表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢世  作者: 花 圭介
2/127

夢世2 夢は、共有されている

 辺りは変わらず、人々がやたらと歩き回る足音だけが響いている。

 今が現実で何時なのか、知る術はない。

 なにせ、施設各階の間から望める景色は、常に昼間の快晴なのだから。


 俺は美希と一緒に、先ほどと同様、通行人から情報を集めることにした。


 最初に話しかけたのは、優しげなおじさんだった。


「ん、なんだね?」


 恰幅の良いスーツ姿のおじさんは、少し驚きながらも足を止め、話に応じてくれた。


「おじさんは、この夢を見るようになって、どのくらい経ちますか?」


 この夢の経験値が高い人なら、それだけ多くの情報を得ているはずだと考え、とりあえずこの質問から入ることにした。


「この夢か……確か、二十日くらいになるかな?」

「二十日! そんなに、この夢を見てるんですか?」

「そうだね、確かそんなもんだよ」

「二十日前と比べて、何か変わったことはありましたか?」

「変わったこと? ……人が増えてきたことと……君らに話しかけられたことくらいかな」


 そう言うと、おじさんはガッハッハと豪快に笑った。


「おじさんは、この夢の中で何かしてみたことはありますか?」

「してみたことかい? 特にないなぁ。ただ、ひたすらこの施設内を歩いているだけだよ」

「……そうですか。ありがとうございました」


 どうやら、最初の聞き込みは空振りのようだ。

 そう諦め、その場を離れようとした時――


「君ら、この夢のことを調べているのなら、ライオンの着ぐるみを着た子を探してみるといいよ」


 おじさんが、俺たちを呼び止めた。


「ライオンの着ぐるみ?」

「ライオンの着ぐるみなんて、着てる人がいるんですか?」


 俺と美希は顔を見合わせ、再度おじさんに確認する。


「ハハハ、信じられないだろう。でも、本当にいるんだ」


 予想どおりの反応だったのだろう。

 おじさんは満足そうに微笑み、こう続けた。


「その子は、人々の流れには乗らず、いろんなことを試しているようだよ。他の人たちと違って、恐怖心より好奇心の方が強いみたいだね」

「どこに行けば、会えますか?」

「さあね。見る場所は、まちまちだからね」


 おじさんは首をすくめて答えた。


「その着ぐるみの人は、どんなことを試していたんですか?」

「ん? ……いや、遠くから見ていただけだからね……。おっと、そろそろ行くよ。もう日課みたいなものでね。夢の中でも、しっかりウォーキングしていたいんだ」


 そう言い残し、おじさんはさっさと歩いて行ってしまった。


 呼び止める間もなく遠ざかっていく背中を、ぼんやりと眺めながら、美希が呟いた。


「あのおじさん、この夢に興味ないのかと思ったのに……色々、観察はしていたんですね……」


 腑に落ちないといった表情で、美希は俺に同意を求めてくる。

 俺も、まったく同じ感想だった。


 何も分からなそうな態度を取りながら、あのおじさんは、他にも情報を持っているような気がする。

 二十日間この夢を彷徨い、初めて声をかけられたにしては、反応が薄すぎる。

 美希が俺から声をかけられた時は、驚きのあまり、しばらく声も出なかったほどだ。


 人生経験の差だと言われれば、それまでだが、それだけでは説明しきれない違和感が残る。


 何より、おじさんの対応は、俺たちを自分の想像物だとは最初から考えていないものだった。

 でなければ、「ライオンの着ぐるみを着た子を探せ」などとは言わないはずだ。


 あのおじさんは、自分の見ている夢が、他の誰かと繋がっているという異常さを認識しながらも、平然とこの夢の中にいるのだ。


 ……考えても、らちがあかない。

 次に出会った時は、はぐらかされずに情報を引き出せるよう努めよう。

 今は、得た情報を有効に活用し、この夢の真相を掴まなくてはならない。


 俺と美希は、また通行人からの聞き込みを再開した。


 しかし、その後しばらくは、なかなか話に応じてくれる人は現れなかった。

 ほとんどの人が、声をかけても無視して足早に立ち去ってしまう。

 その多くは、こちらの存在にすら気付いていない様子だった。


 よく見ると、彼らの瞳は、やや灰色がかっており、焦点が定まっていない。


 俺と美希は、瞳を確認してから声をかけることにした。


 すると、黒檀のように艶やかな瞳をした、二十歳前後と思われる男が、こちらを窺いながら歩いてくるのが分かった。

 身長は百八十センチほど。痩せ型で顔立ちは整っているが、鋭い目つきのせいで、少し近寄りがたい雰囲気を纏っている。


 声をかけるべきか躊躇していると、美希が止める間もなく話しかけてしまった。


「ちょっといいですか?」

「……」

「あなたは、この夢を見るようになって、どのくらい経ちますか?」

「……」

「あれ? 私の声、聞こえてますか?」

「……」

「瞳も灰色じゃないし、話せると思ったのにな~。もしもし~」


 何人かに声をかけているうちに、美希のテンションがなぜだか上がってきていることには気付いていたが、このままだと、話に応じてくれそうな相手にまで不快感を与えかねない。


