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夢世  作者: 花 圭介
119/120

夢世119

「そらそらそらっー! どうした、シヴァ! お前の力はこんなもんじゃねーだろ! もっとだ、もっと! 俺を楽しませてくれよ! ヒャハハハハハハッ!」

 竜馬の風狂な笑い声が踊っている。

 今まで対峙してきた誰よりも死闘を約束する存在との戦闘が、竜馬の精神を昂揚させ、エヌルタとの一騎打ちを超えるポテンシャルを引き出している。

 視界は拡張し、身は躍動し、思考は高速化する……。

 ただでさえ『覚醒のレイピア』により、向上したステータスが異常をきたしている。

「なんなんだテメー! 人間ごときが神の領域に入り込むんじゃねー!」

 シヴァはたまらず、掘削に当てていた刃を取り込み、新たな触手へと生まれ変わらせる。新たに生成された触手の数は、数十本にも及んだ。


 ドガガガガガガッ、ドガガガガッツ!


 四方八方から雨霰の如く降り注ぐシヴァの攻撃。

 そんな攻撃を、竜馬は見極め、全て受け流している。

 目で追えるものは追い、追えないものは、研ぎ覚まされた予見と、大気の震えさえ捉える鋭敏な感覚で捌き切る。

「クソがぁー! 当たれ! 当たれっ! 当たりやがれっ!」

 見開かれたシヴァの目は血走り、竜馬を凝視している。

「今だ! 雄彦! やっちまえ!」

 シヴァの意識が自分に集中したタイミングで、竜馬が合図を送る。

 混乱に紛れて『土遁の術』で土壁と同化していた俺は、シヴァの後方から躍り出た。

「!」

 出し抜かれたとの思いが、シヴァの表情を強張らせる。

 慌てて振り返り、迎撃体制を整えようとした刹那、シヴァはさらに不可解な光景を目の当たりにする。

「ちっ! 面倒くせぇ野郎だ!」

 シヴァの前に立ちはだかったのは、俺と俺……。

 分身の術で2体に分かれ、鍵爪でシヴァの胸元を狙っている。

 確率2分の1。

 もしも本体を見極め迎撃できたならば、シヴァの勝ちだ。分身体はその瞬間消えてなくなり、俺は命を落とす。

 だが、誤って分身体を迎撃してしまったならば、次の迎撃体制を整える前に、すかさず本体から繰り出される鋭い鍵爪がシヴァの胸元を抉るだろう。

「……本体は動けねぇんだろっ! ケケケケッ! 知ってるぜ! アナザーワールドを作り出した記憶は、俺様にだってしっかり刻まれてんだ! てめーの能力なんざお見通しなんだよ! ざまーねーなっ!」

