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夢世  作者: 花 圭介
63/119

夢世63

 現代の街並みに似た見慣れた建造物が、その風景には散らばっていた。

 歩道橋であったり、公園であったり、スーパーマーケットであったり……。

 だが、その風景を身近なものとして捉える者は、数少ないだろう。

 それは不思議なことではない。

 もしもそれを身近に感じる者がいるとするならば、憐憫の眼差しで迎えられることだろう……。

 なぜならば、其々の建造物は、通常目にすることのない形へと変貌を遂げているからだ。

 歩道橋は、片輪を失った三輪車のように、公園は、台風が過ぎ去った後の田畑のように、スーパーマーケットは、齧り付かれたショートケーキのように……原型を留めているものは、ほとんどない。

 そこはバトルフィールドの1つ、『近未来の様相』だ。

 なぜこのようなネーミングになったかは、定かではない。ただ言えるのは、冗談で付けた名前だとしても、笑えないことだ。

 それは、このフィールド名を見た者のきっと誰もが、悪趣味なネーミングだと思いつつも『もしかしたら……』を心に描いてしまう、そんな危うさを秘めているからだろう……。

 そんな中を、とぼとぼと1人、道の真ん中を歩いている少女がいる。愛らしい少女の顔からは、小さな笑みがこぼれている。

 何を考えているのか読み取れないが、辺りの惨憺たる有様には目もくれずに、進行方向のみを見据えて、のんびりと前進して行く……。

 崩壊した街と微笑みを湛えた少女……。その2つは、あまりにも不釣り合いで、不自然で、釈然としない。

 すぐにでもこの光景を壊してしまわなければ、何か良からぬことが起こるとの考えには至るのだが、行動に移るだけの勇気を振り絞ることができない。

 対戦チームの連中は、おおよそそんな思いの沼にはまり、身動きが取れずにいたのだと推察される。

 そんな中、少女は何事もなく、フィールドの中央まで辿り着いていた。

 少女はそこで立ち止まると、3時の方向に向き直り、何やら詠唱を始める。

 そして、その詠唱が途絶えた刹那、凄まじく大きな火球が、少女の握られたロッドから放たれた。

 放たれた火球は、貪るように周囲を食い漁り続け、遂にはフィールドの端を突き抜けた。

 地面を削り、多種多様な建物の横っ腹に風穴をあけ、大きなトンネルを作り上げた後、やまびこのように衝撃波が返ってくる。

 少女は、自身が放った火球による反動を、目を細めながらも受け留めつつ、さらに詠唱を続ける……。

 今度はおよそ2時の方角だ。

「なんなんだ、あいつ! 冗談じゃねーよ! 俺たちレベルで敵う相手じゃねーって! だから俺はこんな博打みたいな勝負、受けるべきじゃないって言ったんだ!」

 息を潜めていた男の1人が、あまりの出来事に隠れていることを忘れ、絶叫する。

「俺、あいつ知ってる! ちょっと前まで、ゴールドランカーの最上位にいた女だ! 最近、バトルには参加してなかったのに……。なんで今……」

 傍らにいた男も驚きを禁じ得ず、思わずその場で立ち上がる。

「対戦前に確認したチーム編成にあいつはいなかった。フェイクだっ! フェイク! 誰かが真似ているだけだ! 間違いない! ……だが……どっちにしても、あの火球はマズい。今は兎に角、逃げるんだ! あいつは、反時計回りにあの呪文をぶっ放し、フィールドごと根こそぎ焼き尽くすつもりだ! 作戦もへったくれもない戦い方だが、あれを食らったらひとたまりもない! 行くぞ!」

