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夢世  作者: 花 圭介
64/120

夢世64

「あの能力は……ちょっと、凄いな……」

 塔矢はそう唸った後、口を真一文字に強く結んだ。

「美希お姉ちゃんは、『誰にでもなれる』ってことなのかなぁ?」

 洋輝が羨ましい気持ちを抑えるためか、自分の鼻先をじっと見つめている。

「きっと何か制限はあるだろう……。永遠と最強キャラになれることはないんじゃないか」

 仲間の凄い能力は歓迎すべきところなのだろうが、俺もなんだか素直に受け入れられず、思い当たるマイナスの要素を付加した言葉を放ってしまった。

 「確かにな。驚異的な能力には、それなりの制約があるのがつきものだからな……。今後を考えたとき、仲間としてその制約は、確認しておくべきだろうな……」

 塔矢が、心情が加わった俺の意見をまともに受け止め、同意する。

「もう1人のお姉ちゃんもカッコ良かったよね! いっぺんにみんなを動けなくしちゃうんだから!」

 バトルの光景を思い出し、興奮が蘇ったのか、洋輝は尻尾を激しくばたつかせた。

「ああ、そうだな。体を麻痺させるアイテムがあることは、俺もある程度認識しているが……。あんなに広範囲に広がるアイテムは知らないな。きっと、何か手を加えているのだろうが……。それにしても煙の広がる範囲を熟知し、絶妙な場所に放ったな。完璧な一撃だと言わざるを得ない……。一朝一夕でできるようなことじゃない。雄彦、彼女はいったい何者なんだ?」

 塔矢が鋭い目つきで俺を見据え、返答を促す。

 バトル映像に竜馬が登場した時点で、残りのメンバーが美希と遥であることは理解していた。

 ミルキィウェイで皆で話し合い、バトル経験が豊富で、ランキングの高い修平と竜馬をリーダーとして、パーティー分けを行なっていたからだ。

 塔矢や洋輝も、一輝が提供してくれたⅤTRの主要メンバーが、その3人であることに、序盤ですぐに勘付いた筈だ。

 ただ、遥についてのコメントを求めらることになるとは、思わなかった。

「んー、遥か……。あいつは、現実世界でもこれに似たバトルゲームでならしてたってだけだ……。あれくらいはできて当然のレベルになるくらいにな……。あまり褒めたくはないが……。あいつは、覚えも早かったし、感覚も良かった。……元々センスはあったよ」

 俺は眉間に皺を寄せ、苦しげに言葉を絞り出した。

 遥を褒めるのは、身内自慢をしているようで、やけに恥ずかしく感じてしまう。

 その感情は、ドギマギとぎこちない態度へと見事に引き継がれ、皆に違和感を与えたはずだ。

「そうなのか……。彼女はバトルゲームをやるようなタイプに見えなかったが、意外だな……。だけど、嬉しい誤算だ」

 塔矢はそんな俺の態度に気付いたはずだが、そのことには触れずに、一瞥をくれるだけに留めた。

 そして、上方をぼんやりと眺めながら、何やら思いを巡らせている……。

「……」

 塔矢はきっと、鋭敏な洞察力をもって、先刻の俺の態度に対して、様々な角度から指摘してくるはずだ、と身構えていたのだが……。予想外の肩透かしを食らってしまった。

 ホッとした反面、何やら物足りなさを覚える自分がいた。

 その思考に辿り着いた瞬間、その危うさに絶句した。

 俺は決して、マゾヒストではない。

 『叱って欲しいのか?』

 シュンマオの俺に放った言葉が、脳裏に浮かぶ……。

 今のは、偶々塔矢の攻撃を受け止めようと、リザーブしていた俺の心の一室に、突然のキャンセルが入ったため、支配人が慌てて、なにがしかで代用しようと連れてきた感情に過ぎない……。

 完全に不可抗力だ。

 俺は、俺の心の中に、精一杯の言い訳を搔き集め、自身の精神が正常であると説き伏せた。

 そもそも、塔矢が普段と違う態度を示したのがいけないのだ。

 通常ならばきっと「さすが長年連れ添ってきただけあるなぁ」などと、余計な一言を浴びせて、俺の反応を楽しもうとするはずだ。

 俺は、俺の心の葛藤をよそに、未だに虚空を見上げている塔矢を困らせてやりたい衝動に駆られた。

「……塔矢。俺にはもう、皆バトルの腕前は、そこそこ良い線まで上がっているように思うんだが……。まだ経験を積まなければならないのか? ……そもそも俺たちは、いったい何のためにバトルスキルを上げているんだ? いい加減、話してくれてもいいじゃないか?」

