夢世16
澄み切った青空に、大きな翼を羽ばたかせ、天使が舞う……。
俺はその光景を、半分、化かされた心持ちで眺めていた。
俺の視線に気付いた天使は、穏やかな眼差しを俺に送り、気さくに手まで振ってくれた。
俺は天使の友好的な振る舞いに、ぎこちなくも口角を上げつつ、肩口まで挙げた左手を、小さく振り返した。
微妙な俺の反応を受け入れ、天使は柔和な表情を湛えたまま、軽やかに飛び去っていった……。
ここはアナザーワールド、夢の世界……。
今まで見てきた夢とだいぶ違うが、同じ夢の中だ。
俺は今、チャットで教えてもらった『ミルキィウェイ』という店を目指し、向かっている。
辿り着くまでに、かなりの時間を要するだろうと思われたが、夢のバージョンアップにより追加された地図機能により、捜索時間を丸ごと省くことができる。
自身の視界右上に、簡略化された地図が投影され、カーナビのように、目的地までの距離も表示されている。
どうやら、現在地から1kmも先に、ミルキィウェイはあるようだ。
想像なのだが、運営は現段階でも、やろうと思えば目的地に瞬時にワープさせる、という芸当も可能なのではないかと思う。ここまでの大改編をたかだか1日程度で行えるのだから、位置情報を更新するだけのワープなどは、簡単なはず、と思うからだ。が、今回のバージョンアップには、その機能は含まれていないらしい……。きっと運営者なりの考えがあるのだろう。
まあそれはさておき、ミルキィウェイに着いたとして、商品を購入するためには、洋輝が言っていた何らかの質問に答えるしか方法はないのだろうか……。
毎度毎度、質問に答えるのもかったるい……。
ピロリロリーン。
「アナザーワールドでは、『ドリームコイン』という通貨が流通しています。様々な方法で得ることができますが、最も効率的に通貨を得る方法として『質問屋』があります。ここで予め、まとめて質問に回答すると、回答に見あうだけのドリームコインを獲得することができます。勿論、今まで通り、質問に答える対価として、商品を手に入れることもできます」
と、唐突に頭の中で、コンビニ入店時の効果音に似た音が流れ、インフォメーションセンターとはまた異なる女性の音声が、俺の疑問に回答した。
……どうでも良いことだが、こちらの音声の方が、ちょっとだけキーが高めで、若い印象を受ける。
俺は、頭の中で唐突に流れた音声に、一瞬体を強張らせたが、すぐさまこれも、バージョンアップの1つだろうと想察し、受け入れた。
俺もだいぶこの世界に順応してきたらしい……。
だが、このタイミングでサポートが入ると、心の中を覗かれているようでちょっと気恥ずかしく感じる。
ピロリロリーン。
「ご安心下さい。私は貴方が思われた内容からキーワードを抽出、解析し、お答えしているAIに過ぎません。感情は持ち合わせておりません」との返答があった。
俺の思ったことに即答されると、さらに疑わしく感じてしまうのだが……。
ともかく、今回のバージョンアップにより追加された機能は、地図や解説などのサポートソフトと、それらをタイミングよく起動させるOSといったところだろうか……。
確かに便利だし、何より安心感が増す。
急激な変化を遂げたアナザーワールドであっても、臆する事なく探索できる。
しばらく観光地を散策する感覚で歩いていると、いつの間にかミルキィウェイまで、あと数十メートルのところまで来ていた。
質問屋でドリームコインを調達してから来れば良かったか、と少し後悔したが、行き当たりばったりでも商品を購入できると言っていたので、今回は良しとすることにした。
ミルキィウェイは、あっさりと見つかった。
だが、由紀からミルキィウェイはかなり目立つ店だと聞いていたため、見つけた時は、ちょっと拍子抜けしてしまった。
白を基調とした建物に赤・白・青の3色のラインで天の川をイメージした看板が掲げられ、店の両サイドには乳白色の液体が流れる小さな滝もある。
今まで滝はなかったにしても、バージョンアップ前ならば、他の店よりもかなり凝った看板であるため、確かに目立ちそうだが……。
現状は、両脇に建ち並ぶ店のインパクトが強過ぎて、影に隠れてしまっている。
ミルキィウェイに向かって右側には、3階建ビルに匹敵する程の高さがある店『ウェポン』があり、右手の型をそのままモチーフにした斬新な造りとなっている。
手首の辺りが出入り口で、その上の手の平は、拳を握ったり、開いたりを絶えず繰り返している。
その名の通り、銃や刀、爆弾などの武器を中心に扱っているらしい……。
店前の看板にセール中の商品の名称が、いくつか記述されている。
現実世界の日本では、完全にアウトな店だが、アナザーワールドでは、武器を使用できるアトラクションか何かがあるのだろう。
ミルキーウェイを挟んで反対側には、1980年代後半から90年代にかけて流行ったディスコの象徴、ミラーボールを店の大きさにまで拡大させてしまったような『バブル』がある。
ミラーの1つ1つが、ディスプレイとなっていて、店で売っている衣類や装飾品の組み合わせをランダムに表示して、セールスプロモーションを行なっている。
この2店の間に挟まれてしまっては、ちょっとやそっとの改築をしても目立ちはしないだろう……。
ミルキィウェイよりも、どちらかの店に入ってみたいと惹かれるが、折角、由紀が教えてくれた店なので、とりあえずミルキィウェイに入ることにした。
店内も外見と同様、ポップな内装となっていて、客層は、やはり女性が殆どだった。
正直、男の俺には、店内にいるのも憚られる状況だが、目的もあるため、致し方ない……。
商品は、現実世界と同様に、棚などに陳列されているようだ。洋輝が言っていたBOXのようなものは見当たらない。
早く『テレフォン』と『伝書鳩』を手に入れ、この場を去りたい。
焦りながら、それらしい商品がないか、店内を忙しなく見回していると、黄色い大きなリボンでブロンドの髪を束ね、袖や胸元にフリルが付いたオーロラ・ピンクのロリィタブラウスを身に纏い、タイトなカーネーション・ピンクのチュチュスカートで腰のくびれを強調し、足には高さ15cmはありそうな厚底の赤いハイヒール、といった、いでたちの女性が、真っ直ぐこちらへ近づいて来た。
「何かお探しですか? 宜しければご案内致しますが……」
「あっ、えっと……じゃあ、テ、テレフォンと伝書鳩をお願いします」
目のやり場に困りながらも、何とか必要な商品を注文できたと安堵していると、店員らしきその女性に、突然腕を組まれ引っ張られた。
「え? 何? 何?」
不意を突かれて体勢を整えられず、俺は引っ張られるまま、店の奥まで引きずられてしまった。
言い訳にするには少しばかり、弱い理由となるだろうが、彼女からほのかに広がるシングルフローラル系の香りが、俺から拒む力を奪っていったためだった……。