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夢世  作者: 花 圭介
69/119

夢世69

 『バベルの塔』でのバトルは、殊の外あっさりと終焉を迎えていた……。

 前方に陣取っていた獅子舞もどきの咆哮に合わせて、一斉に飛びかかってきた左右の同容姿の獣は、最前列にいた俺を最初の獲物と見定め、牙を剥いた。

 俺は、その両端から迫る獣達の安易な行動を、正面の敵を見据えながら、目の端で捉えていた。

 そしてその獣達が、自身の位置へ到達する時間を正確に計る……。

 一直線に俺の元まで辿り着いた獣達は、きっと俺の体を見事に切り裂いた、と思ったに違いない。

 だが、振り下ろされた獣達の鋭く伸びた爪は、虚空を搔き、予測していた手応えを得られなかった前足は、バランスを失う。

 当てにしていた支えを外された格好となった獣達は、つい先刻までいた俺の残像と、絡まるようにしてその場に転がる。

 慌てふためきながら立ち上がると、寸時狐につままれたかの如く驚きの表情を見せたが、我に返ると、目を凝らして周囲を見渡した。

 知らぬ間に数歩後方へ退いていた俺を見つけると、再び飛びかかろうと体勢を整える。

 しかしその間は致命的で、次の瞬間には、右側にいた獣の眉間に矢が突きたたり、左側の獣は、首から上を高く舞い上がらせていた……。

 遥は俺に軽くウインクをし、竜馬は、役目を果たした大剣を鞘に収めている。

 獣の動きを予測し、遥は照準を俺の残像に合わせ、竜馬もまた同様に、素早く間合いを詰めていたのだ。

 当然の成り行きに、俺は言葉を発することなく、ただ正面を見据え続けた。

 残された獣は、その予想外の状況に流石にたじろいだが、先ほどの獣と同様に本能を全うしようと、唸り声を上げ、再度闘争心を奮い立たせる。

 けれどもその唸り声は、即座に断末魔へと変化する。

 いつの間にか残された獣の背後には、一輝が気配を断ち、回り込んでいたためだ。

 獣は、自身から漏れる唸り声が、弱々しく儚げなそれと変質し、命の終局を告げていることに、しばらくの間、気付くことすらできなかった……。

 胸から突き通された剣先が、鈍く煌めいたことで、初めて、死が舞い降りてきたことを理解し、意識が絶たれる。

 獣達が行動起こしてから、ほんの数秒の出来事だった……。

「ずるいよ、みんな! 僕だって戦いたかったのに!」

 洋輝がその場で足をばたつかせる。

 きっと、人間で言うところの地団駄を踏んでいるのだろう。

「ごめんね、洋輝君。相手がどの程度の敵なのか分からなかったから、最善を尽くさなきゃって……」

 遥が、申し訳なさげに洋輝に声をかける。

「何言ってるんだ! 早い者勝ちだぜ、洋輝!」

 竜馬が遥の慰めの言葉を遮り、豪快に笑う。

「……今のは、しょうがないかな」

 一輝が、近くの装飾品をまじまじと見ながら呟く。

「……戦いは始まったばっかりだ。次で挽回すればいい」

 言葉無く項垂れてしまった洋輝の側まで歩み寄ると、俺は、洋輝の目を見て頷いてみせる。

「……うん、分かった! 今度は僕が1番、活躍してみせるね!」

「そうだな。その意気だ」

「雄彦お兄ちゃんも頑張ってね!」

 洋輝が、俺の肩に左前足を優しく乗せる。

「……頑張るよ、ありがとう」

 少し引っかかるが、洋輝が元気を取り戻せたならばそれで良いか、と余計な言葉は紡がなかった。

 次回以降しばらくは、洋輝にも活躍の場が多めに与えられるだろう。

 今回のバトルで、経験値の高い竜馬達は気付いたはずだ。

 この階層の敵は、彼等にとって相手にならないことを。

 まあ、当然と言えば当然だ。始めの階層から彼等と渡り合える敵が出てきたならば、誰もこの『バベルの塔』を攻略しようとは思わなかったに違いないのだから……。




「この塔、やっぱり広いですねー。まだ1層の3階ですよー。なのにこんな序盤で、隅々まで調べる必要、あるんですか?」

 一輝が文句を言いながらも、俺の指示通り、丁寧に部屋を探索する。

「俺もどうかと思うぜ。こんなことしてたら、いつまで経っても最上階まで辿りつけねーって」

 竜馬も一輝の意見に同意して、この行為の不毛さを訴えたが、俺にリーダーを押し付けた手前、しぶしぶとではあるが、部屋の探索を手伝っている。

「僕は全然平気だよ。宝探ししてるみたいで楽しいし」

