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夢世  作者: 花 圭介
34/119

夢世34

 『Dead or Alive』のメインモニター近くで、俺と少女は抱き合ったまま、崩れるように、その場に座り込んでいた。

 モニターには、もう次のバトルが映し出され、先ほどまでの重苦しい空気は、いつの間にか消えている……。

 その空間は、俺と少女というピースを失っても、すぐに代替のピースが埋め込まれ、滞りなく修復されていた……。

 無性に『寂しさ』を覚えるが、今はそんなことはどうでもいい……。少女の心が、落ち着きを取り戻してくれることを待つだけだ。


 少女が泣き止むまで、どれだけの時間を要しただろうか……。

 きっと羽化したばかりの蝶が、空へと旅立てるくらいの時は経ったはずだ。

 少女は人恋しかったのか、泣き止んでからも長いこと俺の胸に顔を埋めていた。

 少女の心に巻き付いていた茨めいた蔓が、徐々にではあるが、緩んでいっているのだろう……。固く強張っていた肩が、次第に解れてきているのを、俺の腕が感じとっている。

「えっと……俺の名前は、古河 雄彦。よろしくね」

 俺は、少しずつ腕の力を緩めながら、頃合いを見て、少女に声を掛けた。

「……私、けい。小畑おばた けい。」

 少女は埋めた顔を少しだけ起こし、上目遣いで俺を見る。

「恵ちゃんか……少しお話、できるかな?」

 俺は、恵と名乗る少女の顔を見ようと、さらに腕を解き、距離を取ろうとする。

「あっ! このまま!」

 恵は慌てて、俺の胸に再びしがみつく。

「……じゃあ、このまま、お話しようか?」

「……うん」

 恵は恥ずかしそうに、だが嬉しそうに返事をした。

「さっき応援してた男の子は、お兄ちゃん?」

「うん! ユウ兄ちゃん! 何でもできちゃうの!」

 恵は、俺の質問に素早く反応した。

「すごいお兄ちゃんなんだね。……恵ちゃんは、夢から醒めたら、何してるの?」

「……お兄ちゃんが御飯取ってきてくれるまで、寒くないところで待ってるの」

 恵は、もじもじしながらも答えてくれた。

「……そっか。……お兄ちゃんの言うことをちゃんと守ってるんだ。えらいね」

 俺は、慎重に言葉を選びながら話を進める。

 恵は恥ずかしそうに、また俺の胸の中に潜る。

「ユウお兄ちゃんは、恵ちゃんが、ここで待っていることを知ってるのかな?」

「うん! お兄ちゃんに『ここでじっとしてて』って言われたから」

 モグラ叩きゲームのモグラのように、恵は話す時だけ顔を出し、話終わると、また顔を埋めた。なんだか、その動きが気に入ってしまったようだ。

「それなら、雄彦お兄ちゃんも一緒に、ここで待ってるよ」

「うん!」

 恵は元気良く飛び出したかと思うと、また潜る。


 ゲームの効果音や観戦者の歓声が、そこかしこから間断なく弾けている。だが、慣れた耳は、今ではそれを騒音とはとらえず、浜辺の波音程度に変換してくれている。しばらくゆったりとした時間が流れた……。その間に俺は、恵にいくつか質問をしていた。

 恵が住んでいる所はどんな場所か、そこから何が見えるのか、そしてどんな音が聞こえるのか、などだ。

 はっきりと場所を特定できる住所を教えてもらいたいところだが、先ほどの彼女との会話で、それは難しいだろうと判断した。彼女が答えた『寒くないところで』というワードで、そう判断した。通常ならば『家で』とか『部屋で』とか明確な『場所』をこたえるはずだ。だが、彼女にはそれができなかった。答えられなかった。きっとこの兄妹は、不自由な生活を余儀なくされているに違いない。

 なぜそのような状況に陥ってしまったのかは、わからない。だが関わった以上は、この子達を幸せ、とまではいかないが、安心できる生活ができる状態までは、導いてあげたい。

 恵との会話で得られた情報は、まず、住んでいる場所から大きな煙突がいくつも見えること、常に様々な機械の音が鳴り響いていること、そして細かな黒い粉塵が常に空気中を舞っているということだ。

 これらの情報からこの兄妹は、どこかの工業地帯に隠れるように住んでいるのだろうと推測した。

 だが、工業地帯はいくつもある。これだけの情報から探し当てるのは、不可能に近い。


「お前、誰だ! 恵から離れろ!」

 どう探すか思案にふけっていると、突然大きな声で怒鳴られた。

 顔を上げると、そこにはモニターで見た少年が、仁王立ちして、俺を睨みつけていた。

「ユウ兄ちゃん!」

 恵は、声が聞こえた方へ向き直ると、歓喜の声を上げた。

「恵! 何してんだっ! 早くこっちへ来いよ!」

 ユウと呼ばれた少年は、野犬さながら吠え散らかした。

 周囲にいた観戦者達は、潮が引くように離れていく……。

「ちょっと待ってくれないかな。君と話がしたいんだけど……」

 俺は思わず、左の掌を少年へと向けて、『待て』の合図をしていた。

「なんだよ、お前! 何が目的なんだよ!」

 警戒心むき出しで、距離をとりながら、少年は言葉をまた投げつける。

 だが、投げつけられる言葉とは裏腹に、体は震え、少年の瞳には恐れが窺える。モニターに映っていた少年と同じ人物とは、とても思えない。

「ただ君たちの力になりたい、それだけだよ」

 俺は低い声で、静かに答えた。

「……うるさいっ! どうせそう言って、俺たちを騙すつもりなんだ!」

 少年の目には、うっすら涙が溜まっている。

「ユウ! 聞けっ! 俺がお前たちを守る! 決して騙したりしない!」

 静かに呼びかけても無駄だと感じた俺は、敢えて少年が、怯むほどの大きな声で叫んだ。

 この少年の心は、張り裂ける寸前だ。今、この期を逃してしまったら、もう二度と手を差し伸べることすらできないような気がする。だから脅してでも捕まえたい、そう思った。

 虚勢を張っていた心は吹き飛ばされ、少年は地べたに座りこんだ。

「恵ちゃん、ユウ兄ちゃんのところまで一緒に行こう」

 驚いた目で俺の顔を見上げている恵の頭を撫でながら、俺は優しく語りかけた。

「……うん!」

 恵は俺の瞳を確認すると、力強く頷いた。

 俺は恵の小さな手を握り、歩調を合わせて歩いて行く。

 そして放心状態で座っているユウの肩をポンと叩くと、立ち上がるように促した。

 ユウはよろめきながらも立ち上がると、虚ろな目で俺を見つめる。光を失ったユウの瞳は、人形の瞳と同様焦点が定まらない。

「大丈夫。もう大丈夫だ。ユウには俺がいる。安心しろ」

 俺は恵の時と同じように、強くしっかり、ユウを抱きしめる。

「……俺、もう苦しくて……苦しくて……」

 ユウは言葉に詰まりながら、必死で俺に訴えた。

「頑張ったんだな。もう休んでいい。あとは俺が何とかする」

 俺は、ユウの背中をポンポンと叩き、また抱き寄せた。

 ユウが目を閉じると、スーッと一筋の涙が流れていった。

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