夢世52
「……修平、お前何でここにいるんだ?」
俺は幽霊でも見るかのように修平の体を足先から順に見上げて言った。
「何で?……おかしなことを聞くな雄彦は……この夢に誘われたからに決まってるだろ、雄彦は違うのか?」
修平は不可解だと言わんばかりの顔で答える。
「いやいやそういう事を言ってるんじゃない……お前、今自分が現実世界でどういう状態にあるのか知っているのか?」
俺は修平の受け答えに不安を感じ尋ねた。
冷静な修平であっても今の状態を理解しているならば、平常心ではいられないはずだ。
「……俺は死んだのか?」
しばらくの沈黙の後、修平は俺に尋ねた。
その表情に一瞬憂愁の影が差したが、すぐに元の穏やかな表情へと戻っていく。
どうやら修平も現実世界における自身の状況を気にはなっていたらしい。だが表情の変化が一瞬であったのが解せない。
死を意識してなお、なぜこんなに落ち着いていられるのだろう?
「いや、お前は寮近くの病院で眠ったままだ」
俺は修平の反応を見逃さないためにじっと目を見つめ続けた。
「そうか……まだ俺の『入れ物』はあるのか」
「入れ物?」
俺は修平の放った言葉に疑問を感じ聞き返す。
「雄彦はまだ知らなかったみたいだな……肉体はもう現実世界で動くための入れ物でしかない。ここで暮らしている人の中にはそういう認識で暮らしている者が多くいる」
修平は大したことではないと言わんばかりの澄まし顔で答えた。
「それはつまり……」
「つまり現実世界で死んだ人間がこの世界で何不自由なく暮らしているということさ」
「……まさかそんなこと」
平常心でいられなかったのは俺の方だった。
「真実さ、俺は現実世界で死んだ人とこのアナザーワールドで会っている……彼は煩わしい柵を断ち切ることが出来てとても満足していると言っていた」
修平は遠くを見つめながらそう話した。
これが修平が落ち着いていられる理由だったのだ。
「……お前もそんな考えを抱いているのか?」
「……そうだな。でなければあんな行動はとらなかっただろうな」
修平は現実世界での自分の行動を鼻で笑った。
「……俺はもっと前にお前に会って謝るべきだった。電脳武道伝での事。俺はお前の言い分も無視して責めてしまった。許してほしい」
俺は修平の話から俺のせいで現実世界に嫌気がさしてしまったのではないかと思い、以前から抱いていた思いを今、修平に告げた。
「勘違いしないでくれ。病院送りになった俺の行動と雄彦は何の関係もない……それに当時のお前の反応はもっともだと思うよ。俺がお前の立場でも同じことを言っていたさ。大事な決勝戦での突然のフリーズ……試合後のわけのわからない言い訳……怒るにはもっともな理由だ。改めて俺の方から謝るよ」
修平は頭を下げた後、俺に握手を求めた。
俺はしっかりとその差し出された手を握る。
「……でもなぜ最初に会った時に正体を明かさず、今になって明かす気になったんだ?」
俺は修平に今の率直な気持ちを述べた。
「あゝ悪かったな。最初お前に追いかけられた時、思わず逃げてしまった手前なかなか言い出し難くてな……それに」
「それに?」
「雄彦と敵としてバトルしてみたくなってな。雄彦がバトルに慣れた頃合いを見て対戦しようと決めたんだ」
そう言うと修平は僅かに口元を緩ませた。
「……んで俺たちはお前の望んだ通り、見事におびき出され勝利をプレゼントしたってわけか」
俺はワザと不満気な顔で腕組みをしてみせる。
「いやいや、やっぱり雄彦は凄い奴だって再認識させられたよ。次は勝てる気はしないな」
そう言うと修平は肩を竦めた。
「……ところでこれからどうするんだ?……親御さん心配してたぞ」
「……分かってる、親には悪い事をしたと思っている……肉体がまだあるのなら近いうちに1度現実世界へ戻ることにするよ」
そう答えた修平が儚げな笑顔をみせた。
✳︎✳︎✳︎
今俺たちは修平と鎧の男こと佐渡 竜馬との交流を終え、ミルキィウェイへと向かって歩いている。
