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夢世  作者: 花 圭介
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夢世67

 覆い被さるほどの熱気に包まれていた今までの会場と異なり、『バベルの塔』周囲には、そういった熱は感じられない……。

 それは、この会場に集まる人々のスタンスが、まるで違うからだろう。

 オーロラビジョンの『バベルの塔』を注視するプレイヤー達は、一応にどこか感情を抑え、映り込む画像の端から端までを舐めとるように、目線をせわしなく動かし続けている……。

 歓声、罵声はおろか、声をあげる者さえほとんどいない。まるで黒板の文字が消される前に、必死に書き写す試験前の学生のようだ。

 奇妙な光景に、思わず近くにいたプレイヤーの1人に声をかけたところ「今ではこれが普通なんだよ」と目も合わせず、無表情のまま返された。

 その対応にめげず、理由をしつこく尋ねると、眉間に皺を寄せ、不快感を露わにしながらも、そのプレイヤーは答えてくれた。

 話によると、5階層に到達してから、徐々に他のパーティーとの関わりが、少なくなっていったとのことだ。困難な敵を攻略したときや、新たな発見があったときぐらいしか、歓声は上がらなくなったらしい……。

 それ以外は皆、『バベルの塔』を攻略するためのヒントを見落とさないよう、神経を集中させているとのことだ。

 俺が思い描いていた攻略風景と、かけ離れていたため、一気に心が萎えてしまった。

 仲間だけでなく、様々なパーティーが、攻略するための知恵を持ち合い、あーでもない、こーでもないと、意見をぶつけ合いながら切磋琢磨し、上階を目指していく……。そんな、一体感ある攻略を、俺は期待していたのだ。

「……なんだか辛気臭い連中ばかりだな。やる気が削がれるぜ」

 そこへ、辺り一帯を一通り回ってきた竜馬が、戻って来るなり、俺の胸中を代弁するかのように言葉を吐き捨てた。

「こちらも同じですね……。ほとんどの人が、モニターに噛り付いていて、相手にすらしてくれませんでした。……これじゃ、情報収集すらままならないですね。なんのためにここまで来たのか……」

 竜馬とは別ルートを回って、情報収集を試みていた一輝も戻り、嘆息を漏らした。

 俺は、2人と順に目を合わせると、肩を竦めて同調した。

 塔矢は、情報収集のために、今日1日を費やしてほしいと言っていたが、これでは無意味に時間を浪費するだけだ。

 『バベルの塔』受付周辺には、塔矢の言う通り、多くのパーティが屯していた。情報収集を行うには、聞き込みを行う対象者が多い方が望ましい。効率を考えれば、この場所を選ぶのが当然の成り行きだと理解はするが、それにしても、ここが情報収集を進められる状況にないことすら知らなかったのだろうか……。

 自身のバトル能力上げのために、手が回らなかったのかもしれないが、メインの目的がこちらであるならば、もう少しこちらの情報収集にも、時間を割くべきであっただろう。

 依頼さえしてくれれば、バトル経験を十分に積んだ俺や一輝が、先んじてその任務にあたることもできたはずだ。

 塔矢が近くにいたならば文句のひとつでも言ってやったのだが、解散後、塔矢の姿はいつの間にか消えていた。

 きっと塔矢も、情報を得るために行動起こしたのだろう。

 今頃、俺たちと同様に、現状を目の当たりにして、焦っているに違いない。

 俺が文句を言わずとも、その計画の甘さの返礼は、塔矢自身へと届いていることになる。

 ともかく、このままここで情報収集を行なっていても実りは少ない。それならば、いっそのこと『バベルの塔』へ足を踏み入れた方が、まだマシな気がする……。

 塔矢の意に反するが、洋輝と遥が戻って来たら、その俺の考えを伝え、異議がなければ『バベルの塔』の攻略に向かうこととしよう。

 俺は頭の中でその考えを何度も反芻し、吟味した後、先行して竜馬と一輝にその内容を伝えた。

 竜馬も一輝も、逡巡することなく、俺の考えに同意した。

 竜馬は「リーダーが決めたことに異論はねえよ」と下卑た笑みを浮かべ、一輝はというと「あれこれ考えず、面白そうな方を選んだ方が当たりですよ! だから俺は『バベルの塔』に入ることに賛成です!」と、その結論に至るまでの俺の苦慮を完全に無視して、にこやかに言い放った。

 多少なりとも考察したうえで同意してもらえたなら、納得できるのだが、こいつらの場合、ただ単純に現状から逃れたいだけのような気がする……。

「同意は得たからな。あとで文句言うなよ!」

 まあ、たとえ情報を持ち得なかったことにより、攻略に躓いたとしても、序盤ならばすぐに挽回できるはずだ。躓きの代償として、経験を得られるのならば、それほど痛手とはならないだろうとも思う。俺は自分の出した結論を肯定するためにプラス要素を絞り出し、心の安定に努めた。

