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夢世  作者: 花 圭介
52/119

夢世52

「……修平。お前、何でここにいるんだ?」

 俺は幽霊でも見るかのように、修平の体を足先から順に見上げて言った。

「何で? ……おかしなことを聞くな雄彦は。この夢に誘われたからに決まってるだろ。雄彦は違うのか?」

 修平は、不可解だと言わんばかりの顔をしている。

「いやいや、そういう事を言ってるんじゃない。……お前、今、自分が現実世界で、どういう状態にあるのか知っているのか?」

 俺は、修平の受け答えに不安を感じ、そう尋ねた。

 冷静な修平であっても、今の状態を理解しているならば、平常心ではいられないはずだ。

「……俺は、死んだのか?」

 しばらくの沈黙の後、修平は静かに俺を見つめる。

 その表情に一瞬、憂愁の影が差したが、すぐに元の穏やかな表情へと戻っていく。

 どうやら修平も、現実世界における自身の状況を気にはなっていたらしい……。

 だが、表情の変化が、一瞬であったのが解せない。死を意識してなお、なぜこんなに落ち着いていられるのだろう?

「いや、お前は寮近くの病院で、眠ったままだ」

 俺は修平の反応を見逃さないために、じっと目を見つめ続けた。

「……そうか。まだ俺の『入れ物』はあるのか……」

「入れ物?」

 俺は修平の放った言葉に、疑問を感じ聞き返す。

「雄彦はまだ知らなかったみたいだな……。肉体はもう、現実世界で動くための入れ物でしかない。ここで暮らしている人の中には、そういう認識で暮らしている者が多くいる」

 修平は、大したことではないと言わんばかりに、澄まし顔で答えた。

「それは、つまり……」

「つまり、現実世界で死んだ人間が、この世界で何不自由なく、暮らしているということさ」

「……まさか、そんなこと」

 平常心でいられなかったのは、俺の方だった。

「真実さ。俺は現実世界で死んだ人と、このアナザーワールドで会っている……。彼は煩わしい柵を断ち切ることができて、とても満足していると言っていた」

 修平の目が、遠くへ向けられる。

 これが、修平が落ち着いていられる理由だったのだ。

「……お前も、そんな考えを抱いているのか?」

「……そうだな。でなければ、あんな行動はとらなかっただろうな」

 修平は、現実世界での自分の行動を鼻で笑った。

「……俺はもっと前に、お前に会って謝るべきだった。電脳武道伝での事。俺は、お前の言い分も無視して責めてしまった。……許してほしい」

 修平との会話から、俺のせいで、現実世界に嫌気がさしてしまったのではないか、との思いにかられ、以前から抱いていた懺悔の思いを今、修平に告げた。

「勘違いしないでくれ。病院送りになった俺の行動と、雄彦は何の関係もない……。それに当時のお前の反応は、もっともだと思うよ。俺がお前の立場でも、同じことを言っていたさ。大事な決勝戦での突然のフリーズ。……試合後のわけのわからない言い訳。……怒るにはもっともな理由だ。改めて俺の方から謝るよ」

