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夢世  作者: 花 圭介
36/120

夢世36

「……これを被るの?」

 優が少し緊張気味に花純さんに尋ねる。

「そうよ、帽子を被るみたいにして、後はそこのベッドで仰向けになって目を閉じるだけよ。だからそんなに緊張しなくても大丈夫」

 花純さんは和かにそう答えた。

 優はとても帽子とは思えない厳つい被り物を恐る恐る手に取ると、色んな角度から見回した。

「ほらほら! お兄ちゃんでしょ!」

「……もう! 分かったよ!」

 優はもう半分ヤケクソで、花純さんの指示に従った。

 ここはミルキィウェイの奥の部屋の更に奥……。

 花純さんが作った試作品やボツ品などが、山の様に積まれている部屋だ。

 どうやら花純さんは、この場所でアイテムの構想を練っているようだ。

 部屋は意外に広く、仕切られているわけではないが、アイテム作りをするスペースの他に、ソファーにテーブル、モニター等がおかれたリビングのような場所が設けられていた。

 アイデアがうまくまとまらない時など、ここで頭を休めているのだろう。

 今は簡易的なベッドをソファーの後ろに用意し、そこに優を寝かせようとしているところだ。

 モニター前のソファーに俺と花純さん、その後ろにベッドを置き、優が横になる配置だ。

 恵は、ユッキーがもう一つの部屋で相手をしている。

 なぜこのような流れとなったのかは、ユッキーが、優と恵をこの部屋へ連れてくるところから始まる……。


✳︎✳︎✳︎


 花純さんに呼ばれ、更に奥の部屋で、準備を手伝わされている最中……。

「優君と恵ちゃんを連れて来ましたよ。花純さん、準備はどうですか?」

 ユッキーが、飛び込むようにして部屋に入ってきた。

「1人分の準備はできたんだけどね。……もう1台の装置が見つからないのよ」

 花純さんが首をかしげながら、もう1台の装置をガサゴソと探している。

 俺も花純さんと並んで同じ装置を探すが、見つかりそうもない。

「なら、優君だけでも被ってもらいましょうか」

 ユッキーが優を見つめて話をする。

「え? え? 何の話をしてるの?」

 優が不安そうに皆の顔を見渡す。

「ユッキー! 子供たちに何も説明しないで連れてきたの?」

 花純さんはあきれ顔だ。

「あ! そうだった」

 ユッキーは、ペロリと申し訳なさそうに舌を出した。

「まったく……しょうがないわねぇ。……優君、恵ちゃん、竹君から一通り話は聞いてる。君たちは今、まともな生活を送れていない。そうでしょ?」

 花純さんが、単刀直入に話を切り出した。

「……」

 優と恵は、黙って下を向いてしまった。

「話を続けるね。今、君たちはどこに住んでいるのか分かっているの?」

「……工場の中」

 優が小さな声で答える。やはり俺の思っていた通りだ。

「何ていう工場?」

「……分からない」

 2人とも首を横に振る。

「家に帰りたい?」

 花純さんが、2人の顔を覗き込むようにしながら尋ねる。

「帰りたくない!」

「帰りたい!」

 優と恵とで、答えが真っ二つに分かれた。

「優君は、なぜ家に帰りたくないの?」

 意見が分かれたことに驚きつつも、花純さんは質問を続けた。

「帰るべきじゃないんだ……」

 優はそう答えた後、唇を強く結んだ。

「どういうこと?」

「……」

 優は何も言わず、床をじっと見つめている。

 花純さんは、困り果てた顔で、天井を仰いだ。

「……優、俺はお前達を絶対に守ると言った……でもこのままだと、守る事ができない。分かるだろ?」

 俺は我慢できなくなり、優に語り掛けた。

「……」

「優、よく考えろよ。このままずっと工場の中で暮らしていく気か? 恵ちゃんはどうする? 幸せになれると思うのか?」

 自然と語気が荒くなってしまった。

「……でも、工場を出たって……俺達に居場所なんかない!」

 優は、声を詰まらせながら答えた。

「家で何があったか知らないが、もしも居場所がなかったら、その時は俺の家に来ればいい」

「ちょっと! 安易にそんなこと……」

「良いんだ花純さん、問題ない」

 俺は花純さんの言葉を遮って言った。

「……竹お兄ちゃん、本当?」

 優が真剣な眼差しを俺に向ける。恵も優の隣で、じっと見つめる。

「本当だ。約束する」

 俺は、2人の目を交互に見つめ返した。

「……どうすれば良いの?」

 優が戸惑いながらも、そう尋ねる。

「花純さんが作ったアイテムを使ってくれれば良い。それを使えば、優達の記憶を見ることができるんだ。それもかなり細かな記憶までたどることができるらしい……。だから思い出にも残らないような記憶、優と恵が家を出てから、工場にたどり着くまでの記憶さえも見ることができるんだ。そうすれば、現実世界の2人を見つけ出せる。……ただ、どの記憶に当たるかはやってみなければわからない。うまくその記憶にたどり着くまで続けるしかない。……使ってみてくれるか?」

 俺は2人の反応に気を配りながら説明をおこなった。

「私は、大丈夫だよ」

 恵が大きく頷いた。

「恵は駄目だ! 俺がやる! ……ただ、俺の記憶は恵には見せたくない。それでも良いかな?」

 優は何か訴えるような目で、俺を見つめた。

「えー? 何でー」

 恵が納得できない、と不満の声をあげる。

「分かった。優の望むやり方でやろう」

 俺は恵の頭を撫でながら、優の考えを尊重することにした。


✳︎✳︎✳︎


 優は少し重たそうに、花純さんが作ったアイテムを被ると、ベッドの上に横になった。そしてゆっくりと、目を閉じる。

 花純さんが言うには、このアイテムを被り、目を閉じると、現実世界で本当に目覚めるか、或いはアイテムのスイッチを切らない限り、眠りから覚めることはないとのことだ。

「あ! 映り始めたよ」

 花純さんがモニターを見たまま、俺に声をかける。

 モニターに一瞬、ノイズが走ったかと思うと、その中心から花火のように、虹色の光の球が、四方へ飛び散った。

 まるで、花開くように映像の生まれていく……。

 そうして映し出されたのは、透き通るような白い肌と、長く艶やかな黒髪が印象的な、美しい女性の微笑みだった。

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