「ただいまー! そっちはどうだった?」

遥と洋輝が、辺りの雰囲気とは一線を画す明るい表情で戻って来た。

「全然駄目だ。誰もまともに相手にすらしてくれない」

 俺は顔をしかめ、首を左右に振ることで、成果が得られていない現状を伝える。

「こっちも1人しか話を聞いてもらえなかったわ……。でも、それはしょうがないことみたいよ」

 遥があっけらかんと答える。

「しょうがない? ……どういうことだ?」

 俺は、顰めた顔を困惑の表情へと塗り替える。

「えっとね……。私達も武彦に言われた通り、いろんな人に声をかけてみたんだけど……。ほとんどの人が相手にもしてくれなくて……。でも、その中に私と洋輝君のことを知ってた人がいてね。『トリプル』のバトルをとても気に入ってくれたみたいなのよ」

 遥が誇らしげに胸を張る。

「それで?」

 早く要点を聞き出したい気持ちを奥底に押し込めて、俺は続きを促す。

「予想を裏切る作戦で、相手を翻弄して、戦意すら刈り取る戦いぶりに、『恐れ入った』とまで言ってくれたわ」

 遥はわざわざ背伸びして、俺を見下ろす態度を見せた。

「だから……俺が聞きたいのはそんなことじゃないって!」

 解の得られない遥の話に、押さえ込んでいた感情が破裂した。

「え? ……何の話だっけ?」

 遥は俺の反応に驚き、只々目をぱちくりしている……。本当に俺の発した言葉の意図が、理解できていないようだ。

「……さっきお前、話を聞かせてもらえないのは『しょうがない』って言ってただろ? その結論に至った理由を聞かせてくれって言ってるんだよ……」

 俺は怒る気力も失せ、額に左手をあてがい鼻で息をついた。

「あっ……、そうそう、そうだったそうだった。えっとね……その人が言うには、5階層に上がったくらいから、徐々に自分達のパーティ以外の人達との会話ができなくなってきたんだって……。なんでも、相手がしゃべる度にノイズが入って、聞き取れなくなってくるらしいよ。他の階層で会話を試してみたり、文字にしてやりとりしようと試みたらしいけど……。『バベルの塔』に関わる話になると、うまくいかなかったみたい……。だからみんな、自分たちのパーティーだけで集まって、モニターを睨むしかなくなっちゃったんだって」

 遥が『なんでそんなつまんない設定にしちゃったんだろうね』と自身の感想を付け加える。

「そういうことだったのか……。でも、俺達とはなんで話ができるんだ? 俺達がここでは新人だからか?」

「んー……そこまでは聞けてないけど……、多分そういうことじゃない」

 遥は首を傾げながら曖昧に答えた。

「もしそうなら、やっぱり聞けるうちに情報を集めるべきか……」

 俺は腕を組み、また考えを改めなければならないのかと、長く息を吐き出した。

「おいおい! またあんな面倒くせーことしなきゃいけないのか? 勘弁してくれよ!」

「俺も反対です! とりあえず入って、どこまで行けるか試した方が良いですって!」

「もう、じっとしてるの飽きた!」

 男連中が、俺の方向転換を匂わせる発言を聞いて、文句を垂れる。

「リーダーの言うことには従うんじゃなかったのかよ!」

 俺は、リーダーの立場を理解していない2人と1匹を一喝する。

 だがその効果は薄く、まるで聞こえてなかったかのように、奴等はそっぽを向いた。

「お前らー!」

「まあまあ、落ち着いて雄彦。5階層までの攻略法は何とかなると思うから」

 遥が、俺と奴等の間に割って入り宥める。

「……何とかなるのか?」

 詰め寄ろうと歩きかけたその状態で足を止め、遥の答えを待つ。

「さっき話をしてくれた人が、私の困っている様子を見かねて教えてくれたのよ。……現実世界で『バベルの塔』の情報をまとめたサイトがいくつもあるんだって。細かく書かれているものもあるから、それを参考にすれば問題ないって」

 遥が楽しげな声音で、俺の胸をポンポンと軽く叩いた。

「そういうことなら問題ないですね! じゃあ早速『バベルの塔』に入っちゃいましょうよ!」

 俺から距離を取り、逃げる準備万端で、チラチラと目線だけをこちらに走らせていた一輝が、好機と見るや会話に交ざる。

「この野郎! 調子のいい奴だなぁ!」

 拳を振り上げ、殴りかかる振りをしてはみたが、一輝の甘えるような例の瞳を向けられると、苦笑するしかなかった。

「一輝も悪気があるわけじゃないんだ。許してやろうぜ、リーダー!」

 いつの間にか、俺の隣まで回り込んでいた竜馬が、俺の肩に手をかける。

「……お前の立ち位置が1番腹立つ!」

 俺は竜馬の顔を冷めた目で一瞥すると、肩に乗せられた手を払いのけた。

「行っちゃ……ダメなの?」

 追い打ちをかけるように、洋輝が一輝の横に並んでお座りをし、上目遣いで俺を見る。

「……わかった、わかったよ! 5階層までの情報は何とかなりそうだから……このまま『バベルの塔』に入っちまおう!」

 俺は頭をぼりぼり掻きながら、一輝達に折れる形で『バベルの塔』に乗り込むことにした。

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