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夢世  作者: 花 圭介
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夢世59

 何も思わず、何も考えず、ただひたすらに、道が続く限り、真っ直ぐ歩き続けた……。

 普段向かわない方向へと舵を切ったため、見慣れた景色は、既にない。

 きっともう、十数キロは歩いていることだろう。

 いつもなら不快に感じる流れる汗が、不思議と心地よく感じる……。

 ここ最近で、身体的に1番『生きている』を実感できる瞬間、だったからかもしれない。

 だが、その実感は徐々に体の悲鳴にかき消されていく……。

 減速を余儀なくされながらも、欲をかき、歩みを続けていると、これで遊ぶことができるのかと思えるほど、小さな公園を見つけた。

 遊具は、秒もかからず滑り降りてしまいそうな滑り台が1つあるだけで、他には何もない。

 あとは、申し訳程度に並んで設置されているベンチが、2基。

 あれは、俺のために出現した公園だ。

 歩みを止める言い訳として、都合よく意識を書き換え、俺はその公園のベンチの1つに腰を下ろした。

 傾き始めた日の光が、俺の影を細長く伸ばしていく……。

 その伸びた影の先が、きれいに揃えられた真っ白なスニーカーに、覆いかぶさっている……。

 俺は自然と、その白いスニーカーから伸びる細い足を、目で辿っていた。

「雄彦さん?」

 よく知る顔が、そこにはあった。だが、どこか印象が違う。いつも以上に自己主張が弱い……。

 名を呼びながらも、混乱が張り付いた顔のその少女は、俺を見つつも、首をかしげている。

「美希ちゃん!」

 俺は叫びながら、体を大きく後ろに仰け反らした。

 ベンチの背もたれがなければ、間違いなく地面に転げ落ちていただろう。

 やはり髪色は、認識に大きな影響を与えている。

 長く行動を共にしてきた美希であっても、気づくまでにこれほどの時間がかかるとは……。

「こ、こんなところで何してるんですか?」

 美希は相変わらず、目を丸くして不思議そうにして見つめている。

「美希ちゃんこそ、こんなところで何してるの?」

 俺は、黒髪の美希と、今まで結びついたことのない周囲の景色とを、交互に何度も見返した。

 ちょうど、警戒した鳩が、忙しなく首を振るように。

「……買い出しに行った帰りです。……だって、ここ、私の家のすぐ近くですもん」

 美希は、何を言っているんだろう、といった感じで俺を見ながら、スーパーの袋を掲げて見せる。

「え? そうなの?」

 当然、俺の顔は、鳩が豆鉄砲食ったときの表情となっていた。

 これで空も飛べたなら、俺は本当に、鳩に鞍替えできそうだ……。

「私に用がある、わけではなさそうですね……」

 美希は、残念そうに呟いた。

「ん? あっ……うん。でも、もともと目的なんて無かったから……。ただ気分転換のつもりで、ちょっと散歩に出ただけなんだ」

 俺は、答え方が分からず、無意識のうちに頭をポリポリと掻いていた。

「だけど……途中寄ったコンビニで、逆に嫌な気分になっちゃってさ……。その気分を振り切ろうと、いけるとこまで、歩くことにしたんだ。……そうしたら、いつの間にかここまで……。まさか、美希ちゃん家の近くとは思わなかったよ」

 言い訳の代わりに、ここへ辿り着いた経緯を並べながら、美希の表情に注視する。

「コンビニで何があったんですか?」

 もうそこには不満気な表情は無かった。その代わりに、新たに不安げな表情が浮かんでいた。

 俺は、コンビニで目にした雑誌の内容を、覚えている限り詳細に、美希に説明した。

 美希はひたむきな眼差しで、俺の話に耳を傾け、節目ごとにその華奢な首を頷かせた。

 そして、一通り話し終えると、美希の表情が、一変していることに気がついた。それは、宝でも掘り当てたような恍惚とした表情だった。

「どうしたの?」

 俺がその表情に困惑し尋ねると、思いもよらない回答が返ってきた。

「アナザーワールドの開発責任者の話……。きっと、それの元ネタって、私達だと思いますよ!」

 美希は目をランランに輝かせながら答えた。

「どういうこと?」

 俺は質問を重ねる。

「実はちょっと前になるんですけど……。いつものように雄彦さん抜きで、塔矢君と洋輝君と3人で遊んでいた時に……」

 美希はわざと、俺の名前の部分だけ強調し、話を始めた。

「私達が、最初に出会ったあのおじさんの話になったんですよ。覚えていますか? まだみんながアナザーワールドに、大きな不安を抱えていた頃……。余裕綽々で、歩き回っていたスーツ姿の太ったおじさんですよ」

 美希はさらに顔を俺に近づける。

「あのときは、洋輝君の方に気を取られて、あのおじさんのことを、詳しく塔矢君に話して無かったんですけど……。偶々その話になったんです。……そうしたら、塔矢君が『調べてみる価値はあるな』って……。ジャーナリストの知り合いに頼んで、現実世界の方からもアプローチしてみるって言っていたんです!」

 興奮しだした美希の声は、次第に大きくなっていった。

「えっ? それが……あの記事になったってわけ?」

 俄かには信じられないが、俺の記憶にある人物と、雑誌に載っていた開発責任者の特徴は、確かに一致する。

「きっとそうですよ! 塔矢君、雄彦さんも交えて、近いうちに、みんなに話したい事があるとも言ってましたから!」

 気持ちの高まりが抑えきれなくなった美希から、笑い声が漏れだす。

「そ、そうだね。その可能性は……高いかもしれないね」

 俺は、美希の圧力に押し切られる形で同意した。

 美希は、俺からも同意を得られたことに満足したらしく、魅入られた笑顔の中、何度も頷く。

 自分の身近で起こったことが、雑誌やテレビで取り上げられたなら、自分が世界の真ん中にいるようで興奮するのは、理解できる。

「じゃあ……今夜、久しぶりにミルキィウェイに集まって、話をしよう! 俺の方の用事も取り敢えず、だいたいは片付いたから……」

 俺は美希に合わせ、軽く微笑みかけた。

「本当ですか!?  みんな、喜びます! 」

 美希は、歪な笑みを、子供のような無邪気な笑顔へと変化させた。




 その後、俺の用事の結末や美希の学校生活の近況など、ひとしきり会話を重ねたが、アナザーワールドでも話せるからと切り上げ、お互い家路につくことにした。

 帰りも歩きでは大変だから、と美希がバス停まで案内してくれ、丁度のタイミングで来たバスに乗り込んだ。

 窓越しに美希が小さく手を振りながら、俺を見送ってくれた。

 俺も軽く手を上げ、それに答えた。

 バスはその巨体さゆえに、初動に苦労しながらも休まず走り、美希との距離を広げていく……。

 美希は俺が見えなくなるまで、ずっと見送り続けてくれたが、こうまでされると何となく『別れ』を意識してしまう。

 別になにか不吉な予兆を感じているわけではないのだが、テレビなどのメディアで度々目にする光景が、刷り込まれてしまっている感じだ。

 俺はここまで引きずってきた苛立ちと、現実世界で美希に出会った驚き、そして、今の物寂しい気持ちをごちゃ混ぜにしたまま、バスに揺られた。

 揺られる毎にそれらの感情が融合し、新たな心を形成していく……。

 何故だか分からないが、このとき形成された俺の心は、ざわざわとした不安だった。

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