 最後まで少女の行動を確認していたリーダー格の男が判断を下し、他の2人に追従するよう促す。

 3人の男は全て、鎧に身を包んでいる。

 見た目にも、その頑丈さが窺える重厚なつくりだ。

 だが、その重厚な鎧が、今は仇となっている……。

 本来ならば、少女が火球を放った直後に詰め寄り、次の呪文の詠唱完了前に、仕留めにかかるのが定石だ。

 だがこのパーティーには、スピードに自信のある者はいない……。

 ジリジリと相手を追い込み、パワーとディフェンス力で、相手を押し切る戦いが、彼等のバトルスタイルなのだろう。

 少女との間合いを詰める前に、再度放たれる火球によって、その目論見が潰えることを予測し、回避の選択肢に辿り着いたことは、褒めるべきである。

 現状において、リーダー格の男が下した判断は、きっと正しいものであったと言えるのだろう……。

 ただせめて、自陣の悪目であっても、長距離攻撃が可能であることを、相手に示しておくべきだったかもしれない……。

 銃を構えるだけであったとしても、相手の反応に幾分か迷いが生じる可能性はあった。

 迅速な回避選択により、相手チームに、少女への攻撃は後回しにすることを、宣言してしまった格好となる。

 少女は躊躇いなく、例の火球を今も順に放ち続けている……。

 自身の視界の中に、敵の動きが映ったはずだが、特にその表情には変化は見られない。

 ただ淡々と、自分に与えられた役割を全うすることだけに、意識を集中しているのだろう。

 鎧を纏ったチームは、少女の火球に押し出されるように、反時計回りに移動し続けた。

 少女の思惑通りに、自分達が行動してしまっていることを自覚しながら……。

「どうする? おい! どうすりゃいい?」

 最初に声を上げてしまった英国騎士を彷彿させるプレートアーマーの男が、その容姿とは裏腹に、慌てふためきながら喚き立てる。

「今からでも逆方向へ逃げた方が良いじゃないか? このままじゃ相手の思う壺だ!」

 そう叫ぶのは、隠れていた場所から立ち上がり、自陣の場所を露呈してしまった男だ。

 先ほどの男と同じく、プレートアーマーを愛用しているが、元の形にかなり手を加えているのが、遠目からでもすぐ分かる。

 関節部以外の場所ほぼ全てに突起物があり、体当たりしても相手に大ダメージを与えられる形状となっているのだ。

 攻守を兼ね備えた鎧と言えるのだろうが、見た目は、すこぶる気味が悪い。

 まるで、イバラガニを擬人化したような、RPGによく出てくるやけにデコられた中ボスといった感じだ。

「何言ってる! 隠れる場所も無い所に出て、身を晒すつもりか? そんなことをしたら良い的じゃないか!」

 先頭を行くリーダー格の男が、休まず懸命に足を動かしながら怒鳴る。

 この男も、プレートアーマーに両手剣という、騎士としてオーソドックスな出で立ちだが、他の者と中身がかなり異なる。

 回避選択時に兜の面ぽおを開け放ったことで、それは露わになっている。

 顔中に広がる柔らかなオレンジ色の毛並。大きく突出した鼻と口。上方に突き出て綺麗な三角形を描く耳……。

 そう、彼は獅子の容姿を手に入れた獣人だ。

 獣人には、人間を超える様々な能力が備わっているものである。

 パワーであったり、俊敏性であったり、嗅覚や聴覚もそうだ。

 だがこの男からは、獣人としてのそれら利点を、感じ取ることができない。

 バトル開始直後から獣人の特性が垣間見れる行動が、何1つ見受けられなかったためだ。

 それゆえ、甲冑をフル装備している間は、事前に彼の事を見聞きした者でしか、獣人であることを知りえなかったであろう。

 洋輝のように、多少なりとも獣への何かしらの強い想いがあったならば、様々な特性を手にすることが、できていたかもしれない……。

 しかし彼等のこれまでの行動、発言、まとまりのなさが、バトルの経験不足を物語っている。

 きっと『3×3』はおろか、バトル自体の経験も浅いのだろう。初期のキャラ設定において、強い想い入れを持って行う者は、それほど多くない。

 オーソドックスなキャラ選択になるか、或いは奇抜なキャラ選択になるかの何方かである。

 彼もまた例外では無かったというだけで、そこを咎めるのは、酷というものであろう……。

 結果、彼等の行動には意外性は無く、このバトルにおける脚本家の筋書き通りに、順序良くことが運んで行く。

 この場合の脚本家とは、もちろん先ほどの少女を要するチーム側となる。

「!」

 先頭を走っていたリーダーが、急に足を止めたため、後方からついて来ていた2人が、つんのめりそうになる。

「何やってんだ!」

「あぶねぇじゃねーか!」

 と、リーダーに向かって叫んだ2人だったが、リーダーの視線の先にあるものが分かると、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 それは、多くのファイターが憧れを抱く存在となったゴールドランカー。

