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夢世  作者: 花 圭介
51/119

夢世51

「くっそー! 超悔しいんですけど!」

 一輝がバトルステージの『ダブル』前で地団駄を踏んでいる。

 そう、俺たちは負けたのだ……。

 俺がスナイパーにとどめを刺された後、ほどなく一輝も、善戦虚しくやられてしまった。

 だが、一輝の心情とは裏腹に、俺たちの戦いは観客に受入れられたようで、バトル終了後、多くの観戦者から拍手喝采を浴びた。

 中には、涙を流して握手を求めてくる者までいたほどだ。

 俺はというと、当初の目的であるシュンマオの敵討ちはおろか、一輝に最後まで、鎧の奴とのサシの勝負を提供することもできず、凹んでいた。

 もちろん一輝は、俺を責める事はしなかった。

 それどころか俺の作戦は、最高に面白かったと言ってくれた。

 だが、バトル終了後に、近々のベストバウンドとして流された映像を確認したところ、俺がスナイパーを仕留めてさえいれば、一輝単体での勝敗は、違ったものになっていたのでは、と思わせる内容だった。

 俺が煙玉を使用した直後、一輝の動きは明らかに変化した。

 まるで全身に施されていたリミッターが取り除かれたかのように、全ての動作が研ぎ澄まされ、洗練されていったのだ。

 ただでさえ速い『革命のエチュード』が、徐々に加速しながら奏でられていくイメージに近い……。

 それは次第に、人間の感性では追いつけないほど、理解し難い衝撃だけを刻みはじめる。

 俺の放った煙玉によって、スナイパーからの攻撃はないと認識した一輝は、ギアをトップへと入れ替え、生き生きとその能力を発揮したのだ。

 電脳武道伝の時さながらに、トップスピードを保ちながら、余分な動きをでき得る限りそぎ取り、相手を攻撃していく。

 しかも、その攻撃には意図が見えず、ただランダムに攻撃しているように見えるため、相手は防御すらままならない……。

 時間とともに鎧の男に刻まれる刀傷は増え、全身に広がっていく。

 だがそれでも、鎧の男は愚直に防御に徹し続けた。

 一輝は、御構い無しに斬撃を叩き込んでいく……。

 その光景は、まるでスムージーを作るミキサーの中を覗き込んでいるかのようだ。

 激しく乱舞する刃に削られて果物が不規則に跳ね回る。

 ダイアモンドもかくやと思われていた鎧のあちこちから、ひび割れが確認できるようになってはじめて、鎧の男は一輝の攻撃の意図を理解した。

「嘘だろ!」

 鎧の男は叫ばずにはいられなかった。

 それは自身の鎧への絶対の信頼があったからこそだろう。

 その悲痛な叫びは、完全に敗者のそれであった。

 一輝はその叫びを聞いても、全く攻撃の手を緩めることはなかった。


 パッーン!!


 甲高い破裂音とともに、左肩の装甲が砕け散る。

 続いて左膝、右膝というように、後は時間差をつけてセットした時限爆弾の作動を待つように、順に崩れていく……。

 一輝は、鎧の各パーツ毎に脆い部分を見極め、繰り返しそこへ斬撃を当てていたらしい。

 永遠と滴り落ちる水の如く、辛抱強く同じ場所へと攻撃を集中させることによって、頑丈な鎧を砕いたのだ。

 全くもって恐れ入る。

「この化け物が!」

 鎧の男は砕かれた部分を庇いながらも、必死に抵抗する。

 だが、ただでさえ防ぎきれていなかった攻撃の嵐を、今の状態で対応できるはずもない。

 装甲はさらに剥がれ落ち、露わになった四肢からは血が滲む。

「くそっ! ……修はやられちまったのかよ!」

 鎧の男はそう口にすると、両手剣を一輝に向かって投げつける。

 予想外の行動に警戒した一輝は、咄嗟に後ろに飛び退いた。

「指示があるまで使うなって言われてたんだがな……。まあ、負けちまったら元も子もねえしな」

 鎧の男はしかめっ面で、細身のレイピアに手をかける。

 男の右腰に下げられたレイピア……。

 派手さはないが、白を基調とした装飾の美しい姿形をしている。

 レイピアならではの特徴といえるグリップガードの部分には、今、正に空へと飛び立とうとしている天使が、鎧の男の持ち手を覆うように上体を仰け反らし、見事な半円を描いている。

