゃねーか!」

 竜馬が因縁をつけるチンピラの如く、何度も下から上へと視線を走らせ、俺を睨み付ける。

「悪い悪い、洋輝。レアアイテムを見つけたこと自体は、すごく良いことだ。洋輝の大手柄だよ。それは間違いない。ただ……」

「ただ?」

 洋輝が悲しみに潤んだ瞳の輝きを、穏やかな光に変えながら、言葉の続きを促す。

「……いや、良いんだ、何でもない。……俺の考え過ぎだ。なんにしても、洋輝がいてくれて良かったよ。ありがとう」

 俺は洋輝に笑いかけると、屈みこんで優しく抱きしめた。

 洋輝は、俺のハグを静かに受け入れ、目を瞑る。

(きっとネット上では、これら宝玉の情報が、多く出回っている筈だ……。何の情報も得ていないために、変に勘ぐってしまっただけだろう。現実世界に戻ったら、宝玉が床に埋まっていた理由も解けるかもしれない……)

 俺は心でそう呟くと、竜馬の鋭い視線を受け流しながら、自身の突拍子もない発想に歯止めをかけた。

「ところで雄彦。この部屋で行き止まりみたいよ。……他に隠し通路でもなければ、マッピングだと、この階はこれで全部、行ききった筈だわ」

 俺達の会話を背に聞きながら、部屋の探索を続けていた遥が、向き直るとそう告げた。

「……そうか、ありがとう。……あまり進んだとは言えないが、洋輝のお陰でレアアイテムも手に入ったし、今回はこの辺で切り上げるか?」

 俺は仲間を見渡して、反応を窺う。

「まっ、良いんじゃねーか。キリもいいしな」

 竜馬が、さっきまでの仁王のような表情をコロッと変えて、柔和な顔で答える。探索を繰り返す攻略方法に、飽きていたからに違いない。

「俺もノープロブレムです。次回は情報をしっかり集めて、ガンガン進みましょう!」

 一輝が何度も頷き同意する。同意理由は考えるまでもなく、竜馬のと同じだろう。

「そうね。先は長いから、メリハリつけてやっていくのが、私も良いと思う」

 遥が一仕事終えた感じで、腰に手を当て答える。

「えー、やめちゃうの……。つまんないなー」

 洋輝だけが恨めしそうに、俺を上目遣いで見つめた。

「きっとこれからどんどん大変になる……。休めるときは休んでおかないと、後が苦しくなるんだ。今回のように、洋輝にもまたいっぱい活躍してもらわなければならない。そのためにも、休養はとても大切だ。分かってくれ、洋輝」

「……うん、分かった。僕もまた、頑張らないといけないもんね!」

 洋輝は、俺の顔を凝然と見つめた後そう答えると、顔を上げ、沁み渡る声音の遠吠えを1つ奏でた。

 その音色に心を寄せると、自然と皆の足は、セーブポイントまでの道程を辿り始める……。

 この部屋の中央に吊るされた大仰なシャンデリアの灯りが、俺たちの背を照らし、別れを惜しむ旧友の手さながらに、長く伸びた影を揺らした。

 5つの影は、付かず離れずを繰り返しながらも、常にそばに寄り添い、互いの距離感を保っている。

 結ばれた仲間との絆が、同様であることを意識した俺は、満足げに靴を鳴らし、その道程を歩み続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