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夢世  作者: 花 圭介
54/120

夢世54

「さてと……」

 俺は店の前まで出ると、腰に手をあて背を反らしつつ、横目でちらりと緑色の球体に目をやった。

 さほど遠くないところに、目当ての球体は鎮座している……。

 どうにも気乗りしないが、やるべきことはやらなければならない。

 徹人兄さんに会うための今思い当たる手段は、現実世界で教えてもらった連絡先しかない。

 俺は重い足取りで、緑の球体へと向かった。

 望まずとも、歩を進めれば、体は目的の場所へ運ばれる……。

 緑の球体は、もう目の前。手を伸ばせば、触れられる。

 そんなときだった。

 突然、誰かが俺の右腕を掴んだ。

 ギョッとして、右手を掴む者を目で追うと、そこにいたのは、今まさに探そうとしていた徹人兄さんだった。

「僕に用があるんだろう? ……頭の中で僕を描いてくれさえすれば、僕はいつでも雄彦の元へ飛んで行く、と言っただろ」

 徹人兄さんが、俺の顔を呆れ顔で見つめる。

 俺は、どう話を切り出したら良いかわからないまま、徹人兄さんを見つめ返し、池の鯉さながら口をパクパクと開閉する。

「……雄彦。言いたいことは、おおよそ把握している。雄彦と一輝君だったかな……。2人の会話を聞かせてもらったからね」

 徹人兄さんは、表情を変えずに、淡々と話を進める。

 「雄彦はもう、電脳武道伝で、修平君だけでなく、自殺したプレーヤーとも、僕が接触したことに気付いているだろう……。そして、僕に対して、不信感を持ったに違いない」

「そんなことは……」

 俺は否定しようと試みたが、内にくすぶる疑念を拭い切れず、言葉が出ない。

「良いんだ、雄彦。これは僕の浅慮から起きてしまった事象だ。本当に済まない」

 徹人兄さんは、俺が言葉を探していることに気付くと、それを左手で制しながら話を続けた。

「あの時……。雄彦に会うために電脳武道伝のシステムに入った。……だが以前にも話した通り、その頃の僕は、今よりもずっと不安定だった。結果、修平君が放つ信号を雄彦のものだと、取り違えてしまったんだ……。本当だ。……そして、その間違いに気付かぬまま、彼の意識を僕のテリトリーへと引き込んでしまった」

徹人兄さんの表情には変化は見られなかったが、光る体の揺らめきが心なしか大きくなったような気がする。

「君の大切な友人を、巻き込むつもりは全くなかったんだ。信じてほしい」

 徹人兄さんが俺に深々と頭を下げる。

「……ただ俺に会うつもりだったんですね」

「ああ、君の成長を確かめ、僕と共に歩むか聞くつもりだった」

「……徹人兄さんと共に」

「いや、今はまだ答えを出さなくていい。その話はまたいずれ……。先程の話に戻るが、修平君の意識に直接触れたことで、僕は間違いに気付きすぐに彼を解放しようとした……。けれど修平君はそれを拒んでね。僕という存在に強い興味を持ったようだった。少し言葉を交わした後、バトルが終わってしまったことを告げると、慌てて僕のテリトリーから出て行ったよ」

 徹人兄さんは軽く口元を綻ばせた。

「そういうことだったんですね。自殺したプレーヤーとの関係は?」

「……彼も、修平君と同様に電脳武道伝で出会った。……はっきりと覚えているわけではないが、修平君とのことがあってから、数ヶ月後といったところだったと思う。彼も僕の研究にいたく感銘を受けたようでね。しばらくの間、僕等と共に神に近づくための研究に協力してくれていた」

「しばらくの間?」

「……早く神へと近づきたいという欲望が、抑えきれなくなったのだろうね。……僕等の忠告を聞かずに、ラボを飛び出してしまって……。大気と同化してしまったよ。今では彼の意識を感じることすらできなくなってしまった」

 徹人兄さんは徐に天を仰いだ。

「無になってしまったのですか?」

「いや、雄彦。この世界に『無』というものはないんだ。必ず何かに生まれ変わる。誰であっても何であっても。すべては膨らみ続けているんだ」

「膨らみ続けている……」

 俺は徹人兄さんのその言葉を復唱していた。

「ハハハ、今はまだわからないさ。僕と同じ道を辿るとき……その意味が分かる。だがその前に……雄彦は現実世界に戻って世界の変化を感じるべきだね。とても面白いことが起きつつあるよ」

