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夢世  作者: 花 圭介
113/120

夢世113

「あいつ、詠唱してるぞ!」修平が叫ぶ。

「!」

 修平の叫ぶ声に合わせて、俺達は咄嗟に、少年と大柄の男から距離をとった。

 魔法の詠唱者とその対象を即座に見極め、距離をとれたのは、アナザーワールドで積み重ねてきた戦闘経験があったからだろう。

「ぎゃぁっー!」大柄の男が悲鳴を上げる。

 見れば男を中心に火柱が上がっていた。

「ざまぁーみろっ! 僕を馬鹿にするからだ!」

 少年は目を剥き、大柄の男を罵りながら、男がもがき苦しんでいる姿を見て高笑いしている。

 完全に常軌を逸している……。

「なぜここで魔法が使えるんだっ! アナザーワールドじゃないんだぞっ!」

 俺は叫びながら、自身の上着で火を消そうと大柄の男に駆け寄る。

 シュルルルルッ。

 そこへ俺の耳元を掠めながら、何かが大柄の男に向かって飛んでいった。

 それは細い糸だった。

 糸は、男に巻き付くと、軽々とその体躯を持ち上げた。そして俺の頭上をふわりと舞わせたかと思うと、広場の噴水へと柔らかく放り込む。


 ジュッジューッ。


 火が水に屈する音と共に、噴水から盛大に水蒸気が舞い上がる。

 火が消えたことでパニック状態を脱した大柄の男は、噴水のヘリに掴まったままの体勢で、脱力して動かなくなった……。

 目で糸の元を辿ると、その先には塔矢の姿があった。

「……薄々は感じていたんだ。俺がこの世界にいられるということは、ここでもアナザーワールドの力は有効なんじゃないか、とな」

 塔矢は、俺の視線に気が付くと、自身の見解を口にした。

「俺も、そうじゃないかと思っていたよ」

 振り返ると火柱を召喚した少年を、飼獣により拘束した修平が、物憂げな表情で立っていた。

 飼獣に拘束された少年は、白目を剥いた状態で天を仰いでいる……。

「攻撃を加えたわけじゃないぞ。足元から順に巻き付き、加減しながら慎重に拘束していった……。なのになぜか……失神してしまったんだ」

 修平は不可解そうに小首を傾げているが、あの鋼鉄の百足が足元から這い上がってきたなら、大抵の人間は、その恐怖に耐えきれなくなるのは当然だ。修平はきっと、飼獣と共にいた時間が長すぎたために、その容姿に対しての耐性が培われ、判断を鈍らせたのだろう。

「わかった、わかった。あとは警察に任せて、とにかく早くここから離れよう。あまり注目を集めたくない」

 塔矢と修平が能力を使ったことにより、野次馬の中から2人のことを推測する会話が、ちらほらと聞こえてくる。バトルエリアでの2人の活躍は、やはり影響力があるらしい。

 俺は、修平の言い訳をおざなりに受け入れてから、足早に駅へと向かった。

 修平は慌てて百足に少年の拘束を解かせ、歩道脇のガードレールに少年の体をもたれさせる。

 百足はことを終えると徐々に透過し、その場で静かに姿を消していった。以前シヴァに分断されたはずの百足の体は、完全に復元されており、消え去る前に長く連なった節と戯れるように、とぐろを巻いていたのが印象的だった。