 だがそれは、レイピアという剣において、いたって普通で、特に変わった特徴とは言えない。

 細身の刀身も、その長さも、ごくごく一般的な代物だ。

 画面の中の一輝も、それを観ている俺も、訝しんで鎧の男を見つめる。

 とほぼ同時に、一輝も俺も、ある変化に気が付いた。

 鎧の男の左腕を流れる血管が、激しく波打っていたのだ。

 しかも、その流れる血液は、鮮やかな空色へと変化している。

 褐色の肌から透ける空色の血液……。

 あまりに不釣り合いなその組み合わせは、言葉にできないほど、禍々しく見える。

 怖いもの見たさという心持ちからか、一輝は不用意にもその様相に見とれ、思考を一瞬止めてしまった。


 パシューン!


 森閑とした街並みに、空気を貫く銃弾の音が響き渡る。

「おい! そりゃねーだろ、修! これからってときによ!」

 鎧の男が、周囲をキョロキョロと見回しながら、四方に叫ぶ。

 一輝は、虚ろな目で鎧の男を一頻り眺めた後、自身の胸から飛び散る血潮に気が付いた。

 両手のひらで受け止めようと試みるも、止めどなく流れ行く鮮やかな赤は、指の間からこぼれ落ちる。

 そして、砂地に細かな水玉模様を描いては、すぐに消えていった……。

 一輝は足を引きずりながら、数歩前に進んだが、途中で前のめりに倒れ骸となった。

 ここでバトルは終了した。

 モニターを観ていた観客の多くから、残念そうな溜息が漏れる。

 殆んどの者が、このバトルの行く末を知りたいと思っていたことが窺える。

 バトルを見終えた観客が、モニターの前から1人また1人と去っていき、閑散としてきた頃、そこへ突如、直径2mほどの半透明な球体が2つ現れ、パンッと弾けた。

「どうやら今回のバトルの主役は、お前らの方だったようだな」

 球体が弾けたその場所から、褐色の肌を晒した男が出てきて、舌打ち混じりに声をかけてくる。

「勝ったのは俺たちさ。バトルは、結果が全てだよ」

 その横で迷彩服の男が、ポンポンと気落ちしている男の肩を叩き慰めた。

「お前ら!」

 俺と一輝は思わず身構え、叫んでしまった。

 そこに立っていたのは、先程まで全力でバトルしていたスナイパーと鎧の男だったからだ。

「おいおい、ここはバトルフィールド外だぜ。バトルは厳禁だ」

 鎧の男は両手を挙げて、怖がるふりをする。

「何しにきたんだ?  俺たちにもう用はないはずだろ?」

 俺は1歩前に進み出ると、2人を睨んだ。

「つれねぇこと言うなよ。お前らの健闘を讃えに、わざわざ飛んできてやったんだからよ。それにバトルから交流を深めるっていうのも、悪いことじゃねえと思うんだがな」

 鎧の男がにんまりと笑う。

「お前らは、俺を追ってたんじゃないのか? 追っていたのならこれは好機のはず……」

 スナイパーが首を傾げてみせる。

「それは、そうだが……」

 俺は困って一輝を振り返る。

 一輝は肩を竦めて、奴らの言う事は、最もだと俺にアピールする。

「フフフッ……。ハハハハハッ! まだ分からないのか? 雄彦?」

 迷彩服の男が、突然腹を抱えて笑い出した。

 そして、徐にゴーグルとマスクを外していく……。

「!!!」

 俺は驚きのあまり、絶句した。

 そこに現れた顔は、未だ目覚めることなく、病院にいるはずの野山修平だったからだ。

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