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夢世  作者: 花 圭介
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夢世41 鍵付きの引き出し

「これ! どうしたんですか?」

 優がコタツの上に置かれたケーキを見て、驚きの声をあげた。

 その横で、恵が目をまん丸にしたまま固まっている。


「『どうした』って失礼ね! 今日はクリスマスよ! 買ってきたに決まってるでしょ!」

 楓さんは大きく胸を張った。


「そうじゃなくて……お金。……お金ですよ!」

 優は最初、言うかどうか躊躇ったが、我慢できずに尋ねた。


「楓様にもそれくらいのヘソクリはあるのだよ!」

 楓さんは仰け反るほど、さらに胸を張る。


「さあ! お皿とフォークを準備して!」

 楓さんは優と恵の驚いた顔に満足したように頷きながら、指示を出す。


 優と恵が慌てふためきながらも、お皿とフォークを3人分、コタツの上に用意する。

 用意が整ったテーブルを、恵は宝石箱でも見るような目で見つめた。

 そして横にいる楓さんを振り返ると、まだ何か企んでいる笑みを湛えていることに気がついた。


「何ですか? その顔は?」

 優も楓さんの表情に気づいて怪しむ。


「ホッホッホー! 良い子達にはクリスマスプレゼントを渡さなければねー!」

 楓さんが声色をおじいさん風に変えて、優と恵にウインクをすると、押入れの奥からそれぞれ青色と桃色で包装された箱を取り出し、2人の前に置いた。


「……これは?」

 優と恵が何とか声を絞り出す。


「ホッホッホー! メリークリスマース! 良い子の優と恵へのクリスマスプレゼントじゃー!」

 楓さんが両手を広げて、箱を開けるように催促する。


「いいの?」

 恵が桃色の箱に手を伸ばしながらも、楓さんの顔を窺う。


「もちろん!」

 楓さんは例の太陽のような笑顔を恵へと送る。


「やったー!」

 恵は叫ぶと同時に桃色の箱を抱きしめ、包み紙を丁寧に剥がしていく。


「ほら! 優も箱開けてごらん!」

 楓さんが、まだ躊躇している優の肩をツンツンと人差し指で突っつく。


 優はようやく楓さんからのプレゼントに触れ、ゆっくりと丁寧に青色の包装紙を外し始める。


「すごーい! 本当に、本当に! 恵がもらっていいの?」

 優が恵の声に反応し振り向くと、テレビで見たドールハウスと、可愛らしい服を着たウサギやリスの人形、それとパッケージされた何点かの着せ替え用の服が顔をのぞかせていた。


 喜んで楓さんに抱きつく恵を尻目に、優は自分のプレゼントを確認する。


「……」


 優の頭の中では『もしかして』という想像が膨らんでいたようだが、どうやら箱の中身はその想像通りの物が入っていたらしい。

 優の目に映っているのは、最新のゲーム機とソフトのセットだった。


「どうしたの? 優? 違う物が欲しかった?」

 楓さんが心配そうな顔で、優の顔を覗き込む。


 優から見える楓さんの顔が、少しぼやけて見える。


「ううん、欲しかった。欲しかった物だよ……。でもこれ、すっごく高いんだ。僕らの1ヶ月の生活費なんて軽く超えちゃうくらい……。楓さん、僕はその気持ちだけで充分だよ。だから……」


「優! 私は私がしたいことをしているだけ。嫌だと思う事は絶対にしない! 確かに私たちは貧乏だよ。でも、クリスマスは子供達にとって楽しい日。辛い思いをする日じゃ無い。私はこれからも楽しい日は楽しい日にしてみせる。優と恵が当たり前にそう思える日にしてみせる。そう努力するって決めたんだ。だから今日は、いらない心配をしないで楽しい気持ちでいて欲しい。分かってくれる?」


