夢世58
『注目新人現る!!!』
アナザーワールド、第3階層、バトルエリアで行われている『ダブル』にて、ゴールドランカーによる異例の指名バトルが行われた。
指名されたのは、なんと、ランカーですらない新人。
ただこの新人2名の勝率は、10日間(約30試合)負け無しの100%だとのこと。
『四つ目』の異名を持つスナイパーの修と『鉄塊』の異名を持つ戦士竜馬が、対戦相手として指名したのも頷ける成績だ。
それでも誰もが、ゴールドランカー相手では、流石に歯が立たないだろうと高を括っていたことだろう。
かく言う私も、ご多分に漏れず、その1人であったわけだが、いざ試合が始まると、その戦いぶりは、観戦していた全ての者を魅了するほど芸術的だった。
1人は、目で追うことすらままならぬ程のスピードで、相手を翻弄し、もう1人は、寸分違わぬ斬撃で、頑丈な鎧を砕いてみせた。
結果的には、もう一息のところで敗れてしまったのだが、その勇姿は、観客の脳裏に深く刻まれたことだろう。
そんな2人が『ダブル』をプレイするきっかけとなったのが……。
「……これ、俺と一輝のことだよな」
俺は、コンビニで売られていた『アナザーワールドビジョン』という雑誌の記事を読みながら呟いた。
そして記事の端に目を走らせると、顔は隠されているが、風貌から、俺と一輝であることが推察できる写真が、掲載されていた。
俺は思わず、顔のすれすれまで雑誌を近づけ、その写真を睨みつけるくらいの勢いで、何度も確認した。
特徴的な鉤爪と型にはまらない太刀筋から確信を得ると、パンッと大きな音が立つくらい、力を込めて雑誌を閉じ、本棚へと戻した。
「……写真なんてどうやって。……こりゃもう、現実と同列に考えないといけないな」
ため息をつきながら、周囲を見回すと、俺が手にした雑誌の他にも、アナザーワールドを取り上げた雑誌が、複数あることに気付いた。
いくつか手に取り、雑誌の中身をパラパラと確認した。
ほとんどが、新作グルメや新アトラクションなどの娯楽を紹介する内容であったが、その中に、幾つか気になる記事を発見した。
『ドリーム通信』
アナザーワールドから提供された今週の情報発信分はこちら。
①睡眠効率50%改善
AMR拡張により、現実世界における睡眠時間を平均50%減らすことに成功したとのこと。(1日の睡眠時間を平均8時間とした場合、アナザーワールドにいながら、約4時間の睡眠が得られる)
アナザーワールドは、今後も更なるAMR拡張に注力し、最終的には、現実世界における睡眠が、不要となるようにしたいとの考えを示した。
※AMR:アナザーワールド内における記憶領域。頻繁に使用する脳の記憶を抽出し、AMRにコピーすることにより、脳へのアクセス量を抑える事ができる。
②移住について
現在現実世界で命を断ち、アナザーワールドでの生活を望む者が急増しているとのこと。
『移住』と呼ばれる行為だそうだが、危険であるため、絶対に真似をしないようにと注意喚起がなされた。
アナザーワールドは、この行為を承認しない立場をとっている。
また、移住者がどのようにして活動を維持しているのか、特別チームを立ち上げ、現在調査中だとのこと。現時点ではまだ、解明には至ってないらしい。
アナザーワールド稼働後程なく、その醍醐味について説明がなされたが、今もなお、その理念は変わっていないとのこと。
アナザーワールドは、あくまでもコミニュケーションツールの1つであり、それ以上ではないことを忘れないでほしいと重ねて通知している。
③外部アクセスについて
アナザーワールドが、外部からのハッキングを受けていた事実を公表した。主に3階層のバトルエリアにアクセスが集中していたようだが、これまでに大きな被害報告は受けていないとしている。
現在は、アクセス履歴を解析し、その影響を調査している段階にある。今後、セキュリティーを更に強化し、再発防止に務めるとのことだ。
『アナザーワールドの開発者』
ここ数ヶ月で、多くの人に認知され、生活の一部として受け入れられた夢の世界、アナザーワールド。
だが、その世界は未だに、多くの謎に包まれている……。
現在、その世界の利便性にばかり目が向けられているが、開発者が誰であるのか、どのような組織により運営されているのか、一般には、その情報の欠片すら提示されていないのが実情だ。
そんな中、我々はいくつかの気になる情報を手に入れた。望み得た情報ではないのだが、この情報が、アナザーワールドを精査する材料になればと切に願う。
手始めに我々が思いを巡らせたのは、アナザーワールドの開発者についてだった。我々は、夢を繋ぐという画期的な構想を実現させた人物が、舞台に上がらず、ただひたすら見守り続けるなど、できるはずがないと考えた。
きっと、自身が創り上げた世界が、どのように機能しているのか、誰よりも間近で感じたいと願うはずだ。
そこで、アナザーワールドが世に広まり始めた初頭から、存在が確認されている人物の特定に力を注ぐこととした。
その結果、ターゲットとして数人の候補者が挙がったが、中でも50代前半と思われるスーツに身を包んだ太めの紳士に注目した。
その理由は、メディアに携わる者として、如何なものかと感じる読者もおられるとは思うが、直感的な理由だった。
