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夢世  作者: 花 圭介
117/120

夢世117

 亜花梨の手に握られていた大きなロッドが赤く煌めく。見る見るうちに、人1人を軽く飲み込める規模の火球が作り出され、解き放たれた。

「うわっ! やめてくれ! 亜花梨!」

 俺は咄嗟に身を翻し、なんとか火球を回避する。火球は、周囲の土壁に赤黒い天使の輪を刻みながら、上へ上へと駆け上がり、消えていった……。

「亜花梨さん! 何故なんですか? 何故こんなことをするのですか?」

 美希の悲痛な声が、洞窟内を反響していく。

「……」

 亜花梨は、それでも問いには答えず、詠唱をやめない。今度は、先ほどの火球を5つ、ロッドを中心に、円陣を組むように展開させる。

「きっとシヴァだ! シヴァに操られているに違いない! どうにかしてシヴァの呪縛から、亜花梨を助けだすんだ!」

 塔矢が皆に呼びかける。

 皆、合点がいったとばかりに頷くと、注意深く亜花梨の様子を窺った。

「違う違う! 違うわよ! 私はシヴァに操られてなんかいない! 私は自分の意思で、シヴァに協力しているのよ!」

 亜花梨が憤然として、塔矢の言葉を否定する。

「……そんな、そんなはずない! 亜花梨さん、ちゃんと理由を話して! シヴァに何をされたか分からないけど、私達でできることなら、何でも協力するから!」

「協力? あなた達が? 私に何を協力するって言うのよ! できるわけないでしょ!」

 亜花梨はそう言うと、作り上げた火球全てを、俺達へ向け投げつける。

「危ない!」

 一輝はクリアボードを巧みに利用し、塔矢は、壁に貼り付けた糸を収縮させることで、体を反転させ火球を回避する。

「おっと!」

 竜馬は盾を叩きつけるようにして、その火球を上手くいなした。俺と洋輝は、咄嗟に洞窟の壁を蹴り、方向転換をすることで火球を躱し、遥と美希は、近くにあった洞窟の深い窪みに身を隠すことで、その火球をやり過ごした。

「亜花梨さん! お願い! もう辞めて! きっと協力できることがあるはずよ!」

 美希は、諦めず懇願する。

「……いいわ、分かった。そう言うなら、協力してよ! この世界を焼き尽くす協力をね!」

 そう言うと、亜花梨は今までの火球の数倍はある火球を生み出し、さらにそれを大きくしていく……。

「おいおい、ありゃ、やべーんじゃないか? この穴全体まででかくされちゃ、お手上げだぜ?」

 竜馬が身構えることも諦め、肩をすくめる。

「亜花梨さん!」

 そこへ美希が、先頭まで歩み出て、両手を大きく広げた。

「……もう、あんたって子は、どうしてそんなにお目出度いの? 全てがあなたの価値観で塗り替えられると思わないでくれる?」

 亜花梨が火球を維持しつつも、呆れ顔でため息をつく。

「私の願いは、この腐り切った世界を終わらせることなの! 幸せそうなあなた達には、協力なんてできないでしょう?」

「私はね、この世界で地獄を見てきた。今も見ている……。知らないでしょ? 身寄りも学歴もない25歳の女が、社会でどう扱われるか……。会社を辞めることすらできないと知った糞上司のセクハラ。知らないでしょ? 人恋しさに漬け込んで、私の家に転がり込んできた男が、毎日吐き出す鬼畜な要求に怯える日々なんて……」

 亜花梨が持っていたロッドを両手で強く握り締めると、火球はさらに大きくなった。

「皆、言うわ。そんな会社、辞めればいい。そんな奴と別れればいい……無責任なこと言わないでよ! できるなら、とっくにやってるわよ! ……そのあと、どうなるのか想像してみた? その先を考えてからものを言ってよ! 高校も出ていない私が死に物狂いで就職活動して、ようやく就職したの! そんな私をまともな会社が受け入れてくれると思う? もっとブラックな会社の社畜になるのが関の山だわ! ……別れればいい? 会社にまで押しかけてくるような奴よ! 何度引っ越しても、すぐに居場所を突き止めて、追ってくるような奴よ! 警察にも何度も相談したわ! ……でも結局なにも変わらなかった。『今度逃げようとしたら、お前を殺して、俺も死ぬ』だって……どうやって別れるのよ! あなた達は分かってない! この世界は、弱者には容赦なく苦痛を積み上げていく場所なのよ!」

