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夢世  作者: 花 圭介
118/120

夢世118

 もう既に上方からの光は届いていない……。

 見上げた先は、隙間なく均一に塗りつぶされた黒一色だ。

「……ところで雄彦。シヴァを倒す算段はしてあるのか?」

 徹人兄さんの明かりを頼りに、洞窟を下へ下へと降りながら塔矢が俺に問う。

「ああ、俺なりに考えた作戦があるにはある……。ただ、それを遂行するためには塔矢、お前にかなりの負担をかけてしまうことになる。協力してくれるか?」

「もちろんだ。シヴァを倒すことができるなら、俺はなんだって協力するさ」

「……みんなにも協力してもらわなければならない。宜しく頼む」




 亜花梨と出会った場所からさらに下方に小一時間……。

 間断なく続く地鳴りと共にそいつは姿を現した。

 そいつは、いつも見るたびにその形を変化させ、より醜悪な姿へと変貌している……。

 シヴァは、今、地球を食らいつくそうと地面にかぶりつく、ミミズさながらの形態となっている。

 地面と接する面にはミキサー刃のような歯が無数に生えており、それが高速で回転しながら土を食らっているのだ。

 絶え間なく響く地鳴りは、これが原因だ。

 地上から土を全て食らい続けているためなのか、その体の大きさは、アナザーワールドのときよりもさらに肥大化しているらしかった。

 間延びした体は、何両編成かもわからない貨物列車を連想させる……。

「おっ! もうここまで来ちまったのか? ……亜花梨の奴はどうしたんだよ。あいつなら、しばらくは足止めになると踏んでたんだがな……。ん? なんだ、そこにいるじゃねーか! もう寝返っちまったのかよ。……ったく、情けねーな。根性見せろよ、根性をよー。この糞みたいな世界をぶっ壊したいんじゃなかったのかよー」

 俺達の存在に気づいたシヴァは、背面に人間じみた上半身を生やすと、亜花梨を見るなり、毒づいた。

「悪いわね。私には、それが間違いだって気づかせてくれる存在……『希望』が、この世界に残っていたみたいなの。貴方と違って、苦痛に耐えて、もがいて、自分の力で精一杯、生き抜いてきたことが実を結んだらしいわ」

 亜花梨はシヴァの皮肉をサラリと受け流す。

「言ってくれるねー。まるでこの俺様が、自力で生きてきてねーみてーじゃねーか」

「違うの? 貴方って、苦痛にめっぽう弱い存在よね? 耐えることから逃げ出して、力だって全て、他人から奪い取る……。自分の力を育むことからも目をそらすから、誰も貴方を助けてはくれない。そうでしょ? 寄生虫さん」

「……言わせておけば……急に饒舌になりやがって! 糞魔女がっ!」

 シヴァが例によって、鞭のようにしなる触手を亜花梨めがけて高速で放つ。

 予測していたのだろう、亜花梨はすぐさま火球を作り出し、その触手へと投げつけた。

 皆の頭の中では、アナザーワールド内でのシヴァとマルドックとの攻防が思い出されていたに違いない。

 そのとき、シヴァは確かに、マルドックが使役するムシュフシュの炎に身を焼かれ、苦痛の叫び声をあげていた。

 だが今回、シヴァの触手は、亜花梨が作り上げた火球をいとも簡単に貫いていた……。

「火球が効かない!」

 亜花梨は咄嗟に身を翻し、触手の直撃は避けたものの、脇腹の辺りを熱気が駆け抜けていったのを実感した。

「くっ……」

 亜花梨の脇腹が、徐々に赤黒く染まっていく……。

 亜花梨は、空中姿勢を保つことができず、ふらふらと緩やかに落下し始めた。

 そこへ、シヴァの二撃目が容赦なく、襲い掛かる。


 ガキーン!!


 触手が亜花梨に届くすんでのところで、修平のライフルから放たれた弾丸が、間一髪その軌道を変えた。

「ちっ! またお前か!」

 シヴァが忌々しそうに修平へ視線を送る。 

 その隙をついて、すぐさま一輝が、亜花梨を抱きとめ、後方へと退避する。

 亜花梨は朦朧とする意識の中、鱗のような外皮で覆われているシヴァの触手を睨みつけていた。




 現下、負傷した亜花梨を遥が治療にあたり、その二人を守るように半円を描く陣形で、シヴァの攻撃をなんとか凌いでいる状態だ。

 シヴァの触手は、鱗により炎耐性を得ただけでなく、硬質化により強度が増しているようだった。

 以前よりもスピードは落ちるが、打ち払うのに骨が折れる。

「どうやら、シヴァには、同じ手は通用しないらしいな」

 俺の傍で応戦する塔矢が、息を弾ませつつ、主観を口にする。

「ああ、俺もそう思う」

 俺は、シヴァの触手をかぎ爪で大きく薙ぎ払ってから塔矢に同意する。

「あいつは、亜花梨が言うように苦痛に弱い。臆病だからこそ、自身の体を思いのまま変形させられるだけでなく、変態さえできるらしい。……戦闘が長引けば不利になるのは、こっちの方だな」

