夢世18
「タケさん、またね! 友達と会えたら、お店に誘ってよね~!」
俺を店の外まで見送り、手を振るユッキーは、まるで何処かのクラブのママのように大人びて見えた。
俺は出た先で、教えてもらった商品の使い方や他の便利グッズの情報をぶつぶつと暗唱しつつ、とりあえず足を進めた。
だが、数歩足を進めたところでふと立ち止まり、店を振り返る。少し小さく映るミルキーウェイ……。両側に建ち並ぶ店舗と比べると、やはりインパクトに欠け目立たない。店の中も男の俺には不釣り合いなほど、ビビット色の割合が多く、ポップな内装となっていた。決して居心地の良い場所ではなかった。
けれど得られた成果を思えば、ミルキーウェイを訪ねて正解だったと、今では自身の選択に満足している。
……ただ店を出る際、解せない事柄について念を押されたのが、まだ心に引っかかっている。
それは由紀からアナザーワールド内では『由紀』ではなく、カタカナの『ユッキー』で通っているからそう呼ぶようにと、強く念を押されたことだ。
呼び名が異なるならばいざ知らず、表記がちょっと変わるくらい、どうでもよいように俺には思えるのだが……。まぁ本人がそうしてくれと言うのなら、そうするより他ないだろう。俺がそれを受け入れれば良いだけのこと。苦ではない。
ついでなので俺の名前もチャットの『竹』ではなく、『雄』の方だと話してみたのだが、それに対しては「ふ~ん」とだけで流されてしまった。言っていることは同じはずなのに、どうしてそういう反応となるのだろうか……。
偏見かもしれないが、女性相手の会話では、たまにこういうことがあるような気がする。まあ俺にとっては大きな意味を持つわけじゃない些末なことだし、別に支障はない。
ともかく必要なアイテムは手に入った。早速試してみよう。アイテムとの相性に少々不安はあるが……。
「なんだタケ! 俺様の出番か?」
名を呼ぶと、そいつは俺の頬を掠めて、勢いよく羽ばたき現れた。
そして、当然のことのように俺の肩に乗る。
「そうだ、やれるか?」
やる気になっているうちに行かせた方が良さそうだ、と思いそう返事をした。
「よし! 目を瞑り、思い描き、言葉を紡げ!」
バサバサと飛ぶ準備を整えながら、シュンマオが叫ぶ。
俺は美希の顔を頭の中で思い描きながら言葉を紡いだ。
「了解した!」
シュンマオは周囲を1度見渡した後、矢のような速さで飛び立っていった。
シュンマオが美希を探している間、俺はユッキーから得た情報を元に『ゲートキーパー』を探すことにした。
ゲートキーパーはこの階層のいわば番人だ。イレギュラーな事象が発生した時や助けが必要となった人が現れた時など、その管理やサポートをするために巡回しているらしい。俺の場合、次の階層へ出入り出来るようにしてもらうために会う必要がある。
階層にはそれぞれにミッションが設けられており、そのミッションをクリアしなければ、他の階層へ移動出来ない仕様となっている。また、その条件をクリアしたとしても、その階層の番人から許可を得られなければ別階層に移動することができないのだ。
この階層での条件は、質問に5つ答えること、アイテムを3つ手に入れることの2点だそうだ。俺はすでにその条件をクリアしている。
ユッキーの薦めで、目的のアイテムに加え『クロコ』というアイテムを手に入れるため、更に3つの質問に答えていたからだ。
質問内容は身長、体重、性別と個人情報ではあるものの、俺にとってはどう利用されようが構わないものだった。
得られた『クロコ』だが、個人情報3つ分だけあってなかなか使えるアイテムだった。
意識したタイミングで手の平の数センチ先で、ぼんやりとした黒い球体として現れ、その球体の中に、無限にアイテムを出し入れすることができるようだ。
しかも、その握り拳程度の大きさを無視して、出し入れできるアイテムの容積に制限はない。
ユッキーに見せてもらったのだが、視覚的エフェクトも凝っていて、大きなアイテムを取り出す時などは、まるで瓶に詰まってしまった餅でも引っ張り出すかのごとくアイテムが伸びていき、最後には大きな破裂音と共にコミカルに飛び出してきた。
俺は始めその光景を見て笑ったが、その後、取り出されたアイテムの状態が気になり、アイテムを隈なく点検していた。もちろんアイテムに異常は見当たらなかった。