 思いに任せて、俺はそう言葉を投げつけた後、掘り炬燵のテーブル上に置いてある竹籠から蜜柑を取り出し、その皮を乱暴に剥きながら、塔矢の顔を見遣った。

 俺の目に映った塔矢の顔は、それでも平静そのものだった……。

 特に何か悪巧みをしている訳でも、俺を貶める新たな作戦を熟考していた訳でもないようだった。

 ただ単純に、俺から得られた内容が、塔矢にとって、思案するのに足る内容であっただけだったのかもしれない……。

 そこでようやく、俺は意識し過ぎたために、思考が空回りしてしまった自分に気付かされた。

 発してしまった言葉は、もう元には戻らない。俺は恥ずかしさに煽られ、半ば八つ当たりのような要求を、塔矢に突きつけてしまったことになる。

 我ながら考えが幼稚で、愚かであったと思わずにはいられなかった。

「……そうだな。そろそろ頃合いかもしれないな」

 塔矢は俺の視線を数秒受け止めた後、徐に炬燵の上の蜜柑を見つめた。そして、唇を強く結び直すと、更に幾ばくかの時を隔て、静かに俺の要求を受諾した。

 八つ当たりに答えが帰ってくるとは思っていなかった俺は、自然と蜜柑を剥く手を止めて固まる。

 すると、俺が心の整理に手間取っている間に、塔矢はモゾモゾと炬燵から手を引き出し、そのテーブルの上に右掌を広げた。

 当たり前のように、広げた右掌にストップウォッチに似た機器を召喚する……。

 当然、心の整理もそこそこに留めた俺も含め、洋輝、一輝の眼差しは、その物体に注がれる。

 しかし、頭の上に疑問符を浮かばせている俺達に何の説明もなく、塔矢はその機器から突き出たボタンを迷いなく押した。

 その得体の知れない機器から『カチャッ』と想像に違わぬ音が発せられると、以前ミルキィウェイで目にした青白い粉雪が舞った。

「……これは、例のアナザーワールドから隔離したアイテムと同じか……」

 あたりに散らばる幻想的な光の粒を見渡しながら、俺が誰に言うでもなく感想をこぼす。

「ああ、そうだ。これはミルキィウェイで使ったアイテムと同じ効果を得られる……。ただ違うのは、もう1度このボタンを押すと、その効果が消えるんだ」

 俺の感想によって、ようやく自身の説明不足に気づいた塔矢だったが、悪びれる様子もなく、淡々と説明を付け足した。

 塔矢には人を置き去りにしてしまう時がある。そう気付き始めた俺達は、小言を挟まず、塔矢の次の言葉を待つことができた。

「……雄彦の質問に対する答えだが……。結論から言うと、この夢の統治者、柊一秋を『抹殺』してもらうために、皆にバトルスキルを磨いてもらった、ということになる」

 準備を整え待っていたつもりだったのだが、塔矢の口から発せられた言葉は、その想定を超える突拍子も無いものだった。

「!?」

 俺は、その言葉の不快な響きに顔を顰めた。

「……言葉の選択がまずかったな。だが、やってもらいたいのはそういう事だ……。この夢は、柊一秋をコアとして成り立っている。そのコアを叩いて、乗っ取ってしまおうって話だ」

 塔矢は、少しバツが悪そうな表情を浮かべながら言葉を補足する。

「なるほど……。でも、アナザーワールド内で柊一秋をどうやって抹殺……。いや、やっつけるんですか? バトルに参加でもしてくれれば、できそうですが……」

 一輝が空いていた残りの席に腰を下ろし、湯船に浸かるように、ゆっくりと炬燵に足を滑り込ませながら質問する。

「そう、アナザーワールド内で人をやっつけられるのは、バトルフィールド内でしかない。だから、柊一秋がバトルフィールドに出てきた時にやっつけるんだ」

 塔矢は、良いことを言ったという感じで、一輝を指差す。

「?」

 一輝を始め、俺達はまだ解けない謎に翻弄される探偵の如く、思案顔の表情を浮かべ続けた。

「……バトルフィールドで、あるクエストをクリアすると、柊一秋に直接出会えるイベントが発生するんだ。柊一秋は、その場でクエスト達成者達と触れ合い、報酬を手渡す……。そういう段取りになっているらしい」

 俺達の疑問を感じ取った塔矢が、その疑問を解き明かす。

「そうか! その時に『抹殺』しちゃうんだね!」

 洋輝が合点がいったと喜び叫ぶ。

「……」

 俺は無言で、塔矢と一輝を交互に睨んだ。

 俺の言いたいことを察した2人は、申し訳なさげに目を伏せ、項垂れた。

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