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夢世  作者: 花 圭介
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夢世3 シビアな現実

 耳をつんざく甲高い機械音が鳴り響いている。


 いつの間にか瞼を閉じていたことに気付き、慌てて目を開けると、そこは見慣れた自宅のベッドの上だった。


 そう言えば、この夢から覚める時はいつもこんな感じで、急激に現実へと引き戻されてきたような気がする……。


 手探りで、未だ鳴り響いている疲れ知らずの目覚まし時計にそっと休息を与えると、俺はベッドからゆっくりと這い出し、立ち上がった。

 が、体に力が入らず、ストンとベッドに座り込んだ。

 そのままの形で数秒、オブジェのように固まった後、ゴチャゴチャになっている頭の中を整理するため、大きく一つ深呼吸をした。


 今まで繰り返し見てきた不可解な夢は新たな展開をみせ、思いもよらない方向へと動き出している……。


 夢は自分だけのものではなく、他人とも共有した夢であった。


 この事象は偶発的に発生したのだろうか……。


 いや、到底そうは思えない。

 夢を媒体にしたネットワーク。明らかに人為的に作り込まれたものだ。


 細部まで細かく造り込まれたフィールド。

 これを俺自身が寸分の狂いもなく、夢を見る度に再現できるはずがない。

 俺に限らず誰もが、この規模を一人で想像することは不可能だろう。


 だとすると、個人の夢の中に引き込まれたのではなく、予め造られたフィールド上に、俺たちの意識が転送されたと考えるのが妥当だろう。

 複数人による連結した夢の可能性も考えられなくもないが、どんなに意思の疎通を図ろうとも、細かな装飾や色調までも統一させることは難しいはずだ。


 やはり前者の考えが正しいように感じられるが、だとすると問題は、誰が何のためにこんなものを造り上げたのかということだ。


 これだけの規模、これだけのクオリティ……。

 それなりの対価がなければ、割に合わない。

 この夢のフィールドを造り上げるには、かなりの労力が必要だろう。


 きっと、それなりに知名度のある組織なり団体なりが関わっているに違いない。

 こちらの意思など御構いなしで、自分たちのテリトリーに引き摺り込むような組織。


 この夢の全貌を解き明かすためには、ともすると危険を伴うかもしれない。


 ……だが、もう見て見ぬ振りはできない。

 関わり合いたくなくても、眠りにつけば自然とこの夢の住人となってしまうのだから。


 自分のような学生風情にどこまでやれるか分からないが、この夢の創造主の目的と、自分たちが選ばれた理由をハッキリさせなければ、安心して眠ることはできない。


 目の覚めるタイミングがもう少し遅ければ、もっと多くの情報を洋輝から得られるはずだった……。


 俺は静かにたたずむ目覚まし時計を、自然と睨みつけていた。

 目覚まし時計は臆することもなく、ただ自分の役割を勤め上げただけと言わんばかりの澄まし顔だ。


 俺は目覚まし時計を責めることを諦め、天井をぼんやりと眺めた。


 そう言えば、塔矢たちは俺よりも長く夢の中に留まることができたのだろうか。


 もしもまだ夢の中にいるのであれば、俺の代わりに聞きたいことを聞いてくれているかもしれない。


 ただ、次に夢で会う場所を決めていなかったのは迂闊だった。

 夢の中を歩いていれば、いつかは出会えるだろうが、眠る時間は人それぞれだ。

 一人は大学生。規則正しい生活を送っているとは限らない。

 高校生の美希であっても、大学を目指して既に勉強を進めていると言っていた。きっと夜遅くまで勉強することもあるだろう。


 さて、どうするか……。


 美希に直接会いに行ってみるか。


 条徳高校二年二組の担任、北条康彦に連絡して、美希の従兄妹だとでも理由を付ければ、電話を取り次いでもらえるはずだ。


 だが、取りあえずは今日に限ってしてしまった約束を果たすのが先だ。

 憎まれ役となった目覚まし時計にも悪い。


 気持ちを切り替えるため、両手で頬をパンパンと二度叩いてから、外へ出る準備に取り掛かった。


 今日は幼い頃からの腐れ縁、柊聡ひいらぎ・さとしと早朝ランニングに付き合う約束をしていたのだ。


 どうしてこんな約束をしてしまったのか、自分でも分からない。