 楓さんは優の言葉を遮り、まっすぐ優の目を見つめ続けながらそう話した。


「……わ……分かった。……ありがとう、楓さん!」


 優の視界が、雨の日の水溜りのようにますますぼやけ、もう何も形を成さない。


「今日は泣く日じゃ無いよ! 笑う日だよ!」


 楓さんはそう言うと、優を抱きしめたようだった。

 映像にはしばらくの間、沈黙と暗幕が下ろされた。


「さあ! クリスマスを楽しもう!」

 楓さんが両手を高く上げ、そう宣言する。


「はいっ!」

 優と恵も楓さんを真似て、両手を高く突き上げる。


 楓さんがクリスマスケーキに蝋燭の火を灯すと、それを合図に優が部屋の灯りを全て消した。

 3人がケーキを囲むように座ると、蝋燭の炎がゆらゆらと皆の顔を闇から浮かび上がらせる。

 3人の息吹によって揺らめく炎は、それぞれの笑顔をポエティックな表情へと生まれ変わらせ、幻想的な世界へと誘う。


 時の流れを忘れ、いつまででもその世界に留まっていたい衝動に駆られた時、楓さんが現実世界へとつなぎとめる儀式を始めた。

 クリスマスの定番曲『きよしこの夜』を口ずさみ始めたのだ。


 恵も楓さんに合わせて歌い始める。

 もちろん、優も暗示にかかったかのように歌を重ねた。


 キリストの降誕祭を祝うにふさわしい厳かな雰囲気に包まれながら、3人は歌い続ける。

 ーーそして歌が終わると、示し合わせたかのように皆が同時に「メリークリスマス!」と叫び、蝋燭の火を吹き消した。


 一瞬、暗闇が辺りを支配したが、優が素早く家の明かりを灯すと、完全に現実世界へと引き戻された。


「やっぱりクリスマスはいいねー! ゾクゾクしちゃったよ!」

 楓さんが拍手をしながら感想を漏らした。


「うん! すっごく楽しい!」

 恵も大きく何度も頷きながら答えた。


「僕も、こんなに楽しいクリスマスは久しぶりです。ありがとう、楓さん!」

 優も素直に心からクリスマスを楽しめたようだ。


「じゃあ、ケーキ食べよっか!」

 楓さんは包丁を取りに立ち上がろうと、コタツの上に両手をかけた。


「楓さんは座ってて下さい! 僕が切り分けますから!」

 優はサッと台所から包丁を取ってくると、上手に6等分に切り分けた。


「残りはまた、明日食べましょう!」

 優は残ったケーキを元の箱に戻すと、包丁と一緒に台所へと運ぶ。


「いただきまーす!」


 優が戻ってきたことを確認すると、3人はゆっくりと味わいながらケーキを口へと運び続けた。

 口の中がケーキで満たされる度、お互いの笑顔を確認し、幸せを反芻する。


 ケーキを食べ終わっても幸せの余韻は続き、その日は眠りに落ちるまで、皆が笑顔を絶やさず幕を閉じた。


ー辿り着いた数日後の記憶ー


「あれ? 楓さん、こんなに朝早くからどこ行くんですか?」

 優が楓さんに呼び掛ける。


「ああ、ごめんごめん。言ってなかったっけ? 今月からバイト増やしてもらったんだ。夕飯までには戻るから、留守番よろしくね。恵はまだ寝てるようだから、しっかり寝かせてあげてね。じゃ、行ってくる」


 楓さんが忙しなく外出の準備を整えながら優に答える。


「まだ1月3日ですよ? ……きっと恵、楓さんと今日も遊べるって思ってますよ?」

 不満そうな声で優がぼやく。


「優、悪いけど何とか恵の機嫌とってやって。それじゃ!」


 楓さんが慌てて玄関を飛び出して行く。


「もう! クリスマスやお正月で無理な出費するから……」


 優は複雑な心境を言葉にしてから、寝室の襖を開け、部屋を覗き込む。

 恵はまだ静かな寝息を立てて、ぐっすりと寝ていた。


 手持ち無沙汰となった優は、部屋の片付けを始める。

 出来るだけ音を立てないように気を遣いながら、少しずつ片付けを進めていくと、いつもはしっかり閉じられている鍵付きの引き出しが、少し開いていることに気がついた。


 興味本位で覗いてみると、そこには楓さんの通帳が入っていた。

 少し躊躇った様子だったが、優はそっと通帳を開き、中を確認した。


 少しずつ増えていた預金残高は、半年ほど前から急激に減っており、残高は数万円となっていた。


 優は糸の切れたマリオネットのように、その場にペタンと座り込むと、長い間、その通帳を見つめ続けていた。

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