 美希の腕を掴み、制止しようとした、その時――


「君、面白いね。君なら、話しても害はなさそうだ」


 鋭い目の男が、口を開いた。

 ポーカーフェイスを保とうとしているが、口元にはわずかに笑みが浮かんでいる。


「あ……あの……話、できたんですね……」


 美希の顔が、桜色に染まった。


「悪かったね。何が起きているのか分からないうちは、警戒しておかないとさ」


 男はおもむろに手を差し出し、美希に握手を求めた。

 美希は俺の方を振り返り、どうすべきかを表情で訴えてくる。


 今は、少しでもこの夢の情報が欲しい。

 二人だけでは限界があるし、仲間を増やすことは元々頭にあった。


 それに、男の口ぶりからして、俺たちと同じ境遇にある。

 他人と夢を共有している異常さを知った者。

 だからこそ、警戒心を持って行動しているのだろう。


 俺は美希の目を見て、軽く一度頷いた。

 美希は男に向き直り、そっとその手を握る。


「俺は、栗田塔矢。二十歳、大学生。よろしく」


 塔矢は簡単に自己紹介を終えると、左手の平を差し出し、俺や美希にも自己紹介を促した。

 俺と美希は、名前と年齢、学生であることだけを伝えた。


 すぐに距離を縮める気はなかったが、塔矢も、その距離感で満足しているようだった。


「さて、共有できる情報を、擦り合わせようか」


 塔矢の言葉を皮切りに、俺は先ほど出会ったおじさんの話を伝えた。


「ライオンの着ぐるみか……良かった」


 塔矢は、二度頷いた。


「良かった? 何が?」

「俺にも、提供できる情報がある……そのライオン、さっき見た」


 そう言うと、塔矢は背を向け、走り出した。

 慌てて俺と美希も、塔矢の後を追って走る。


 時折、押し寄せてくる人々の群れを、シューティングゲームさながらにすり抜けながら、塔矢の背中を追いかける。

 しかし、少しずつ開いていく美希との間隔を気にしつつ、塔矢を追い続けるのは難しかった。


「塔矢! 美希ちゃんが遅れてる! もう少し、ゆっくり走ってくれ!」


 塔矢は声に反応し、ちらりとこちらに目を向けたが、すぐに前を向き直り、そのまま走り続けた。


 仕方なく俺は、歩調を美希に合わせて走ることにした。

 やがて、塔矢の背中は人混みに紛れ、見えなくなった。


 俺は足を止め、美希が来るのを待った。


「塔矢さんは?」


 美希は息を切らしながら尋ねてきたが、俺は黙って首を横に振った。


「……きっと塔矢さん、私たちのこと待ってると思います。私、頑張ります」


 美希は息を整えながら、俺の目をじっと見つめた。

 俺はその言葉に驚きながらも、今できることは他にないと感じ、塔矢を見失った方向へ、美希と共に再び走り出した。


 この施設の大きさは判然としないが、一周した感覚から考えると、直径は二キロ程度ではないかと思える。

 かなりの大きさではあるが、道はただ一本だ。

 店の中や、店と店の間の路地に気をつけながら歩みを進め続ければ、そう時間もかからず、塔矢を見つけ出せるはずだ。


 額に滲む汗を拭いながら、塔矢を探し続ける。

 そんな時、ふと自身の状態に疑問を感じた。


 夢の中で息を切らし、汗をかいている……。

 寝苦しい夜や怖い夢を見た時、起きるとかなりの汗をかいていることはあるが、今の自分の状況は、それに当たるのだろうか。


 驚きや戸惑いのために汗をかいている可能性はあるが、息切れや疲れまで感じているはずがない。

 だとすれば、この夢の中での息切れや疲れは、現実世界での経験を夢に反映させているに過ぎないのではないか。


 そう思った瞬間、ピタリと汗は止まり、息切れも収まった。


「……もっと、夢の中にいる自覚が必要だな」


 俺は再度足を止め、ふぅっと大きく息を吐いた。


「どうしたんですか?」


 美希が、肩で息をしながら駆け寄ってきた。


「美希ちゃん、俺たち、夢の中にいることをまた忘れてしまってたみたいだ」


 美希は俺の様子を見て、はっとしたように大きく一つ深呼吸をした。

 息も整い、疲れも吹き飛ぶ。


「この夢、リアルすぎるんですよね」


 美希は頬をぷっくりと膨らませ、不満を漏らした。


「さあ、塔矢を探そう!」

「はい!」


 そう言って駆け出そうとした時、手を振りながらこちらへ向かってくる塔矢が見えた。


 美希は俺の顔を見て、にっこりと微笑んだ。

 俺は美希の目を見ず、軽く一度頷いた。


「はぁ……はぁ……何……してんだよ。……早く……来いよ」


 塔矢は俺たちの元へ来ると、膝に手をつき、息も絶え絶えに文句を言った。

 俺と美希は顔を見合わせ、にんまりと笑った。


 それを見た塔矢は、出会った時以上の鋭い目つきで、俺たちを睨んだ。