通常ならばイリスに頼めばミルキィウェイの店前に出口を出現させられるのだが、心のクールダウンが必要だと感じ、座標を少しずらしてもらった。
道中まずシュンマオについて考えた。
シュンマオを狙撃した者が実は俺の親友だったなんて言いづらい内容ではあるが、結果報告だけはしておかなければならないだろう。
シュンマオからどんな言葉で罵られるか……。
まあ元々シュンマオ自身も自業自得だと言っていたのだから、それほど俺に噛みつく事は無いとは思うが、虫の居所次第ではまた頭を突かれるかもしれない。
だが下手な工作はせずに素直に謝るのがベストのように思える。
まあシュンマオには悪いが俺としては敵討ちよりも、修平と仲直り出来たことの方が大きい。例え突かれたとしても今回は素直に受け入れよう。
それよりも修平から聞いた衝撃の事実が俺の頭と心を乱している。
現実世界で死んだ人間が夢の中で生きている……。
そんな事があり得るのだろうか……。
「……タケさん、タケさん」
一輝が俺の顔を覗き込むように確認しながら声をかけてきた。
「何だ?一輝」
まだ考えがまとまらない内に話しかけられ、自然と俺は眉をひそめた。
「もし良ければ聞かせてもらいたい事があるんですけど……いいですかね?」
「ん?どんなことだ?」
いつもにも増して低姿勢な一輝の態度を受けて、考察を後回しにすることにした。
「いや~さっき修平さんが電脳武道伝でフリーズした時の事を話してたんで……ずっと俺も気になっていたんですよ。あの時いったい何があったのか……」
また一輝が例の瞳で強請るように俺を見つめる。
「ん~確か修平が言うには……急に自分の周りが何もない別空間に切り替わって……目の前に『神様』が現れたなんて言っていたな」
俺は記憶をたどりながら答えた。
「……神様ですか?興味深いですね……」
一輝は唇を強く結び唸った。
「おいおい一輝、お前まさか信じるのか?」
「タケさんは修平さんが嘘を言ってたって思うんですか?」
「……いやあの場面で嘘をつくような奴じゃない……きっとそれらしいものと見間違えたんだろうと思う」
「俺は案外本当に神様に出合ったのかも知れないって思ってますよ」
一輝がニタリと笑った。
「なぜそう思うんだ?」
「タケさん覚えていますか?電脳武道伝で意識不明になった人がいたの……」
「あゝ覚えてるさ、あの事件のせいで殆どの場所でゲーム機が撤去されたんだからな」
俺は当時を思い出し苦々しく答えた。
「その人、何日かして病院で意識を取り戻したそうなんですが……その時御見舞いに来ていた友人に『神』に出合ったと言ってたそうなんです」
「……」
「修平さんが出合ったのと同じであるかは分からないですけど……同じゲームで同じように『神』を見たって言うのは偶然とは思えないですよ」
「……その人は今どうしているんだ?」
「……退院後に自殺してしまったそうです」
一輝は少し躊躇った後、申し訳なさそうに答えた。
「そうか……修平もその『神』とやらに魅せられてしまったのか……死へ導く神、死神なんて俺は認めないけどな」
俺は胸の奥に溜まったモヤモヤと共に言葉を吐き出す。
「タケさん……俺思うんです。きっと2人とも『生きる』為の行動だったんじゃないかって……」
一輝が遠くを眺めるようにしながら呟く。
「は?何を言ってるんだ一輝は……大丈夫か?」
俺は一輝の額にわざと手を当ててみる。
「だって修平さん言ってたじゃないですか!こっちで生きられると分かってなければ、あんな行動はしなかったって……」
一輝は俺の手を払いのけながら答えた。
「修平はそうかも知れないが自殺した奴は違うだろ?」
「……死因は首を吊ったことによる窒息死だそうですが……自殺の様相がちょっと異質だったって話なんです……所々髪の毛が剃られていて、そこの皮膚には削られたような跡があったらしいんですよ。おかしくないですか?今から死のうって人が何のためにそんな事するんですか?」
「!」
俺はその場で立ち止まり、声も発することが出来なかった。