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夢世  作者: 花 圭介
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夢世15

 今朝目覚めた時の活力はどこへやら、家に入った途端、脳内にジメジメと湿気った霧が立ち込め、体に司令が届かない。時々繋がる体との回線をどうにかこうにか利用して、俺は居間まで体を引きずり、ソファーの上に崩れるようにへたり込んだ。

 流石に精神的なダメージが大きかった。

 体内に広がりつくした疲労を吐き出そうと、余韻の長い溜息をつく。

 すると吐き出した分を取り戻そうとでも思ったのか、腹の虫がラッパに劣らない音を鳴らして、空腹であることをアピールする。

 そういえば、今日の食事は遥の作ってくれたオムライスしか取っていない。別れる前に遥に頼んで、何か作ってもらえば良かった。

 ……いや、今日に限っては頼むこと自体、酷なことだろう。遥にとってもハードな1日だったに違いないのだから。

 (とにかく空腹を紛らわそう……何かあっただろうか……)

 思い出しながら冷蔵庫を覗くと、昨日までは無かったはずの卵焼きや肉じゃがなど、何品かの料理が入っていた。

 きっと遥が、今朝、俺が起きる迄の間に作ってくれた物に違いない。御飯も既に炊けている。俺は遥の心遣いに感謝の祈りを捧げてから夕食をとった。

 数回に分けて味わいながら食べるつもりだったが、気が付けば、残すことなく全て平らげてしまっていた。

 腹が満たされたためか、睡魔が忍び寄ってくる。俺はその眠気に気付きながらも、抗うことなく闇からの誘いを受け入れた。


✳︎✳︎✳︎


 ……どうやら、未だに俺に選択権は与えられてはいないようだ。例によって俺はアナザーワールドの中を歩いていた。

 だがそれはもう、俺の中ではどうでもいいことになっていた。本当に寝たければ、またあの球体に触れればいい。それだけのことだ。

 (さて球体はと……)

「何だこりゃ!」

 思わず声が出てしまっていた。

 辺りの景色が、先日見たものとは、全くの別物となっていたからだ。

 今までは白を基調とした6面体の建物が、整然と並んでいるだけだった。

 だが現在は、さまざまな色に粧飾された建物が軒を連ね、店の形も個性に富んでいる。

 中世ヨーロッパを思わせる、赤煉瓦を積み重ね建てられた建造物から、ドバイ辺りで見かけそうな近未来的でシャープな塔、それに現代に至ってもいまだその建造方法が謎に包まれているピラミッドまである。

 行き交う人の数も以前とは比べものにならないほど多くなっている。

 なによりも人々の姿が、まるで仮装パーティーの最中と見紛うほど千差万別だ。著作権問題に発展しかねない某有名アニメのキャラクターが、そこかしこで談笑し、大々的な世界改変でもあるのかと思わせるほど、神話の神々が白熱した議論を展開している。さらには人間、いや全ての生物に成り代わり、効率的な地球の統治を目論んでいるのか、自らの意思で動き出したロボット達が、輪を作り、声も発せず、なにやら頭上の突起物を不定期に光らせることで情報の共有化を図っている。

「……何が起こったんだ」

 多すぎる情報量の処理に手間取っていると、直径1m程度の飛行船が、明らかに俺目掛けて迫ってきた。

 そして頭上近くで停止すると、スクリーンを空中に投影した。

 そこには『アナザーワールドは先日バージョンアップされました。情報の更新を行なって下さい。青いクエスチョンマークが目印のインフォメーションセンターへお越し下さい』と書かれていた。

 読み終わると飛行船は向きを変え、レーザーポインターでインフォメーションセンターの方向を指し示しているようだった。

 俺は素直に従い歩いて行く。

 途中オープンカフェで女子会なのか10人近い人数で、カラフルなケーキを頬張り、子供のようにはしゃいでいる団体に出会った。俺はそれを足を止めずに横目に見ながら歩みを進める。

 やがてレーザーが到達した場所、インフォメーションセンターに辿り着いた。

 中に入ると、抑揚のない女性の声で呼びかけられた。

「いらっしゃいませ。ご来店ありがとうございます。お客様は、当店のご利用は初めてでいらっしゃいますね。……現在のお客様には、アナザーワールドにおけるバージョンアップ情報が反映されておりません。情報の更新を行いますか?」

 俺はその場で腕を組み、女性の提案に即答しなかった。

「このバージョンアップは、皆様がアナザーワールドをより楽しめ易くするためのものであり、決して危険を伴うものではございません。いかがなさいますか?」と俺が危ぶんでいることを察したのか、インフォーメーションセンターは、そう補足した。

 ……確かに、もしも危害を加えるつもりならば入室、いやそれ以前にこの世界に入った時点で、有無を言わさず情報更新することもできたはずだ。

 さらに今回は、不可解と感じたならば回避出来る選択の自由まで与えている。

 今までの経緯を鑑みても、幾つかの不備や説明不足はあったものの、プレイヤーに寄り添う態度は見せている。もうそれなりにこの世界を信じて良いような気がする……。

 来る途中で出会った団体の笑顔が、その考えを後押しした。

「お願いします」俺は覚悟を決め、短くそう答えた。

「了解いたしました。バージョンアップを始めます」

 音声が流れた数秒後、頭のてっぺんと地面から、俺の体を挟みこむようにゆっくりと板状の光が通過した。

「バージョンアップは完了いたしました。お疲れ様でした」

 無感情のままの音声が、更新完了を告げている。

 バージョンアップに要した時間は、せいぜい十数秒といったところだった。

 ……先程迄の自分と感覚的には何も変わっていない。自分の体の見えるところ全てを確認してみても、特に変化を見てとることはできなかった。

 失敗ではないかと思い、運営に再度確認してみたが、返ってくる言葉は「完了いたしました」と同じ言葉の繰り返しだった。

 物足りなさを引きずったまま、仕方なく外に出ると、チャットで由紀に教えてもらった店『ミルキィウェイ』を探そうかと思考した。

 その途端、視界の右上に地図が投影され、自身の位置とミルキィウェイの場所が表示された。

「バージョンアップか……」無意識に声が漏れ出ていた。

 俺は、その地図を頼りにミルキィウェイを目指すことにした。

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