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夢世  作者: 花 圭介
108/120

夢世108

「最強だと? なんだそのあやふやな称号は? なめてんじゃねーぞ! そんなふざけた称号で、この俺様の上をいかれてたまるかっ!」

 シヴァは失われた前腕を修復すると、左手を重ね、先ほどよりもさらに大きなドリルを作り上げた。

「くたばりやがれっ!」

 シヴァの作り上げたドリルが、イシュタルの胸を貫こうと高速で回転し、甲高い音を発する。

 目を焼くほどのまばゆい光の束が、ドリルとイシュタルの胸との境目から飛び散る。

 だが、秒にも満たない時の中で、急速に削られていったのは、イシュタルではなくシヴァの心だった……。

「なんなんだよ、お前は! この差はねーだろ! お前は存在すら許されねぇ奴だ! 柊は、何を考えてやがったんだよ! 馬鹿野郎がっ!」

 シヴァがイシュタルのもとから飛び退くと、無残に丸まったドリルの先端に目をやり顔を歪ませた。

「……まったくじゃ。妾も深く同意する。柊は阿呆じゃ。この世界の創造主に『最強』の称号を与えられては、並び立てるものが誰もいない。それにこの容姿じゃ……」

 イシュタルは自身の顔を左手でそっと拭う。ウォーペイントのように厚く塗られていた化粧が透過し、素顔が現れる。

「……」

 現れた素顔に聡が絶句する。

「柊における最強を表現しただとか……若かりし日、出会った頃の女房をモチーフに……迷惑な話じゃ。おかげでこちらは退屈な日々を過ごさなければならなかった。アナザーワールド創設当初、柊の記憶を色濃く残す創作物達は、畏れ多いと言って、ほとんどの者が妾をまともに見ることさえできなかった……。まぁよい、もう終いじゃ。お主に本当の神がいかようなものか、心に植え付け、終演としよう」

 イシュタルはそう言うと、ただ絡まるだけとなっていたシヴァの触手を払いのけ、右手を高々と突き上げた。

 すると、空から一直線に伸びた光が、イシュタルの右手の平に集約される。

 現れたのは、神々しく黄金色に輝く一振りの剣だった。

「これが本来、妾が愛用している剣じゃ。先程の剣は、お主と戯れるために用意した剣じゃが……。玩具は所詮玩具、どうやっても物足りぬ。妾の鼓動を高鳴らせるほどの高揚感は得られなかった。まぁ当然の結果じゃ。嘆くこともない。願わくば、この剣を二度三度、受け流せる技量を持った敵と対峙したかった……」

 イシュタルは寂しげに微笑むと、徐にその剣を振り下ろした。

 振られた剣の先には、すでに原形をとどめてはいないが、バベルの塔があったのだが……。


 ピューン……ドッゴォォォォーッン!


 耳鳴りのように甲高い音の波が、鼓膜を震わせ過ぎ去ったその直後、その何倍もの爆音と爆風が打ち寄せる。

 慌てて目を閉じ、耳を塞ぎ、やりすごした後……皆が神の領域を知った。

 もうそこには、バベルの塔の欠片すらなかった……。

 欠片どころか何もない。青色に変わりアナザーワールドの限界領域となった白色さえないのだ。

 縦に大きく切り裂かれた世界の先は、空間が歪んでいるようで、判別できない色のグラデーションが揺らいでいるだけだった。

 きっとあと数度、イシュタルが剣を振るうだけで、アナザーワールドは塵ひとつなく消えさることをここにいる誰もが確信した。

 ぐうの音も出ないほど、イシュタルはこの世界の本物の神だった。

「やれやれ……想像していた通りの阿呆面ばかりが目に映って煩わしい……。そうじゃ、お主らが今感じている通り、妾が決断すれば、この世界は瞬時に消滅させられる。お主たちにとっては様々な経緯を経て、多くの時間を費やして、ようやくたどり着いた『今』なのだろうが、妾にとっては、一瞬で終いにできるちっぽけなものでしかない。これが抗うことのできない真実であり現実じゃ。受け入れよ」

 イシュタルはまるで、自明の理だとでも言わんばかりに淡々と告げた。

 その言葉は、その場にいた者の心臓に、氷柱を打ち付けたのと等しかった。その耐え難い冷たさが、全身に伝播し、動くことも叶わない。

「……おや? 彼奴は何処へ行きおった?」

 そんな中、イシュタルが不可解な言葉を口にする。

 目の前にシヴァがいるにも関わらず、顔を巡らせ何かを嬉しそうに探している。

「何をキョロキョロしてやがるんだ! てめえの目的は、この俺様の首だろうがっ! 最後まで人を小馬鹿にしやがって! よそ見なんかしてんじゃねぇ!」

 コケにされていると感じたのか、シヴァが大声でイシュタルに自分の存在をアピールする。

「ほうほう、必死じゃな。だが、この状況下でも活路を見出そうとする諦めの悪さは、賞賛に値する……。『ハリボテ』ではなく、妾は『本体』に告げてやりたかったのだがなぁ。まぁ仕方がない、この結末は、お主が勝ち取ったものじゃ。好きにするがよかろう」