「これから、どうするつもりだ?」

 駅の改札前までくると、塔矢が不安げに質問を投げかけてきた。

「……とりあえず、聡の見舞いにでも行こうと思っている」

 俺は遥に目配せをしてから、塔矢にそう告げる。

「聡の見舞い? 聡は無事なのか?」

 塔矢だけでなく、修平も俺の言葉に反応し、勢いよく向き直る。

「ああ、まだ目を覚ましたわけじゃないが……体の状態も良く、安定しているそうだ」

 俺は2人の不安を払拭するために、敢えてこともなげにさらりとこたえた。

「それは……信頼できる情報なんだろうな?」

 修平が疑いの目を向ける。あっさりと答えたことが、逆に情報の信憑性を薄めてしまったらしい……。

「大丈夫だ、情報ソースは俺が最も信頼している人だ。『光の力』を扱う人で、神に最も近いと言える。お前らも、その力を間近で体験しているはずだ」

 俺の言葉で、どの人物を指しているか察した2人は、大きく頷き、納得の表情を見せた。

「……しかし彼は、シヴァとの戦闘により、取り込まれてしまったはずじゃ……」

 塔矢がふと思い出し、不安げな視線を俺に向ける。

「……確かにあの時、徹人兄さんはシヴァに取り込まれてしまった。……俺は心を乱され、浅はかな行動をとってしまった」

 苦い記憶が蘇り、思わず顔を顰めた。

「だが、徹人兄さんは、シヴァに取り込まれながらも自我を失わず、奴の体内で抵抗を続けていたそうだ。そして……あのイシュタルの一撃がシヴァを切り裂いた」

「あの時、シヴァの体から放たれた光は、それか!」

 修平は当時を思い出し、納得したように手を打った。

「そうだ。あれは、徹人兄さんがシヴァから解放された時の光だ。徹人兄さんは去り際に、俺と遥にそのことを伝えてくれた。そして聡についても『任せておけ』と言ってくれたんだ。……一瞬の出来事だったが、稲妻が駆けるように、瞬時に理解させられたよ」

 俺は、徹人兄さんの驚異的な力に改めた感嘆のため息をついた。

「まさか……俺達が生きているのも……」

 修平は、徹人兄さんの力に戦慄したように俺を見た。

「いやいや、それはない。徹人兄さんでさえ、お前達が生きていることには驚いていると思うよ」

 俺はその言葉を口にして、徹人兄さんですら起こせないその事象の出鱈目さを改めて実感した。




 その施設はオフィス街にあった。

 柊グループ本社の地下3階、セキュリティーが何重にもかけられた扉の先、耳鳴りを誘発しそうなコンピューター群の駆動音が、間断なく鳴り響いているフロアー。

 前日までは、そこを衛生衣に身を包んだ人々が、せわしなく行き交っていたそうだが、もう既に、人の姿は見当たらない……。

 コンピューター群を左右に見ながら、中央の通路をさらに奥へと抜けると、突き当たりに鉄扉が現れる。

 もちろん、そこにもセキュリティーがかけられており、暗証番号を入力するか虹彩認証でないと開かないようになっている。

 俺は、あらかじめ徹人兄さんから教えてもらっていた暗証番号を入力し、重たい鉄の扉を引き開ける。

「来たか、雄彦」

 徹人兄さんが腕を組んだ状態で、俺と正対するように立っていた。扉を開けるよりも前に、俺がそこにいることを知っていたようだ。

「徹人……兄さん……」

 俺は、挨拶の言葉を飲み込んだ。

 部屋の中にはベッドに横たわる人が、聡の他にもう1人。そして、その2床のベッドの傍らに並ぶように、徹人兄さんとは別に男女の姿があった。

 ベッドの傍らに立っている男の方は、不摂生な生活を何年も、いや何十年も続けてきたことが容易にうかがい知れる体型をしていた。腹回りは優に1mを超えているだろう。細く白いストライプの入った灰色のスーツに濃い臙脂色のネクタイを締めている。年齢は60前後といったところか。

 ……俺はこの男を知っている。アナザーワールドについて調べるために、美希と聞き込み調査を始めて1番最初に話しかけた、あのおじさんだ。

 そして、その隣には、背もたれのない簡素な丸椅子にその身を置き、こちらに目もくれず、ただひたすらに、聡を見つめる女性がいた。

 長い後ろ髪が首筋を回って、胸元まで流れている。決して手入れが行き届いているとは言えない、潤いの足りていない髪先は広がり、草木の根を連想させる。黒髪に多く白髪が混じり、遠目からは灰色に見える。年は横にいるおじさんと、そう変わりはないだろう……。

 だが、彼とは一線を画す気品を湛えている。高価な装飾品を身につけているわけでも優雅なドレスを身に纏っているわけでもない。

 身につけている装飾品と言えば、左手の薬指に鈍く輝くプラチナの指輪くらいで、衣服も飾り気のない着古した青竹色のワンピースだ。

 彼女に気品を感じる理由は、洗練された佇まい、積み重ねられた行状にこそあるのだろう。

 彼女に至っては、俺は幼い頃から知っている。いつも聡の傍にあって、父親の分まで愛情を注ぎ込んできた聡の母親だ。

 以前よりも皺は増えたが、端正な容姿は健在だ。

 問題はその2人ではない。

 聡と同様にベッドに仰向けに横たわり、目は閉じられているが、生きている証となる静かな寝息を立てている……その男が、問題なのだ。

 特徴的な顔立ちに痩せこけた頬、普段から日の光を浴びず研究に没頭しているがためなのだろう、血流の悪いくすんだ肌。

 そう、そこにいたのは、すべての害悪を引き起こした元凶とも言える、柊一秋だった。

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