 向けられた追撃も同様に躱したあと、分析内容を塔矢へ伝える。

「どうする?」

「もう少し奴の生体を見極めたかったが仕方がない。亜花梨が回復し次第、作戦を実行に移そう」

 俺は迷いを振り払うと、塔矢に視線を走らせ、そう告げた。

 シヴァの攻撃は苛烈だが、皆、上手く対応している。

 それは、シヴァの触手のスピードが最速ではないことと、地球のコアを目指し、地中を掘ることを優先しているからに違いない。

 全神経をこちらへ集中させていたならば、きっと会話さえ難しい状況となっていたはずだ。

 今の均衡が保たれているのは、ただ双方にとって都合がよかっただけだ。

 何かのきっかけで、戦況は大きくかわってしまうだろう。

 現状、どのあたりまで掘り進められているのか分からないが、地上の光も見えない今と、ここまで要した時間とを考えると、すでに数十キロは地球の内部へ到達していると思われる。

 通常ならば、地中の熱気と気圧上昇のため、生身の人間は到底生きてはいられない場所だが、これも夢の効力か、身体的な影響は、今のところ表れてはいない。

「雄彦!」

 そのとき、後方から遥の声と共に一本の矢が放たれ、シヴァの触手を捉えた。高質化された触手を突き通すことはなかったが、矢の先端に括りつけられた小瓶が破裂し、中の液体をまき散らす。

 

 ジュオォォォ……。


 独特な擬音に加え、異臭が鼻を衝く……。

「ぎゃああぁぁ! 痛ぇー! なにしやがった!」

 液体をもろにかぶった触手は、白煙を上げながらその表面を爛れさせた。想定外の痛みに、シヴァが苦悶の表情を浮かべる。

 それは、亜花梨の治療が終わったことを示す合図でもあった。

「よし! 皆、作戦通り頼むぞ!」

 俺が大きな声で叫ぶと、それぞれが距離をとり、散らばった。

 アナザーワールドでのシヴァとの対戦時、シヴァは、100を超える触手を扱いはしたものの、その全てに意識を通わせ、自在に操るまでには至らなかった。

 今回も散開することで、シヴァの意識から外れる触手をできる限り増やし、驚異となる触手の数を減らす作戦だ。

 シヴァの意識から外れた触手は、数こそ多いが単純な命令に従うだけとなるため、対処はしやすい。

 後方支援の遥や美希、それに修平、火魔法が通用しなくなった亜花梨でも対処が苦にならなくなるだろう。

 あとは、前線部隊となる俺や竜馬、塔矢に一輝、それに洋輝が、シヴァをどれだけ凌駕できるかにかかっている。

 まず最初に行動を起こしたのは、洋輝だった。

 洋輝は余韻の残る遠吠えを一つ洞窟に反響させると、その俊敏性と快速を活かし、シヴァを翻弄する。触手は、洋輝を捕らえきれず、何度も空を駆ける。

「このっー! ちょこまかとちょこまかと、うぜぇ野良犬め!」

 シヴァが、苛立ちから罵声を浴びせる。

「シヴァ! よそ見なんかしてないで、俺とも遊んでくれよ!」

 洋輝の動きを見た一輝が、我慢できないとばかりにシヴァを挑発する。

「なめやがって! この野郎がっ!」

 シヴァは数本の触手で洋輝を追いつつも、一輝に対しても、どうように複数の触手を新たに放った。


 バイィン、バイィン、バイィーン!


 シヴァの触手は、一輝の目前まで迫ると、なぜかバネが伸び縮みするようなコミカルな音を響かせながら、逸れていく……。

「シヴァ! なにやってんの! こっちだって、こっち!」

 一輝が口を大きく開けて嘲笑する。

「てめぇ! なんで当たらねぇんだ!」

 シヴァが顔を赤らめて怒りをあらわにする。

 どうやら一輝は、『クリアボード』の能力をドミノのように複数枚連ねて出現させることにより、触手の軌道を少しづつずらしているようだ。少しでも出現させる角度を誤れば、粉々に砕けてしまうはずである。まったくこの感覚の天才には驚かされる。

「よっしゃ! お前らよくやった! ここで俺様の出番ってわけだな!」

 そこへ、竜馬が颯爽とシヴァの眼前に躍り出る。

「くそがぁー!」

 シヴァの顔が苦虫を嚙み潰したように歪んでいる。

 そのときにはすでに、竜馬の全身を鮮やかな空色の血が駆け巡っていた……。


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