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夢世  作者: 花 圭介
11/119

夢世11

 モニターを見ながら呆気に取られていると、ブースの扉を開け、中から男が現れた。

 その男は、金色に輝く免許皆伝メダルを細い指で高く弾いた後、同じ手の人差し指と中指で器用にはさみキャッチした。

 身長は170センチ弱、肌は白く華奢な体つきをしている。茶髪のウルフカットに大きめの四角い黒縁メガネ。少し茶色がかった瞳は、その顔に不釣り合いだと感じるほど、大きな割合を占めている。一見すると女の子のようだ。

「あ……なんだお前か」

 俺は無意識にそう言葉を発していた。

 有村(ありむら) 一輝(かずき)、この男の名前だ。『電脳武道伝』で優勝したチームメンバーでもある。

「あれ? タケさんじゃないですか! なんでこんなとこにいるんですか?」

 大きな目をよりまん丸に見開き、嬉しそうに尋ねてきた。

「それはこっちのセリフだ! お前こそ、なんでここにいる?」

 一輝のキラキラした目を直視しないようにしながら、俺は答える。

「そりゃ~、暇だからですよ。大学生って、暇潰すの大変なんですね」

「……」

 言い返そうと思ったが、良い思案が浮かばなかった。

 下手に「俺はお前と違って暇じゃない!」などと言い返せば、こいつの質問攻めに対応しなきゃならなくなる。

 きっと「えっ? タケさん忙しいんですか? その話、俺に詳しく聞かせてください!」などと言った挙句、「それ、面白そうですね! 俺にも手伝わせてくださいよ!」と、なんでもかんでも俺のやることを面白いと解釈し、くっついてきたうえ、自分だけ楽しみ尽くして消えていく……。そんなパターンになるのが目に見えている。

 一輝は俺の1つ下で、考えてみれば、この近くの団地に住んでいた。しばらく会ってはいなかったが、電脳武道伝がきっかけで高校生の頃は、よく連むようになった仲間の1人だ。