俺は気分上々で、アナザーワールド内を歩きながら、行き交う人々の様子を観察する。と、皆の表情が以前とは比較にならないほど、楽しげに見えた。
以前までのどんよりとした重たい空気はまるで無い。皆、この世界における思い思いの楽しみ方を手に入れたのかもしれない。
アナザーワールド内の人口も当初に比べると、数倍、いや数十倍となっているのではないだろうか……。
それでも、現実世界の都心部のような息苦しさは、全く無い。不思議に思いながら町並みを眺めていると、以前見たカフェでその理由が理解できた。
店が伸縮している……。
訪れる人の増減に合わせて、店が意思をもっているかのように自在に変化しているのだ。
「そういうことか……」
感心していると、店にいる客の中に、以前出会った女子会のメンバー(勝手に女子会と決めてしまったが……)が数名いるのに気が付いた。
彼女らは金色に輝くパフェをひっきりなしに掻き込み、頬張っていた。
その様子に唖然としていると、口の周りいっぱいにチョコレートを付けたそのうちの1人と目が合った。
彼女は細い目をより細くして、にこやかに俺に微笑み掛ける。
俺は少し躊躇したが、彼女に合わせ同様に笑顔を作ってみせた。端から見れば、それは妙な光景に映ったかもしれない。
しかしその選択は、正解だったと思う。なぜなら、俺の表情により彼女の笑顔がさらに輝いたからだ。ほんの数秒の出来事だったが、心が繋がった感触を得られた。
その後、俺は彼女に軽く手を振り、その場を離れると、引き続きゲートキーパーの捜索を開始した。教えてもらった目印は、大きめなカギ型の首飾り、ただそれだけ。
あと手がかりとなるのは、この階層内をいつも忙しなくウロチョロと動き回っているということだけだ。
それだけの情報では探し出せないのではないかと尋ねたが、ユッキーの話によると大抵の場合、条件を満たした者が近くにいると、ゲートキーパーの方から寄って来て、ゲートを解錠してくれるらしい。
どうやって条件クリアしている者を識別しているのかと尋ねたのだが「きっと鼻が利くんじゃない」とはぐらかされた。
しかし流石に、こう人が多くなってしまっては、見つけ出すのは、かなり困難な気がする……。
トゥルルルル……トゥルルルル……。
どうやってゲートキーパーを探すか思案していると、突然頭の中で電話の呼び出し音が鳴り響いた。
慌てて右手を開くとテレフォンが現れ、ブルブルと震えながら、確かに呼び出し音を鳴らしていた。
「もしもし! 雄彦さんですか?」
電話に出ると美希の声だった。
どうやらあのパンダ鳥、もう美希を見つけ出したらしい。思っていたよりも仕事の出来る伝書鳩のようだ。
「そうだよ。美希ちゃん、久しぶり」
俺は旧友から電話をもらった時のような喜びを感じながら答えた。
「ハハハッ、久しぶりって……前会ってからまだ2日しか経ってないじゃないですかー。……でもちょっと、そんな気分になりますね。夜も起きてる感じだからかな」
俺の返事を聞き1度は笑ったが、美希もどうやら同じ感覚を覚えたようだ。
「俺のパンダ鳥、ちゃんと美希ちゃんに伝言したみたいだね」
うるさいシュンマオはもういないと思いそう言うと「俺様はパンダ鳥じゃない! シュンマオ様だ! まだ覚えられないのか! このすっとこどっこい!」
と美希の代わりにシュンマオが答えた。
まだ美希の側にいたらしい……。
「悪い悪いシュンマオ、やる時はやるシュンマオ様。ところで今どこにいる?」
「ふん! ミルキィウェイに決まってるだろうが!」
様付けで呼ばれ多少気分が良くなったらしい、素直に答えた。
美希への伝言内容は『ミルキィウェイに行きテレフォンを買ったら直ぐに電話するように』としたのだ。
「じゃあシュンマオ様、美希ちゃんにそこで待っているように伝えてくれ。直ぐに向かうから」
「俺様はやる時はやる伝書鳩! 伝えてやるから早く来い!」
俺は心の中で、意外と扱い易いかもしれない、と思いながら「頼んだ!シュンマオ様!」と付け加え、電話を切った。
これでやっと美希と合流できる。
シュンマオを使えば、いずれ塔矢とも合流できるだろう。
口は悪いが、結構使えるパンダ鳥だ。