夢世61
「雄彦、一輝、昇格おめでとう。『ダブル』でゴールドランカーになったらしいな」
モニター観戦していた俺の肩にそっと手が置かれた。
「ん? 修平か、ありがとう。ようやくお前と肩を並べられたな。……ところで、そっちの調子はどうなんだ?」
掛けられた声色から修平だとわかった俺は、振り向きざまに問いかける。
「順調そのものだな。2人とも見込みがある」
修平は、長く伸びた顎髭を撫でながら答えた。
修平は今、30代くらいの細身の男に姿を変えている。
理由は、修平の『追っかけ』から気付かれないようにするためだ。
某有名漫画のキャラクターを真似ている。ガンマン繋がりということで選んだそうだ。安易な考え方が修平らしい。
そう言う俺や一輝も、今は姿を変えている。
理由は修平と同様だ。
一輝自体は、注目されることを気にも留めていなかったが、俺の要望で、バトル時とは異なる姿に変えてもらった。
……だが、その格好というのが、ひどく目立つ。アメコミにでも登場しそうな、派手なヒーローの姿なのだ。
一輝の話では、幼い頃、兄貴と一緒に観ていた、戦隊モノのアニメキャラクターを真似ているとのことだ。
各々のキャラクターデザインが、さまざまな鳥をモチーフに選定されており、1人を除いて、空中戦を得意として戦う5人組だそうだ。その派手ないでたちは、俺にはちょっと抵抗があるが、白いマントが、一輝にとても似合っている。
まあ、近づいてくる者さえいなければ、それで良いかと妥協した。
俺はと言うと、恰好自体はバトル時とそう変わりない。違うところと言えば、服の色を茶系統から明るめのライトグレーに変え、ミラーレンズのスポーツサングラスを掛けたところくらいだ。
俺の場合、容姿以上に得物を鉤爪から短銃に変えていることが、1番のカムフラージュになっていると推測している。
おかげで周囲を気にせずバトルを観戦ができている。
「その優秀な塔矢と洋輝は、何処にいるんだ?」
近くに2人の姿は見えない。
「2人とも熱心でな。きっと次のバトルの打ち合わせを、そこらへんでやってるはずだ」
修平は得意げに、また顎髭を撫でる。
「お前は参加しなくて良いのかよ? 教官!」
俺は揶揄うように、敬礼してみせた。
「教えられることは、ほぼ教えたさ。あとは本人達が、どう消化していくかだな……。まあ、そのうち雄彦でも厄介な相手になるくらいにはなれるさ……。なにせ教官が良いからな」
修平はわざとふんぞり返って、軍隊さながらの雰囲気を演出する。
「おっ! 言うねー!」
俺と修平は、堪えきれず、2人同時に笑い出した。
「雄さん、俺、ちょっと気になる試合が始まるんで、離れますね」
そんな俺達の傍で微笑んでいた一輝が、軽く会釈してからその場を離れた。
きっとまた、気を遣った行動だと感じたが、俺はそれを受け入れた。修平に聞いておかなければならないことがあったからだ。
もちろん、現実世界での修平についてのことだ。
「……ところでさ。……現実世界のお前は、今どうなってるんだ?」
オブラートに包むような尋ね方が思い浮かばなかった俺は、単刀直入にそう切り出した。
「ああ……、そのことか。まだ命は、つながった状態だな。だからまだ『移住者』にはなれていない……。病院で延命措置が施されているからな。……金もかかるから早くケリをつけたいんだけどな。そういうわけにもいかないみたいだ。……そうだ、雄彦。俺の母親と話をしてくれたんだってな。おかげで表情が変わったよ。なんて言えばいいかな……少し、余裕ができたみたいだ。ありがとう」
修平は穏やかに微笑んで見せる。
「……そうか。でも今となっては、それが正しかったのかどうか……」
アナザーワールドの統治者のことを考えると、俺は素直に喜べなかった。
「良いんだ、雄彦。今、親が苦しんでない。それだけで充分だ。……それに……俺は最近思うんだ。命にしがみつく生き方はやめようってな。たとえ、逃れられない『死』があったとしても、素直に受け入れられるくらい強くありたいからな」
曇りない修平の笑顔に、心が少しだけ軽くなった。
「おっと、そろそろ2人と合流しておかないとな。もう直ぐ試合だ。俺は後方でサポートするだけだが、良かったら、2人の勇姿を見ていってくれ」
そう言うと、修平は会った時と同様に俺の肩に軽く触れると、背を向け歩いて行った。
