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夢世  作者: 花 圭介
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夢世17

 奥の部屋へ着くと、パッと腕を解き、俺に向き直ると、彼女はこう切り出した。

「あなた竹さんでしょ!」無邪気な子供さながらに、嬉しそうに瞳の明度が数パーセント増したくらい輝いている。

「……そうだけど君は?」俺は彼女の相貌を捉えながらも、やはり思い当たる知人に行き着くことができず警戒した。

「ふふふっ、分からない? えっー本当に? 信じられなーい! だってこの店、教えてあげたの私だよー」俺の反応に不満を漏らしながらも、喜びの方が勝った表情が残されている。

「この店を教えてもらった? ……あっ! 由紀……さん?」

 この店をどう知りえたのか、現状あまり回っていない自身の頭に問いかけ続け、ようやく思い当たる人物の名をひねり出した。

「ピンポン、ピンポーン! 正解でーす! 本当に夢で会えたね!」

 由紀は、俺の口から自身の名前が出た瞬間、より瞳を輝かせると、サッと俺の手を取り、上下に激しく振って喜びを表現した。

「由紀さんは、何で俺だって分かったの?」

 ひとしきり由紀の喜びの余韻に付き合った後、ふと疑問が湧いてきた。俺の場合は、キーワードとなる『ミルキーウェイ』で繋がれる相手は、店の話をした由紀だけで、すぐに特定できたが、由紀の場合は、同じキーワードで、複数人と会話をしてきたはずだ。

「何でって『テレフォン』と『伝書鳩』の注文でだよ。その話をした男の子って、最近だと竹さんくらいしかいないもん」

 店内の客層から由紀の説明が、明確な特定理由になり得ることを理解した。

「……それに『伝書鳩』だけど、ここでは『ポッポ』って名前で売ってるんだ。『伝書鳩』のまんまじゃ、この店に合わないでしょ」と由紀は、店側の方向に手を広げ、さらに説明を補足する。

「『伝書鳩』……そういうことか」

 俺は店の雰囲気を思い出しながら、自分が注文した『伝書鳩』という単語の古臭さと比較し、納得した。

「『ミルキィウェイ』って由紀さんのお店だったんだね」

 チャットでまで自身のお店の宣伝をするとは、この人は、なかなかの商売人だなと俺は感心した。

「違う違う! 私はただのバイトだよ。この店に何度も来てたら、店長さんに気に入られてさ。雇ってもらったの」

 由紀は両手のひらを前に突き出し、大慌てで否定する。

「……夢の中でバイト?」

 なんともピンとこない返答に、俺は思わず聞き返していた。 

「……そうだよ。だって買いたい物、いっぱいあるんだもん」

 由紀が俺の不満げな表情に、気まずそうに小さな声音で言い訳する。

「だって『質問屋』で答えれば、ドリームコイン貰えるよね?」

「そうだけど……もう答えられる質問があんまりないんだよねー。あっても単価の安いものばかりだし……」由紀が両腕を組み、唸っている。

「……答えられる質問が無い? 単価が安いってどういうこと?」

 俺は洋輝から聞いた情報を元に、ドリームコインは、たわいもない質問に答えるだけで、毎回同等数貰える物だと思い込んでいた。

「んー……まず質問内容によって貰えるドリームコインの数って変わるんだよねー。それで質問内容で選り分けてみると、単価の高い質問って、結構個人情報的なものが多かったんだ。例えば、『あなたの出身地を教えて下さい』とかね。それってさあ、その情報を何かに利用するってことだと思うんだよね」

 由紀は部屋の隅に置いてあった丸椅子を引っ張り出してくると、腰掛けてクルクルと回りながら答えた。

「……」

 答える質問内容によって単価が異なるとなれば、それは得られた情報の有用性に応じて付加価値を付けているに違いない。それが由紀の言う通り、個人情報にあたる内容に集中しているならば、その情報を何かに利用していることは明白だ。

 俺は由紀の話を聞き、少ない情報と楽しげな人々の表情だけで、アナザーワールドを短絡的に受け入れてしまった自分を嘆いた。バージョンアップをしてしまった自分が、どの程度危険な状態にあるのかわからない。もう手遅れなのかもしれないが、今からでも個人特定に繋がる情報を引き出されないように気を引き締めていこう。

 そして改めてアナザーワールドについての情報収集を進めるべきだと再認識した。

 夢の世界が、現実世界のシステム開発と同等に考えられるものであるかは定かではないが、こんな大規模なコミュニケーションツールを運営するには、きっと莫大な費用が必要となるだろう。

 それをどうやって調達し、維持しているのか……。以前から気になっていた疑問の1つでもある。

 夢で得た情報を誰かに売っているのか?

 ただ由紀の言う個人情報には価値があると思うが、洋輝の『楽しかった思い出』にはとても価値があるとは思えない。それに得たそれらの情報を売ったとして、そう高値で売れるものとは思えない。運営費用を賄う為の情報収集ではない気がする……。

「ごめん、竹さん。変なこと言っちゃったかな? でも私、アナザーワールド大好きだよ。だって面白いこと色々出来るもん」由紀は丸椅子からピョンと立ち上がった。

「あ、そういえば『テレフォン』と『ポッポ』どうする?」

「……欲しいけど、ドリームコインを持ってない」

「ん~、さっきの話の後で気になっちゃうかもしれないけど、嫌な質問ならパスすることも出来るから大丈夫だよ。私もそうやって最初は買い物してたし」

「……そうか、パスすることも出来るのか……」

 俺は自身の顎のラインを確かめるみたいに、何度も左手で摩りながら、しばらくの間、考えをまとめていた。

「……なら買ってみる。『テレフォン』と『ポッポ』はこれから必要だしな。どうしたら買える?」

 俺は以前、自分の意思に反して現実世界に引き戻されてしまった経験を思い出し、連絡手段は持っておいた方が良いだろうと、購入を決断した。

「ほら、そこのBOXに触れれば買えるよ。異空間に入れて品物を選べるようになるの。いいなと思ったら勝手に商品が寄ってくるから、その時に質問に答えればOKだよ。……売り場に戻るの竹さん嫌でしょ?」