 およそ十日ほど前、聡の部屋でビールやワイン、焼酎に日本酒、そしてウイスキーを持ち込み、朝まで飲み明かした。


 聡の好きな野球の話から進路のことまで、お互いが思いついたことをポンポンと玉入れをするように投げ込み、心の網に入った事柄について掘り下げていった。

 俺は酒のペース配分を誤り、朝方の会話をほとんど覚えていなかった。


 気がつくと、聡の部屋のコタツに突っ伏して寝ていた。


 顔を上げると、ちょうど目の前の窓から外の景色が見えた。

 辺りは昼間を通り越し、夕焼けが侵食し始めていた。


 酒とは、かくも抗いきれない力を秘めたものなのかと痛感した。


「やっと起きたか、もう五時になるぞ」


 聡がタオルで汗を拭いながら近づき、言った。


 聡は大学でゴルフサークルに入っていて、春休み中も週三回、朝から三時過ぎぐらいまで練習している。

 しかしその練習だけでは物足りないらしく、練習後一人で近所の川辺を走り、このくらいの時間に帰って来る。


「俺が風呂から出たら一緒に飯食いに行くか?」


 拭き終わったタオルをポーンと洗いカゴに投げ入れて戻ってくると、聡がそう聞いてきた。


「……いや、悪い。今そんな気分じゃない」


 俺は荒波のように押し寄せてくる頭痛と吐き気を瀬戸際で押さえ込み、やっとの思いで返事をした。


「なんだ、あのくらいで。情けないな。あんなの飲んだ内に入らねえぞ」


「お前は異常なんだよ。人間ならあれくらいでこうなるのが当たり前なんだ」


 左右のこめかみを抱え込むように押しながら反論する姿は、どう見ても負け犬の遠吠えにしか見えなかっただろう。


「まあいいか。それより昨日の約束は忘れてねえよな?」


 聡は捨て猫を憐れむような目付きで俺を見ながら言った。


「……?」


「おいおい冗談じゃねえぞ。あれほどやる気出してたじゃねーか」


「ん? ……なんだっけ?」


「ほんとかよ、しゃーねーな。15日の朝にジョギング付き合うって言ってただろ? 俺のサークルがない日に合わせて15日に行こうって、親父ギャグ散々言ってたじゃねーか」


「……ああ、そう言えばそうだったな」


 正直何も覚えていなかったが、また突っ込まれるのも癪なので嘘をついた。


「じゃあ朝6時に迎えに行くからな。ちゃんと準備しておけよ」


 聡はそう言うと背を向け、バスルームまで歩いて行った。途中で振り返り、人差し指を突き出しながら念を押すように俺をじっと見つめる。俺は「はいはい」と二度うなずき、シッシッと手で払った。


 聡がバスルームに入るのを見届けると、重い体に鞭打って立ち上がる。


 まだ窓越しに夕焼けが見える。


 しばらくぼんやりと眺めていたが、我に返り、家路につくことにした。


 帰り道の急坂は、まるで峻嶺を目指す登山家にでもなったようで、心が折れそうだった。


 そして今、俺はその時と似た心持ちの中、せっせとジョギングに行く準備を整えている。


 しばらくして、ブルルル、ブルルルと、マナーモードにしていた携帯電話が枕元でのたうち回った。携帯を覗き込むと、表示された名前はもちろん聡だった。


「タケ、俺はもう玄関前にいるからな。早く出て来いよ」


「……」


 やる気満々の聡の声を聞いた途端、脱力感がMAXに達したため、取りあえず無言で電話を切ることにした。


 2秒後、再度携帯電話が聡の心と同調しているかのように激しく震える。仕方なく出ると、


「タケ! テメー!」


と怒鳴られたので、また無言で切ってみた。


 その後しばらく待ったが、電話は鳴らない。


 これはヤバいと思い、携帯をポケットに突っ込んで玄関のドアを慌てて開けた瞬間、腹部に激痛が走った。


 聡のボディブローが、的確に俺のみぞおちを貫いたためだった。


 俺は苦悶に喘ぎながら聡にすがりつく。だが聡は、悪代官が去り際によく見せる不敵な笑みを浮かべ、俺を見下ろすと、


「ほら行くぞ!」


と手を振り払って走り出した。


 俺は呼吸を整えながら聡の後を追う。


 やっとの思いで、信号待ちをしている聡に追いついた。


 聡は俺が横に並ぶと、


「腹痛は治ったか?」


とニヤついた顔で話しかけてきた。


 俺はそっぽを向いたまま、


「お陰様で」


と答える。


 この交差点を越えて数十メートル直進すると、小さな川にぶつかる。お世辞にも綺麗とは言えない川だが、その川沿いの土手はジョギングスポットとして結構有名だ。特に夜が明け始めるこの時間帯が好まれているようで、思いのほか人が行き交っている。


