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夢世  作者: 花 圭介
115/120

夢世115

「これは……酷いな」

 最初に地上に出た修平が、その惨状に息を呑む。

俺達は、反応しなくなったエレベーターを諦め、非常階段から地上へと出た。眼前に広がる瓦礫の山と、そこかしこから立ち上る白煙……。そこにあるのは空爆後の被災地と同義だった……。

「まるで戦場じゃないか! 一瞬でこの有様になったっていうのか? ……これをシヴァが?」

 塔矢が、到底受け入れられない、と顔を顰める。

「シヴァは、イシュタルに一刀のもとに切り裂かれたはず……俺は確かに、この目でそれを見たんだ」

 俺もまだシヴァが生きているとは信じられず、その憤りを虚空へ吐き捨てた。

「雄彦……私だってまさかって思う。……でも、この状況……他に思い当たらない」

 遥は俺の正面へと回り込み、変わり果てた惨状をあえて指差した。

 凄まじい威力の爆風が駆け抜けたのだろう。木々や電柱は軒並み倒れてしまっている。立ち並ぶビル群の間は、視界を遮るものがないくらい、きれいさっぱり、一律に均されてしまっていた。まさに悪夢でも見ているような惨状だ……。

 皆は周囲の様子を再び目にして、事実を受け入れざる得ないと悟る。

「……俺達が生かされたんだ。あいつだけ生き返らない、なんて都合のいい話はないよな……」

 修平は俺を横目で見たあと、忌ま忌ましげな表情と共に鼻を鳴らした。

「……そうだな。これは俺達で決着をつけろっていう。天からの試練ってところか……」

 塔矢は俺の側へくると、悲しげに笑いかけた。

「試練っていうのが気に食わないが……。まあ、それが俺達の役割ではあるだろうな」

 俺は否定的な自分と折り合いをつけるように、何度か小さく頷いた。

「……これからどうするの?」

 遥が不安そうにそれぞれの顔を見やる。きっと俺達が出す結論を知りつつも、そう聞かずにはいられなかったのだろう。無理もない、ここは現実だ。現実世界でこの惨状を引き起こせる者と対峙するなんていうのは、まともではない。

「……もちろん、シヴァに引導を渡す」

 俺は胸の前で、強く拳を握りしめた。

「古臭い言い方だな」

 修平は乾いた笑い声をあげる。

「まあ、間違っちゃいないさ。早いとこ終わりにしよう」

 塔矢の目の色が変わる。

「……そうよね。誰かがやらなきゃならないなら、それは私達だよね」

 遥は両掌を胸の前で強く組み合わせる。

「遥は、来なくていい! この場に残って、怪我人の治療にあたるんだ!」

 俺は、俺達と共に行くつもりになっている遥を慌てて制した。

「何を言っているの! じゃあ、武彦達の治療は誰がするのよ! シヴァ相手に無傷でいられると思っているの? あなた達は、またどこかで『犠牲になることが男』だとか思いあがった考えでいるんでしょ! 馬鹿じゃないの! そんなの独りよがりのナルシストがする愚行でしかないわ! 残される者がどれだけ苦しむのか分かってないのよ!」

 遥の怒りの爆発は凄まじく、俺を含め、誰も反論することはできなかった。




 結局4人は足並みを揃え、被害の中心地へと歩き出した。被害の中心地は、思いのほか遠く、柊のビルから数時間かけてようやくたどり着いた。瓦礫が散乱した道は歩きにくく、なかなかペースをあげれなかったことと、途中途中、遥が怪我人を治療したこともあり、思いのほか、時間を費やす結果となってしまった。

 被害地の中心にたどり着いたのは、日が傾き始めた頃だった。

 その場所は、あまり訪れたことはなかったが、確か花見のスポットとして有名な三ツ池公園……という名の大きな公園が、このオフィス街のど真ん中に陣取っていたはずだ。その名の通り、三つの大きな池が、公園の中央にあり、敷地の半分以上を占めていたのだが……もうその面影はなく、ポッカリと大きな口を開けているだけだ。

「……思ってた以上に、でかい穴だな」

 修平が、洞窟のように先の見えない大きな竪穴を覗き込む。

 直径2,300メートルはありそうな大きな竪穴だ。

「これ……どうやって下へ向かうんだ?」

 誰かが発した言葉に、誰も反応できず、ただ穴を見つめる……。

 穴の周囲には、もう既に多くの人だかりができていた。救急車にパトカー、各局の報道陣も詰めかけている。ただ、爆発があったのが昼過ぎで、オフィス街の公園だったこともあり、思ったほど怪我人の数は、多くはないようだった。確かにここに辿り着くまでの道中、命に係わるほどの大怪我をしている人はいなかった。

「タケさん! やっぱりタケさんも見に来たんですね!」

 集まっていた野次馬の中から、手を大きく振りながら小柄な男が一人、近づいてくる。満面の笑みを湛えて、ときどき飛び跳ねては自身の存在をアピールしている。そうするまでもなく、そのベビーフェイスは、誰からも注目を集められるのだが……。

