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夢世  作者: 花 圭介
56/120

夢世56

 玄関の扉を開け、外の世界に足を踏み出すと、突き刺さるほどの日差しが、俺の目を襲った。

 そのあまりの眩しさに、反射的に強く瞼を閉じる。

 扉が自然に音を立てて閉まるまで、俺はその場から動けずにいた。

 次に目を開いたときには、いつもと変わらない景色が、なぜだか少し悲しげに映った。

 その景色が、なぜかとても印象的で、深く心に刻まれた。

 気分転換のつもりが、いきなり出鼻をくじかれてしまった。

 俺は、なんとも言えない沈んだ心を引きずりながらも、歩き出す……。

 そして、気持ちを好転させようと、大きな歩幅でズンズンと足を踏み出していく。

「雄彦君!」

 そんな俺の気持ちにお構いなく、突然、後方から俺は呼び止められた。

 思わず険しい顔のまま、俺は振り返った。

「……ごめんなさい。もし良ければ、お話をさせてもらいたいのだけれど……」

 俺の表情にたじろぎながら、弱々しい声で女性が話しかけてくる。

 不機嫌な気持ちに支配されていた俺は、その女性が修平の母親であることに気付くまで、しばし時間を要してしまった。

「あっ、修平のお母さん。……失礼しました。どうなさいましたか?」

 俺は手遅れ感は否めないながらも、その場を取り繕うように表情を作り変える。

「今、大丈夫?」

 修平の母親は、不安そうな顔で尋ねる。

「大丈夫です、大丈夫です。ただ少し、散歩でもしようかと外に出て来ただけですから……」

 俺は何度も頷き答える。

「……そう。今日は、この前のお礼も兼ねて伺ったの。……以前お父さんと一緒に来たときは、雄彦君には会えなかったから。……遅くなってごめんなさいね」

「いえ、母から話は聞きました。お忙しいのにわざわざ来ていただいたそうで……。こちらこそご無沙汰してしまい、申し訳ありません。何度か病室には伺ったのですが……」

 俺は頭を掻きながら答えた。

「ええ、看護婦さんから話は聞いていたわ。遥さんと何度も来てくれたみたいね。ありがとね。……実はね、昨日ようやく、修平が目を覚ましたの……」

「そうですか! それは良かったですね。体調はどうなんですか?」

 俺は、修平が約束を守ってくれたことにほっとした。その報告をするために修平の母親は、俺を訪ねてくれたのだと理解した。

「……」

 修平の母親が黙って俯く。何やら様子が変だ。

 よく見ると、肩が小刻みに震え始めていた。

「どうしたんですか?」

 俺は慌てて、修平の母親の顔を覗き込む。 

 涙が頬を伝い、アスファルトに黒い滲みを付けていく……。

「……ごめんなさい。話すべきではないのかもしれないのだけれど……。修平にとって貴方は、特別な存在だと思うから……。病院の先生の話では……修平は……もう、いつ亡くなってもおかしくないって……」

 修平の母親は、時折声を詰まらせながらも、言葉にしようと努力した。しかし、その後の言葉が悲しみに邪魔され出てこない。

「どうしてですか? 確かあのとき先生は、市販の睡眠導入剤では、死に至る事は滅多にないとおっしゃっていたはずです……」

 俺は予想だにしなかった言葉に衝撃を受け、続きを促すように声を掛ける。

「……薬のせいではないの。……修平……白血病だったの。修平はもう知っていたわ。他の病院で調べてもらっていたそうなの……。私にも内緒にするなんて」

 修平の母親からは、納得がいかない表情が読み取れる。

「……修平が、白血病……」

 俺は思わず呟いていた。

 全身の力が抜け、目前の景色が枯れていく……。

 そんな中、ふと一輝が言っていた言葉が、脳裏に浮かぶ。

「生きるための行動……」

 俺は小さく呟いた。

 修平はやはり、生きるための方法を模索していたのだ。

 親友と言いながら、気付いてやることさえできなかった。

 解せない行動の裏には、悲しい事実が横たわっていたのだ……。

 俺がその事実を受け止めようと苦心している傍で、修平の母親はまだ唇を噛み締めていた。

 修平の考えは分かる。親にも病名を伝えずにいたのは、きっと少しでも訪れる悲しみを遅らせようと配慮したつもりなのだろう。

 だがそれは、親にとってみれば『冒涜』なのかも知れない……。

 事実を受け止めきれないと決め付け、親が持つ子供への『覚悟』を軽視した結論と言わざるを得ないからだ。

「……ねえ、雄彦君。修平は夢の中で生きられるから大丈夫だなんて言っているの。テレビでもそんなことを言ってるけど……。私もお父さんも夢の世界に行ったことがないから信じられなくて……。本当にそんなことできるのかしら」