 『鉄塊』との異名を持つその男は、大剣を肩に担ぎ、鎧の一団を見据えている。

「あれが『鉄塊』。……実物はこんなにも、近寄りがたいオーラを纏っているものなのか……」

 リーダーの獣人が、どうにか前へ進もうと試みるが、心とは裏腹に、四肢は鉛をぶら下げたかのように重く動かない。

 3人は、獣人を先頭に綺麗に列を作ったまま、その場で竦み固まってしまった。

 すると、彼等に向かってシュルルルルッと風を切りながら、1本の矢が打ち込まれた。

 それは緩やかな放物線を描きながら、彼等の足元に突き刺さる。

 だが、その矢が地面に突き刺さると同時に、奏でられた音は、甲高い破裂音だった。

 目を凝らすと、地面に刺さった矢の周囲に、バラバラとなったガラスの破片が四散している。

 パズルを組み合わせるように、そのガラスの原型を連想すると、透明なガラス瓶であったことが、容易に想像できる。

 だが、彼等にとって問題なのは、そんなことではない。

 割れたガラス瓶から立ち昇る濛々とした煙だ。

 3人は咄嗟に口を塞いだが、気付くのが遅かった。

 吸い込んでしまった煙の甘い香りが、鼻腔をくすぐる。

 自身の動きが、時を追うごとに、緩慢になっていくのを感じながらも、獅子の顔を持つ男は、矢が放たれた方向へ首を擡げた。

 視線の先に、ロングボウを背中に背負った手足の長い女性が、近づいて来るのが映る。

 長い黒髪を軽やかに揺らし、綿でできた薄手の服の上から、要所を覆う程度の革鎧を身に着けている。

 腰にはパレットベルトが巻かれ、通常、銃弾が入れられるべき所に、小さなガラス瓶が、幾つも顔を覗かせている……。

 甲冑の一団の足元に散乱したガラスの破片は、きっと彼女によるものだろう。

 間断なく足を運んでいた彼女だったが、獅子の顔を見つけると足を止め、その鼻つらを指先でちょんと触れた。

「上手くいったみたいね。しばらくは動けないと思うけど、我慢してね」

 屈辱の状況下にありながらも、獅子の男は満更でもなさげに、コクンと1つ頷いた。

「勝負あったようだな……。俺が相手をするまでもない。おまえ達の1番の敗因は、ゴツい甲冑着てんのに、まとまって行動しちまった事だな」

 そこへ呆れ顔で『鉄塊』こと佐渡竜馬が、のっしのっしと、気だるそうにやって来て評論する。

 憧れにも似た感情を抱いていたファイターに、吐き捨てるように評された3人は、只々地面を見つめるしかなかった……。

「お待たせしました! ……あれ? 全員、動けなくしちゃったんですか?」

 少ししてから、例の火球少女がその場に合流したが、その状況を見てキョトンとしている。

「ああ、張り合いのねえ相手でな……。おっと、もう元に戻っていいぞ。こいつらももう、負けを認めてるみたいだからな」

 そう答えた竜馬は、火球少女に目で合図を送る。

「そうですか……了解です。では失礼して」

 火球少女は、ロッドを頭上に振りかざすと、リズミカルに声を弾ませ、呪文を詠唱する……。

 すると少女を覆うように、キラキラと光の球体が、でき上がった。

 黄系統の色で、マーブル模様を描く球体は、グルグル回ったかと思うと、すぐに音もなく弾けた。

 弾けた光が霧散する中、現れたのは……青髪の少女、羽柴美希だった。

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