 その土手を南に向かって走り続けると、30分ほどで大きな公園に出る。子供の頃、もっぱら聡と数名の友人たちと草野球をして遊んだ公園だ。


「久しぶりにあの公園、寄っていこうぜ」


 聡も俺と同様に、公園での思い出が頭をよぎったようだ。


「そうだな」


 普段から運動もしていなかったため、既に息も上がっていた俺は、聡の提案を快諾した。


 公園に入ると、空いたベンチがいくつかあった。その一つに俺たちは腰かける。


 背もたれに体を預け、空を見上げる。


 明けたばかりの澄み切った青空が押し寄せてきた。


 その景色に圧倒され、しばらく無心で見入ってしまう。


「おい! 聞いてるのか? タケ!」


 聡の呼びかけに気づいたのは、数回呼ばれた後だった。


「ん? 何だ?」


「おまえ大丈夫か? 具合でも悪いのか?」


 真剣な眼差しで、聡が俺の顔を覗き込む。


「いや大丈夫、問題ない。ただ最近変な夢を見ててさ、睡眠が足りていないのかもな」


「そっか、気を付けろよ。……ところでさ、進路のことだけど、俺やっぱ親父の会社を継ぐことにするよ」


「あれだけ親父さんのこと嫌ってたのにか?」


「まあ正直今も好きじゃないが、親父が家族をほったらかしてあれだけのめり込む仕事に興味があるんだ。……それに、この前親父からうちの会社に来ないかって誘われてな」


「あの親父さんがお前を誘ったのか?」


「ああ、俺も驚いた」


 正直、聡の親父さんは普通とはちょっとズレている。聡が小学三年生の時などは、行方不明となったこともあった。


 町中大騒ぎになったのだが、一週間後に勤めていた大学の研究所地下倉庫から、突然現れたそうだ。


 その時の親父さんは飲まず食わずだったため、歩くこともままならないほどだったらしい。みんなは何者かによる監禁事件ではないかと噂していたが、警察による事情聴取により、親父さん自ら倉庫に閉じこもったことが分かり、事件性は無いとの結論に至った。


 親父さんは警察への説明で、寝食を忘れ研究に没頭してしまったと説明したとのことだ。結局、親父さんが厳重注意を受けただけで事は収まったが、それ以来、近所の人は親父さんとは関わらないようになった。


 親父さんの集中力には脱帽するが、一週間もの間、食事はおろか睡眠もとらず、倉庫にこもるという所業は、常軌を逸しているとしか思えない。皆の反応は当然だと言える。にも関わらず、その事件後、親父さんは更に研究所に籠ることが多くなり、家から遠ざかっていったと聡は嘆いていた。


 翌年、親父さんはその事件がきっかけで大学を追われたが、研究の成果を元に起業し、大きな成功を収めた。


 俺は聡の家に遊びに行った時、起業する前の親父さんには何度か会ったが、いつも何か考え事をしていて、心ここにあらずといった感じだった。挨拶をしても一瞥をくれるだけで、声すら発してもらえなかったのを覚えている。


 聡はその際、苦笑いと共に俺に頭を下げたが、親父さんにはやはりどこか普通ではないものを感じたものだ。聡にはなるべく親父さんとは関わってもらいたくないが、聡のことだから、きっと長い時間を掛けて考え抜いた上での結論だろう。そう思うと、聡の考えに口を出せなかった。


 今はただ、幼少期に築けなかった絆を取り戻して欲しいと願う……。


 長い沈黙の後、俺は聡に


「また話聞かせろよな」


とだけ言った。


 聡は「ああ」と笑顔でこたえる。


 その後俺は、今日はこのくらいにして公園で少し休んでから帰ると伝えた。


 聡は


「そうか、またな」


と言い、川沿いをさらに南へと走って行った。


 お互い何となく、その後の会話がうまく出来なくなっていた。


 だからこそ、俺のその言葉を、聡は察してこの場を離れたのだろう。


 俺は再び空を見上げ、心を空っぽにしていった。

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