 すがるような目で、修平の母親は俺を見つめた。

「実際に現実世界で亡くなった人と、夢で会ったことがないので、真実がどうなのか、俺には分かりません……。でも、夢の中で会った修平は、確かにそういった人と交流があると言っていました……。しかもその人は不自由なく暮らしていると……」

 俺は、その答えが修平の母親にとって、適切なものであるのか判断できないまま、口にしていた。

 希望を持ってもらいたいとの願いが、無意識のうちに反映され、言葉となっていた。

「……そうなの。本当にそんなことが……」

 修平の母親は、心を何処へ持っていけば良いのか分からないようで、しばし虚空を見つめていた。

 俺が何度か呼びかけると、ようやく我に返って話を続けた。

「どうしたら私も、夢の世界に行けるのかしら……。雄彦君、知らない?」

「……すいません、俺の場合、俺の意思とは関係なく夢の世界へ行ってしまうので、その方法というのは分からないんです。……夢の世界が、何を基準に連れていく人を選別しているのか分かりませんが、日を追うごとに、夢の住人は増えていっているように思えます。もしかすると、俺と同様に待っていればいずれその時が、来るかもしれません」

 俺は更に希望的観測を上塗りした。

「ありがとう、雄彦君。貴方にはお世話になってばかりね」

 修平の母親が優しい笑顔を向ける。

「そんなことないです……。俺は大したことはしていません……。むしろ変な意地さえ張らなければ、こうなる前に何か手を打てたかもしれないと、後悔しているくらいです」

 俺は言い終えると、強く奥歯を噛み締めた。

「……雄彦君、貴方は最善を尽くしてくれたわ。私達家族は、本当に感謝してる」

 修平の母親はそう言うと、俺の手を両手で強く握り、こう続けた。

「これからも修平のことを宜しくお願いします」

「……分かりました」

 俺はゆっくりと深く頷いた。

「あとこれ、修平から貴方にって。何なのか分からないのだけれど……渡せば分かるからって」

 修平の母親は、鞄から小さな封筒を取り出すと、俺に手渡した。

 受け取った瞬間に手紙ではなく、中に何か小物が入っていると察し、左手を受け皿に逆さにする。

 すると、中から1枚のメダルが現れた。

 そのメダルは、金色に輝きナンバリングがされていた。

「……77番」

 それは電脳武道伝で、俺と修平が協力して、初めて手にした免許皆伝メダルだった。

 最初の100枚にはナンバリングが施され、それ以降の物にはその印字はない。

 ゆえにナンバリングされた免許皆伝メダルは、オークションで数万円の値が付いたこともあったらしい……。

 当時、どちらが所有するかで少し揉めたのだが、恨みっこなしの一発勝負ジャンケンで、俺は見事に敗れてしまった。

「なぜ、今更……」

 と俺はそのメダルをまじまじと見つめた。

 金色に輝いているが、 実際のところステンレス製のメダルに、金メッキが貼られただけで、これ自体に価値はほとんどない。

 また、所々メッキが剥がれ、傷も付いている。

 正直、今となっては、その存在すら忘れていたぐらいの代物だ。

「ああ、そのメダルだったの。あの子ったら、いつもそのメダルを肌身離さず持っていたのよ。1度失くしたときなんか、部屋中ひっくり返して探してたわ」

 修平の母親は、その情景を思い出し、クスクスと笑った。

 俺はその言葉を聞き、自分の愚かさを思い知らされた。

 考えてみれば、修平は自分の事よりも、いつも俺を優先してくれていた。

 それがあの時は、珍しく『平等』にこだわりジャンケンを主張した。

 それが功を奏し、メダルは修平が手にすることになったのだが、俺がふてくされて勝利の余韻を台無しにしたのだ。

 修平は、その時のことをずっと後悔していたのかもしれない。

 俺とは本質的な優しさが違うのだと、まざまざと感じさせられた。

「ありがとうございます。大事にします」

 俺はそのメダルを強く握ったまま、深々と頭を下げた。

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