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夢世  作者: 花 圭介
19/119

夢世19

 今俺は美希に会うため、足早にミルキィウェイへ向かっているところだ。

 だがその道程は長く、予想以上に時間を要してしまっている。

 それは、アナザーワールド内の急激な人口増加に伴い、集客数が伸び、多くの店が、その敷地を広げることになったためだ。1本しかない道の両端に、並ぶように展開される店々の敷地が広がれば、それに沿う道程も、自然と長くなるのは当然だ。

 ほぼ全ての店舗でこの事象が発生している現在では、当初とは比べ物にならないほど、大幅に道は拡張している。

 夢の中であることは変わりないため、疲れることはないのだが、どこへ向かうにもその分、余計に時間が必要となってしまう。それを予見できていなかった自分に憤りを覚えながら、俺は先を急いだ。

 引き返している道中、例のカフェで、微笑みかけてくれた細目の女性が、まだスイーツを食していた。

 彼女は、俺の慌てた様子に気付くと、口をあんぐりと開けた状態で静止した。

 お皿には、通常の大きさの3倍はありそうなモンブラン。そして右手に持ったフォークには、巨大な栗が突き刺さっている。

 それを見た俺も、口をあんぐり開けたまま、その場を通り過ぎることとなった。

 次この場を通ったとき、彼女は一体何を食べているのだろうと興味をそそられたが、今はその考察は置いておこう……。


 時間帯によるものなのか分からないが、人通りが少なくなったところで、駆け足に切り替えると、どこからか「ヘッヘッ、ヘッヘッ」という荒い息遣いが聞こえてきた。

 自分では夢の中だとの認識を保ちながら、息を切らさず走っていたつもりだったのだが、いつの間にか、また現実と混同していたのだろうか……。

 ……いや疲れもなく、汗もかいていないところをみると、そんなことはないはずだ。だとすると……。

 しかし周囲を見渡しても誰もいない。小首を傾げつつも走り続けていると、不意に足元に何かが当たった。

 目を向けると、バセットハウンドが、短い足を必死にバタつかせながら、俺の足元で並走していた。

「なんだお前? どっから来た? 悪いけど、今急いでいるんだ。また今度会ったら遊んでやるから……」

 なだめるように声を掛けたが、犬はそれでも俺を追いかけ続けた。犬に言葉が分かるわけもないのだ。

 俺は仕方なく犬の好きにさせてやった。きっと時間が経てば、諦めて自分の棲家へ帰って行くだろう。


✳︎✳︎✳︎


「バウッバウッ! バウッバウッ!」

「どうしたんですか、その犬?」

 美希が俺の足元を彷徨くバセットハウンドを見ると、笑いを堪えるようにしながら説明を求める。

「知らないよ! ここへ向かって走っていたら、いつの間にかついて来ていて離れないんだ」

 俺はズボンをガリガリ引っ掻いたり、大したジャンプ力もない癖に、俺の手に嚙みつこうと、飛んだり跳ねたりしているバセットハウンドには目もくれず答えた。

「そうなんですかー、でも可愛いじゃないですかー。お名前は何ですかー?」

 美希は慣れた感じで犬をあやすと、その両前脚を両手で握り上げ、握手するように上下に数度軽く振る。

「そんなこと知らないよ!」と俺は苛立ちにまかせて強めの語調で言ってしまったあと「勝手についてこられただけなんだから……」と少しトーンを下げた声で付け加えた。

「雄彦さんに聞いたんじゃないです。この子に聞いたんです。あれ? あなた鍵の首飾り付けてるのねー、綺麗ねー、あなたのお家の鍵なの?」

 美希は冷めた目で俺を一瞥したあと、すぐに犬に向き直り、満たされた表情で見つめ続けた。

 俺は2人の世界(正確には1人と1匹だが)に入ってしまった美希に呆れて天を仰いだ。空はいつも通り、何処までも青く澄み切っている。

 本当ならミルキィウェイの店の中で話をしたかったところだが、犬を連れて中に入るわけにもいかないので、美希を外へと呼び出し、こうして外で話をしている。