 イシュタルはいたずらっぽい微笑を浮かべると、シヴァに向かって目配せをした。

「……クソがっ! 何、余裕ぶってんだ! 確かにこれは俺の本体じゃねー! お前が言うように『ハリボテ』だ! だがな、お前が俺の本体を見つけられねーのも、また事実だ! 全てを切り裂き、アナザーワールドを破壊し尽くすか? できねーよな? お前にとっちゃこの世界は、お前そのものだ。既に崩壊し始めているこの状況下でも、お前にはその決断はできねー。柊をどんなにこき下ろそうが、お前はあいつへの『愛』で縛られているからな。そんなお前が、縦横無尽に張り巡らされた根のどこに俺様の本体があるかなんて、見つけられる術はねぇんだ! 結局、お前は俺との勝負に負けたんだよ! 強がるんじゃねーよ!」

 シヴァは怒りに任せて乱暴に怒鳴り散らした。

 興奮のためか額の血管が激しく脈打っている……。

「やれやれ、そう興奮するな。せっかく紛れたというのに……そう殺気を放ってしまっては、居場所がバレてしまうぞ。……いわんこっちゃない。殺気の本流が感じ取れてしまった。ここいらかの?」

 そう言うと、イシュタルはその方向へ剣をなぎ払う。

 剣先が擦った空間が上下にきれいに分断され、上部は剣先が走った方向へ、下部はその逆へとスライドしていく……。

 先程と同様に、爆音と爆風が返ってきたが、今度は、全ての音を連れて遠のいていった……。




「……全く面白味のねぇ世界だ。こんな世界、俺様の方から願い下げだ」

 声が届くまで、誰もがその所在に気付けなかった。切り裂かれた空間が、あまりにも大きかったためだ。切り裂かれた空間の中央、米粒程の大きさでしか目視できないほど遠い先で、シヴァが小さく呟いたのだ。耳が痛くなるほどの無音の時の中では、その呟きは耳元で囁かれる言葉と同様、はっきりと知覚できた。

「グファッ、ゲヘッゲヘッ……テメェの顔を……もう見ないで済むと思うと、清々すらぁー……」

 分断された空間のあとを追うようにして、シヴァの胴体には歪みが生じ、耐えきれなくなると、真っ二つに分離した。黄金色の光を放射しながら、体液と臓物を垂れ流す。

 シヴァの上半身は、そのまま先程の歪んだ空間の中へと落ちていき、下半身と地面に張られたシヴァの根は、次第に黒ずみ、サラサラと崩れ塵となり、大気を少し濁らせた。

 あれほどしぶとく生にしがみついてきたシヴァが、あっけなくこの世界から離脱してしまった。

 誰もがその結果を消化しきれず、今もぼんやりとシヴァが消えていった空間を見つめている……。

 だが、人々の整理しきれない心持ちなど眼中にないのか、退出したヒール役のそれに呼応するようにして、アナザーワールドの崩壊は速度を早めた。

 今では白色が地面にまで達し、その勢力をさらに拡大していた。

「そろそろ離脱できる者は、離脱した方がいい。直接コンセントを抜かれたPCと同様、どこまでデータ保存されているかわからない」

 塔矢がポロポロと剥がれ落ちる空を見上げたあと、皆に声を掛ける。

「そうだな、この世界のコアは既に失われている……。今ですら、現実世界まで記憶を保持できるかあやしいくらいだ」

 険しい表情で修平が同意する。

「……親父の行いによって多くの人を苦しめてしまった。元凶を絶ったとはいえ、きっとこれからの方がやるべきことは多いだろう……。だが、俺がやれるのはここまでだ……雄彦、悪いが今後のこと、よろしく頼む」

 聡が申し訳なさげに頭を下げる。

「……聡、お前のその頼みを、今はまだ聞くわけにはいかないな」

 俺は腕を組み、はっきりと聡の頼みを断る。

「……」

 聡は、返ってきた言葉が自分の思っていたものと違いすぎたためか、怪訝な顔で俺を見返す。

「聡、お前は塔矢達とは違い、まだやりきっていない」

「俺もそう思うぜ、あんちゃん」

 竜馬が片目を瞑ってみせる。

「お前にはわずかかもしれないが、まだ可能性が残されている。お前の体は、現実世界に残されている。現実世界に戻った先が、永遠に目覚めることのない体であっても、意識が戻っても動かすことのできない植物状態の体であっても、きっと塔矢や修平なら、そのわずかな望みにかけるだろう……。現実世界に心残りがあるのなら、尚の事、諦めるべきではない」

「……雄彦。お前は昔からこういうとき、容赦ねぇな」

 聡は深いため息をついた後、あきれたように笑った。

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