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夢世  作者: 花 圭介
120/120

夢世120

 5種に彩られていた球体から色が抜け落ちていく……。

 鮮やかだった色合いから半透明、それから無色へと変化していくなかで、俺たちは、シヴァがそれぞれ異なった体を有していることを知覚する。

 そこにはそれぞれのシヴァの思考が反映された姿があった。

「おいっ、お前! お前のその正確無比な銃の有用性……、俺様が引き継ぎ、さらに洗練させてやるよ!」

 現れたシヴァの中で、やけに長い指先を有した個体が、修平を指さしていた。

 人とそう変わらない容姿でありながら、両端5指が銃の筒先のようになっている。

「それは……狙撃で俺を超えると言っているのか? 面白いことを言うな」

 修平は、その挑発を受け入れ、長指のシヴァと向かい会うため、歩を進める。

 だが、その修平の歩みを制して、一輝がそのシヴァと対峙した。

「やる気になっているところ、すいません。でも修平さんには、皆の援護をしてもらわなきゃなりません。俺には修平さんの代わりはできませんから……。ここは俺に任せてください。俺が必ず、あいつを仕留めてみせます!」

 いつになく引き締まった表情を見せる一輝がそこにいた。

「……仕方がないか。この状況では、それが最善か。一輝……任せたぞ」

 少しだけ口惜しそうな表情を見せたものの、修平はすぐに一輝の主張を受け入れた。この場面で判断を誤ることは、仲間の生死に関わってくる。シヴァたちが変態を遂げた後、即座に攻撃に移らなかったのも、自分や遥、それに亜香里の射程の長い援護を警戒してもいたからだろう……。

「なんだぁ? お前が俺様の相手をするのか? そのヘンテコな板……そうそう『クリアボード』だっけか……そんなもので俺様と渡り合えるつもりか? ハハハ、笑わせんなよ! 無理に決まってんだろ!」

 長指のシヴァが腹を抱えて笑う。

「あれ? そんなに俺の能力、使えないかな?」

 一輝は挑戦的な笑みを浮かべた。シヴァの言葉に全く動じる様子を見せない。

「確かに、見た目はただの透明な板ですからね。でも、使い方次第で化けるんですよ。……作られた本人なら分かりますよね」

 一輝はそう言いながら、自身の周りに複数のクリアボードを生成した。それらは彼の指向に合わせて、流れるように配置を変えていく。まるで、指揮者のタクトに併せて音楽を奏でるオーケストラだ。

 長指のシヴァは、再び蔑むように鼻を鳴らした。

「無駄なあがきを。所詮は板切れは板切れ……そんなんで、弾丸が止められるとでも思っているのか?」

 一輝は、シヴァの言葉を聞き流し、その両手指先だけを注意深く見つめている……。

 弾丸は目で追えるものではない。だが、弾丸を放つ射線さえ正確に見極められれば、躱すことは可能だ。さらに一輝には、クリアボードで銃弾の軌道まで変えることができる自信があった。


 ダダダダッツ!


 しかし、戦いが始まると、一輝の目論見は早々に打ち砕かれた。シヴァの弾丸の威力が、想像を遥かに超えていたためだ。

 銃声とともに放たれた弾丸は、一輝が何枚も重ねて生成したクリアボードをいとも容易く貫通した。


 パパパパパパパシャーン!


 軽快な音を立てて砕け散るボードの破片が、一輝の頬をかすめる。

「くそっ、この威力はないでしょ!」

 一輝はさらに何枚ものクリアボードを生成し、それを利用して不規則な道程を刻む。

 だが、シヴァはまるで一輝の動きを予測しているかのように、正確に弾丸を撃ち込み、確実に一輝を追い込んでいく……。

 気休め程度ではあるが、予防線として生成したボードも次々と砕け散り、一輝の周囲に透明なガラス片の雨を降らせた。

「ハハハハ! 見ろよ、そのザマを! 小細工ばかりで、俺様の銃弾には全く歯が立たないじゃないか!」

 シヴァは高笑いを上げ、さらに猛攻を仕掛ける。一輝は防戦一方で、まともな反撃の機会すらうかがえない。徐々に逃げ場も少なくなり、呼吸は乱れていく。このままでは、時間稼ぎすらままならない。一輝は理解していた。修平への言動が、今の自分自身に重くのしかかる。