 徹人兄さんは背を向け歩き出す。

「もう、行ってしまうのですか?」

 俺は慌てて引き留めた。

「今、聞きたい事は聞けただろ? ならば僕は行かせてもらうよ。やらなければならない事が沢山あるのでね」

 そう言うと、徹人兄さんはまるで初めからそこになかったように、一瞬にしてその場から消えてしまった。

 問い詰めたかった内容をあっさりと認められ、逆に俺の心にこびりついていたモヤモヤは、徹人兄さんと共にきれいさっぱり消えてしまった。心は軽くはなったが、その代わりに渡された謎めいた言葉に、心は高鳴り始めていた。


✳︎✳︎✳︎


「ふぁーあ!」

 俺は例の無人島で至福の睡眠をタップリ堪能した後、現実世界で目を覚ました。

 心のありようによって、睡眠場所は選定されているように思える。球体に触れる直前に、俺はふと、あの場所でまた眠りたい、と望んでいたからだ。

 それはそれとして、徹人兄さんの言っていた現実世界で起きつつある面白いことを知るため、俺はしっかりと睡眠を取り、体を休める選択をした。

 今朝は、陽射しが目にしみる程の良い天気だ。

 階段をのそのそと降りてリビングに入ると、辺りをさっと見渡した。

 ……どうやら今日は、遥はいないようだ。

 奥のキッチンへと向かい、冷蔵庫の中から牛乳を取りだすと、グラスへと注ぎ込む。

 グラスを半分ほど満たすと、ダイニングテーブルにあったバターロールの入った袋をもう片方の手でつまみ上げ、そのままリビングへと戻る。

 手の物をリビングテーブルに置くと、全身の力を抜き、重力に任せてソファーへと体を預ける。

 ボフッ、と少し大きめの音を立てながらも、ソファーは俺の体を優しく受け止めた。

 大きな欠伸と共に両手両足を目一杯伸ばすと、その勢いのままテーブルのリモコンを拾い上げ、テレビへ向け、人差し指を弾ませるように軽やかに電源ボタンを叩く。

 朝ならではの明るい色調の番組が、画面を潤していた。

 だが、目的と異なるため、とりあえず国営テレビへとチャンネルを移動する。

 すると、国会前に数百人、数千人規模のデモが押し寄せている映像が溢れ出した。

 物々しい雰囲気の中、人々が掲げるプラカードには『命を軽んじる首相は退陣すべし!』『神を冒涜する法案は今すぐ取りやめろ!』『自然の摂理に反する行動を規制せよ!』などと書かれている。

 また世俗を知らない首相が、突拍子もない発言で、世論の反感を買っているのだろうかと、うんざりしながら、テレビを注視し続けた。

 女性リポーターが、そのデモに加わってひときわ大きな声で叫んでいる、50代半ばと思しき女性にマイクを向けた。

「貴方は、どうしてこのデモに参加したのですか?」

「夢の世界に息子を奪われたからです!」

 多少抑えてはいるが、デモの興奮を引きずったままの大きな声で、女性が答える。

「すると、息子さんは夢の中で生きていると?」

「生きている? 冗談じゃないです! 私は、あれから1度も息子に会えていません!」

「会えていない……。貴方は、夢の世界へ行った事がないのですか?」

 リポーターが不思議そうに尋ねる。

「ないです! どうやったら行けるのかも分かりません!」

「……息子さんが夢の世界にいる、と分かったのはなぜですか?」

「息子が命を絶ったのは、イジメが原因だったのではと思い、学校に問い合わせたところ『夢の中で元気に生きているようです』などと言われて……。息子の友達だった子にも確認したんです。そうしたら『いつも一緒に遊んでる』なんて……もう訳が分かりません!」

 女性は涙を流し、口元に持っていった手は、小刻みに震えていた。

「……そうですか。それは……お辛いでしょうね。お答えいただき、有難うございました」

 リポーターは女性に気遣いの言葉を掛け、その場を離れると、テレビカメラへ正対し、話し始めた。

「私も……夢の世界を楽しんでいる1人ではあります。しかしこのように、夢の世界自体を認知されていない方が大勢いる中、今回の夢を『もう1つの世界』として認める法案は、些か勇足であることは否めなく、政府の対応には疑問を感じます。政府にはこういった方々へのサポート体制を整えたうえで、丁寧に説明を行っていただきたい。国民を第1に考える法案作りを目指していただきたいと切に願います。以上国会議事堂前より、山村がお伝え致しました」

 話し終えた女性リポーターは、終始険しい表情をたたえたままだった。

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