夢世51
「くっそー! 超悔しいんですけど!」
一輝がバトルステージの『ダブル』前で地団駄を踏んでいる。
そう、俺たちは負けたのだ……。
俺がスナイパーにとどめを刺された後、ほどなく一輝も、善戦虚しくやられてしまった。
だが、一輝の心情とは裏腹に、俺たちの戦いは観客に受入れられたようで、バトル終了後、多くの観戦者から拍手喝采を浴びた。
中には、涙を流して握手を求めてくる者までいたほどだ。
俺はというと、当初の目的であるシュンマオの敵討ちはおろか、一輝に最後まで、鎧の奴とのサシの勝負を提供することもできず、凹んでいた。
もちろん一輝は、俺を責める事はしなかった。
それどころか俺の作戦は、最高に面白かったと言ってくれた。
だが、バトル終了後に、近々のベストバウンドとして流された映像を確認したところ、俺がスナイパーを仕留めてさえいれば、一輝単体での勝敗は、違ったものになっていたのでは、と思わせる内容だった。
俺が煙玉を使用した直後、一輝の動きは明らかに変化した。
まるで全身に施されていたリミッターが取り除かれたかのように、全ての動作が研ぎ澄まされ、洗練されていったのだ。
ただでさえ速い『革命のエチュード』が、徐々に加速しながら奏でられていくイメージに近い……。
それは次第に、人間の感性では追いつけないほど、理解し難い衝撃だけを刻みはじめる。
俺の放った煙玉によって、スナイパーからの攻撃はないと認識した一輝は、ギアをトップへと入れ替え、生き生きとその能力を発揮したのだ。
電脳武道伝の時さながらに、トップスピードを保ちながら、余分な動きをでき得る限りそぎ取り、相手を攻撃していく。
しかも、その攻撃には意図が見えず、ただランダムに攻撃しているように見えるため、相手は防御すらままならない……。
時間とともに鎧の男に刻まれる刀傷は増え、全身に広がっていく。
だがそれでも、鎧の男は愚直に防御に徹し続けた。
一輝は、御構い無しに斬撃を叩き込んでいく……。
その光景は、まるでスムージーを作るミキサーの中を覗き込んでいるかのようだ。
激しく乱舞する刃に削られて果物が不規則に跳ね回る。
ダイアモンドもかくやと思われていた鎧のあちこちから、ひび割れが確認できるようになってはじめて、鎧の男は一輝の攻撃の意図を理解した。
「嘘だろ!」
鎧の男は叫ばずにはいられなかった。
それは自身の鎧への絶対の信頼があったからこそだろう。
その悲痛な叫びは、完全に敗者のそれであった。
一輝はその叫びを聞いても、全く攻撃の手を緩めることはなかった。
パッーン!!
甲高い破裂音とともに、左肩の装甲が砕け散る。
続いて左膝、右膝というように、後は時間差をつけてセットした時限爆弾の作動を待つように、順に崩れていく……。
一輝は、鎧の各パーツ毎に脆い部分を見極め、繰り返しそこへ斬撃を当てていたらしい。
永遠と滴り落ちる水の如く、辛抱強く同じ場所へと攻撃を集中させることによって、頑丈な鎧を砕いたのだ。
全くもって恐れ入る。
「この化け物が!」
鎧の男は砕かれた部分を庇いながらも、必死に抵抗する。
だが、ただでさえ防ぎきれていなかった攻撃の嵐を、今の状態で対応できるはずもない。
装甲はさらに剥がれ落ち、露わになった四肢からは血が滲む。
「くそっ! ……修はやられちまったのかよ!」
鎧の男はそう口にすると、両手剣を一輝に向かって投げつける。
予想外の行動に警戒した一輝は、咄嗟に後ろに飛び退いた。
「指示があるまで使うなって言われてたんだがな……。まあ、負けちまったら元も子もねえしな」
鎧の男はしかめっ面で、細身のレイピアに手をかける。
男の右腰に下げられたレイピア……。
派手さはないが、白を基調とした装飾の美しい姿形をしている。
レイピアならではの特徴といえるグリップガードの部分には、今、正に空へと飛び立とうとしている天使が、鎧の男の持ち手を覆うように上体を仰け反らし、見事な半円を描いている。
だがそれは、レイピアという剣において、いたって普通で、特に変わった特徴とは言えない。
細身の刀身も、その長さも、ごくごく一般的な代物だ。
画面の中の一輝も、それを観ている俺も、訝しんで鎧の男を見つめる。
とほぼ同時に、一輝も俺も、ある変化に気が付いた。
鎧の男の左腕を流れる血管が、激しく波打っていたのだ。
しかも、その流れる血液は、鮮やかな空色へと変化している。
褐色の肌から透ける空色の血液……。
あまりに不釣り合いなその組み合わせは、言葉にできないほど、禍々しく見える。
怖いもの見たさという心持ちからか、一輝は不用意にもその様相に見とれ、思考を一瞬止めてしまった。
パシューン!
