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夢世  作者: 花 圭介
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夢世4

 家に戻りシャワーを浴び終わると、時計は8時30分を指していた。普段ならこのくらいに起き出す頃だ。

 早起きは三文の徳と言うが、心に溜め込まれた粘っこい気懸りを思うと、とても得した気分にはなれなかった。

 気分転換にコーヒーを入れ、帰りがけに買った焼きそばパンでゆっくりと朝食をとっていく。


 徐にテレビを付ける。朝の他愛もないニュースが、次々と垂れ流されていく。『今日も平和だな』と、交番前で夜が明けゆくのを見守る警官さながらの心持ち(想像)で、俺は満足げに深く頷く。


 惰性で眺めていたニュース番組のちょっとしたコーナーに意識が向かう。俺の目はそれに釘付けになる。

「噂を求めて何処までも~!」

 アナウンサーの女性がオモチャのラッパを鳴らしながら、タイトルコールを行う。

「今日は最近巷で噂となっている『夢の世界』について、林律子アナウンサーが調べて来られたそうなので、ご紹介しようと思います! ……とその前に、皆さんは夢を見たことありますか? まあ、見た事がない人を探す方が難しいですかね。ただ皆さんにも同意していただけると思うんですが、夢って不思議なんですけど、起きるとすぐに忘れてしまいませんか? 魘されるような怖い夢ならいいですが、キュンキュンきちゃう王子様と恋に落ちるような夢までも、忘れてしまうのは勿体ないですよね! 覚えていれば何度も反芻できるのに! ……そこで今回取り上げた『夢の世界』のお話です。噂になっている『夢の世界』では、なんと! そこで見たこと聞いたこと、体験したことが現実世界と同様に、目覚めてからもしっかりと事細かく記憶に刻まれているらしいんです! でも……本当ですかね~」

 アナウンサーは、信じているようにはとても思えない顔をして、噂を紹介している。

「……まあとりあえず、『夢の世界』があるとおっしゃる方にインタビューが出来ているそうなので、そちらのVTRをご覧下さい」


 画面が切り替わると、モザイクで顔が隠れた男が1人、パイプ椅子に腰掛けていた。

 そこに先ほどとは違う女性アナウンサーが現れ、インタビューが始まった。この女性が、林律子というアナウンサーなのだろう。

「え~ではAさん、不思議な夢のお話を聞かせていただけますか?」

「はい、分かりました」

 男の音声は変えられている。

「ではまず、その『夢の世界』はどのような世界なんですかね~、例えば周りの風景とか」

「周りの風景はいつも昼間の快晴です。夏の空のようなスカッとした青空が、果てしなく広がっています。ただ……自分がいる場所は、ちょっと奇妙な場所です」

「とおっしゃいますと?」

「ドーナツ状に広がるショッピングモールのような場所にいます。とてもリアルな」

「ドーナツ状に広がるショッピングモールですか……Aさんは現実世界でそちらに似た場所に行ったことがあるのですか?」

「いいえありません」

「そうですか……でも夢って、何かしら自分に関係があるものが出てくるものじゃないですか? Aさんがこんな所に行きたいなとか思ったんじゃないですか?」

「とんでもない! あんな施設に行きたいなんて想像しませんよ。現実世界と見紛う程リアルなのに、辻褄が合わないんですから」

「辻褄が合わない?」

「そうですよ。その施設は何層にも分かれているようなんですが、階段もなければ連結する支柱すらないんです。要するにそれぞれの階がプカプカ浮いているんですよ」

「……それはちょっと怖いですね」

 男が言った情景が頭に浮かんだのか、アナウンサーは口元を少し引きつらせながら感想を述べた。

「その世界にはどなたか他にいるのですか?」

「はい」

「どんな方がいらっしゃるのですか?」

「どんな方って……そうですね……男も女も子供もいましたね。特に特別な感じはなくて普通な感じの」

「大勢いらっしゃるのですか?」

「はい、結構いました」

「みなさん何をなさっているのですか?」

「ん~ただ施設内をぐるぐる歩いているだけ……だと思います」

「歩いてどうするのですか?」

「別にどうする訳でもないですよ。多分僕と同じで、不安だから周りと合わせているだけだと思います」

 アナウンサーは少し考えてから、こう男に提案した。

「何か他の人とは違うアクションを起こしてみたら如何ですか? 思い切って他の階に飛び移ってみるとか……どうせ夢なんですから」

 膝の上に置かれていた男の両こぶしが、ギュっと強く握られたのがテレビからでもはっきりと見て取れた。

 男は感情を抑えるためか、ゆっくりとこう答えた。

「先程も言いましたが、現実と見紛うほどリアルな世界なんです。もしあなたが、今いる世界は本当は夢ですから、このビルから飛び降りて下さい、と言われたらやれますか? そのぐらいのレベルのリアルさなんですよ」

「……でも夢だと認識出来ているんですよね?」

 男の態度にたじろぎながらも、アナウンサーは聞き返した。

「ええ、認識は出来ています。けど、夢だと分かっていても恐怖は現実と同じなんです」

 双方とも何も言えず数秒間、時が止まったかのようだったが、アナウンサーが我に返って、男に最後の質問をした。

「Aさんは、今も寝る度にその夢を見るんですか? 」

「……そうです。もう昨日で5日も同じ夢を見ています」

 沈んだ声で力無く男は答えた。

「それはお気の毒に……お大事になさってください」

 アナウンサーは、まるで病人を励ますかのような言葉を掛けた。

「不思議な『夢の世界』のお話は以上です。 スタジオへお返ししま~す」

 先程までの表情が嘘だったかのように、アナウンサーは和かな笑顔を作り、話を締めくくった。

 VTRはここまでで、タイトルコールを行ったアナウンサーが情報提供を呼びかけ、そのコーナーは幕を閉じた。

 その後、番組は俺の心の動揺とは裏腹に淡々と進み続け、最終コーナーの星座占いへと移っている。

 俺の目はそれでもずっとテレビを捉えていたが、頭の中は混乱し、自分の運勢を把握することは出来なかった。

 番組の終わりにMCが「今日も元気に頑張りましょう! 」と言ったところで、ようやく頭の中の歯車が回りだした。

 どうやら噂として広まるぐらいに、あの夢は多くの人々を招待していたらしい。

 俺や美希達だけでなく、一体どれだけの人を悩ませているのだろうか。

 だが、メディアに取り上げられたことで、今後様々な情報が得られ易くなるだろう。

 あの夢の創造主への手掛かりも、そう遠くなく得られるはずだ。これで危険を犯してまで行動を起こす必要はなくなった。あとは、メディアの情報を注意深く吸い上げていけばいい。

 ほっとした途端、久々に運動したこともあり、強い眠気が押し寄せてきた。今日やろうとしていた事を頭の中で手繰り寄せ、急いでやる必要がない事を確認すると、俺の意識は霧のように有耶無耶になっていった。

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