 由紀は俺の右後ろを指差して説明した。

 後ろを振り返ると、部屋の目立たない場所で滅びた遺跡の一部のようにBOXが置かれていた。

「あのBOXなんでこんなところにあるの? お店で商品を注文する時、必要になるんだよね?」

 俺は部屋の端に追いやられたBOXに視線を向ける。きっと洋輝が言っていたやつだ。

「それ、なくても誰かが対応すれば商売は出来るの。そのBOXと違ってドリームコインが必要になるけどね。人手もいるから面倒にはなるけど、うちの店には合わないからって、店長さんがどかしちゃったの。でも今は、他の店も結構そうしてるよ」

 確かに灰色ベースの地味なこのBOXはこの店には合わない。

 それに店内に戻りたくない俺にとっては、この状況の方が好都合だ。

「じゃあ、買いに行ってくる」

 俺は由紀に断りを入れると、早速BOXに触れてみた。


 電車内で急停車された時のように全身が強い力で引っ張られ、気付くと紺色の宇宙に似た空間を漂っていた。

 そして俺の体を中心に様々な商品が、時計回りに回転している。

 (『テレフォン』と『ポッポ』はどれだろう?)

 思いに合わせて、それらしき商品の群れが1歩、俺の方へ近づき回転を続ける。

 似通った形で色違いの商品がいくつもあったが、どれもミルキィウェイの商品らしく、ビビッド配色のものが殆どだった。

 根気強く探し続けると、『テレフォン』は1つだけグレーの単色があったのでそれを選び、『ポッポ』はパンダのような白黒の鳥が、まだ自分の許せる配色だったため、それを選んだ。

 すると「あなたの年齢と得意なことを教えて下さい」と、バージョンアップを行なった時と同じ声で質問された。

「20歳、電脳武道伝」と答えている最中、俺の声を遮るように「確かに教えていただきました」との返答があり、次の瞬間には、俺の体は元いたミルキィウェイの一室へ戻っていた。得意なことに関しては、半分冗談で答えたのだが、受け入れられたのだろうか……。

「おかえり! ちゃんと買えた?」由紀が俺に駆け寄ってくる。

「ああ……多分」と答えてから、俺は両の手に目をやる。

 右手には灰色のテレフォン、左手には色彩がパンダのような鳥……。

「離せ! 離せ! 苦しい!」

 パンダ鳥を視認した直後、そいつが急に羽をバタつかせ、喚き散らした。

 よく見ると、俺はそいつの首根っこを掴んでいる格好となっていた。慌てて鳥の首元から手を解くと、パンダ鳥は俺の頭上を旋回しつつ、罵詈雑言を浴びせかけてきた。

「殺す気か! 馬鹿! 間抜け! クソガキ!」

「……商品としてどうなの?」

 掴んでいた場所は確かに良くなかったとは思うが、不可抗力だ。俺の意思で奴の首元を掴んだわけじゃない。それに主人となる者に対して、この反応はいかがなものだろう。俺はパンダ鳥を無視して由紀に詰め寄る。

「お、おかしいなぁ……普段は大人しい良い子なのに……ね?」

 由紀は引き攣った表情で答えてから、最後になぜか俺に同意を求めた。

「俺に言われたって知らないよ! 返品って出来ないの?」

 俺は怒りに任せて吐き捨てる。

「俺様を返品だと? やれるもんならやってみろ!」

 透かさずパンダ鳥は、俺の肩に飛び乗り、嘴でコツコツと頭を突いた。

「イテテッ! ちょっとコイツどうにかしてくれ!」

 由紀に助けを求めると、慌てて由紀がパンダ鳥を抱え込み、俺の肩から引き離す。

「あなた! 店長に言いつけるわよ! それでもいいの?」

 由紀の言葉を聞いた途端、パンダ鳥は剥製のごとく固まった。

「……それはないだろ、ユッキー。……ちゃんと仕事するから許してくれ」逆立っていた鶏冠が、一瞬でうな垂れる。

「分かればいいの、分かれば。……しっかり竹さんの言う事聞くのよ」

 由紀がパンダ鳥を抱えていた腕を緩ませると、パンダ鳥は勢いよく羽ばたき、天井スレスレの場所で1周回ると、俺の肩に止まった。

「おい、竹とやら! 俺様はやる時はやる伝書鳩だ! 伝言したい奴の顔と名を思い浮かべ、言葉を紡げば、必ず伝えて来てやろう!」

 大きく胸を張ると、パンダ鳥はニヤリと(くちばし)元を吊り上げる。

「分かったよ……パンダ鳥」

 俺は呆れ顔を隠すようにしながら、仕方なく返品を撤回する。

「パンダ鳥じゃねー! 俺様はシュンマオ! 敬意を込めてシュンマオ様と呼べ!」とまた嘴で俺の頭を突きながら叫び出した。

 俺は痛みに耐えながら、心の中でコイツと同じく叫んでいた。

(シュンマオって……中国語でパンダじゃねーか!)

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