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夢世  作者: 花 圭介
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夢世66

 特異な熱気に満たされたバトルエリア……。

 俺はいつもこの場に踏み入ると、全身が泡立つ感覚に襲われる。

 きっとここが、日常からかけ離れた場所であることを、体が反射的に感ずるからだろう。

 この場所では、そこかしこからまるで花火の如く、様々な感情に彩られた歓声が、間断なく破裂し、広がっては消えていく……。

 瞬きすることも惜しむように、モニターに食い入るギャラリー達は、展開されるバトルの変化に合わせて、思い思いの喜怒哀楽を表現する。

 拳を突き上げ喜びを表現する者、地面を踏み鳴らし怒りを露にする者、目を覆い落胆する者、只々モニター内の攻防を楽しげに観やる者……。

 自分の心根がどのように染まるかは、この場に立ってみないと分からない。

 ときには、訪れる度に変化する自身の心こそ、これぞまさに人であると感取し、とても崇高な思いに辿り着いたのだとして感慨に浸ってみたり……。ときには、コロコロと変わる心が、ひどく矮小で、儚く醜いものだとの思いに苛まれ、自身を蔑んでみたりする。

 感情が渦巻いているこの場所では、感情の起伏が激しく波打ち、平常心を保つことが難しい。

 だが、本能的に刺激を渇望する人々は、喜びと悲しみが混在するこのエリアに、足を運ばずにはいられない……。

 ここに、人類が他の生物に先んじて、進化してきた源泉があるに違いない。

 自身の心が震える理由について、一定の見解に行き着くとほぼ同時に、先行していた塔矢の足が止まった。

 そこは、バトルエリア『バベルの塔』入口そばの空きスペース……。

 他のバトルと同様に、入口には可愛らしい女性オペレーターが、受付対応を行うため、スタンバイしているのだが、他のバトルブースと異なり、時間を持て余し、手持ち無沙汰な感が否めない。

 周囲を見渡すと、それなりに人々が集まっているように思えるのだが、新たに参加受付をするパーティが明らかに少ない。

 その要因の1つには、バトル形式の違いがある。

 ここ『バベルの塔』では、何階層もあるフロアに散在する敵を退けながら頂上まで登り切るか、途中でリタイアあるいはゲームオーバーになる以外に終わりはない。

 故に、1度参加受付を済ませたパーティは、もう1度受付を行うことは滅多にない。

 一方、他の区画で展開されている対戦形式のバトルは、短時間で決着がつく。

 基本数10分、長くても1、2時間程度に収まる具合にだ。

 自然、バトルを何度も堪能したければ、受付もその分、繰り返し行うこととなる。

 オペレーターの女性は、その対応を行うため、せわしなく動き続けることとなるのだ。

 余談だが、そういった状況下であっても、待ち時間が発生する事はない。

 それは、2階層のアトラクションエリアで待ち時間が発生しないのと同様に、このエリアも類似した仕組みで、運営されているからだ。

 この内容は、以前疑問を抱いたときに、サポートソフトによって解を得ている。

 受付はシンプルで、台座というか簡易的な教卓に近い物が置かれているだけで、囲いすらない。なので、どこから異空間となるのかは判然としないが、バトルに足しげく通い続けた俺であっても、受付で待たされた記憶は無いので、その力が働いていることは、まず間違いないだろう。

 そう言えば1度、『ダブル』のバトル受付時に、長い黒髪の女性が目前にいたので、てっきりその女性が対応してくれるものと思い、歩み寄って行ったところ、いざ声をかけてみると、目の前に立っていたのは、亜麻色のショートヘアの女性だったなんてことがあった。

