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夢世  作者: 花 圭介
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夢世43

「ここから、一瞬たりとも目を離しちゃいけないよ!」

 花純さんが、モニターを睨みつけるように注視しながら、俺に声を掛けた。

「分かってますよ! 絶対に優と恵の居場所を突き止めてみせます!」

 俺も佳純さんを一瞥したあとは、全神経をモニターに集中する。ようやく俺達は、優と恵が家を出る映像へとたどり着いたのだ。

 今、優と恵は、家を出てから、学校とは反対側へと歩みを進めている。

 きっと、できるだけ友人や知り合いに顔を見られないように、と考えているのだろう。

 優と恵は、縦に並んで、会話もせずに、足早に前へ前へと進んで行く。

 迷いなく進み、次々と景色を塗り替えていく……。

「竹君! 何か目印、見つかった?」

 目をギョロギョロと動かしながら、花純さんが尋ねる。

「いえ、まだ決め手となりそうな目印は、見つからないです。……でも、家を左に出てから、ほぼ曲がらずに真っ直ぐ進んでいるようですから……」

「そうね! 家の住所は教えてもらってるんだもんね! それならここまでの道は追えるね!」

 花純さんは言い終えると、唇を強く結び、またモニターに集中し始めた。

 正直なところ、優から見える景色は、自分達の土地勘と照らし合わせにくい……。

 それは、優の目線が、かなり低い位置にあるためだ。

 普段見慣れている町でさえ、優の目線で見れば、異なる場所を見ているように、錯覚してしまう。それほど、目から得られる情報とは重要なのだ。

 大人びた言動や行動をすることがあっても、優はまだ、未成熟な子供なのだ、と再認識させられる。

 こんな子供達が、寒空の下、どうにか飢えを凌ぎながら、寄り添って生きているのだと想像するだけで、居ても立ってもいられない気持ちになる。

 何としても手掛かりを手繰り寄せ、一刻も早く2人を救い出さなければ……。

「……焦らない。……焦らない」

 囁きほどの小さな声ではあったが、集中により研ぎ澄まされた俺の聴覚は、それを聞き逃さなかった。

 俺は思わず、その声の主の方へ視線を向ける。すると、花純さんが握りこぶしを胸にあてがい、念じるように呟いていた。

 それはまるで、気ばかりがせって視野が狭くなりつつあった俺を、諭すかのような絶妙なタイミングの呟きだった。

 俺も花純さんを真似て握りこぶしを胸にあて、再度モニターに集中する。

 優と恵は、今も淀みなく、歩み続けている。

 歩む先に希望を見出せなくても、歩んだ先が果てなく続く暗闇であっても……。

 2人の想いはただ1つ、楓さんに幸せになってもらいたい、その一念のみだ。

 もうどれくらい歩いただろうか……。歩き出した時から比べると、日はだいぶ高くなっている。辺りの風景も大きく変化した。既にかなりの距離を進んだように思える……。

 子供達が、自分とそう変わらない大きさのリュックサックを背負いながら歩く時間としては、もうそろそろ限界ではないかと感じられる。

 優もそう思い始めたのか、チラチラと恵の様子を確認しだした。

 恵はもう、周りを見る余裕もなく、優の後ろ姿だけを追いかけている状態だ。

 優は少し歩くスピードを抑え、辺りを見渡した。

 いつしか優の視界には、白い煙を際限なく吐き出している大きな煙突の群れが迫っていた。

「……あそこなら、隠れやすいかな」

 優は足を止め、煙突を見つめる。

「恵、あの工場に行こう。あそこなら広そうだし、きっと隠れ家に出来るところがあるはずだ。もう少しだから頑張ろう!」

 優は疲れて項垂れ、下を向いている恵を元気付けるために、目的地を指差しながら話しかけた。

「……うん、分かった。頑張る」

 恵は優が指差した先へ目をやると、コクンと1度頷いた。

「やっぱりあの工場か……。俺、分かります! 俺の家からそう遠くない、埋立地にある製鉄所です!」

 俺はため息をゆっくりと吐き出すと、花純さんに報告する。

「うん! 私にも分かるわ! あの工場なら私の家からでも、そんなに遠くない!」

 花純さんが俺を振り返り、答える。

「え? 花純さんの家もここら辺なんですか?」

 俺は驚きながら尋ねる。

「ハハハッ、こんなことってあるのね! 私達、みんな近所に住んでるみたいね!」