それは、その紳士について多く寄せられた情報の中に複数あった『泰然自若』というキーワードが、引っかかったからだ。
今ほど認知されていなかったアナザーワールドの中を、悠然と練り歩くことは、常人の成せる業ではない。
我々と同じメディア関係者で、早い段階からアナザーワールドに誘われた友人から、その恐怖を幾度となく聞かされていた。
我々は、その朧げなキーワードを重視することにしたのだ。
我々は眠る時間帯をずらすことで、アナザーワールド内にスタッフの誰かが、必ず入り続けられる状況を作り出した。
そして捜索開始から5日後、我々は思惑通り、その紳士を見つけ出すことに成功した。
その紳士は、自ら誰かに話し掛けることはせず、ただひたすらアナザーワールド内を歩き回り、周囲の様子を窺っていた。
そして、彼を見張り始めてから数日で、我々は彼の異常さに気が付いた。
眠っていない。
彼は我々が見張ってから1度も、アナザーワールドから出ていないのだ。
『移住者』であることも考えられたが、その可能性はかなり低い。
我々の調査で、移住者はアナザーワールド内で眠らなければならないことが分かっているからだ。
その理由についてはまだ調査中ではあるが、今まで取材した移住者は全て、アナザーワールド内で睡眠をとっている。
彼は睡眠をとらずに、既に10日間、動き続けていた。彼が特別な人物であると確信した我々は、直接彼に取材を申し込むことに決めた。
決行の日、見張りのスタッフと交代でアナザーワールドに入った我々は、気付かれない程度の距離を保ちつつ彼を囲むように陣取った。
そして、徐々に間合いを詰め、彼が気付く既の所で、一気に彼に走り寄った。思いのほか、事は順調に運び、我々は見事に彼の逃げ道を塞ぐことに成功した。
だが彼は、その状況に動じることもなく、その場に立ち止まると我々に微笑みかけた。もとよりこの状況を望んでいたのかもしれない……。
我々は、ここぞとばかりに質問を浴びせかけようと意気込んだが、彼はそれを手で制して、次のように答えた。
「質問には答えられない」
和かな表情は変えていない。
それを聞いたスタッフの1人が、彼に詰め寄ろうと、更に1歩前へ踏み出した。
だが、踏み出した先は、別空間であったらしい。
スタッフの体は、踏み出した左足から順に、スルリと綺麗さっぱり消えてしまった。
何が起こったのか分からず、呆然と立ち尽くす我々に、彼は人差し指を突き出し、目の前でそれを左右に揺らした。
その瞬間、我々は悟った。強制力を持って彼に接することは叶わないと。
だが絶望する我々に彼は、自身を探し当てたその努力に敬意を評すとし、いくつか情報を提供してくれた。
①彼はアナザーワールドの開発責任者であること。
②彼が起き続けていられるのは、彼の体を複数人でシェアしているためであること。
③近いうちにアナザーワールドの統治者から挨拶があること。
以上の3点だ。
そう告げると、彼は先程のスタッフと同様の方法で、あっさりと私達の前から姿を消してしまった。
今回の調査で、我々が得られた情報はこれだけだ。アナザーワールド内における調査対象の実力をまざまざと見せつけられ、調査をすることに意味があるのか疑問が残るが、今後もできる限り知り得た情報を読者の皆様に発信していきたいと考えている。
※消えてしまったスタッフとは、後に別の場所で無事再会できています。
コラム『夢幻』ーアナザーワールドへの問いかけー
山内 保
昔見た夢とは異なる新しい夢が、想像を超えるスピードで変化しながら拡大している。
その中で、次々と生まれくる娯楽は、人々を魅了し、過去への感慨、現実における自分、未来への恐怖を忘れさせる。
それが正しいことであるのか、考える時間も与えずに。
私は思う。夢がストレスの解消や辛い過去の一時的な忘却を請け負うというならば、文句はない。
夢が夢であることを見失わず、そのテリトリーの中で、実力を行使することは、至極当然であるからだ。
だがこの夢は、現実へと手を伸ばし始めている……。夢での行動が、現実へと跳ね返り、多大な影響を及ぼしているのだ。
今こそ問うべきである。はたしてアナザーワールドは夢と呼べるのか。
これらの記事から、改めて多くの人が、アナザーワールドから強く影響を受けていることが読み取れた。
そして、その関わりは深く、複雑に絡まり、解けなくなりつつあることも……。
今日の散歩でそれをより実感した。アナザーワールドはすでに夢の枠を飛び越えて、もう一つの『現実』となっているのだ。
夢における全ての出来事はリセットされず、事実として刻まれ、現実へとバトンを引き継ぐ……。もうそこに逃げ場はない。寝ても覚めても、傍らにはバトンがあり、走り続けなければならない。
そう感じた時、全身にねっとりとまとわりつく、気だるさが襲った。
「何かお探しのものはございますか?」
そこへ追い打ちをかけるように、サポートソフト擬きの声が響く。
「何もない!」
感情を抑えきれず、叩きつけるように言葉を発した。
「承知いたしました。何かございましたら、声をおかけください」
俺の声に動揺することなく、あいつが返答する。
その冷静な対応から、自分の偏狭さがより浮き彫りにされたようで、居た堪れなくなった俺は、慌てて外へ飛び出した。