森閑とした街並みに、空気を貫く銃弾の音が響き渡る。
「おい! そりゃねーだろ、修! これからってときによ!」
鎧の男が、周囲をキョロキョロと見回しながら、四方に叫ぶ。
一輝は、虚ろな目で鎧の男を一頻り眺めた後、自身の胸から飛び散る血潮に気が付いた。
両手のひらで受け止めようと試みるも、止めどなく流れ行く鮮やかな赤は、指の間からこぼれ落ちる。
そして、砂地に細かな水玉模様を描いては、すぐに消えていった……。
一輝は足を引きずりながら、数歩前に進んだが、途中で前のめりに倒れ骸となった。
ここでバトルは終了した。
モニターを観ていた観客の多くから、残念そうな溜息が漏れる。
殆んどの者が、このバトルの行く末を知りたいと思っていたことが窺える。
バトルを見終えた観客が、モニターの前から1人また1人と去っていき、閑散としてきた頃、そこへ突如、直径2mほどの半透明な球体が2つ現れ、パンッと弾けた。
「どうやら今回のバトルの主役は、お前らの方だったようだな」
球体が弾けたその場所から、褐色の肌を晒した男が出てきて、舌打ち混じりに声をかけてくる。
「勝ったのは俺たちさ。バトルは、結果が全てだよ」
その横で迷彩服の男が、ポンポンと気落ちしている男の肩を叩き慰めた。
「お前ら!」
俺と一輝は思わず身構え、叫んでしまった。
そこに立っていたのは、先程まで全力でバトルしていたスナイパーと鎧の男だったからだ。
「おいおい、ここはバトルフィールド外だぜ。バトルは厳禁だ」
鎧の男は両手を挙げて、怖がるふりをする。
「何しにきたんだ? 俺たちにもう用はないはずだろ?」
俺は1歩前に進み出ると、2人を睨んだ。
「つれねぇこと言うなよ。お前らの健闘を讃えに、わざわざ飛んできてやったんだからよ。それにバトルから交流を深めるっていうのも、悪いことじゃねえと思うんだがな」
鎧の男がにんまりと笑う。
「お前らは、俺を追ってたんじゃないのか? 追っていたのならこれは好機のはず……」
スナイパーが首を傾げてみせる。
「それは、そうだが……」
俺は困って一輝を振り返る。
一輝は肩を竦めて、奴らの言う事は、最もだと俺にアピールする。
「フフフッ……。ハハハハハッ! まだ分からないのか? 雄彦?」
迷彩服の男が、突然腹を抱えて笑い出した。
そして、徐にゴーグルとマスクを外していく……。
「!!!」
俺は驚きのあまり、絶句した。
そこに現れた顔は、未だ目覚めることなく、病院にいるはずの野山修平だったからだ。