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夢世  作者: 花 圭介
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夢世111

「……塔矢の言いたいことはよくわかる。消失したものが、唐突に、理由もわからず再生された……。または新生した。図りかねる事象は、それがたとえ望んだことであれ、心に懸念を残す。当然のことだ」

 俺は大きく息を吐いた。

「だが今起こっていることは、持っている常識や経験からでは判断できない……。現象が、その範疇を超えているのだから、きっとどれも役に立たない。なら、新奇の情報を受け入れて、積み重ねていくことでしか実情の理解は深められないだろう……」

 俺は塔矢と修平の目を交互に見る。

 それでも2人は、未だ釈然としないようで、渋い表情を浮かべている。

「……悪いな。今回の事象の原因なり、対応すべき対象なりを示すことができれば、お前らも行動しやすくなるだろうが……今のところ、俺にも皆目見当がつかない。お前らの懸念は、意図もなく生み出されたものならば、また意図もなく消えてしまう可能性があるということだろう? 俺も同じ立場だったら、最初に意識が向かうのはそこだろうと思う。きっと同じ立場にいないからこそ言えるのだろうが……それでも、どちらにせよ情報収集は必須だ。違うか?」

「……俺達は、雄彦の考えに不満があるわけじゃない。ただ、自分たちの立ち位置さえもわからない現状が不満なんだ。雄彦の想像通り、イレギュラーな事象によってここにいるなら、また唐突に命を失うかもしれないという不安もある。ただ……もし望まれてここにいるのならば、『何を望まれた』のかも重要になってくる。望まれた路線を歩むかどうかは別にして、それが何であるのか見極めておいた方が、対処の仕様がある。むやみに行動を起こして、そいつの反感を買いたくはない……」

 言い淀む塔矢の態度に気づいた修平が、自分の考えを吐露し、その自身の紡いだ言葉の不甲斐なさに顔を顰める。

「……確かにな。修平の言う通り、仮に誰かがお前らに何かを望んで転生させたのなら、その内容を知る事はとても重要だと俺も思う」

 俺はわざと『仮に』と『何か』という言葉を強調して言葉を連ねた。

「……まあ……何れにせよ、何も分からない今、ウダウダ言ったところで進展は望めない……。お釈迦様の手の平で転がされているようで居心地が悪いが、結局のところ、今やれることをやるしかないのか……」

 修平が自分に言い聞かせるように、2度3度と頷く。

 修平は、俺の言葉を受けて、可能性についていくら枝葉を伸ばし続けたところで、不毛だということに気づかされたようだ。

「もともと0になる覚悟は出来ていたつもりだが……棚ぼたで命を拾って、舞い上がっていたのかもしれない。……ありがとな、雄彦。雄彦の客観的な視点で、ようやく気持ちの整理ができた」