 塔矢への釈明は、そう時間はかからなかった。

 話を聞くと、塔矢はすぐ、夢の中にいることを自身の体に自覚させた。

 汗も疲れも、一気に消える。


 さすがに塔矢も、これには感動したらしく、少し大袈裟にも思えたが、「おおぉっ」と感嘆の声を上げた。

 だがすぐに顔を引き締め、俺たちにこう告げた。


「ライオンを捕まえた」


 俺たちは全速力で、ライオンがいる場所まで走り続けた。

 疲れることなく風を切って走る自分たちの姿は、きっとアニメのヒーローさながらだろう。


 現実世界でも、夢だと思い込ませれば、疲れることなく走れるのでは、とさえ思えてくる。

 人間は脳の力を一〇%程度しか発揮できず、残りは眠った状態にある――などと真しやかに語っていた、自己啓発セミナーの勧誘者に会ったことがある。


 無論、それは迷信でしかない。

 だが、あり得ないことが起こっている現状を考慮すると、盲信して想像の翼を広げれば、意外と現実世界でも疲れることなく走り続けられるのではなかろうか。


 今のところ、現実世界へと持ち帰れるのは記憶のみであるが、この夢の世界を解き明かすことで、何が起こるかは未知数だ。

 もしかしたら、さまざまな力を現実世界へ持ち帰れるようになるかもしれない。


 あれこれ想像しているうちに、塔矢の足が止まった。


「ほら、あそこにいる」


 塔矢が指差した路地の先に、二本足で立つライオンの背中が見えた。

 その光景は、あまりにも滑稽で、少しほっとしてしまった。


 この夢の創造主は、少なくとも、着ぐるみライオンの存在を許容できるほどの度量はあるらしい。


 あと数歩で触れられるところまで歩み寄ると、ライオンはくるりと振り返った。


「僕に、何の用なの?」


 ライオンの着ぐるみを着ていたのは、まだ小学生くらいの男の子だった。


 考えてみれば、着ぐるみで往来を闊歩できる大人はそうはいない。

 だが、この夢と現実との切り分けがうまくできていない現状では、その考えに至らなかった。


「ねえ、用があるんでしょ?」


 男の子は訝しげに、俺の顔を覗き込みながら、答えを催促する。


 俺は一つ咳払いをしてから、気を取り直して尋ねた。


「君が調べた、この夢の世界について、分かったことを教えてもらえないかな?」


 すると男の子は、首を傾げながら、


「別に、調べてるわけじゃないけど……。教えられることがあれば、教えてあげるよ」


 と、無邪気な笑みを浮かべて答えた。


 男の子の名前は、賀川洋輝かがわ・ひろき

 年は十一歳で、この夢を見るようになってから、八日くらい経つという。


 ライオンの着ぐるみを着ているのは、ただ単に、強いライオンへの憧れからで、その着ぐるみは「変身屋」という、この夢の中にある店で手に入れたらしい。


 その店も、他の店と同様に、BOXが一つ置かれているだけで、興味本位で触れた際、中に吸い込まれてしまったそうだ。


 BOXの中は、外観と異なり、かなり広く、宇宙空間を漂っているかのように、体はぷかぷかと浮いた状態になるらしい。

 自分を中心に、さまざまな着ぐるみが回っていて、手をかざすと、その動きが止まり、手に取ることができるという。


 そして「欲しい」と思うと、こんな声が聞こえてきたそうだ。


「アナタノ楽シカッタ思イ出ヲ、ヒトツ教エテ下サイ」


 洋輝は素直に、その思い出を思い浮かべ、話そうとすると、


「有難ウゴザイマシタ。確カニ教エテモライマシタ」


 などと、話してもいないのに声が聞こえ、気がつくと、ライオンの着ぐるみを着て、BOXの前に立っていたらしい。


 他にも何軒か店に入り、色々と手に入れたとのことだが、その際に聞かれる内容は、店によって違っていたそうだ。


 この夢の創造主は、一体、何を目的としているのだろうか……。


「あっ、お兄ちゃん、もうお別れの時間なんだね。またね!」


 洋輝が、突然、別れを告げてきた。


「いや、まだ聞きたいことが色々あるから、もう少し付き合ってくれないかな?」


 慌てて、俺は洋輝に懇願した。


「ぼくはいいけど、お兄ちゃんがダメなんだよ」


「?」


 洋輝の言葉の意味を理解できず、尋ねようとした瞬間、世界が急に薄暗く、ぼんやりと霞みがかった。


「なんだ、これ?」


 必死に目を凝らそうとするが、歯止めがきかない。

 世界を蝕むように、周囲の景色が、外側から黒く変色していく。


「またね! お兄ちゃん!」


 かすかに見えた洋輝の笑顔を最後に、世界は深黒の闇へと吸い込まれていった……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