夢世62
「雄彦お兄ちゃん! 僕の活躍、見てくれた?」
洋輝が嬉しそうに俺の周りをクルクルと駆け回る。
「ああ! 凄かったな! 本物の狼以上に迫力があったよ!」
俺は、洋輝の頭を目で追いながら答える。
「……だけど、あれどうやったんだ? どこへ逃げても待ち構えているなんて……。俺にも洋輝がたくさんいるように思えたよ」
相変わらず回り続ける洋輝を目で追いかけつつ、俺は問いかけた。
「えへへっ、そうでしょー! 僕は空を走って、あの人達の前に、先回りをしてたんだよ!」
洋輝は走り回るのを止め、俺の前でお座りすると、尻尾を振りつつ自慢げにそう答えた。
「空を走って? ……それが洋輝特有の能力なのか?」
俺は、俺に与えられた巻物の力を思い出しながら、さらに質問を続ける。
「いやいや、洋輝の能力は『野生の魂』ってやつだ。成り代わった動物の個性を、最大限に引き出すことができるらしい……。かなり使えるアイテムだ。妄想画報で手に入れた代物さ。握りこぶしくらいある赤い宝石で、今は洋輝の胸の中にあるそうだ」
そこへ唐突に塔矢が現れ、得意げに話し始めた。
「洋輝が空を駆けたっていうのは、俺の能力によるものさ。俺は、伸縮自在で強度調整も可能な糸を飛ばすことができる。洋輝に囮になってもらっている間に、自陣近くの上空に糸を張り巡らせ、目を凝らさなければ見えない大きなドームを作り上げたんだ。洋輝は、そのドームを、夜目が効く特性と鋭い嗅覚を活かし見極め、足場にして上空を移動し、先回りしていたってわけだ」
俺の疑問に答えるように塔矢は、先ほどのバトル内容についての解説を加える。
「俺のアイテムは、妄想画報では『マリオネット』の名で登録されている。その名で想像できる通り、元は様々なものを操るアイテムだが、工夫次第で応用も可能という事だな」
塔矢は、洋輝が複数いるように感じられたカラクリを解説すると、ついでに自身の能力説明まで付け加える。
「なるほどな。塔矢のもなかなか使える能力だな。甲冑の男が仲間に刃を向けたのは、そういう理由か……」
俺は自然と頭の中で洋輝や塔矢と、どう戦うかシミュレーションを行なっていた。
「……雄彦。くれぐれも言っておくが、俺らを相手に想像を膨らませても意味がないんだぞ。俺らを味方として考えを巡らせてくれよな。分かっているか?」
塔矢が俺の反応を敏感に感じ取り、釘を刺した。
「! ……ああ、勿論だ」
俺は、塔矢が見透かしたように俺の妄想を読み解いたことに驚嘆したが、それを悟られないように洋輝の体を撫で回すことで誤魔化した。
「ふふふっ、くすぐったいよー」
洋輝は仰向けとなり、体をくねらせながら足をばたつかせた。
その行動の異常なまでの愛らしさに、俺はしばらく手を止めることができなかった。
まったく、1家に1匹は欲しい狼だ。
その数分後、教官である修平とも合流し、試合内容についての総括をしていると
「うわーっ、残念! こっちの試合も、もう終わっちゃったんですかー。生で観たかったのになぁー。……しょうがない、後でVTRで確認させてもらいます」
駆け足で戻ってきた一輝は、試合が終わっていることを知ると、ガックリと肩を落とした。
「こっちの試合は、かなり面白かったぞ! きっと、今日のベストバウトになるんじゃないかな」
俺は、わざと一輝の悔しさを煽るような感想を述べた。
「良いですよーだ! こっちの試合も負けず劣らず、凄い試合でしたからね! 全然後悔してないです!」
一輝は得意げに胸を張る。
その表情は、強がって作ったものではなく、自然に作られたしたり顔だった。どうやら、本当に良い試合を観戦できたらしい。
「……またまたー、強がるなよ。どうせ大した試合じゃなかったんだろ?」
一輝が気にいる程の試合が、どのような内容だったのか知りたくなった俺は、挑発的な言葉をあえてした。
「あっ! 信じないんですか? じゃあ、教えてあげますよ! ちょっと待ってて下さいよ!」
まんまと挑発に乗った一輝は、自身のサポートシステムとコンタクトを取り、観戦した試合のVTRを教えてくれた。
「おっ! これか……。修平、塔矢、洋輝、一緒に俺の部屋で観るか?」
俺は、一輝から伝達されたVTRのサムネイルを頭に浮かべながら、皆を誘った。
ゴールドランカーの特権の中にはテレポートだけでなく、それぞれに与えられる個室もあるのだ。
もちろん、その部屋の中でもリアルタイムで試合観戦が可能だ。
だが俺は、わざわざバトルエリアへと足を運ぶ……。
他のプレイヤーと共に観戦する方が、面白く感じるからだ。
他のゴールドランカーも、多くが俺と同様に、試合を観戦する時は、与えられた部屋ではなく、バトルエリアまで来ることが多いと聞く。
