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夢世  作者: 花 圭介
47/120

夢世47

「そこの器、取ってもらえますか?」

 優がコタツ越しに俺に頼む。

「ああ、これ?」

 俺は、優が指差したと思われる陶器の器を手渡した。

 優はそれを受け取ると、菜箸を器用に扱い、鍋の具材を入れていく。

「はい、どうぞ! ……熱いですから、持つところ気を付けて下さいね」

 バランスよく詰められた具材に、オタマで鍋のスープを2杯かけると、また俺に器を返した。

「おっ、サンキュー!」

 俺は優の手際の良さに驚きながら、器を受け取る。

 優は、その後も順に器を満たしては皆に手渡し、配り終わると、自身もコタツに手足を潜り込ませた。

「えー、みんなに行き渡ったようなので、これから鍋パーティーを始めたいと思いまーす!」

 楓さんが元気な声で宣言する。

「待ってました!」

 宣言に合わせて皆が拍手をし、俺は指笛を鳴らした。

「皆様、お手元のコップをお持ち下さい! ……よろしいですね! では、出会えた奇跡にカンパーイ!!」

 楓さんの号令で、皆がコップを高々と掲げた後、鳴らないが、次々と紙コップの縁を当てていく……。

 今俺は、花純さんと共に、楓さん達の家に招かれ、鍋パーティーをしている。

 困難だと思われた優と恵を現実世界で見つけ出し、楓さんとの和解も望んだ形へと収めることができた。

 祝杯をあげたくなるのは、当然の流れと言えるだろう。

 ……まあ、俺が無理矢理そこへ導いた感はあるが、きっとみんなの胸に膨らんでいた気持ちを代弁したに過ぎないと思っている。



ー小1時間前ー



 車窓から見える景色が、形を認識し終わる前につっつと流れていく……。

 行きも帰りも、交通量はさほど変わらないはずだが、優と恵を探しに出た時よりも、なぜか帰りの方が時間の経過が早く感じられる……。

 それはきっと、俺の心的要因が反映されているのだろう。

 楽しい時を過ごす際、人は時間を忘れ没頭する。

 その集中力が、経過時間への注意力を低下させ、気づいたときには、思った以上に時間が経過している……という仕組みらしい。

 どこで得た知識だったかは忘れてしまったが、しっくりくる内容だったため、今でも頭にこびりついている。

 というか、これまでに何度も名残惜しい時間に遭遇してきた経験が、その後の寂しい時間を受け入れるために知識として刷り込ませたのだろう。

 この知識があるおかげで、憂鬱な気持ちにケリをつけやすくなったが、流石に今日に至ってはその知識に頼らず、幸福な時の中に長く留まっていたい。

 車中では、勝利を分かち合う戦友のように、皆が心を通わせ、絶え間ない笑顔の中、様々な話に花を咲かせている。

 そんな中、時の流れに気づいてしまった俺は、この時を継続させるためにはどうしたら良いか思案していた。

 打開策が見いだせぬまま、楓さん達の家まであと少しとなったとき、皆の会話を遮り、俺は無理矢理心境をねじ込んだ。

「せっかく出会えたのに、このまま別れるのは、少しもったいない気がしますね。祝賀会でも開きたい気分です」

 そして皆の表情を窺う。

「祝賀会? それ、すっごく良いね!」

 花純さんがチラリとこちらを見て、ウィンクした。

「それなら、御礼も兼ねて、家でやらせてもらえないかな?」

 楓さんが後部座席から身を乗り出して提案する。

「良いんですか?」

 俺は、目論見通りの展開となった喜びを、表情に出さず尋ねた。

「もちろん!」

 楓さんは、優と恵に確認することなく、即答した。

 俺はバックミラーから優と恵を見て、確かに確認の必要はなさそうだと、ほくそ笑んだ。

 優と恵は後部座席で、食器類は足りるか、座布団の代わりになるものはないかなど、既に祝賀会の算段をし始めていた。


✳︎✳︎✳︎


「何これ! すっごく美味しい! 今まで食べてきた鍋の中で、文句なしで1番美味しい!」

 花純さんが目をまん丸にして驚いている。

 俺は、花純さんの大きなリアクションに吹き出しそうになりながら、優が盛ってくれた具材に箸を伸ばした。

「うわっ! 本当だ!」

 俺は花純さんを上回るほどの大きな声を上げてしまった……。

「ありがとうございます。喜んでいただいて何よりです。皆さんのご厚意に甘えて、以前から考えていた食材を使った鍋をすることができました」

 優は満足そうに微笑んだ。

 鯛、海老、帆立、蛸に浅蜊と海の幸をふんだんに使った海鮮鍋で、味噌ベースのスープに魚介のエキスが絡み合い、奥深い旨味を湛えている。

 さらに、濃厚なはずなのに、後味は意外にサッパリとしているため、いくらでも食べられる。

「何で後味が、こんなにサッパリしているの?」

 花純さんが興味津々で優に尋ねる。

「隠し味に、すりおろした生姜と練りからしを入れているからですよ」

 優が得意げに答える。

「どこでそんなことを学んだの?」

 花純さんが、美味しそうにスープをひと口味わった後、また質問する。

「料理番組とか好きで、結構よく観てたので……。あとは家庭科の先生と仲良くさせてもらってたので、その時、色々教えてもらいました」

 優は照れながらも、嬉しそうに答えた。

 そして、空となった花純さんの器に気がつくと、またバランスよく具材を盛り、手渡す。