「一輝! お前も来てたか!」

 俺はそいつの名を呼び、輪の中に招き入れる。

「そりゃ、そうですよ。俺がこんなの見逃すわけがないでしょ……って、待ってっ! 待ってください! 塔矢さんに修平さんじゃないですか! どうなってるんですか! ……あれ? これってもしかして、まだ夢の続きっすか?」

 混乱する一輝に、今までの経緯を順を追って説明する。

「マジっすか! うわーっ! 信じられないっ! けど、今ここに実在してますもんね! 夢じゃないですよね! 間違いないですよね! 本当に良かったっ!」

 一輝は、目にいっぱいの涙を溜めて、大はしゃぎで喜びを表現する。

「なんだ? 見知った顔がこっちにも揃ってるな」

 今度は、反対方向から図太い声が聞こえてきた。190cmはありそうな大男と共に、青髪の少女と、その少女に寄り添うように歩く狼が一匹……。

「竜馬! 美希ちゃん! 洋輝!」

 現実世界で揃うメンバーではないと思っていたこともあり、この遭遇の喜びはひとしおだった。

「塔矢兄ちゃん!」

 洋輝が塔矢を見つけると、一目散に駆け寄り、飛びついた。

「洋輝! また会えて嬉しいよ!」

 塔矢が洋輝の体をワシャワシャと掻き撫でる。

「皆さんにまたお会い出来るなんて……」

 美希の目からとめどもなく涙が溢れ出す。

「嬉しいよね……分かるわ、あなたの気持ち……。もう言葉にできないよね」

 美希に静かに歩み寄り、遥がそっと抱き寄せる。

「なんでぇ、結局蘇っちまったのかよ、修平。別れ際の俺とのイタい会話は忘れろよな」

 竜馬は、ばつの悪そうな表情を浮かべたあと、豪快に笑った。

「それを言うなら、俺の方がもっとイタいだろっ!」

 修平が竜馬と同様に声を上げて笑う。

 美希の髪色を抜きにしたら、皆、まんまアナザーワールドでの姿だった。洋輝が、ここまで狼の姿で来ているのには、少し驚かされたが……まあ、まさか現実世界のオフィス街を狼がうろついているとは、誰も思わないだろう……。

「ひとまず、再会の喜びはそこまでにしておこう……。今はまず、この穴を掘り続けている奴を止めるのが先決だ。そいつはこの穴を地球の中心地まで広げ、人類のみならず全ての生命に影響を及ぼす、ある企みを進行している。俺達は……その企みの中心にいるのがあの忌々しい『シヴァ』だと確信している」

「シヴァだと!? ふざけんなよっ! どういうことだ!」

 竜馬が瞬間湯沸かし器さながら、頭に血を昇らせる。

「まあ、落ち着けって……。実はな……」

 修平が慣れた感じで竜馬をなだめると、ことの経緯を新たに加わったメンバーも含めて、順に説明していく。

「……そもそも、そのおっさんの言うことは、信じて大丈夫なんだよな?」

 経緯は理解したものの、当然の不安を竜馬が不機嫌そうに口にする。

「大丈夫だ。あのおじさんは、俺達、というか人類の味方だよ。バベルの塔で『三竦みの宝玉』を隠してくれた人だからな」

「?」

「ほら! それよりも先にこの穴の攻略が先だ! この間もシヴァは、コアを目指して着実に進んでいるんだ」

 皆の頭上にクエスチョンマークが浮かんでいるのが見て取れたが、それを無視して攻略の検討に入った。




「何か良い案はないか?」

「はいっ! 俺の能力を付与すれば、穴の中を降りて行くことは、可能だと思います!」

 一輝が、挙手して答える。

「おっ! お前の能力は付与できるのか?」

 一輝の能力『クリアボード』ならば、空中に思いのまま足場を幾つも作り出せるため、それをつたって穴を下っていくことは可能だろう。

「はいっ! 友人の何人かに試したことがあります! ……ただ、この人数に対して試したことはないので……」

 一輝が首をすくめて見せる。

「それはこの場で試してみれば分かることだ。……できるだけ皆の手を借りたいが、一輝の能力の上限に合わせて人選しよう。……あと問題となるのは光源だな。深くなればなるほど日の光は届かなくなる。もうすでに、シヴァの姿は目視できない位置にある……」

「それは私の能力でカバーできると思うわ」

 遥が一歩前に出る。

「ん? 遥の能力で?」

 俺だけでなく、皆、遥の能力でどのように対処するのか見当がつかなかった。

「……俺達に毒を飲ませて、地獄の底まで落ちていくって……意味じゃねーよな?」

 竜馬が青ざめた顔で恐る恐る尋ねる。それを聞いて男連中に緊張が走る。洋輝が塔矢の後ろに慌てて隠れる。

「違うわよ! なんなの! なんで私の見せ場は、いつもこんな流れになるのよ! 私の薬で、夜目がきくように、視力を向上させるの!」

 遥は、目を剥き、吠えるように補足する。

「ああ! そういうことか! なるほど!」

 全員が納得したと同時に、安堵のため息をもらした。

「さすがっ! 姐御っ! 日本一!」

 一輝が遥を褒めたたえる。

「……」

 遥は無言で、クロコから弓を取り出し、獲物を狩る準備を始めた……。

 

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