 シヴァの触手が振りかぶる動作をした俺を避け、後方の俺の胸を貫いた。

 真っ赤な鮮血が飛び散る……。


 プシュー……


 リアルな情景を描いたのはそこまでだった……。

 アナザーワールドの力は、現実世界に確実に浸透しているものの、その効力には濃淡があるらしい……。

 貫かれた俺の体は、穴の開いた風船さながら、空気が抜けていくような音を吐き出すと、大気の渦流に搔き消されていった。


「うそだろっ! なんでこっちが本体じゃねーんだよ! 分身体しか動作はできない……俺が決めたことだ! どうなってやがるんだ!」

 もはや悲愴な面持ちすらみせるシヴァは、駄々をこねる赤子のように見える。

「忘れたか? シヴァ。塔矢の能力は、『マリオネット』だ。……お前は自分が作り出した存在をもう少し、重く受け止めておくべきだったんだ」

 このとき、ようやく俺の後ろで影のように寄り添う塔矢の姿をシヴァは捉えた。

 俺はシヴァの眼前にまで迫り、渾身の一撃をその胸元に繰り出しながら、最後を迎える敵への慈悲として、真相を明らかにしてやった。

 俺の攻撃は、狙いにたがわず、シヴァの胸元を貫いた。

「ちくしょー……」

 シヴァの消え入りそうな声が漏れる。

 手に伝わる感触には、確かにシヴァの『核』に触れた感覚があった。

 ……だが、そこで俺は、イシュタルの呟きを思い出していた。

 イシュタルは、シヴァを切り裂いた直後、不思議な感想を語っていた。

『あやつの核には……逃げ道があるようじゃな。主たる核は確かに切り裂きはしたが……どうにも少し、物足りぬな』

 俺は、ハッとなり、貫いた右手をやや引き戻し、シヴァの体内を探った。

「!」

 再度、核に触れた右手が、そこから脈打つ血管のようなものを感じ取った。

 核は急激に萎み、枯れていくが、そこにあったものは、その管をたどり、どこかへと流れ出ているのが感じ取れる。

「しまった! 仕留め損ねた!」

 俺は仲間に聞こえるように声を張り上げる。

「どういうことですか! タケさん!」

 一輝が叫ぶ。

「シヴァの核は、もう一つある! そいつも一緒に破壊しなければ、あいつは何度だって復活する!」

「なんだそりゃ! どこだ? どこにいった?」

 竜馬が、慌ててシヴァの気配を探る。

 流れいったシヴァの気配が探れぬまま、数秒、たった数秒後には悪夢のような光景が眼前に広がっていた……。

 たかだか数秒……だがそれは、シヴァの復活、変態には、十分な時間であったようだ……。

「よー!」

「エブリバディー!」

「モブども!」

「俺様の進化への協力、痛み入る!」

「お礼に仲良く、あの世へ送ってやるぜ!」

 苗床となる肉塊から5体に分かれたシヴァの上半身が浮き上がっている……。

 それぞれがシヴァたる核を継承しつつ、意思を持ち、そこにあるのが感じ取れる。

 それは絶望を抱くには十分すぎるほどの光景だった。

「シヴァが……5体」

 俺は、暗く沈んでいく自身の心をそのままに、受け入れがたい事実を吐き出していた。

「5体がなんだ! あいつは、お前との勝負から逃げただけだ! あいつは自分の弱さをみとめたからこそ保険をつくっただけだ! 揺らぐな! 雄彦!」

 塔矢の目には、その発した言葉に違わず、失望の欠片も見えない。

「想定内……とは、流石に言えませんが、諦めてはいけない場面です!」

 一輝が無理やり笑って見せる。

「僕だってまだ戦えるよ! 雄彦兄ちゃん! 負けないで!」

 洋輝が力強い咆哮をあげる。

「ここからだ! ここからなんだぜ! 雄彦! 俺らが本領を発揮する名場面は!」

 未だに複数の触手と対峙しながらも、竜馬もまた、洋輝を真似、咆哮をあげるように力強く叫ぶ。  

 俺以外の誰もが、ここが正念場であることを理解し、持てる力、全てを出し切ろうともがいていた……。

「ほざけ、ほざけ!」

「ここまで進化を遂げた俺様を倒す術なんかあるはずねーだろっ!」

「ここから始まるのは、一方的な殺戮だ!」

「お前らは、象に踏みつぶされる蟻なんだよ!」

「身の程を知れよ!」

 5体のシヴァが揃って嘲る。


「アハハハハハッ、あなた達こそ、笑っていられる余裕あるの?」

 弓を携え、俺の後方からゆっくりと遥が姿を現し、笑い飛ばす。

「シヴァ、本当はお前……もう、いっぱいいっぱいなんじゃないのか?」

 遥の隣には、セミオートライフルを肩から掛けた修平がニヤついている。

「私達を舐めてる? あの程度で足止めできるって本気で思ったの?」

 掲げたロッドを煌めかせ亜花梨が、2人の隣に並び立つ。

「グググッ……」

 シヴァは、自身の予想に反し、3人が現れたことに憤りを隠せない。


 シュルルルルッ


 長く伸びていた触手の群れが動きを止め、収縮し、苗床へと沈み込む……。

「神の逆鱗に触れたことを後悔すんなよ!」

 シヴァは、遥たち後衛に伸びていた触手だけでなく、主力の触手も全て回収し、己の力へと振り分けるつもりらしい。

 それだけではない。苗床としていた肉塊すら、5体のシヴァへと吸収されていく。

 その反応から察するに、どうやら遥たちの言葉は、的を射ていたようだ……。

 俺は頼もしい仲間達を一瞥すると、すぐにシヴァへと向き直った。

 もはや語ることは何もない。

 皆が皆、やるべきことを理解している。あとは合図を送るだけでいい。

「いくぞ!」

 俺が発した声に合わせて、皆が一斉に行動を開始した。

 5体のシヴァに対し、前衛部隊が一対一で向かい合う。その後方に遥たちが陣取り、援護する形だ。

 にらみ合う互いの戦力。

 両者の間に緊迫した時が流れる……。

「……それで対峙できたと本当に考えているのか?」

 シヴァの一人が、口を開いた。

「なんだと?」

 竜馬がその言葉に反応し、睨みつける。

「お前らごとき矮小な存在が」

「このシヴァ様と対等に並び立つ……」

「イヒヒヒヒッ」

「思いあがるのも大概にしろよ! この下等生物がっ!」

 5体のシヴァは、それぞれが独自色の闘気を漲らせる。

 その闘気は、全身を覆い尽くし、球体となる。

 それは、シヴァが柊の躯から産まれ出でたときの不快な記憶を想起させた。

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