「ありがとう。……へぇーそうなんだ、優君は、将来料理人になるの?」

 花純さんは、優から器を受け取りながら尋ねる。

「え? 僕が料理人……。そっか……良いですね料理人! 僕、なりたいです!」

 優の瞳からパチパチと輝きが溢れた。

「優君ならきっと、良い料理人になれるよ! お店開いたら教えてね! すぐに行くから」

 花純さんはそう答えると、嬉しそうに帆立を口に運ぶ。

「はい! 頑張ります!」

 自分の夢を見出した優が、一瞬、オレンジ色のオーラに包まれたように俺には見えた。

 それはきっと、夢追い人へと昇華した優に対する憧れめいた感情が、視覚に影響を及ぼしたのだろうと俺は解釈した。

「恵ちゃんは将来、なりたいものとかあるの?」

 花純さんは楓さんにぴったりと張り付いた状態で、満足そうに食事をしている恵へと目を向けた。

「恵はもう決まっているのよね!」

 楓さんが、照れてもじもじしている恵の頭を撫でながら、代わりに答えた。

「そうなんですかー、もしよかったら、教えてほしいなぁ」

 花純さんが、恵の顔を覗き込みながら尋ねる。

 すると恵は、恥ずかしそうに1度目を伏せたが、その後、楓さんの肩口をツンツンと突いた。

「ん? 良いよ、持っておいで」

 楓さんは、その行動で、恵が何をしたいのか気付いたようだった。

 恵はコタツから出ると、ドタドタと急いで奥の部屋へと消えていった。

「ちょっと待っててね、花純さん。 今、答えを持ってくるから」

 楓さんがニコニコと俺と花純さんに微笑みかける。

 数分後、恵がお人形をいくつも抱えて戻ってきた。

 そしてその中から、花純さんと俺に1体ずつ人形を手渡すと、真剣な眼差しで俺達の反応をじっと待った。

 俺と花純さんは訳が分からないまま、手渡された人形をじっくり観察した。

 細かい装飾が施された綺麗なドレスに身を包んだリスとウサギの人形……。

 これがどうやって、恵のやりたいことに繋がるのだろうか……。

 俺が訝しく思いながら人形を調べていると、花純さんが驚きの声を上げた。

「もしかして、この人形が着てるドレス!  恵ちゃんが作ったの?」

「……え? 本当に?」

 どっからどう見ても、既製品としか思えない程のクオリティだ。

 手作りだとは、俺には到底思えなかったが、恵が誇らしげに頷いたので信じるしかなかった。

「……私、大きくなったらデザイナーさんになるの。楓さんの洋服も、優お兄ちゃんの洋服も作ってあげるんだ。……その後だったら、雄彦お兄ちゃんと花純さんの分も作ってあげるよ」

 想いを伝えると、恵はまた楓さんの隣に隠れるように座った。

「本当!?  楽しみにしてるね!」

 花純さんは子供のように、鼻歌まじりに体を弾ませ、喜びを表現した。

「……ありがとう、期待してる」

 俺は花純さんのテンションの高さに押され、控えめな御礼の言葉しか言えなかった。



 いつしか澄んだ青空だった外の色味は、青から瑠璃色へ、そして今では紺青と、夜へのリレーを終えている……。

 永遠と思われた笑顔踊る宴も、終息の時が近づいている。

 ここに集った5人誰もが、このひと時を少しでも長く引き延ばそうと懸命に足掻いたが、恵の欠伸が宴の終わりを皆に自覚させた。

「さて……。今日のところはこの辺で、御開きとしましょう!」

 年長者らしく、楓さんが宴の終わりを宣言する。

 優と恵は、その宣言に異議を唱えようと試みたが、楓さんの鋭い視線に気圧され、渋々従った。



「それじゃあ、失礼します」

 俺と花純さんが、玄関先で別れの挨拶をすると、優と恵が恨めしそうな目でこちらを睨んだ。

「大丈夫。今日はゆっくり体を休めないといけないけど、会おうと思えば、夢でだって会えるんだから……。ほら、テレフォンも持ってるだろ?」

 俺は、優と恵の頭を撫でながら微笑んでみせた。

 優と恵は、互いを見つめてしばらく考えをまとめているようだったが、俺の説明に納得したらしく、最後は笑顔で、俺達を見送ってくれた。



✳︎✳︎✳︎



「大変だったけど、楽しい1日になったわね」

 花純さんが運転しながら、助手席の俺に同意を求めた。

「はい、確かに。……今日はぐっすり眠れそうです」

 俺は、ふーっと大きく1つ息を吐き出し、窓から見える景色に目を移す。

  朝とは違うネオンで彩られた夜の街が、窓の大きさに次々と切り取られ、8ミリ映画さながらパラパラと流れていく……。

 きっと様々な人の今日という1日の物語が、完結を迎えていることだろう。

 バッドエンドもあれば、ハッピーエンドのもの、第2部へと続くものもあるに違いない。

 それらの中でも俺達の物語は、スタンディングオベーションで迎えられるほど、誇れる映画となり得たのではないだろうか。

 俺はその満足感を口元の笑みだけに留めながら、外の景色を眺め続けた。

「はい、着いたよ。お疲れ様」

 家の近くに車を停めると、花純さんが労いの言葉をかけてくれた。

「ありがとうございます。花純さんもお疲れ様でした。色々と助かりました」

 俺も労いと感謝の言葉を述べた後、徐に車を降りた。

 走り去る花純さんの車が見えなくなるまで見送ると、俺は軽やかに振り返り、授賞式へ向かう俳優さながらの足取りで家へと歩を進めた。

 俺の頭の中では、鳴り止まぬ観客の拍手喝采が聞こえていた。

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