「……もともと弾丸を止めるとは言ってませんよ。それに、俺が思い描いているクリアボードの使い方は、こうじゃない。光を操るためのツール、と言った方が近いですかね」

 その劣勢の中においても一輝は冷静だった。彼の周囲に展開されたクリアボードの一部が、にわかにその質感を変化させていく……。

 ただの透明な板であったはずが、銀の粉を吹き付けたかのように、微細な金属粒子が取り込まれ、ボード内に規則正しく配列されていったのだ。そしてそれは、光を受け止めたかと思うと、次の瞬間には強く反射し始める。それは本物の鏡のように、シヴァの姿を鮮明に映し出し、無数の残像を生み出した。

「なっ……!?」

 シヴァの顔から笑みが消えた。

 目の前にいるはずの一輝の姿が、クリアボードの反射によって分裂し、どれが本物で、どれが偽物なのか判別がつかない。

「成功のようですね……。現実でも、今では夢見ることが許されている」

 一輝はさらに、いくつかのボードをわずかに曲面状に歪ませたり、あえて半透明にしたりと、様々な光の屈折や反射を意図的に作り出した。シヴァがどのクリアボードに「本物の一輝」が映っているのか判別しようとするたびに、新しいクリアボードが次々と出現し、反射光の角度を不規則に変化させる。

「どこを見ているんですか? 僕はこっちですよ」

 無数の残像、歪んだ空間、そしてどこからともなく聞こえる一輝の声……。

 シヴァは苛立ち、強引に銃口を一輝に向けようとする。

 だが、そのたびに生成されたクリアボードが微妙に角度を変えるため、シヴァの視線の先から一輝の姿が外れてしまう。

 一輝が、ボードを通してシヴァの動きを先読みし、巧みに狙いが定まらないように誘導しているらしい。シヴァは混乱し、指先を激しく彷徨わせる。

「どうですか? 『クリアボード』、なかなか使えるでしょう?」

 一輝の声が、多重に反射するボードの向こうから響く。

 シヴァは、まるで透明な迷宮に閉じ込められたかのような錯覚に陥っていた。

「まだ終わりじゃないですよ」

 一輝の声がボードの向こうから響くと同時に、シヴァを取り囲むクリアボードは、さらに複雑な配置へと変化した。反射が強まり、今度はシヴァ自身の影がいくつも生み出される。まるで透明な部屋の中に、無数のシヴァが閉じ込められているかのようだ。

 だが、それだけではない。一輝は、生成したクリアボードの全てを通じて、シヴァの視線、筋肉の動き、そして銃口のわずかな傾きまでをもリアルタイムで把握することに成功していた。無数の分身の中に潜む本物のシヴァの動き、そして彼の銃口が次に向けられるであろう場所を瞬時に読み取る。

 シヴァが苛立ちのまま、無数の残像の中から選び出した一輝に、闇雲に銃口を向けた、その刹那――。

 一輝は、自らの周囲に巡らせていたクリアボードの配置をさらに操作する。シヴァが本能的に「本物」と誤認した像をあえて固定することで、シヴァの体勢を誘導し、最も無防備となった一点に、一瞬の『死角』を作り出す。それは、クリアボードの反射と透過が重なり合い、シヴァの視界から一輝の姿が完全に消える、たった一瞬の完璧な空白だった。

「死にやがれっ!」

 シヴァが叫び、一輝の虚像に向かって闇雲に弾丸を発射する。

 その発砲音に合わせて、一輝は、互い違いに重ね合わせたクリアボードの足場を思いっきり蹴って、自身を弾丸のように加速させた。シヴァが自ら作り出した死角へと、一直線に飛び込む。

 一瞬で間合いを詰めた一輝は、加速の勢いを乗せた斬撃を、最も防御が手薄になったシヴァの脇腹へと叩き込む。

「!」

 刃が届く直前の風圧に気付いたシヴァが、咄嗟にその攻撃を防ごうとするが、近接戦を想定していない長く伸びた指先では、上手く防御体勢をとることができない。


 ガツン!


 鈍い衝撃音とともに、シヴァの体がくの字に折れ曲がる。衝撃で肺から空気が押し出され、苦しげな呻きが漏れた。シヴァは白目を剥き、既に意識も失われていた。それはシヴァを襲った衝撃の大きさを物語っていたが、それ以上にシヴァを絶命へと追い込んだのは、脇腹から首元まで突き通った刃だった。幅広の刃が突き通るほど、その勢いは凄まじかった。その柄元からはシヴァの体液が絶え間なく滴り落ちている……。

 呼吸を整える一輝の姿が、周囲に漂うクリアボードに写っている。

 自身の残像を眺める一輝の表情には、一抹の疲労と、達成感が浮かんでいた。

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