「ところでさぁ……俺がアナザーワールドを急に出されちゃったあと、美希ちゃん達はどうしてたの?」

 手持ち無沙汰となった俺は、気になっていた事柄について美希に尋ねてみた。

「どうって、どういうことですか?」

 美希はこちらも見ずに、相変わらず犬と戯れながら返事をした。

「ほら、洋輝からアナザーワールドのことで、何か新しい情報を聞けたのかなぁって……」

 俺も諦めて、今度は視線を往来する人々に向けながら返事をする。

「ん〜……特に重要そうなことは聞けなかったと思いますよ。ただ、塔矢君は洋輝君と会話ができただけで、とても満足そうでしたよ」笑顔を増して美希が答える。

「そうなんだ、塔矢は洋輝とどんな会話をしてたの?」

「えっと……ここのどんなところが好きかとか、何をして遊んでいるかとか……そんな程度の話でしたね。……あっ、一応、他には怪しげな人に会わなかったかとか、変わったお店を知らないかとかも聞いてはいたんですけど……そういう話は洋輝君がなんかつまんなそうな顔をしたから、やめたって言ってました。それからは洋輝君に誘われて、この階層で唯一あるゲームセンターに行って、目が覚めるまで遊んじゃいました」

 美希は舌をペロっと出して、お役に立てなくてごめんなさい、と意思表示をした。


「あら竹さん、もう戻って来たんだ。美希ちゃんにお店紹介してくれてありがとね」

 そこへユッキーが、休憩がてら店から出て来た。

「いやいや、ユッキーのお陰で美希ちゃんと会えたんだから、こっちが御礼言わなくちゃ。ほんとありがとう」

 俺は恭しくユッキーに頭を下げた。

「そう言ってもらえると嬉しいわ。……ところで竹さん、なんで『ゲートキーパー』をここまで連れてきたの?」

 ユッキーが少々困り顔で、美希と戯れる犬に目をやる。

「ゲートキーパー? 何を言って……あっ! コイツかっ! コイツがそうなのか!」

 ユッキーの指摘で俺はようやく、美希と戯れる犬がゲートキーパーであることに気づかされた。

 さっきは聞き流してしまったが、美希がこの犬にゲートキーパーの証である『鍵の首飾り』が付いていると言っていたこと、そして、なぜこいつが俺を執拗に追いかけ続けたのかということが、頭の中で繋がった。こいつは、別階層へ移動できる条件を満たした俺に、そのことを伝えるためについてきていたのだ。

「でもまあ、丁度いいんじゃない。美希ちゃんと一緒に、上の階層に行って遊んでおいでよ」

 ユッキーが鈍感な俺に呆れながらも、そう提案する。

「遊ぶ?」

 2階層の情報を持ち合わせていない俺は、その意味を図りかねユッキーに聞き返す。

「そうよ、2階はアトラクションエリアとアドベンチャーエリアになってるの。現実世界では味わえない体験が、いっぱいできるわよ!」

 それを聞いて、俺が美希の顔を窺うと、答えを聞くまでもない顔をして俺の目を見ていた。

「じゃあ、試しに行ってみるよ。……そういえばパンダ……じゃなかったシュンマオは何処行ったんだろう?」

 ミルキーウェイへの道のりを急いでいた理由の1つに、シュンマオの存在があったことを俺は、思い出した。

「あれ? さっきまで一緒にいたんだけど……。そっか、原因はそのゲートキーパーね。シュンマオは、犬が大の苦手なの」とユッキーが首を竦める。

「それでか……。俺が着いたらきっと遅いだの何だのって、まくし立ててくると思ってたのに、いないから……。でも困ったなぁ、塔矢のことも探してほしかったんだけど……」

 俺は少し苛立ちながら頭を抱えた。

「それなら大丈夫です。私の伝書鳩、ルフちゃんが今探しに行っているところだから」美希が得意げに言った。

「そっか! 美希ちゃんも伝書鳩手に入れたんだね。ならアナザーワールドの2階層、見に行ってみますか!」

 その問いかけに、美希は元気よく手を挙げて応じた。

 その行動に俺はちょっとだけ、引率の先生になったような心持ちになった。

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