 電脳武道伝のイベント大会で、俺のチームを破って優勝したものの、3対1となった最終局面で、俺が2人を道連れにした戦いっぷりに感動してしまったとのことだった。

「これ、やりに来たんですよね! 久しぶりに見せてくださいよ!」

 俺が言葉選びに逡巡していると、子犬が餌を強請る時のような、そんな感じで見つめてきた。

「そ、それより……なんだか喉が渇いたなぁ。下のフードコートで何か飲まないか?」

 先程の試合を見せられた後では、流石にやる気にはなれない。

「まぁ……確かに、喉渇きましたけど……」

 名残惜しそうに電脳武道伝を見ながら、一輝が答える。

「じゃあ、決まりだな! さあ、行くぞ!」

 一輝の想いを断ち切るために、足早にフードコートへと向かう。

 慌てて一輝が俺の隣まで走り寄り、足並みを揃えて歩き出した。

 エレベーターに乗り込み、1階に下りると、スーパーの脇を抜け、フードコートに着いた。

 昼でも夜でもないこの時間、やはり人はまばらだ。

 自販機で缶コーヒーでも買って、安く済まそうかと思ったのだが、そこでようやく、一輝はコーヒーが苦手だったことを思い出した。

 慌てて立ち並ぶ店を物色すると、手頃なフルーツジュース専門店が目に止まった。早速、その店へと足を向ける。

「何飲む?」

 色とりどりのフルーツが陳列された店の前まで来ると、俺は一輝に注文するように促す。

「とんでもないっす! タケさんに奢ってもらうなんて出来ないっすよ」

 一輝は首を左右に激しく振って、自身の後ろポケットからはみ出した長財布に手をかけた。

「……そうかそうか、お前は俺の好意を無下にすると言うんだな?」

 俺は、わざと寂しげな表情で溜息を漏らす。

「あ、いや……その……じゃあ、お言葉に甘えて」

 一輝は恐縮し体を縮こませながらも、店頭に並んだ商品サンプルを一通り見渡し、苺ジュースを指差した。

 俺は反応を窺う一輝に対して、2度頷くことで受諾した意を示す。

 カウンターに向き直ると、フルーツジュースに特にこだわりが無かった俺は、店員さんのオススメに委ねることにした。

「疲れには、キウイフルーツジュースがオススメです!」と疲れているとは一言も言っていないが、女性店員が弾ける笑顔でそう勧めてきた。

 ……一輝が、横で震えながら笑いをこらえている。

 勧められたものを断る理由もないので、釈然としないが、キウイフルーツジュースを注文した。

 商品を受け取ると、フードコートの中央あたりの空いた席に腰を下ろした。

 透明なプラスチック容器をすりつぶされたライトグリーンの果肉が満たし、そこに所々に顔をのぞかせる黒く微小な種が彩りを添えている。

 容器の周りに徐々に広がる水滴が、照明から受け取った光を乱反射させ、出来立てのジュースであることをアピールしている。

俺は唾をゴクリと飲み込んでから、疲れが取れるならと、酒を煽るように一気にジュースを飲みほした。

 一輝が、ポカンとした顔で、俺の顔を覗き込んでいる。

「兄貴は、元気にしてるか?」

 俺は構わず、一輝に話かけた。

「……はい、元気っす!」

 一輝は、俺の質問に少し遅れて、そう答えた。

「……ただ、就活が大変みたいっす」

 そして思い出したように、そう付け加えた。

「そうだろうなぁ……」と答えながら、明日は我が身かと思うと、鬱々たる気分になった。

 一輝の兄貴は、俺の1つ年上で、電脳武道伝の優勝チームで大将をしていた男だ。物静かな男だが、行動力があり、特に咄嗟の状況判断には目を見張るものがある。

 俺のチームが準優勝で終わったのも、この男の存在によるところが大きい。

「タケさん! タケさん!」

 突然、一輝が身を乗り出して話しかけてきた。

「……何だよ、急に」

 俺は、顔をしかめながらも先を続けるように促した。

「最近噂になってるリアルな夢の話、知ってます? 俺、昨日それ見ちゃいました!」

「!」

「なんかその場所、宇宙船に乗ってるみたいにぷかぷか浮いているんですよ! そんでもって、面白い店がいっぱいあって……俺、コスプレして、戦隊もののヒーローみたいになっちゃいました!」

 一輝の瞳は、もうレーザー光線が出るんじゃないかと思えるぐらいキラキラしている。

「お前、初めてその夢見たんだろう? 怖くなかったのか?」

「全然! もう起きたくなかったくらいですよ!」

 やっぱりこいつも、由紀や洋輝側の人間だ。

「……俺も、何度もその夢見てるよ」ため息まじりにそう答えた。

「タケさんも見てるんですか! 一緒にいろいろ探検しましょうよ!」

「わかった、わかった。 夢で会ったらな」

「夢でもタケさんと会えるなんて、幸せだなぁ……」

「いつ会えるかなんて、わからないぞ」

「きっとすぐ会えますよ。 俺の勘、当たるんですから」

 一輝は、自信たっぷりの表情で答えた。

 何の根拠もないはずなのに、一輝に言われると、本当にそうなる気がしてくるから不思議だ。

「友達の中でも何人もあの夢を見てる奴がいるんですけど、昨日は見つけられなかったんで、次はきっとって思ってるんです!」

 拳をグッと握りしめながら、一輝は言った。

「……一輝の友達にもあの夢を見ている奴がいるのか。……どんどん増えてるのかもしれないな」

 俺は、自然と腕を組みながらつぶやいていた。

 16時を回った頃から、フードコートに人が集まり始めた。

 女子中高生ぐらいの子たちが、自然と俺らのテーブルを囲むように席を取り、チラチラとこちらを見ている。

 原因は明らかに一輝だ。アイドルも顔負けのその容姿に、男ですら2度見したくなるのだから……。

 一方、一輝は幼い頃からその扱いに慣れているため、ごくごく自然体だ。一緒にいるこちらの身にもなって欲しい。

「さてと、俺そろそろ帰るわ」

「え? もうですか? さっき来たばかりじゃないですか?」

「俺はお前と違って、暇じゃないんだよ」

 さっき言えなかったセリフが、今なら言える……。

 状況が変化したからだ。一輝もそれを承知している。今、俺の後をついていけば、もれなく彼女達の何人かも追従させることになるだろう。

 目立つことが嫌いな俺の性格を知っている一輝は、そうならないように配慮するはず……。

「……」

 予想通り一、輝からの返答はなく、残念そうに膨れっ面をするだけだった。

 一輝を残し、俺は席を立つ。

「夢で会おうな!」去り際にそう声をかけてやった。

「はい!」

 見本のような気持ちの良い返事を背中で聞きながら、俺はその場を後にした。

 ショッピングモールの出口に向かう途中で、家電量販店が陳列しているテレビから、こんなニュースが聞こえてきた。

「今日の午前8時頃、横浜市港北区に住む16歳の男子高校生が、睡眠導入剤を多量に摂取したため、意識不明の重体となっています。神奈川県警の発表によりますと、同様の事件が今月に入り増え始めており、横浜市だけでも7件、神奈川県全体では23件にものぼっているということです。神奈川県警では、この原因が何であるのか引き続き調査し、真相解明に努めたいとしています。さて次の……」

 俺はこの時、事の重大さに気づかず、自殺願望のある若い子が増えてきているのか……としか感じられなかった。

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