 亜花梨が、怒りを糧として膨れ上がった火球を、美希へと向ける。

「うっ……」

 熱気が美希の体を炙る。

「ほらっ! 退きなさい! 本当に貴方を焼き殺すわよ!」

 亜花梨がさらに火球を美希へと近づける。

「……いや! どかない! 絶対にどかない!」

 美希は苦痛に顔を顰めるが、両手を広げたままその場を動かない。

「……ここは現実なのよ! 本当に死んでしまうのよ!」

 そう言う亜花梨の手が、震えている。

「……魔法使いの嬢ちゃん。理屈じゃねーんだと思うぜ。あいつは、どうしてもあんたを救いたいんだと思うぜ」

 竜馬がやれやれと頭を掻きむしる。

「何でよ! たかだか数ヶ月、一緒にいただけじゃない!」

 亜花梨も顔を歪めている。

「だから理屈じゃねーんだって……。ただ、同じ匂いを感じる……波長が合う、共にありたい、自分に似ている……相手を仲間だと思う理由なんて、そんなもんだよ。……でもな、そんな結びつきは、意外と何にも勝るもんなんだぜ。嬢ちゃん」

「それにな……嬢ちゃんには、できねーよ。そのでっけえ火球を俺達に飛ばすことは。……ましてや、美希になんか到底無理だ。嬢ちゃんは、苦しみを知っちまってる。骨の髄までな。そんな奴は、優しさに敏感だ。向けられた優しさを無下にはできねー。そういう奴を俺は、他にも何人も見てきたぜ……」

 竜馬が、話はついたとばかりに腕を組む。

「うるさい! 私はこの世界が心底憎いの! 全てを壊して、世界をリセットするのよ!」

 亜花梨が竜馬を睨みつける。

「それで、新しくできた世界で、また同じ目に合うのか?」

 竜馬が冷めた目で亜花梨を見返す。

「……なんで、なんでそんなこと言うのよ! 私は幸せになんか、なれないってことなの?」

 亜花梨の目をみるみる涙が満たし、そして零れ落ちた。

「竜馬さん! なんてこと言うんですか! そんなことはありません! 亜花梨さんだって、絶対、幸せになれます! 一緒に頑張りましょう!」

 火球の熱に煽られ、眼を開けることさえままならなくなった美希が、今出せる精一杯の声で叫んだ。

「ど、どうして……そこまで……み……美希っ!」

 自身の作り出した火球に晒される美希の姿を、あらためて目の当たりにした亜花梨が、慌てて火球生成の詠唱を解除する。あんなにも大きかった火球が、シャボン玉さながら、弾けるように忽然と消えてなくなった。亜花梨は、そのまま空中を滑空すると、美希の顔をその小さな胸に抱き寄せた。

「ごめん! 美希! 私が悪かった! 本当に、本当にごめん!」

 亜花梨はそう叫ぶと、子供のように大声で泣きじゃくる。

「大丈夫です……私は大丈夫。亜花梨さんが戻ってきてくれたから、もう……大丈夫です」

 美希は薄目を開けて、くしゃくしゃな亜花梨の顔を見上げると、微笑んでみせた。

「美希……」

 亜花梨は安堵し、美希の額に頬を寄せる。

「魔法使いの嬢ちゃん。あんたに足りなかったのは、本気で支えてくれる誰かだ。……大抵の場合、親兄弟が支えてくれる。だが、嬢ちゃんみたいな奴にとってそんな相手は……こればっかりは、巡り合わせだ。運が悪けりゃ、出会うことなく詰んじまうだろう。……だが、もう巡り合えたんじゃないか?  ……命をかけてまで嬢ちゃんを仲間だなんて言い続けるようなクレイジーな奴は、そう簡単にお目にかかれる相手じゃないだろ?」

 竜馬がどや顔を亜花梨に向ける。

「……そうね。私はいつの間にか、仲間を手に入れていたようね」

 亜花梨が照れくさそうに顔を赤らめる。

「そうだぜ! 仲間はもっと、信頼して、甘えりゃいいんだ。……例えばだが、ストレス解消に、家に住み着いた寄生虫を駆除してほしい、とかな」

「……それは、とても助かるわね」

「そうか、それなら事が済んだら、そいつが、頼まれても、もう二度と嬢ちゃんに関わりたくないと思えるほど、俺様が直々に遊んでやるぜ!」

 竜馬が豪快に笑い声をあげる。

「ええ、思う存分、楽しんでくれて構わないわ!」

 亜花梨がにこやかに笑う。それは陰りのない澄んだ笑顔だった。 

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