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夢世  作者: 花 圭介
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夢世13 二〇五号室の呼鈴

 俺は遥がいなくなった後、オムライスを掻き込み、慌てて二階へと駆け上がった。部屋の扉を勢いよく押し開き、クローゼットに照準を定めると、中の服を手当たり次第ベッドの上に放り投げる。


 遥の好む服に着替えなくては……。


 遥は俺の服装にうるさい。以前、楽だからという理由でタックワイドパンツに大きめのパーカーを着て、遥の買い物に付き合ったことがある。


 その日、玄関先で会ったその瞬間、遥は汚いものでも見るかのような目で俺を見ると、一言「だらしない」とこぼした。


 その後、行く先々で足が止まると、俺の格好を見てはため息をついたり、納得のいかない表情を見せたりした。喫茶店に寄り、会話が弾んだ後でも、俺の服が目に入ると途端に不機嫌になったりもした。


 遥は遥なりに、自身の好みを押し付けてはいけない、俺の好みをできる限り尊重すべきだと自制を試みていたようだが、うまくいかなかったようだった。


 俺は実際、服装にはそれほどのこだわりはない。だからそれ以来、俺は遥の好みに合わせようと服装を模索している。


 基本的に、遥はクール系の服装を好むことは分かった。ただ、色合いについてはまだ、遥の好みを掴みきれていない。原色はNGで、寒色か暖色かの判断も曖昧だ。……今日は暖色系で整えてみるか。


 着替え終わってからほどなくして、遥が戻ってきた。そして俺の格好を上から順にチェックする。と、一つ頷いてから俺の手を引き、外へと連れ出した。


 どうやら今日のコーディネートは、遥の御眼鏡にかなったようだ。



 はじめはスタスタと早足で進む遥に引っ張られるようにして歩いていた。だが、向かう方向が目的地とは異なる。きっと遥は、修平の実家への道を辿っている。


「遥、どこへ向かうつもりだ?」


「決まってるじゃない! 修平くんの家よ!」


「……修平は今、実家にいない。……引っ越したんだ」


「え? いつ?」


 遥が急に反転したので、正面からぶつかりそうになった。


 俺は慌てて一歩退き、咳払いを一つしてから、


「大学入学に合わせて引っ越したらしい……。同じ大学に行った友人から聞いた」


 と、視線を彷徨わせながら答えた。


「修平君……なんで私に教えてくれなかったの?」


 遥の声が震えている。


「ほら、俺とのことがあったから……。遥は俺ん家の隣だし、よく話すから……」


 俺は修平の気持ちを推察する。


 遥は俺の胸元に目を落としたまま、気持ちを整理しているらしかった。


「……とにかく修平君に会いに行きたい。家、どこか分かる?」


 遥の視線が上がり、真剣な眼差しが俺に突き刺さる。


「ああ、だいたいの場所は聞いてる」


 実は俺も何度も修平に会いに行こうと考えたが、最後の一歩を踏み出せずにいた。


 今回は遥のお陰で、その一歩を踏み出せる。背中を押してくれた遥のためにも、仲直りできたらと心から願う。


 前もって電話連絡してからとも思ったが、どう話を切り出せばいいか分からない……。遥の言うように、面と向かって話をする方が良い方法ではないかと感じられた。


 心は決まった。



 俺と遥はバスと電車を乗り継ぎ、修平が通う大学の近くまでやって来た。


「ここら辺なの?」


 遥が辺りを見渡しながら俺に確認する。


「ああ、確かこの大学近くの『オニロ』って名前の学生アパートに住んでるらしい」


 定期的に携帯で位置を確認しながら、丁寧に捜索範囲を狭めていく。


 駅前から少し離れただけで、緑の多い長閑な風景へと変貌していた。だが、廃れた印象はなく、落ち着いた、とても住みやすそうな町だと感じた。


 ただ夢と異なり、やはり坂道の多いこの地域を歩き回るのは骨が折れる。俺は自分の脳に、ここは夢の中だと刷り込みながら歩き続けた。


 途中何度か道を間違えはしたが、目当ての学生アパートらしき建物を見つけることができた。


 友人に教えてもらったとおり、二階建てで青い屋根の建物だった。


 階段近くにあったポストから修平の苗字を探す。


「あっ! あった! 野山! 野山修平! 二〇五号室!」


 遥が受験番号を見つけた時のように飛び跳ねながら指差した。


 カン、カン、カン……。

 二階へと向かう鉄製の階段を一歩一歩上がる度、脈拍が早くなっているような気がする。


 俺は二〇五号室の扉の前まで来ると、大きく一つ深呼吸をした。隣で遥も同じように呼吸を整えている。


 俺は震える指先でゆっくりと、だが躊躇なくインターホンを押した。


 ピンポーン!


 俺の心とは裏腹に、軽やかに呼鈴が鳴る。


「……」


 反応がない。


 ……ここまで来て留守だというのか。


 もう一度気持ちを立て直して来るには、相応の時間が必要だ。できればこのチャンスを逃したくない。


 俺は遥の視線を感じながら、インターホンを再度押してみる。呼鈴の音が虚しく響き渡る。やはり部屋からは何の応答もない。


 どうやら修平は、タイミング悪くどこかへ外出中らしい……。


 遥の方を振り返ると、俺と同様にやりきれない表情を浮かべている……と思いきや、凛とした強い眼差しで俺を見ていた。


「雄彦、もう電話しよ! ここまで来て何もできないまま帰れないよ」


 遥は気持ちを抑えるためか、いつもの声より低めのトーンでそう提案してきた。


 俺は深く頷き、修平へ電話をかける。


 トゥルルルルー……トゥルルルルー。


「?」


 不思議なことに、電話の呼び出し音が二重に聞こえる……。


 俺は電話をかけたまま、携帯から耳を遠ざけてみる。


 すると、携帯電話とは別の方向から呼び出し音が聞こえてきた。


 ……それは二〇五号室の扉の向こう側からだった。


 俺は電話を切り、思わず取っ手に手を伸ばす。


 ガチャッ……。


 扉に鍵はかかっていなかった。


 俺と遥は、思わず顔を見合わせる。


 二人の意識が繋がった。


 衝動のまま、同時に玄関まで駆け込んでいた。


「修平! 俺だ! 雄彦だ! 話がしたい!」


「修平君! 遥よ! 聞こえる?」


 俺たちの呼び掛けにも反応はない。


 俺はもう余計なことは考えず、思いのままに行動を起こした。


 靴を脱ぎ捨て、短い廊下の先にあるリビングへと続くであろう扉を開ける。


「!」


 俺はパニックに陥り、思考を止めた。


 開かれた扉の先は想像どおり、リビングへと繋がっていたのだが……。


 俺の目に映ったものは、ベッドの上で口から泡を垂れ流し、白目をむいて小刻みに痙攣している修平の姿だった。

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