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夢世  作者: 花 圭介
116/120

夢世116

「そろそろ準備はできたか?」

 俺は、思い思いに一輝の能力を体に馴染ませている皆に声をかけた。

 皆すでに、戦闘に向けて、防具に身を包み、各々の獲物を帯びている。

 アナザーワールドのアイテムである『クロコ』からそれらを取り出し、身に着けている。そう、現実世界で、アナザーワールドの力は陰ることなく、使用できているのだ。

「ああ、もう大丈夫だ」

 塔矢が、器用に空中でステップを踏む。

「流石っすね! もう、思いのままじゃないですか!」

 一輝が、塔矢の動きを見て、感嘆の声を上げる。見たところ、一輝以外で一輝の能力『クリアボード』を完全にものにしているのは、塔矢のようだ。もともと糸を利用して、空中を自由に移動していた経験も活きているのだろうが、この短時間でものにするとは、恐れ入る。

 続いて、その野生の身体能力をそのまま再現できる洋輝が続き、俺、修平、竜馬、遥と続く……。

 一輝の能力付与の制限だが、結局、この場にいる全員、8人までは付与できることが分かった。

 もしかすると、もっと大人数にも付与することができるのかもしれないが、多すぎても今度は戦闘時の連携がままならなくなる。

 幸い、ここにいるメンバーは皆、『バベルの塔』で戦闘経験を積み、かなりの手練れと認識されるまでになった者達だ。面識もあり、連携も取りやすい。多少、習得時間に差異はあったが、各々『クリアボード』を思い通りに使いこなせるまでに成り得た。

 ただ一人だけ、美希だけは、その能力をものにするまでに、少々時間を要した。というのも、美希は自身の能力である『変身』を使わずに、クリアボードの習得に挑んだためだ。

 美希は、変身能力を使用することによって、変身した者の身体能力までもコピーできる。一輝をコピーしてしまえば、能力を馴染ませる必要すらなくなる。

 だが、美希の変身時間には限りがある。

 シヴァに会うまでは、自身の能力は使わずに、温存しておきたいと思うのは当然だろう。

 美希は『クリアボード』の習得過程で、何度もボードを踏み外し、何度も危険な目にあった。その都度、塔矢や一輝のサポートを得て、転落は免れていた。

 いつもならば、人に迷惑をかけることを嫌う美希だが、自ら皆にサポートをお願いし、決して諦めなかった。皆も、美希の思いを汲み取り、協力を惜しまなかった。

「お待たせしました! もうやれます!」

 美希の力強い声が響く。

「よし、じゃあ……遥の作ってくれた『夜目が効く薬』を飲んで、出発しよう!」

『待ってくれないか、雄彦』

 そのとき、脳内に声が響いた。

「徹人兄さん!」

 俺は、その姿は見えないが、どこかにいるであろう徹人兄さんに声をかける。

『遥さんには悪いが、今となっては夜目が効くだけでは、シヴァとの闘いで、実力を発揮するのは難しい。もう夜も近い……。道中の明かりのサポートは、必要不可欠だ。だからその役目は、僕がしよう。あの穴の中に至っては、すでに光源は、無いに等しいと考えるのが妥当だろう……。アナザーワールドの力が現実世界にも及ぶようになったことで、僕は様々な形態で存在できるようになった。今では、『日差し』となり、ここら一帯を、昼間のごとく照らし出すことも可能だ』

「それは、有難い! ……遥、それで良いか?」

 俺は、ちらりと遥に視線を送る。

「もちろん、構いません。確かに今の明るさでは、夜目が効くようになったとしても、心もとないと思います」

 遥も多少、自身の作った薬の効果に不安があったのかもしれない。その表情には安堵の色が窺えた。

『受け入れてくれて有難う。……あと、僕は君らの戦いを、この周辺にいる人々に、そしてメディアに、伝達しようと思っている』

「?」

『ハハハ、地球の命運をかけた戦いだ。観衆も、その結末を知りたいだろうからね』

「……それは、確かに」

 俺は、あまりその意義を感じられなかったが、徹人兄さんのすることに間違いはないだろう、と受け入れた。   




 おおっ!