 修平が和らいだ視線を俺に送る。

 塔矢も吹っ切れたように、その横で俺に微笑んで見せた。

 修平はきっと、頭の中では俺と同じ答えを導き出していたはずだ。ただ、心のほうの整理がうまくいかなかったのだろう……。

「よし! 情報集めに出かけるか!」

 俺は気持ちを切り替えるため、鼓舞するように声を上げると、ベッドから立ち上がった。修平や塔矢も俺に倣い立ち上がる。

 部屋を出て、軋む階段の音を一定のリズムを刻みながら降り、玄関を出る。

 いつもと変わらない景色が広がっていたが、自分の部屋で目覚めた時と同様に、どことなく違和感を覚えた。

 どこがどう変わったかはわからない。見た目は、何も変わってない景色だ。

 だが、顔を撫でる風や肩に降り積もる空気が違う……。

 風は妙にまとわりつくように感じられるし、空気はいつもよりどんよりと重い。そう感じる。

 とは言っても、それを立証する手立てが思い付かない。それに俺の警戒心が、ただ感覚器を過敏に反応させているだけではないかとも思う。

 この状況下だ、すべての感覚を平常値に戻して、差異のある値を抽出するなんてことは、感情を持ち合わせていないロボットでもあるまいし、俺にできるはずがない。

 俺は深く息を吸い、ため込み、そしてゆっくりと吐き出した。息を吐ききると、俺は考えることを諦めた。

 行動はシンプルに、細かな差異は捨て置き、明らかに異なる部分にだけ目を向けていく……。今はそれでいい。

「まずは……」

 俺は後ろに並び立つ、修平と塔矢に目をやった。

 そして2人を値踏みするように、交互に何度もその表情を確認する。現世において、先ず以て明らかに異なる部分と言えば、この2人の存在ということになるだろう。

 俺は2人を中心に、反時計回りに回りながら、つま先から頭のてっぺんまで、順繰りと視線を移動させる。

「おいおい、何の真似だ」

 修平と塔矢が、気味悪がって俺から距離を取る。

 それでも構わず、俺が2人に近づき観察を続けていると「いい加減にしろって!」と怒鳴られた。

「……反応としてはまともか。偽物という線はなさそうだな。多分お前らなら、こんな反応をするだろう……」

 俺は口元に手を宛てがいながら頷く。

「なんだそれは? それで俺たちが本物かどうか試したつもりなのか?」

 塔矢が乾いた笑い声を上げた後、呆れたようにため息をつく。

「ほう、俺では役不足ということか? なら真打ちに登場してもらったほうがよさそうだな」

 俺はニヤリと笑い、隣の家を指差した。

「……あぁーちょっと、そこは……後回しにできないか?」

 修平が物憂そうに答える。

「誰の家なんだ?」

 塔矢が修平の反応に不思議そうに尋ねる。

「それは、入ってからのお楽しみだ」

「遥だ。一宮遥」

 修平が、勿体ぶった俺の言い方を制して答える。

「あー、なんで言っちまうんだ。つまらなくなるだろう?」

「……遥か」

 塔矢の眉間に皺が寄る。

「つまるつまらないの問題じゃない……ここは後にしとこう」

 修平の手が俺の腕を掴む。

「んー。……ここで敢えて遥の家を素通りするのも面白い……いや……面白くなんかないか。……下手すると、俺の命が危うい……」

 俺は、修平の提案を受け入れた後の展開を想像途中でかき消すと、修平の手を払いのけ、素直に遥の家のインターホンを鳴らした。

「……はい、どなたですか?」

 数秒後、遥の声がインターホン越しに聞こえてきた。ただその声は、酷く掠れていた。きっと現世に戻ってからずっと、修平や塔矢の事を思い、声が枯れるまで泣き続けていたのだろう……。

「俺だ、遥。出てこれるか?」

 俺は心底、もう一方の考えを選ばずに良かったと思いつつ返事をする。

「……ごめん、雄彦。今、ちょっと出れる状態じゃないの。鍵開けるから、入って来てくれる?」

 遥が、鼻を啜る音を交えながらこたえる。

 俺は分かったとだけ告げると、そのまま遥の家の中に入ろうと歩を進める。

「ちょっと待ってくれ、雄彦。俺たちは、遥の気持ちが落ち着いた後に、会いに来た方が良いんじゃないか? とりあえずお前が行って、俺らの無事を説明してくれよ」

 修平が俺の手首を掴み、強く自分の方へと引き寄せる。

 だが俺は、再び修平の手を払いのけた後、その困った表情を見ながらきっぱりと言った。

「駄目だ」

「……な、なんでだよ!」

 修平が俺の反応に声を荒げる。

「修平……今の反応で、遥がどんな状態にあるかわかるよな?」

 俺はわざと睨み付けるような鋭い視線を送る。

「……まあ」

 修平が俺の表情の変化にたじろぎながら、ぼそりと答える。

「そんな失意のどん底にいる遥に、お前らが現実世界に転生したと『言葉だけで』伝えたら、どんな反応になると思う? お前が遥の立場だったら、俺の言葉を信じられると思うか?」

「……」

「……きっとなんてタイミングで、なんて事を言い出すんだと、荒れ狂う嵐となって、俺をその場で切り刻むに違いない。……下手したらお前らは、頭と胴体が切り離された俺と再会する羽目になるぞ」

 俺は両手で自分の首を絞めて見せる。

「ハハハ、それは流石に……。いや、確かに、ただでは済まないかもしれないな……」

 修平が、胸の前で腕を組み唸る。

「彼女は、そこまで激しい性格だったのか?」

 塔矢が信じられないといった表情でこちらを見る。

「こういった時は、感情が振り切れてしまう場合があるんだ」

 俺は塔矢の目をじっと見つめる。

 修平は、否定も肯定もせずに、ただ苦笑している。

「まあ、会ってみればわかるさ。ほら、行くぞ!」

 俺は止まっていた歩みを再開し、扉の前まで進み出る。

 そしてその取手に手をかけると、唾をゴクリと飲み込んだ。

 それは、ラスボスが控える部屋の扉に手をかけたときの心持ちに似ていた……。

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