 修平は頭を下げた後、俺に握手を求めた。

 俺はしっかりと、その差し出された手を握る。

「……でもなぜ、最初に会った時に正体を明かさず、今になって明かす気になったんだ?」

 俺は修平に、今の率直な気持ちを口にする。

「あゝ、悪かったな。最初お前に追いかけられた時、思わず逃げてしまった手前、なかなか言い出し難くてな……それに」

「それに?」

「雄彦と、敵としてバトルしてみたくなってな。雄彦がバトルに慣れた頃合いを見て対戦しようと決めたんだ」

 そう言うと、修平は僅かに口元を緩ませた。

「……んで、俺たちはお前の望んだ通り、見事におびき出され、勝利をプレゼントしたってわけか」

 俺はワザと不満気な顔で、腕組みをしてみせる。

「いやいや。やっぱり雄彦は凄い奴だって、再認識させられたよ。次は勝てる気はしないな」

 そう言うと修平は肩を竦めた。

「……ところで、これからどうするんだ? ……親御さん、心配してたぞ」

「……分かってる。親には悪い事をしたと思っている。……肉体がまだあるのなら、近いうちに1度現実世界へ戻ることにするよ」

 そう答えた修平が儚げな笑顔をみせた。


✳︎✳︎✳︎


 今俺たちは、修平と鎧の男こと佐渡さわたり 竜馬りょうまとの交流を終え、ミルキィウェイへと向かって歩いている。

 通常ならば、イリスに頼めばゲートをミルキィウェイの店前に出現させられるのだが、心のクールダウンが必要だと感じ、座標を少しずらしてもらった。

 道中、まずシュンマオについて考えた。

 シュンマオを狙撃した者が、実は俺の親友だったなんて、言いづらい内容ではあるが、結果報告だけはしておかなければならないだろう。

 シュンマオからどんな言葉で罵られるか……。

 まあ、元々シュンマオ自身も自業自得だと言っていたのだから、それほど俺に噛みつく事は無いとは思うが、虫の居所次第では、また頭を突かれるかもしれない。

 だが、下手な工作はせずに、素直に謝るのがベストのように思える。

 まあ、シュンマオには悪いが、俺としては敵討ちよりも、修平と仲直りできたことの方が大きい。

 例え、突かれたとしても今回は素直に受け入れよう。

 それよりも、修平から聞いた衝撃の事実が、俺の頭と心を乱している。

 現実世界で死んだ人間が夢の中で生きている……。そんな事があり得るのだろうか……。

「……タケさん、タケさん」

 一輝が、俺の顔をまじまじと見つめている。

「何だ? 一輝」

 まだ考えがまとまらない内に話しかけられ、自然と俺は眉をひそめた。

「もし良ければ、聞かせてもらいたい事があるんですけど……いいですかね?」

「ん? どんなことだ?」

 いつもにも増して低姿勢な一輝の態度を受けて、考察を後回しにすることにした。

「いやー、さっき修平さんが電脳武道伝でフリーズした時の事を話してたんで……。ずっと俺も気になっていたんですよ。あの時、いったい何があったのか……」

 また一輝が例の瞳で、強請るように俺を見つめる。

「んー、確か修平が言うには……急に自分の周りが何もない別空間に切り替わって……目の前に『神様』が現れた、なんて言っていたな」

 俺は、当時の記憶をたどりながら、あえて徹人兄さんのことには触れずにそう答えた。

「……神様ですか? 興味深いですね……」

 一輝は唇を強く結び、唸った。

「おいおい一輝、お前、まさか信じるのか?」

 肯定的な反応が返ってくるとは思わず、声が上ずる。

「タケさんは、修平さんが嘘を言ってたって思うんですか?」

「……いや、あの場面で嘘をつくような奴じゃない。……きっと、それらしいものと見間違えたんだろ」

 俺は、有耶無耶に事を収束させたい思いから、そう答えてしまっていた。

「俺は案外、修平さんは本当に神様に出合ったのかも知れないって思ってますよ」

 一輝がニタリと笑った。

「なぜ……そう思うんだ?」

 一輝が、この話にこんなにも食いついてくるならば、本当のことを話してしまえば良かったと、俺は後悔した。

 特に隠すつもりはなかったのだが、ただ説明するのが、億劫だったために、真相を語るのを避けてしまった。

「タケさん、覚えていますか? 電脳武道伝で意識不明になった人がいたの……」

「あゝ、覚えてるさ。あの事件のせいで、殆どの場所で、ゲーム機が撤去されたんだからな」

 俺は話が逸れそうだとホッとした反面、当時を思い出し、苦々しく答えた。

「その人、何日かして病院で意識を取り戻したそうなんですが……。そのとき面倒を見てくれた看護師に『神』に出合ったと言ってたそうなんです」

「……」

「修平さんが出合ったのと同じであるかは分からないですけど……。同じゲームで同じように『神』を見たって言うのは、偶然とは思えないですよ」

「……その人は今、どうしているんだ?」

「……退院後に、自殺してしまったそうです」

 一輝は少し躊躇った後、申し訳なさそうに答えた。

「そうか……。修平もその『神』とやらに魅せられてしまったのか……。死へ導く神、死神なんて、俺は認めないけどな」

 俺は胸の奥に溜まったモヤモヤと共に、言葉を吐き出す。

「タケさん……。俺、思うんです。きっと2人とも『生きる』ための行動だったんじゃないかって……」

「は? 何を言ってるんだ一輝は……。大丈夫か?」

 俺は、一輝の額にわざと手を当ててみる。

「だって、修平さん言ってたじゃないですか! こっちで生きられると分かってなければ、あんな行動はしなかったって……」

 一輝は、俺の手を払いのけながら答えた。

「修平はそうかも知れないが、自殺した奴は違うだろ?」

「……死因は首を吊ったことによる窒息死だそうですが……。自殺の様相が、ちょっと異質だったって話なんです。……所々髪の毛が剃られていて、そこの皮膚には、削られたような跡があったらしいんですよ。おかしくないですか? 今から死のうって人が、何のためにそんな事するんですか?」

「!」

 俺はその場で立ち止まり、一輝の顔を凝視した。

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