 そこかしこからどよめきが響く。

 赤黒く変色しかかっていた空の色が、昼間のライトブルーに変貌を遂げた。

「これは、すごい!」

 想像を超える色調の変化に、そこここから感嘆の声が漏れる。

 かなりの広範囲にわたり、昼の空が展開されている。

「こりゃ、すげぇ!」

 竜馬が破顔し、拳を握りしめる。

「お前ら! 頼んだぞ!」

「お願いだ! あの化け物を退治してくれっ!」

「あいつの思い通りにはさせないでくれ!」

「地球を守って!」

 いつの間にか、俺達を中心に人の輪ができていた。幼い子供から大人まで、男女関係なく。職種では、警察官、消防士、メディア関係者までもが俺達を囲んでいる。

「なんだ? こりゃ?」

 竜馬でさえも、状況の変化に泡を食っていた。

『悪いね、皆。今しがた、これまでの経緯を、観衆の脳にダイレクトで伝達したんだ。声援も力になるだろう?』

 徹人兄さんの声が、高揚のためか弾んでいるように思えた。

「ハハハ、俺達、悪の親玉をやっつける勇者御一行ってところですかね?」

 一輝が、観衆に手を挙げてこたえる。

「目立つのは、苦手なんだけどな……」

 修平がぼそりと呟いた。フルフェイスマスクのため、表情を見ることはできないが、マスクの中では、顔を顰めているだろうことが、容易に想像できる。

「なぜ、こんなことを……」

『アナザーワールドの力が、この現実世界にも及んでいることが分かったからさ。これは言わば、保険だよ。雄彦』

 俺の呟きにかぶせるようにして、徹人兄さんの言葉が脳内に響く。

「……保険?」

 益々分からない。

『さあ、それについて考えるのは、今じゃない。準備が整ったのなら、行動を開始すべきじゃないか? シヴァが地球内部のどのあたりまで、到達しているか分からない。早くしないと取り返しのつかないことになってしまうぞ。……相手がシヴァだけとも限らないしね』

 徹人兄さんが、あえて不安を掻き立てる言葉を口にするとは珍しい。それだけ、本当にシヴァのコアへの侵攻が早いのかもしれない。

「わかりました! すぐに出発します! さあ、皆! 穴へ飛び込むんだ!」

「了解!」

 俺の号令に合わせて、皆が順に大穴に飛び込んでいく。

 仲間が一人、また一人と大穴に飛び込むのに合わせて、観衆から歓声が上がる。

 俺たちは、その歓声に背中を押されるようにして、下へ下へと降っていった。応援されているという事実は、確かに心を高揚させ、強く保たせる。徹人兄さんの言った言葉の意味が、これにあたるのかは、わからないが、悪い気持ちはしなかった。




 あれからいったいどれくらいの距離を下へと降ったのだろう……。

 時間にしても、すでに2、3時間は、経過しているのではなかろうか……。

 それでも未だ、シヴァの姿は捉えることができない。

「あれ、見てくださいよ。俺達が入ってきた入り口、あんな豆粒くらいの大きさになってますよ」

 一輝が、不意に見上げた視線の先を指さした。

「わあー、本当だ! 入るときは、とても大きな穴だったのに、信じられないや!」

 洋輝も見上げて、雄叫びを上げる。狼の鳴き声が、土壁に反響して遠のいていく……。

 徹人兄さんによる日差しの力で、自分達がいる場所から上下100mほどは、薄い菜の花色の光で満たされているが、それ以上先は、夕闇の勢力が影響を強め、段階的に黒へ黒へと、上書きをしている。黒一色へと塗り替えられると思われた瞬間、さらに上方の穴の入り口付近では、人々が営む生活の青白い光が、再度、色を明るく反転させている。

 何とも言えない神秘的な光景に、束の間、皆が手足を止めて、上空を見上げていた。

「……感傷に浸っている場合じゃないぞ! やるべきことを忘れるな!」

 俺は、ハッと我に返ると、皆に声をかける。

「雄彦だって……」

 隣にいた遥が、ぼそりと呟く声が聞こえてきたが、俺は構わず、また下方へと進みだした。

 さらに小一時間、下方へと進んだそのとき……。

「雄彦……俺は、なんだか嫌な予感がするんだが……それは、俺が頭がおかしくなっちまったからなのか?」

 竜馬が、下方への歩みを止め、突然現れた人影に、眉根を寄せる。

「いや、俺にも竜馬と同じように、嫌な予感ってやつが、全身を駆け巡ってるよ」

 心情的には同意したくはなかったが、この状況下で、それを否定できる材料が、俺にはどうにも見つからなかった。

「どうして……」

 遥が、信じられないといった表情で、言葉を漏らす。

「冗談ですよね? そんなはずはないです! あなたは、今も私達の大切な仲間です! ……そうですよね! 亜花梨さん!」

 美希が、震える声で絞り出したその名は、呼ばれた本人の耳に届いているはずだが、当の本人に反応はなかった。

 ただ俺達の進行を阻むように、立ちふさがり、その目は真っすぐに俺達に向けられていた。 

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