 洋輝は持ち前の嗅覚を生かし、片っ端から怪しい場所に駆け寄っては、『ここほれワンワン』と花咲かじいさんの忠犬のように俺を導く。

 バトルでも初戦以降、率先して戦い、成果を上げている実感を得ているのだろう。心身ともに充実しているといった感じだ。

 俺はその光景を見て、たとえめぼしいものが見つからなくても構わない。そんな余裕のある気持ちで、洋輝の後をのんびりとついて行く。

 この歳で、孫の成長に目を細める祖父母の心情が、分かったような気がする……。

 歪に成長してしまった他の2人の男の言葉など、耳には入らない。

 そういえば、このパーティ唯一の紅一点は、どうしているのだろうと、振り返ってみると、これまた思いのほか真面目に、探索を行っていたのに驚かされた。

「意外だな、遥が俺の考えに素直に従うなんて……」

「……別に、武彦の命令に従ったって訳じゃないわ。ただ何の情報も得ていない今は、取りこぼしがないように進むのが最善だと思っただけよ。たとえ1層の3階であっても、また戻るのは癪に障るもの」

 遥は手を止め、俺を横目に見ると、自身の考えを言葉にする。

「……そうか。遥って、要所要所で意外と、堅実な考え方をするよな。確かにその考えもあって、探索しながら進んでいる。逆戻りしなければならない事態は、でき得る限り避けたいからな。急がば回れってことだ」

「……『その考えも』っていうことは、別の理由があるってこと?」

 遥が少し不服そうな表情と共に、次の言葉を催促する。遥の言葉に反応し、竜馬たちの手も止まる。

「そうだ。皆も見たように、5層の攻略で足踏みをしているパーティーは相当数いる。パーティー間で、この『バベルの塔』の情報交換ができないことが、大きな足枷となっているからだ……。見ているとほとんどのパーティが、その足枷は外せない設定なのだ、と諦めて先に進む方法だけを探そうとしていた……。きっと、5層周辺は探し尽くしたからだろう。……だが、成果の出ない聞き込みをしながら、いくつかのモニターを眺めていたとき、思ったんだ。手強いモンスターの出現率が高く、トラップの多い迷路のようなあの5層は、本当に攻略させる気があるのかと思えるほど、設定が厳し過ぎると……」

「そりゃあ、俺も思ったぜ。4層でバトルしてた奴らのモニターもあったからよ。見比べてみりゃ一目瞭然、難易度が馬鹿みてぇに違うんだもんよ」

 竜馬が会話に割り込む。

「つまりタケさんは、その足枷は取り除けると……。そしてその方法は、5層周辺ではなく、もっと下の層にあるんじゃないかって思った訳ですね」

 一輝も話に加わる。

「まあ、あくまでもその可能性もあるな、ってぐらいのあて推量の範疇だけどな」

 俺は、鼻の頭を指先で軽く掻きつつ答える。

「推論にしても確かに気になる考えだな……。一宮、雄彦のこういうやつ……どれくらい当たるんだ?」

 竜馬が遥に向かって声を掛ける。

「んーそうね……。良くて半分って感じかしら。雄彦って考え過ぎるとこあるから」

 遥がにんまりとイタズラっぽい表情で返答する。

「良くて5割か……。また微妙な値だなぁ」

 竜馬が舌打ちをする。

「でも、見逃せない数値ではありますねー。取り敢えず、今日のところはタケさんの言う通りにしておいた方が良いかもしれないですね。どうせ、本来なら今日1日は、情報集めに当てる筈だったんですから……。次回以降は、現実世界で得た情報を中心に、無駄を省いて進めば、もう少し早く進めるでしょ」

 一輝は肩を竦めて、観念した表情を浮かべる。

「……なんかその言い方、勘に触るな。一応言っておくが、俺をリーダーに選出したのは、お前らなんだからな。リーダーの言うことは絶対! そこんところ忘れるなよ」

 俺は、一輝を睨みながら釘を刺す。

「分かってます、分かってますって。怒らないでくださいよ」

 一輝は上目遣いに俺を見ながら、恭順の意を示すように身を縮める。

「ねえ、お兄ちゃん達! コレって何かな?」

 そこへ俺達の会話に加わらず、一心に探索を続けていた洋輝が、吠えるように声を上げた。

 その清澄な声色は、皆の意識を瞬時に結集させ、無意識の間に身躯まで手繰り寄せた。

 そこにあったのは、ウミガメの卵のように積み重ねられた3種に輝く宝玉だった。

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