やはりバトルをしている同じ空間で観戦した方が、臨場感があるからだろう。
「良いですね! そうしましょう!」
一輝が誘ってもいないのに、親指を立て、片目を瞑って見せる。
「お前はさっき観たんだろ?」
「良い試合は、何度観ても楽しいもんですよ! 行きましょう! 行きましょう!」
半ば強引に一輝は皆を促し、俺の部屋へと誘った。
「へぇー、ここがタケさんの部屋ですかー、なんかすっごくレトロな部屋ですね! ……修平さんも来れば良かったのに……」
「用事があるって言うんじゃしょうがないだろ。まあ、また機会はあるさ。……っておい! やたらと触るなよ!」
一輝は歩き回りながら、手当たり次第、部屋の物に触れていく。
「良いじゃないですか、減るもんじゃないんだし」
一輝は俺の注意も聞かず、俺の部屋に興味津々だ。
「……まったく、何しに来たんだか……」
俺の部屋は、一輝の言うとおり、かなり古めかしい造りをしている。
自身が生まれるよりも、ずっと以前の時代を再現したつもりだ。
江戸時代とまではいかないが、昭和初期くらいまで遡ったレトロな部屋となっているはずだ。
その時代を選んだ理由だが、今思うと、昭和初期独特のノスタルジックな空間が、最も心を落ち着かせてくれる気がしたからかもしれない……。
なんにせよ、畳に掘り炬燵、エジソン電球に振り子時計、思いつく限りの遠い時代の物品を集めて作り上げたこの部屋を、俺はとても気に入っている。
ただ、バトルで得たコインの殆どを、この部屋につぎ込んでしまっていたとは、俺自身思わなかった。
「おい、もう観ちまうぞ!」
一向に落ち着く気配のない一輝に、俺はイライラしながら呼び掛ける。
「あっ! どうぞ、お構いなく。俺は観たんで、大丈夫です」
今までの流れは、何だったのかと呆れるほど、一輝はあっさりと観戦を断った。
「……」
塔矢と洋輝は、口をポカンと開けている。
「……ったく、あいつは……ごめんな。さあ、気を取り直して、試合観ようか」
俺はまた、例のやつだと勘づいたが、一輝との付き合いが短い塔矢と洋輝には、何が起こったのか理解できないだろう……。
一輝には時々、こういう筋が通らない行動を取ってしまう場面がある。
基本的には、状況や空気を読むことのできる良い男なのだが、話の途中でも『興味レーダー』が反応すると、全て投げ出し、一直線にそちらへ意識を向けてしまうのだ。
こうなってしまったら、興味が薄れるのを待つしかない。
今回は、俺のこの部屋が、それに該当してしまったらしい……。
一輝の目的は、始めから俺の部屋を見ることだったのではないかと思えるほど、こちらには目もくれず物色を続けている。
「良いのか?」
塔矢が、一輝の思いも寄らない方向転換に、戸惑いながら尋ねてくる。
「良いんだ、良いんだ。ほっとこう、たまにあるんだ」
俺はそう答えると、掘り炬燵に手足を突っ込み、塔矢と洋輝にも勧めた。
塔矢は、俺にならって炬燵の中に足を滑り込ませたが、狼の洋輝はどう入れば良いか、苦心している様子だった。
結局、洋輝は座布団の上でクルクルと何度か回った後、その場にちょこんとお座りする形で落ち着いた。
その行動は、どっからどう見ても、中身が人間であるとは感じさせない動きだった。はっきり言って、喋ることはできるものの、完全に狼だ。
俺は出会った時よりも、洋輝がより狼らしくなっていることを喜ぶべきなのか、判断がつかなかった。
「どうしたの? 観るんじゃないの?」
洋輝は小首を傾げる仕草と同時に、左右の耳をピクピクと動かす。
「……ああ。今、観せる」
洋輝の耳は、無意識に動いたのか、そうでないのか、確かめたい衝動を何とか飲み込み、俺は炬燵の上に置かれたリモコンで、テレビを点けた。
テレビも、この部屋に合わせ、ディテールにこだわった年代物だ。
ブラウン管の白黒テレビで、本体にチャンネル操作ができるスイッチも付いている。リモコンでチャンネル操作をすると、連動してその本体のスイッチもまた動くのだ。
リモコンだけで事足りるような気もするが、その無駄が、また良い味を出していると感じている……。
「これで観るのか?」
あまりにも小さな画面に、塔矢が不安を口にする。
だがそれは、仮の姿だ。実際に使用する際は、俺の意思を即座に汲み取り、高解像度の映像を空中へと展開してくれる素晴らしい逸品なのだ。
かなり値は張ったが、良い買い物であったと、今でも満足している。
映像が展開されると、塔矢は軽く2度頷き、試合に集中するため、口を噤んだ。
洋輝の尻尾が、興奮からか先ほどよりも速く、左右へ振られる。
展開された映像に、最初に映ったのは、大きなロッドを構える赤毛の少女だった。