俺はその背中を見送ると、再びモニター画面へと目を向けた。
狼の遠吠えが、どこからともなく木霊する……。
「おい! 今度は東側から聞こえてきたぞ!」
甲冑に身を包んだ男が、あたりを見回しながら、もう1人の男に声をかける。
「いったいどうなってるんだ! 相手パーティーの中にいた狼は、1匹だけだったはずだ! これじゃ、狼の群れに囲まれているみたいじゃないか! これは、3対3のバトルじゃなかったのか!」
魔法使いの男が、叫びながら甲冑の男と背を合わせる。
もう1人、サポート役の男がいたのだが、その男はすでに、狼の餌食となり、このバトルを終了している……。
2人は右往左往しながらも、慌てて近くのトンネルの中に身を隠した。
「冷静になれ……。狼は1匹で間違いない。きっと、残りの2人が、変身スキルか何かを使って、俺たちを騙しているだけに違いない……。だとすれば、その2人の動きはたいしたことないはず……。偽物を見極め、お前の魔法と俺の斬撃で、同時に叩けば勝機はある」
このパーティーのリーダーらしき甲冑の男が、息を整えながら、そう提案する。
「……確かにそうだな。狼の動きを見極めることに専念しよう」
魔法使いは、深く1度頷いた。
トンネルの中腹で身をかがめていた2人が、徐に立ち上がる。
すると、自分たちが入ってきたトンネルの入り口に、鋭い牙を覗かせながら、狼が姿を現した。
2人は、高鳴る鼓動を抑えつつ、身構える。
狼は構わず、ゆっくりと歩を進め、そんな2人に近づいて行く……。
「今だ! やれ!」
甲冑の男の号令に合わせて、魔法使いがワンドに意識を集中する。
ワンドの赤い輝きとともに、バレーボールほどの火球が、いくつも宙に浮かび上がった。
「黒焦げになりやがれ!」
魔法使いが大きくワンドを振るうと、火球は狼めがけて飛んでいった。
火球は周囲の大気を食しながら、唸りを上げる。
だが、激しい轟音と共に迫りくる火球を、その狼は、いとも容易く軽やかに躱していく……。
「このやろう! 当たれっ! 当たれっ!」
魔法使いは、半分ヤケになりながら、何度も火球を召喚しては、狼に向かって投げつけた。
しかし、その度に狼は軽やかなステップを踏んで、それをこともなく避け続けた。
「ダメだ! そいつが本物だ! ひとまずここから逃げるぞ!」
甲冑の男は魔法使いに向かって叫ぶと、踵を返して走り出した。
「うわっ! なんだこれは?」
トンネル出口に着き、もう少しで外に出られると思った瞬間、甲冑の男の動きが、スローモーションのように遅くなる。
自身の体に目を向けると、蜘蛛の糸のようなものが無数に絡み付いていた。
「どうした? 早く出るぞ!」
そこへ遅れて魔法使いがやってくる。
「分かってる! けど、変な糸が絡みついて……あっ!」
糸を切り裂こうと、もがいたつもりが、あろうことか誤って、魔法使いを斬りつけてしまっていた。
「うぐっ! お前、一体何を……」
魔法使いは、斬られた肩口を抑えながら、恨めしそうに甲冑の男の顔を見上げる。
「違うんだ! 体が勝手に! うわっ!」
言い分を述べ切る前に、今度は魔法使いの横っ腹を切り裂いていた。
切り裂かれた部分にはエフェクトがかかり、以前あったような惨劇を目にすることは無くなったが、完全に致命傷だ……。
魔法使いは、言葉なく前方へと突っ伏し、そのまま動かなくなった。
残された男は、魔法使いを呼び起こそうと声を掛け、体に触れようとする。
だが、ゲームオーバーとなった者には触れられないルールにより、男の手は虚しく空を切る……。
そんな絶望的状況になっても、手を差し伸べてくれる者は誰もいない。
男が見上げた先に映るのは、トンネルの暗闇の中から浮かび上がる、火の玉のように赤く燻る狼の目玉だ。
「ひぃぃ!」
声にならない悲鳴をあげて、男は思わずその場に尻餅をついた。
「カキンッ!」
そこへ、男の首筋に少し湾曲した剣先が乗せられる。
サーベルだ。男はその剣先をなぞるように目で追った。
そこに立っていたのは、大きな黒い瞳が印象的な青年だった。
「もう終わりにしよう……。もしもギブアップしないと言うのならば、更に恐怖を植え付けることになるが、どうする?」
青年は、氷で作られているのかと見紛うほど、表情を変えずに淡々と答えた。
「ギ……ギブアップ……」
男は青年の瞳から目を逸らすこともできず、言われるがまま負けを宣言していた。