 一瞬の出来事に目を見張ったが、事前知識を得ていた俺は、オペレーターに動揺を感じ取られる前に、平静に戻れたのを覚えている。

 この体験もきっと、裏づけにできる事実の1つだと言えよう。

「ここでいいだろう……。皆、話を聞いてくれ!」

 塔矢が、自身の周りに集まる仲間の顔を1人1人見やった後、大きめに通る声を放った。

 そして、皆の意識が自身に向けられていることを確認すると、言葉を続けた。

「まず最初に、この『バベルの塔』攻略だが……。1日や2日で行える代物じゃない。それは、予備知識がない者であっても、勘の良い者ならば、この名称を聞いた時点で、予期することができたはずだ。『バベルの塔』とは、旧約聖書に出てくる天まで達する塔のこと……。つまり、容易に攻略できる高さではないということが、想像に難くないからだ。事実、現時点での最高到達階層は、第5層の3階となっており、未だ頂上までたどり着いたパーティはいない……。1ヶ月ほど前に、その記録を樹立したパーティーでさえ、そこに辿り着くまでに2週間を要している。その間は当然、『移住者』でもない限り、塔内に留まり続けることはできないため、運営側が用意した、各階のセーブポイントで中断することとなる……。攻略に詰まったら頭を冷やしがてら、セーブポイントを利用し塔外へ出て、情報収集を行うのも良いだろう。……長期間のクエスト攻略となることは詮方無いことだが、パーティー内で話し合い、現実世界の生活に影響を与えないように計画を立てながら、でき得る限り、ロスなく着実に、上の階を目指していってほしい。中断する際は、次回のおおよその再開日時を定めておくと良いだろう。柊一秋が、洗脳計画を実行に移す前に、頂上まで到達しなければならないが、焦ってゲームオーバーとなってしまっては、元も子もない。攻略半ばで振り出しに戻されるほど、痛手を被る時間ロスは無いからな。……猶予がどの程度あるのか、はっきり伝えてやれないのが申し訳ないが、得ている情報から推測すると、最低3週間。できれば2週間での攻略を目指して頑張ってもらいたい。とてもタイトなスケジュールだとは思うが、協力願いたい」

 塔矢はそこまで話すと、1度言葉を切り、自分を見つめる仲間の顔を見渡した。

 一人一人と目を合わせ、各々の双眸の色を確認する……。

 誰1人として不平不満を口にするものはおらず、代わりに熱い視線で塔矢を見返す。

 塔矢は満足そうに頷くと、また仲間全員に聞こえる声で、話の続きを喋り始めた。

「攻略に相応の時間がかかること、また残された時間もあまり無いことも伝えたが……。今日1日は、情報収集に当ててもらおうと考えている。ミルキィウェイであれほど攻略を急かしておいて、舌の根も乾かない内に、何を言い出すのかと訝しく感じるかも知れないが、俺は、これも攻略の一環だと捉えている。

今日、此処へ来たのも、『バベルの塔』に参加するためでなく、他の参加プレーヤーが多く集まっているだろうと考えたからだ。『トリプル』のバトルで経験を積んだとは言え、俺たちはこの『バベルの塔』では素人だ。バトルに負けることはそうないにしても、やるべきことを取りこぼして、先に進めないなどという事態は、避けなければならない……。できうる限り多くの情報を集め精査し、共有するところまでが今日のクエストと考えてくれ……それと」

 塔矢は再度間をあけ、仲間の反応を窺ったが、異論を唱える者はいなかった。

「攻略メンバーについては、俺が勝手に決めさせてもらった。不服があれば再考しないでもないが、できれば、そのまま受け入れてくれるとありがたい。……第1陣は、佐渡竜馬、古河雄彦、有村一輝、一宮遥、賀川洋輝。リーダーは竜馬か雄彦にやってもらうのが順当だと思うが、チームで話し合って決めてくれ。第2陣は、俺と野山修平、羽柴美希、水谷みずたに 隼人はやと比嘉ひが 亜花梨あかり。リーダーは勿論、俺が務める。……後半の2人は、俺が頼んだ助っ人だ。バトルの腕は申し分ない。今日もそろそろこちらに来るはずなんだが……。まあいい、いずれ顔を合わせる時も来るだろう。では、再度俺からの連絡があるまで、各自情報収集に努めてほしい。以上だ」

 言い終わると、塔矢がパンパンッと手を叩き、解散の合図とした。

 どうしたものかと悩みながら周囲に目を走らせると、いくつもの視線が、俺に向けられていることに気がついた。

 その中の1つに竜馬の視線があり、交わったと同時に、こちらへと近づいて来るのが分かった。

 俺は視線をそらさず、竜馬が来るのを待ち受けた。それにつられるように、他の者も俺の周りへと集まって来る。

「よお! ……調子はどうだ? 雄彦?」

 竜馬は、悪役めいた笑顔を称えながら、俺に話しかけてきた。

「調子? ……まあ、ぼちぼちだな」

 俺は自然と眉間に皺を寄せ、警戒感を露わにする。

「おいおい、そんなに邪険にすんなよ! ……これから一緒に『バベルの塔』を攻略する仲間になるんだろ?」

 竜馬が俺の肩を加減なく、バンバン叩く。

「イテテッ! だからなんだ? 何が言いたい?」

 俺はその手を払いのけながら、竜馬を睨みつけた。

「だから……俺が言いたいのは……。これからよろしくな、リーダー! ってことだよ。なあ、お前らもそれで良いよな!」

 竜馬が片目を瞑って合図をする。

「勿論です! 俺もそれを言いに来たんです!」

「いいんじゃない? 雄彦やりなさいよ!」

「雄彦お兄ちゃんがリーダー!」

「……」

 俺は妙に間をあけながら話をする竜馬に、まんまとはめられたのだと、今更気づかされた。

 奴は、皆が俺の周囲に集まった頃合い、拒否できない状況下で、今の言葉を高らかに叫んだのだ。

「……分かったよ。やればいいんだろ、やれば」

 俺は、先手を取られた己の思慮の足りなさに萎えながらも、頷くしかなかった。

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