 花純さんはまだ信じられないらしく、目を丸くし、引きつった笑顔を浮かべている。

「でも、あの工場はとんでもない大きさですよ。一日中歩き通しても、半分も回れないくらいです」

 俺は自然と腕組みをしていた。

 優から住所を教えてもらった時、この工場に辿り着く可能性は、高いのではないかと考えてはいた。

 それは、この地域の工場地帯においても最大級の工場であり、赤と白の縞模様に装飾された複数の煙突がとても目立つからだ。

 ただ、優と恵の家から子供の足で向かうには、あまりに遠すぎるため、断定できずにいたのだ。

「……そうよね。これじゃ2人の場所を特定できたとは、とても言えないわね。取り敢えず、優と恵がどこから工場へ入ったのか、だけでも調べましょ!」

 花純さんがまたモニターの方へと視線を移す。

 俺も花純さんに倣ってモニターに再度、集中し直す。

 優と恵は、工場の壁沿いを進みながら、入れる場所を探しているようだ。

 通常の出入口には守衛がいて、人が工場へ入退出する時には、通門証の確認をしているらしい。

 優が遠目からこっそりとそのやりとりを見つめていた。

 この工場は、俺が生まれる前から存在していたと聞いている。高度成長期には何万人もの生活を支え、この町のシンボルと言っても過言ではないほど、栄えていたそうだ。

 だが今では、多くの仕事が機械化され、工場で働く人の数は、当時の半数以下にまで減ってしまったと知人から聞かされたことがある。

 そのため、工場内には使用されていない建屋が数多く存在しており、優と恵にとっては格好の隠れ家となったようだ。

「あ! ここから入れそうだぞ! 恵もおいで!」

 腐食して破れたフェンスから、優が中を覗き込むと、素早く中へと入り、恵を招き入れた。

 工場内は、まるでジャングルのように草木が鬱蒼と生い茂っていた。

 幼い優達であっても、それだけで何年もこの場所に人が立ち入っていないことが、容易に想像できただろう……。

 絡み付く雑草を掻き分け、辿り着いた場所は、赤茶色に錆び付いたトタンで出来た掘っ立て小屋だった。もちろん、鍵などかかっておらず、優と恵は、すぐに中に入ることができた。

 中には粉塵と埃まみれになった機材が、整然と並んでいる。

 奥には灰色の机と椅子、そして旧式のパソコンが置かれていた。

 優が試しにパソコンの電源ボタンを押してみる。

 すると、予想に反してパソコンは独特な駆動音と共にモニターを光らせた。

「わっ! 動いちゃった……。電気、使えるんだ!」

 優と恵は顔を見合わせ、誰もいないのに、なぜかクスクスと忍び笑いを洩らした。

 優と恵はパソコンをそのままに、部屋をゆっくりと探索し始める。

 すると、トイレや洗面所、それに休憩室まで完備されていることが分かった。

 洗面所の蛇口も捻ればちゃんと水が出て、流し台にはポットまで置かれていた。

 休憩所には、椅子が数脚とテーブルがあったが、さすがに宿泊施設ではないので、布団はなかった。

 ここまで揃えば、もう粗方問題ないように思えるが、トタンの小屋は老朽化が進み隙間風が入ってくるのだろう、恵が身を縮ませながら、優に体を寄せている。部屋の中だというのに、吐く息まで白い。

「恵、ちょっと待ってろよ」

 優は洗面所にあった雑巾を洗うと、休憩所のテーブルと椅子を拭いた。

「取り敢えず、テーブルに荷物を置いて、その椅子に座ってな」

 優はそう言うと、部屋の隅に置いてあったダンボールの束を、家から持ってきたカッター1つで器用に組み立て、屋根付きの小さな家を作り上げた。

「お兄ちゃん、すごーい! 中に入っても良い?」

 恵が、出来上がったダンボールの家の中を覗き込む。

「もちろん! だけど、入るときは、ちゃんと靴は脱ぐんだぞ!」

 優は恵に向かってウィンクをした。

「わぁ! 中の方が寒くない!」

 恵が家の奥まで入ったところで振り返り、叫んだ。

「そうだろ、ダンボールって結構丈夫で、寒さからも守ってくれるんだってさ」

 優も中に入りながら答える。

「恵、これからはお兄ちゃんが守ってやるから心配するなよ。お兄ちゃん、頑張るから!」

 優は恵を見つめ、力強く言った。

「うん……。分かった」

 恵は精一杯、笑顔を取り繕おうと努力したが、その瞳は、憂いに満ちていた……。

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